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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第三部 第九巻 天鎚戦争(12話+2) ~支配者の領域~

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第09話 天鎚戦争(前編)

 都市セイクレンから都市ゴクライムまでは、直線で1時間半の飛行時間を要する。

 乗り込んだ100人の魔導師達に対してハインツは、まず深謀のイグナシオのMPが極限まで減っている事と、オリビアが大祝福3へ達している事を説明した。

 そしてオリビアのスキル発動まで艦の全方位魔法戦を行えと命じ、驚愕している彼らをそのまま捨て置いて大祝福2台の13人と艦長のみを艦内の会議室に集めて最後の打ち合わせを行った。


「最終打ち合わせを行う。まずペリュトンは使えない。皇女ベリンダの威圧スキルを受ければ地上に墜ちてしまうからだ」

「それならば、なぜ連れてきたのだ。ハインツ・イルクナー宰相」


 バスラーの疑念は、至極尤もである。

 甲板にこれ以上魔導師を展開できるスペースが無いとしても、15頭のペリュトンを降ろせばそれだけ艦が軽くなったはずなのだ。


「念の為だ。ここに居るメンバーとペリュトン15頭を乗せておけば、総旗艦だけであらゆる状況に対応できる。いざとなれば、本艦だけで獣人帝国の地上本土に逆侵攻する事も出来る」

「…………」


 ひとまずバスラーが押し黙ったのを見て、ハインツは話を続けた。


「作戦は単純だ。敵5個軍団のいずれか直上に総旗艦ごと移動し、オリビアのクロスアストラルウォールを使って軍団ごと一気に殲滅する。まず基本的な事だが、スキルについて説明しておく」


 もちろん大祝福2台にとっては、魔導師のスキルなど今更な話である。

 例えば火属性なら火1のファイヤー、火2のフレイム、火3のフレアなどをベースに、消費MPを追加してアローやランスなどの形状効果を加え、レインやスコールのように飛ばし方を変えるなどしていく。

 スキルは一度指先に刻んだら取り消せないので消費MPと戦い方をよく検討する必要があるが、形状変化を重ねれば重ねた分だけ効果も増していく。

 実際の魔法を見たことが無くても、名前を聞けばそれがどんな魔法なのか大まかな想像はできる。


「クロスアストラルウォールとは、霊属性のアストラルをベースとして、クロスを掛けて二枚同時出現させ、ウォールを掛けて壁状にし、標的を左右から飲み込むスキルだ。2枚の壁は中心点で交差しながらそのまま進んでいき、スキル範囲内の敵は2枚の壁で2度ダメージを受ける事になる」


 それは、大祝福2台の冒険者たちが想像した通りのスキルであった。

 この話は前置きの意味合いが強く、ハインツの話の本題はこれからである。


「2枚の壁をなるべく離れた位置に出現させて多くの敵を飲み込みたいが、そのためにはオリビア自身が中心近くに行かなければならない。要するに総旗艦は、敵軍団中央の直上へ移動するわけだ」

「それで、俺たちは何をすれば良いんですかね?」

「最優先はオリビアの護衛だ。例えば皇女ベリンダの威圧で動けなくなった後、大祝福2以上の飛行獣人がいち早く立ち直って直接乗り込んできたら、対処できるのは大祝福2以上だけだ」

「魔法発動までの護衛か。理解した。13人居れば軍団長だろうと倒せる」

「クロスアストラルウォールを撃ち尽くした後は総旗艦を守って無事エルヴェ要塞まで帰還する事が最優先となる。やる事は以上だ」


 必要最低限の打ち合わせはそこで終わった。

 第一宝珠都市ゴクライムへの到着が、すぐそこまで迫ってきていた。






 Ep09-09






 セイクレンから3度飛び立った総旗艦オーディンは、4時間前と8時間前に2度の空襲を受けて都市から焼き出された獣人帝国軍を発見した。

 獣人帝国軍は都市外周部で軍団ごとに分かれ、野営の準備を行っているようだった。

 サンドライト艦長が無言でハインツに振り返る。彼はハインツに対し「どの軍団の直上にでも行けます」との表情を示して見せた。

 それに対してハインツは、獣人帝国の地上本土にもっとも近い大街道側に展開しているもっとも数の多い軍団を指し示して見せた。


「一番後続の軍団を最初に襲う。馬や輸送部隊を守ろうとしているのだろうが、旧時代の陣形が既に通用しない事を知らしめる」

「お任せ下さい。エア開放、メイン出力8/20、サブ出力4/10、急速降下。回転翼一番3/4、二番2/4、尾翼調整、右旋回。目標、敵最後方軍団の中心直上100メートル」

「エア開放、メイン出力10/20、サブ出力4/10、急速降下します」

「回転翼一番3/4、二番2/4、尾翼調整、右旋回を開始します」

「高度は100メートルを切るな。探索者系の大隊長ならば十数メートル、軍団長ならば30メートルは飛び上がれる。下がりすぎれば本艦に乗り込まれるぞ」

「はっ。出力操作員、下降高度100メートルを死守せよ」

「了解、高度100メートルを死守します」


 ハインツの方針を受けたサンドライト艦長が、出力や回転翼、噴射装置の力を10秒単位で指示しながら総旗艦を最後方の軍団へと導いていく。

 ハインツは以降の口出しを避けた。


「メルネス、魔法戦を」

「全魔導師に告ぐ。君たちには、弾幕を張って敵の攻撃を総旗艦に一撃も届かせない事だけを求めている。全属性、全系統の魔法を全方向へ撃ちまくれ。砲撃開始!」


 メルネスの命令を聞いた大祝福1台の魔導師100人が、スキルを刻んだ指先を一斉に地上へ向ける。

 そして総旗艦が急速に墜ちていく中、まるで艦自体が発光しているかのように5属性のマナが100人の指先から輝き始め、4色の変容を加えながら地上へ向かって一斉に解き放たれた。


 『ファイヤーレインバースト』『クロスフレイムアロー』『フレイムレイン』

 『ウォータースライサー』『アクアアロー』『ウォーターランス』

 『アースバースト』『グランドブラスト』『グランドアロー』

 『エアカッター』『ダブルウインドアロー』『エアスコール』

 『クロスサンダーランス』『ライトニングレイン』『ライトニングブラスト』


 地上が迫るごとに沢山の獣人たち、木々に繋がれた馬、並べられた馬車、降ろされた物資の数々が詳細に見えて来て、それが総旗艦オーディンの進行に合わせて吹き飛ばされていく。


「メイン出力10/20、サブ出力7/10。高度戻せ」

「メイン出力10/20、サブ出力7/10。高度戻します」


 空を警戒していた5個軍団はオーディンに直ぐさま気付き、あらゆる反撃を開始した。

 魔法や弓だけでは無く、友軍の直上を飛行しているオーディンに対し、投石器などの大型攻城兵器まで用いてくる。


「馬鹿な、我々の真下にはあいつらの味方が居るのだぞ!?」

「撃て撃て!投石を撃ち落とせ!」

「全回転翼停止!」

「全回転翼停止します」


 冒険者達による一瞬の判断で、激しい応酬が繰り広げられていく。沢山の獣人を吹き飛ばし、オーディンの甲板でも何人かの魔導師が吹き飛ばされる。

 大祝福2の冒険者が回復剤を使い、また4人の治癒師が負傷した魔導師に対して治癒を行う。だが最も有効であるブランケンハイム大治癒師のマナは、さらに危機的な状況のために温存している。


 『威圧』


 目標まであと僅かと迫った時、5つの軍団の中心辺りからマナの爆発が押し寄せてきた。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ぐああっ」「ぐううっ」


 皇女ベリンダの怒りの咆吼が、戦場の全てを飲み込んで支配した。

 総旗艦オーディンで操艦を行っていた乗組員も、魔法で全方位防御を行っていた魔導師達も、負傷者を救護していた大祝福2の者達も、応戦していた獣人達すらも悉く畏怖して動けなくなった。

 その瞬間にハインツは艦橋からメルネスを見下ろしたが、メルネスですらも甲板で膝を付いているのが見えた。


 (動けるのは大祝福3を得た者だけか)


 皇女の意図は強襲降陸艦ヘルミが陥った状況の再現であろう。

 総旗艦オーディンの操艦能力を奪い、同時に動ける軍団長をオーディンへ向かわせようというのだ。

 だからこそハインツは艦橋に居た。

 飛行艦の発案者にして基本設計者であるハインツは、各艦の艦長と同等以上に艦を熟知しており、艦長の指示が無くとも自分で操艦する事が出来る。


「ぐううっ」


 自称大祝福2のハインツは直ぐさま艦の高度と進路を確認し、胸を押さえてうなり声を上げて見せながら、操作レバーを動かして回転翼を微調整して操艦を続けた。

 この状況は、ハインツにとって想定の一つであった。

 それも、動けない獣人たちをまとめて殲滅する好機という最高の形に近い。

 ハインツは一人で出来る範囲で無理の無い操艦を続けて目標上空近くに到達すると、回転翼を逆回転させて飛行艦の速度を落とし、次いでそれすらも停止させて、静まりかえる艦橋から甲板に居るオリビアに叫んだ。


「オリビア!」


 その声を聞いたオリビアは右手を空に向かってスッと伸ばし、弧を描くように一周させた。


 『クロスアストラルウォール』


 無色だった世界に、オリビアという原色のマナが一滴落とされた。

 世界を構成するマナは、まるで水を零された紙であるかのごとくオリビアの色へと染まって行く。

 夜空を照らす星のような淡く綺麗な白に、大海の深淵の如き暗い青が混ざり合って、水色の輝きを世界に解き放ち始める。

 オリビアを中心とした数キロの世界では、淡い青の光が天から粉雪のように舞い降り、地から水飛沫のように浮かび上がっていった。


「…………」


 オリビアは「我関せず」との万事に無関心な瞳で、右中指を身体の右側に振り下ろし、次いでその指先を身体の左側へと振るった。

 その瞬間、マナの軋む音が人知を越えた存在のうなり声のように周囲に響き始め、青白い光が天へと向かって吹き上げて2枚の巨壁を左右に出現させた。


 オリビアが左側に振り抜いていた右手を、身体の中央へゆっくりと戻し始める。

 するとその手の動きに合わせて高さ20メートル、幅1キロメートルの青白い死の巨壁が左右から獣人帝国軍へ向かって迫り始めた。


 今のオリビアは、人という枠を越えて天の猛威と化していた。

 天災に向かって人や獣人が悲鳴を上げて抗議し、その力に抗ったところで、天災自身が何かを思う事など無い。

 世界がもたらす死をそのまま受け入れようと、あるいは抗おうと、偶然生き延びようと、必然的に死のうと、オリビアにとっては全てどうでも良いのだ。


 獣人帝国軍が全員生き延びようと、悉く死に絶えようと、ベイル王国が滅びようと、獣人帝国自体が地上から消えようと、オリビアにとっては関心に値しない。

 オリビアは、自身が死んですら構わないと思っている。

 最期に瞼を閉じる瞬間にハインツが隣に居るか居ないか、そしてハインツの温もりが感じられるか否かだけが彼女の全てだった。

 だから主人のために、獣人達がなるべく消えればそれで良いと思った。


「………………」


 かつてオリビアは、初等校に入るよりも遙かに幼い年齢で獣人帝国に両親を奪われ、家を奪われ、生活を奪われ、故郷を奪われた。

 そしてディボー王国には、最後に唯一残った姉を奪われた。

 だからオリビアは、本当に大切な物を持たない。

 自分自身すらも持たない。

 何も持たなければ、何も奪われない。

 ただし、そんな自分を拾った持ち主は居る。


 そのご主人様は自分を捨てないらしいので、自分を所有させておく。

 そのご主人様は自分を守ってくれるらしいので、自分を管理させておく。

 誰に分かって貰う必要も無い。他人の理解などいらないし、他人の肯定も否定もオリビアには何ら影響を与えない。

 リーゼロットも、エミリアンヌも、アンジェリカも、どんなに仲良くしようともオリビアにとっては『他人』である。

 ただ『自分とご主人様』がそれで良ければ、オリビアの世界はそれで良いのだ。

 それがどれほど幸せな事であるのか、他人には決して分からないだろう。

 10人中9人の正解は、残る1人にとって必ずしも正解ではない。それこそが、オリビアが他人に一切の理解を求めない所以である。


 そんな確立された1つの天災が生み出した2枚の巨壁が、1個軍団4000名と輸送部隊約6000名を無関心に挽き潰しながら交差し、2枚目の壁で僅かに残った魂すらも滅しながら世界の片隅を通り過ぎて行った。






 大祝福1を越える100名近い魔導師達が、物言わぬ数千の死体を前に言葉を失った。

 この被害を、一体何に例えれば良いのだろうか。

 獣人1個軍団4000名のうち祝福を得た冒険者は大隊長を除いて600名で、そのうち大祝福を越えている者は300名以上も居る。

 それは現在のベイル王国の3個新騎士団、あるいはかつての人類の9個騎士団に等しい戦力だ。人類連合軍によるトラファルガ奪還作戦でベイル王国軍が動員したのは、それよりも1個少ない8個騎士団であった。

 そして、それらがわずか一撃で死滅した。生き残っているのは、僅かに大隊長以上の数名だけである。

 例え大祝福1台の魔導師が100名で協力しても、オリビアと同じ事は再現できない。

 例え大祝福1台の魔導師が1000名で抗っても、オリビアの魔法範囲内に居れば一人残らず殲滅される。

 彼らは大祝福3の冒険者が、大祝福1台ではどうやっても抗えない絶対的な存在である事を理解した。


「閣下、操艦を代わって頂きありがとうございました。獣人1個軍団4000名と輸送部隊およそ6000名の合計1万人がほぼ全滅しました。輸送用の馬も1000頭以上が息絶えております」


 ようやく状態異常を脱したサンドライト艦長が状況を報告した。


「艦長、直ちに次の軍団へ向かえ。艦の操作が少なくて済む左前方の軍団で良い」

「はっ。回転翼三番1/4、四番2/4。後部噴射口四番から六番、八番噴射開始。左舷回頭しつつ前進せよ。目標、左前方の敵軍団直上!」

「回転翼三番1/4、四番2/4で回します」

「後部噴射口四番から六番、八番噴射します」


 殆ど風に流されるままであった総旗艦オーディンが、再び激しい動きで空を泳ぎ始めた。


「メルネス!」

「全魔導師、全方位へ弾幕を張れ!」






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「俺の軍団が…………」


 敵に向かって走り出していた無双のヴァルターが、自身の第四軍団を丸ごと挽き潰された光景を見て固まった。

 大隊長以上の者であれば魂が強いので、アストラル系の攻撃を受けても易々とは倒されない。ましてあれほどの広範囲であれば、数度浴びても誰一人として死なないだろう。

 だが大祝福2に届いていない大多数の者は生存の可能性が皆無だ。魂を滅されると言う事は、味方から蘇生してもらえないと言う事に他ならない。


 ベイル王国軍に第四軍団を壊滅させられるのは、金狼のガスパールが率いていた7年前に続いて今日が2回目である。

 その壮絶な光景に衝撃を受けたのはベイル王国側だけでは無い。

 全軍に命令を下す立場の皇女ベリンダは絶句し、自身と同じ術を再現されたイグナシオは前のめりに一歩踏み出した。


「ベイル王国宰相ハインツの妻オリビアだ」


 無情のアギレラが、かねてより指摘されていた可能性の確信を告げた。

 位置的に船上の姿は見えないが、ベイル王国が大祝福3を越える魔導師特殊系を戦場に投入できると言う事自体は間違いない。


「アギレラ軍団長、私を踏み台にして二重に飛び上がり、鉤爪付きのロープを投げてあの船に引っかけて飛び移れるか!?」

「可!」


 首狩りのイルヴァが軍団長達の中でもっとも先行していた探索者戦闘系のアギレラに作戦を提示し、アギレラが総旗艦オーディンの高さを見据えながらそれに応じた。


「イルヴァ、アギレラ、貴様らが飛び上がる時に私が威圧を使う!」

「「はっ!」」


 皇女が威圧のスキルを使えば、魔法の弾幕は全て封じられてアギレラが飛び乗る事を阻害されない。また、鉤爪付きのロープを切り落とされるような事も無くなる。


「最優先で大祝福3の魔導師を殺せ。威圧は2回しか使えん。魔導師を殺した後に船の中で不利になれば、地上へ飛び降りろ。リベリオ、アギレラに物理無効化ステージ2を掛けろ!」

「はっ」


 指示を出したベリンダはすぐにマナ量増大の輝石を装備すると、持っていた『使用回数1回/24h・回復量150前後・効果発現まで30分』のマナ回復薬を飲んだ。

 これで30分後にはマナが150ほど回復していて威圧を再び連発できるが、それまでは威圧が後1回しか使えない。だからと言ってそれまでのんびり待っていれば、各軍団が次々と消されてしまう。


 軍団長に成り立ての無双のヴァルターや蒐集のイジャルガの軍団を後ろ側に配置し、経験豊富な皆殺しのグレゴールや首狩りのイルヴァの軍団を前に出していたのは意図された配置だ。

 そしてハインツが、皇女が居る可能性が高い中央の軍や、強い獣人が多く配置されて居ると予想できる前方の軍団を避けて後ろ側に回ったのも意図的な行動である。

 ベイル王国軍は精鋭を消せない代わりに、反撃を受ける事も殆ど無かった。

 中央から走り出したベリンダや各軍団長たちに対し、ハインツ達の総旗艦オーディンも壊滅させた最後方の第四軍団側から次の軍団へ向かって飛んでいく。


 『ファイヤーブラスト』『フレイムレイン』『クロスフレイム』

 『ウォーターレイン』『アクアランス』『アクアレインバースト』

 『アースランス』『アースアロー』『グランドスコール』

 『エアバースト』『クロスウインド』『ウインドカッター』

 『サンダーレイン』『ライトニングブラスト』『ライトニングアロー』


 ヤマアラシのごとく針を全方位に撒き散らしながら迫る巨大船の圧迫感は凄まじかったが、獣人たちはそれよりも先程のクロスアストラルウォールに恐れを抱いた。

 だが彼らが逃げ出すよりも、飛行艦が飛んでくる方がずっと早かった。

 オリビアのスキルは天災規模であったが、それが任意の場所へ人為的に引き起こされるという意味では天災よりも遙かにタチが悪かった。


「オリビア!」

 『クロスアストラルウォール』


 ハインツの叫び声を聞いたオリビアが世界に向かって自分の色のマナを解き放つ。そのマナは無色の世界を青く染めていき、第二軍団の左右から一気に吹き上がって巨大な死の壁を作り出した。

 スキル範囲内に入っている敵が先程よりも遙かに少ない。軍団は4000名を丸ごと囲めているが、輸送部隊は1000名も居ないだろうか。


「………………」


 だがハインツがそれで良いというのなら、オリビアもそれで良いのだ。なぜ良いのかを誰かに説明するつもりも無い。オリビアは無言で壁を狭め始めた。


 『威圧』

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 そのとき、皇女ベリンダの威圧スキルが再び艦内を吹き抜けていった。

 オリビアはそれに構わずスキルを狭め続けたが、ハインツは一瞬でそれがおかしいと思った。威圧を使えばそれを受けた獣人達が動けなくなって、オリビアのスキル範囲から誰も逃げられなくなる。そんな事を総指揮者の皇女がするはずは無い。

 それをするならば犠牲と引き替えにしてでもやらなければならない相当の理由がある。それは何か。ハインツは壊滅させた後方では無くベリンダが居る前方を確認し、威圧で軍勢が固まっている中で走り続けている軍団長数名を確認した。


 (飛び上がれない高度100メートルだぞ!?)


 ハインツは頭で否定しつつも、獣人達がそれを出来ると冒険者としての感覚で悟った。

 瞬時に何パターンもの光景が見えてくる。探索者戦闘系が乗り込んでくる姿、戦士攻撃系が縄などを使って飛行艦を引きずり下ろす姿、大型兵器で艦を横殴りに横転させる姿。

 皇女の威圧スキルで誰もが動けない中、そのどれもが全滅の未来へと至る。


「全出力最大、全回転翼最大出力、全噴射口最大、全翼最大飛行速度、空域緊急離脱」


 ハインツは指示を出しながら自分で操作レバーを手当たり次第引き上げて、総旗艦を急上昇させ始めるとそのまま艦橋を飛び出した。

 3個目の軍団へクロスアストラルウォールを使う案は完全に放棄して、瞬時に今最善の行動を考える。


 (総旗艦オーディンの無事帰還)


 総旗艦を失うと言う事は、メルネスやブランケンハイムを含む大祝福2の冒険者13人、そしてペリュトン15頭や魔導師100人を失う事と同義だ。

 だがオーディンの帰還すらも叶わない最悪のケースも想定する。

 最悪の場合はハインツとオリビアの2人だけが転移で逃げ延びれば良い。

 もちろんその様な状況は極力避けたいが、ハインツとオリビアさえ無事ならハインツには蘇生が出来るので巻き返しが図れる。


 (使用可能MP2896-2回分のMP1680=1216。2人分の転移に728を使えば残り488。状態変化1回分)


 ハインツの結論が出た。


「ハインツ!」


 甲板に飛び出したハインツに向かって、メルネスが剣で方向を指し示しながら叫んだ。その先には、鉤爪付きの縄が甲板に引っかかっている。

 その瞬間、ハインツの思考がさらに加速した。


「オリビア、上がってきた軍団長に鈍化スキルを使え。俺が地面に叩き付けてトドメを刺したら、全体転移で俺と一緒にエルヴェ要塞へ転移離脱しろ。メルネス、総旗艦はエルヴェ要塞に撤収しろ」


 ハインツはカラベラを抜き放ち、叫びながら、リーランド帝国からの賠償金の一部である200万Gの価値の武器も捨てる事になると考え、オリビアのスキルで転移させるのは自分の身一つで良いと考えた。

 ハインツは高速回転する思考の中で、もう一つやらなければならない事に気付いて懐の袋を取り出した。


 (セレスティア)

 (何かな?)


 全ての行動と思考が同時に行われていく。

 豹の獣人アギレラ軍団長が甲板の縁に手を掛け、ハインツがその獣人に身体ごとぶつかっていくと同時に、懐から取り出した袋を甲板に投げ捨てた。


 (すまん!)

 (えっ?)


 神宝珠は金のマナの結晶体であり、本人の意思にかかわらず外部からの干渉を一切受けない。以前セレスティアは、ハインツに対してそう言っていた。

 だからセレスティアを転移でエルヴェ要塞に連れて行く事は出来ない。かつてハインツがこの世界に飛ばされた時、神々の加護を受けていた装備の全てが転移で運べなかったように。

 それに気付いたハインツは、セレスティアの神宝珠を甲板に投げ捨てたのだ。


 その間にオリビアは、地上で交差寸前まで狭まっていたクロスアストラルウォールの操作をあっさりと放棄して、代わりに鈍化スキルを放った。


 『全体鈍化』

「メルネス、その袋を回収しておいてくれ!」

 (わーあぁっ、捨てた、ハインツのマナが離れていくよ!?)


 甲板に引っ掛かっている鉤爪付きロープをカラベラで斬り捨てたハインツは、メルネスに回収を依頼しながらアギレラを掴んで艦から飛び降りた。

 アギレラがハインツを一度斬り付けるが、事前に掛けていた無効化スキルがアギレラの攻撃を防いだ。


「ぐおおおおっ!?」

 (味方が回収する。そのまま居てくれ)

 (…………後で、絶対に、お話ししようね?)


 オリビアの鈍化スキルは無数の手の形を取り、アギレラの全身に絡み付いて行動を阻害している。

 石化や睡眠は『効くか効かないか』で耐えられれば終わりだが、鈍化ならば『どれだけ遅くなるか』なので一定程度の効果が期待できる。ハインツは空中戦の数秒で負けないためだけにそれを行わせた。


 『暗殺』『暗殺』


 急上昇していた飛行艦から真っ逆さまに落ちていくハインツとアギレラが、空中でお互いにスキルを使って相手の無効化スキルを一枚削った。


 『暗殺』『全攻撃無効化ステージ2』


 アギレラが2度目の暗殺を使う一方、ハインツは左手でアギレラを殴りつけながら左の指に刻んだスキルを発動して自身の身体に無効化スキルを纏わせる。

 アギレラの無効化スキルが消え失せ、ハインツは2枚のマナで身体を包まれた。


 その直後にズガンッと大きな衝撃音が響き、ハインツとアギレラが地上へ叩き付けられた。

 滅茶苦茶な体勢のまま受け身も取れなかったアギレラはダメージを受け、さらにリバウンドで追加ダメージを受ける。

 だがスキルでダメージを無効化したハインツは無傷で、そのまま猛毒を塗ったカラベラをアギレラの下顎から差し込んで思いっきり突き上げた。

 そして殺した直後、今度は抵抗の止んだアギレラの首を一気に斬り落とす。


 (まだだ)


 周囲を警戒しながら、アギレラが絶対に蘇生できないように死体の破壊を徹底する。目から剣を突っ込んで捻り回し…………


 『離脱』『遠投』


 飛び退いたハインツの身体と入れ替わるように、一瞬で白く光る槍が突き抜けて行った。既に皇女ベリンダや他の軍団長たちが間近に迫っている。

 ハインツは蘇生不可能にしたアギレラの頭部を突き立てた剣ごと投げ捨て、一目散に逃げ出しながら上空のオリビアに向かって呼びかけた。


「オリビアっ!」

 『全体転移』


 ハインツだけを見ていたオリビアは直ぐにハインツの身体をマナで包むと、軍団長たちが辿り着く寸前に戦場から掻き消えた。

 獣人達の様々な攻撃が、消えたハインツの身体があった場所を次々と貫いていった。

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