第02話 駆け出し冒険者の旅立ち★
西の3小国を併合して領土が拡大した新生ベイル王国に、初の強大な騎士団が誕生した。
イヴァン・ブレッヒ大騎士団長率いる『黒玉大騎士団』と、クリスト・アクス大騎士団長率いる『白玉大騎士団』。
団名は黒髪の俺と、白い肌のクリストから取って付けられた。そして、人間を護るアルテナの神宝珠から、縁起が良いと玉を加えたらしい。
今後は、指揮する団長に由来のある色の騎士団を創っていくそうだ。
対となる白黒、気に入った。
「だが金髪のクリストなら、金玉騎士団でも良かったんじゃないか?」
「よし決闘だ!表へ出ろイヴァン!」
騎士団は血統制度を全て廃し、アルテナの祝福を受けた冒険者のみで編成された。
なぜそんなことをしたのか?答えは簡単だ。血統制度を止めてでも創る必要があったのだ。西で戦争が始まった。まず最西の2都市が一気に滅ぼされた。
相手は妖精女王。
(誰が何をして怒らせた?)
確かに人は、マナ回復薬の素材を求めて森へ入る。森の獣やモンスターを狩る。
西の3国とベイルが統合されて、森へ入る頻度が跳ねあがった。そして珍しく従神ではなく主神に転生した神官が、西の森に新しい宝珠都市を創った。
いずれが切っ掛けなのかは分からないが、心当たりは色々とある。ベイル王国はやり過ぎたのかもしれない。だが、それら全てが国の繁栄のためには必要だった。
遣る瀬無い感情が渦巻く。
だが俺は、この戦いを避けられなかった。王女との結婚が決まったのだ。
国王は、金髪碧眼で温和なクリストの方を気に入っていた。
大祝福2回を越えた冒険者の子孫は、アルテナの加護をかなり受けやすい。なぜかは知られていないが、子供なら二人に一人は祝福を受けられる。そして祝福が高ければ高いほど子孫は祝福を得られ易い。
本来1/200の確率なのだから、これは絶対に偶然では有り得ない。
国王は、王家に高い祝福を得たかったのだ。クリストなら申し分無いと。
だがクリストは、俺が王女を好いていると知っていた。あいつに隠し事なんて出来る訳が無い。俺が自分で気が付いていない事まで、クリストには大抵バレている。
クリストは特に王女を好きでは無かった。それでも王命なら、そして俺が王女を好きでなければ受けただろう。だが、クリストの優先順位は王より俺にあった。俺だってそうだ。だから、クリストはさっさと平民の娘と結婚した。
男が妻を4人持てると言っても、まさか1番手が平民なのに、2番手に王女を嫁がせられない。
新ベイル王国の建国から間も無いのに、いきなり国家の威信を傷つけるような真似は断じて出来なかった。
国王はクリストと娘の結婚を諦めた。そして、同じ祝福数で同格の俺が王女と結婚できる事になった。
クリストは、クックッと愉快そうに笑った。
そして俺は、ハハッと笑い返した。
いつも通りの、二人の勝利だった。戦果を1つ譲られたら、次は相手に返す。今回はでかい借りだが、まあ俺達は死ぬまでの付き合いだ。今後いくらでも返す機会はあるだろう。
まずはこの人妖戦争を終わらせよう。
Ep02-02
ぐうぅ~
「もうっ、お腹が空いたよー。はぁっ」
ミリーはそう言って、柔らかい羽枕に思いっきり頭を押し付けた。夕食を食べていないので、空腹は収まる気配が無い。
エミリアンヌ・フアレス。だからまだ結婚していない。女性は結婚すると夫の名字が後ろに付くのだ。
だから、例えば彼女の親友のリーゼなら、リーゼロット・ルーベンス・イルクナーという名前になる。
「まったくもうっ、ハインツさんは、あとで蹴飛ばしておかないとっ!」
彼女が怒るのには理由がある。なぜなら……
「新婚の住居に、あたしを住ませるってありえないでしょ!」
そう、第二宝珠都市コフランで結婚したハインツとリーゼは、小さな家を借りた。家賃はわりと高い。少なくとも冒険者として駆け出しのリーゼやミリーでは払えない。
木の柵に囲まれた白い家。小さな庭があって、木が生えていて、裏手には小川が流れている。場所は大通りから少し離れていて、買い物に出るなら10分くらいだ。
ダブルのベット、二人掛けの淡い色のソファー、揃いの家具、レースのカーテン、リーゼの好みの植物色というか自然色のカーペットやクッション。キッチンは広めで表札も可愛い縁取りになっている。
近くには初等校があり、たまに子供が通る。
「いつ子供が出来ても大丈夫と言う意味っ?リ・ア充爆発しろっ!あああっ、もう、ばーくーはーつー」
ミリーはベットの上でバタバタと暴れ、少しだけ落ち着いた。代わりにお腹はもっと空いた。
「ハ・チ・ミ・ツっ!」
つまり、この愛の巣は甘いですよと言う意味だ。決して空腹だからではない。
「人類が滅びますようにっ!」
不穏な事を口走った。そして不貞寝した。空腹なら寝るしかない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
都市フロイデンがベイル王国によって奪還された後、リーゼロット・ルーベンス・イルクナーとエミリアンヌ・フアレスはそのまま冒険者になる事にした。
家を失った民衆に対する国の支援が薄いのだ。
ベイル王国が支援をしていない訳ではない。
いや、むしろ十数年に渡って、どこの国よりも大きな支援をしてきたと胸を張って言える。ただ単に、獣人帝国の戦争被害者が多過ぎるのだ。
ベイル王国には、インサフ帝国やハザノス王国からの避難民が大量に流れ込んで来ている。
友好国として支援を続け、苦戦するインサフ帝国の難民受け入れを積極的に行ってきたからだ。その為、ベイルに流入した難民は100万人を越えていると言われている。
難民たちは、都市外縁部の難民キャンプでモンスターに襲われ数を減らし、子を産んで増やし、死んでゾンビ化して周りを巻き添えに減らし、新しい難民を受けて増やし、疫病で減らし。食糧支援を受けながら、『1宝珠格5万人まで』という、わずかな都市定数の空きを待っている。
本来は都市に住む民の子孫の為の枠だ。1組の夫婦の子供に与えられる枠は2つ。子供が出来ないとか、事故や病死するとか、そう言った理由が無ければ枠は空かない。
宝珠を使い切って消滅させれば5万人が難民になるのだ。だから空きを待ってもらう以外に方法は無い。
ベイル王国も当初は人道的に支援したが、実はもはや支援している余裕がない。国境が接し、獣人が押し寄せてくる。しかも騎士団の半ば以上が死んでいるのだ。
戦況はとても深刻だ。
良質な武具、据え付け型の大型兵器、戦闘用の軍馬、輸送馬車、能力を上げるマジックアイテム、効果の高い回復薬、何でも欲しい。騎士を育てる資金も必要だ。かといって増税には限度がある。
ベイル王国の民衆や難民に対する支援は、財政的な問題でここ最近は限界に来ている。財政は破綻しつつあると言っても良い。
それでもベイル王国は幸せだ。滅んだ国がどうなったのか人々は皆知っている。だから、今は絶対に耐えないといけない。
ミリーは中等生からあっさりと冒険者に鞍替えした。
ただし、生活するお金は殆ど無かった。フロイデンにはボロボロになった実家があって相続税は免除されたが、住むようにするためにはやはりお金がかかる。住民登録は移せないのでフロイデンのまま、活動拠点はコフランに移った。この新婚の家に。
ハインツとリーゼは、秋まで新婚旅行をしてくると言って、新居をほとんど使わないままミリーにスペアキーを渡して去っていった。
凄く助かった。宿代は馬鹿にならない。祝福5でそれを稼ぐのはとても辛い。どんな安宿になるか分かったものではない。
それに、ミリーはハインツから支援もしてもらえた。
まずは1万G。利息無し、返却期限なし。
バーンハード討伐報酬の10万Gから出してもらった。そして武器。ハインツが倒した獣人たちから奪った中でも上質なロングソードとダガーを2本も貰った。
命の恩人に対する借りがさらに増えた。夕食を抜いて食費を節約する。それに、仕事をして稼がないといけない。
少し無理をして、モンスターが出る都市外の仕事をした。装備は良い。祝福は2つも上がって7になった。
季節がもう少しで秋になる頃、ミリーは請け負っていた仕事が全て片付いた。次の仕事を探しにコフラン冒険者協会に顔を出す。依頼窓口のおじさんがカウンター越しに話しかけてきた。
「おう、嬢ちゃん。元気か?」
「そこそこかな。祝福が7になったわ」
「ほぉ。獣人一般兵と同じじゃねぇか。わずか2ヵ月でそいつはすごい。普通はもっと遅いぞ?かなり努力したな」
窓口のおじさんは驚いた。中等生で祝福5の時点で相当高いが、祝福は高くなるのに比例して上がり難くなるのだ。
「まぁね。とりあえず10を目指して、もう少し努力中」
「今のペースでも半年くらい努力が必要だろうがな。まあそんなペースだと長続きせんから、1年は見ておいた方が良いぞ」
「むー。何か楽に上げる方法はないのかしらね?」
「がはははっ、そんなのがありゃ、みんな真似してるだろ」
おじさんが大笑いする。
「それもそっか。仕方が無いよね。じゃあさ、お金が結構稼げて、都市外で程ほどのモンスターの戦闘もありそうな仕事ない?」
「ふむ……真っ先に思い付くのは、ハーヴェ商会の普通定期便の護衛だな。知っているだろう?2頭立ての箱馬車が12台で、全ての都市間を週2便で移動している奴だ」
「えっと、それって良く分かって無いのよ。どういうシステムなの?」
「おう。隣の都市へは、1頭立ての幌馬車でも片道3日程で行けるだろう?それが2頭立てなら、車体の重い箱馬車でも3日よりは少し早い」
「ええ、そうね」
「そうだな、紙に書くとだ」
第一チーム
月曜午後2時に都市Aを出る。木曜午前10時までに都市Bに着く。
月曜午後2時に都市Bを出る。木曜午前10時までに都市Aに戻る。
※木曜午後は到着した都市で仕分け。金曜日は都市内で配送。土日は休み。
第二チーム
木曜午後2時に都市Aを出る。日曜午前10時までに都市Bに着く。
木曜午後2時に都市Bを出る。日曜午前10時までに都市Aに戻る。
※日曜午後は到着した都市で仕分け。月曜日は都市内配送。火水は休み。
「全都市が、2チーム×隣接する都市数を運用すれば、国中の全ての都市間で週2回の普通定期便が出せるだろう?しかも、出発日時が国中で統一されているから使い易いんだ。規模は馬鹿らしいがな」
「第二チームだけ損してない?あたしなら土日に休みたいわ」
「わははっ、チームは定期的に入れ替わるのさ」
「ふーん、なるほどねっ」
「都市Aから都市Bに運んだ荷物は、都市Bで午前中に荷を積み替え、午後に都市Cへ送り出す。荷は無駄なく動いて行く。御者や馬は変わるが、護衛は依頼の荷に付いて行かせる。ほら、嬢ちゃんに仕事が生まれた」
「でも普通定期便の御者も、2週間のうち片方しか家に居られないのって嫌じゃないのっ?」
「そりゃお前、両方の都市に家庭を持てば良いじゃないか?」
「……えっ?」
「御者は危険手当がわんさか出る、高給取りのエリート職だぜ?それに、妻は4人まで持てるだろ?都市Aで幼な妻とほのぼのライフを送って、都市Bでセクスィー妻と淫らな生活を送れば良いんだ。浮気すると禿げるんだ。『ご主人様っ、会えなくて寂しかったですっ!』なんて抱きついてくるぜ?うっしっし。どうせ旦那はあっちでも暮らさなきゃならんし、お互いに都市が違うから妻同士で喧嘩なんてしようが無いしな」
「……うん」
「がはははっ、ハーヴェ商会の御者って言えば、ベイル王国の中等生男子が将来就きたい職業ベスト3に必ず入るんだぜ!羨ましいねぇ!あ、初等生のベスト3は冒険者と騎士な?」
「…………」
ミリーは、冷たい眼差しでおじさんを暫し見詰めた。しかしおじさんにはまったく効果が無かった。身長151cmのミリーでは迫力なんて生まれない。
「でも、そんなに輸送便を出して、冒険者は安定して雇えるの?」
「むしろ沢山出すから安定しているな。沢山の冒険者が、都市間を移動するのにハーヴェ商会の馬車を当たり前のように使うんだ。何せ定期便で、護衛として3食付いて、祝福に応じた給金までもらえるからな。誰だって都市間の移動には喜んで使う。そうだろう?」
「あ、なるほどっ!」
「募集しなくても向こうから来るから安定して大量に雇えて、コストだって安く抑えられる。ハーヴェ商会の馬車を襲う盗賊は1人も居ないぞ。護衛じゃなくて移動目的で冒険者が乗るんだから、本当に誰が乗っているかわからん。辺境で襲ったら、竜の巣を襲撃する予定だった冒険者達が馬車から溢れ出てきて、竜の巣の代わりに盗賊のアジトが襲撃された、なんて笑い事もあったくらいだ」
「雇用費が安いの?あたしとしては美味しい仕事なのかしら?」
「祝福相応の賃金だ。だが、クッションの効いた風の入らない箱馬車に乗っているだけで金になって、3食まで付いてくる。まあ都市間を移動したらモンスターには必ず出会うが、祝福を上げたいならお勧めだろう」
スラスラと答えるのには訳がある。
どの都市間便には祝福いくつ以上でという定期連絡の紙が、各都市のハーヴェ商会支店から冒険者ギルドへ届けられるのだ。その紙はそのままギルドの掲示板に貼り付ける。というか掲示の定位置まである。そう、ミリーは説明書を読まないタイプだ。
詳しく聞いてくる駆け出しの冒険者に毎年必ず出会うため、窓口で知らない案内係は採用1年目の新人くらいなのだ。
「行き先はどこがあるの?」
「おう、南のディボー製品を北のリーランドまで運ぶ便だ。人獣戦争で必要な軍需物資が積まれているからな。アクシデントで便をダメにしないよう、護衛も多めだ。コフランから王都を通って、そのまま北上だ。国内最北のアンケロまでで良いぞ。国外にはもっと祝福の多い奴が行く。あとは東のエルヴェ行きと、南のフォルシウス行きだが、どっちも最前線だな。嬢ちゃんの祝福だとそれは受けられん」
「まあそれでいいかぁ。お勧めなんでしょ?」
「おう。アンケロは前線のエルヴェからもフォルシウスからも離れている。帰りもリーランド製品をこっちまで運ぶ便の募集があるから、いつのタイミングでも3食と賃金に馬車まで付いて自由に戻って来られる。帰りを加えれば、無駄なく2倍儲かるぞ?わっはっは」
「なんだ、聞いていたら凄く良いじゃない。よし乗ったっ!」
★地図
『護衛の依頼でアンケロに向かうねっ。お土産は何が良い?勝手に買って来ちゃうけど。じゃあ、いってきます。ミリー』
「これくらいの書き置きで良いかなっ。そろそろ夏が終わるし、多分あたしがいない間に帰ってくるよね?」
ミリーがベイル王国最北のアンケロに着く頃には、秋になっているはずだ。