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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第三部 第九巻 天鎚戦争(12話+2) ~支配者の領域~

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第08話 ゴクライム空襲

 エルヴェ要塞に帰還した強襲降陸艦ヘルミがもたらした情報により、獣人帝国軍が全軍を挙げてアズラシア方面からエルヴェ要塞へと直進している事が判明した。

 なお強襲降陸艦ヘルミの乗員50名中、死者は騎士31名、乗組員5名、魔導師2名、軍医2名、主計科1名の計41名と言う痛ましい生還率であった。


「戦死した強襲降陸艦の乗員41名に対し、我々が報いる道は一つしかない。それは、彼らの死を無駄にしない事だ。彼らの屍を乗り越え、押し寄せる獣人軍をことごとく撃破し、祖国に平和と安寧を取り戻す事によって、彼らは永久の眠りにつけるだろう」


 敵軍の侵攻に対し、ベイル王国軍は全飛行艦隊をエルヴェ要塞へと集結させた。

 両軍の決戦の地は、獣人帝国地上本土の都市アズラシアとベイル王国エルヴェ要塞の中間にある旧第一宝珠都市ゴクライム周辺と目される。

 ハインツはエルヴェ要塞から1都市東へ進んだ旧第一宝珠都市セイクレンを補給地と定め、飛行艦隊を数日間往復させ続けると共に、地上からも1万の輜重兵隊を動かして戦闘に必要な物資を続々と送り込んだ。

 その間に獣人帝国軍は旧第一宝珠都市ルーレリアから旧第一宝珠都市セザイロへ西進。決戦の地ゴクライムへ1都市の距離に迫った。


「強襲飛行艦ヘルミの乗員達が、その身を以て我々に教えてくれた。皇女ベリンダの威圧スキルに警戒しなければならない。下限高度をさらに高く設定し、総旗艦オーディンを除いては絶対に飛行高度を落としてはならない」


 ハインツはこの戦いにおいて、全飛行艦隊の乗員編成を大きく変えた。

 まず強襲降陸艦の騎士5パーティ30名を2パーティ12名にまで減らし、軍医1名と主計科1名も降ろし、艦を20人分軽くした代わりに物資を満載した。

 そして旧第一宝珠都市セイクレンを飛行艦隊の母港とし、新設された第十一艦隊を加えて発進体制を整える。

 新騎士団は一部をセイクレンに置き、残る大半をエルヴェ要塞へ結集させた。彼らは要塞司令であるネッツェル大騎士団長指揮の下、第一宝珠都市セイクレンが突破された際の民衆避難を行う。

 万が一の際には、王都のベックマンと上手く協力して動いてくれるだろう。


 傭兵も保険のために相当数を集めている。おそらく今回出番が無いであろう彼らは、代わりに各国への良い宣伝役になってくれるだろうか。

 雇用費は無駄金になってしまうが、リーランド帝国からの途方もない戦争賠償金が惜しみない投資を可能としてくれた。


「諸君。人獣戦争の歴史は変革の時を迎えた。この戦いの圧倒的な勝利によって、我々の手で新たな地図を作るのだ。全艦隊、速やかに発進せよ」






 Ep09-08






 総旗艦オーディンを先頭とした11個の飛行艦隊は、獣人帝国軍先鋒が侵入を果たしつつある旧第一宝珠都市ゴクライム方面へと空から侵入を果たした。

 飛行艦が直線で飛べば、都市セイクレンから都市ゴクライムまでは片道1時間半の距離である。セイクレンでの着陸と補給の1時間を加えても、4時間で舞い戻って来られる。

 一方獣人帝国軍にとっては、馬車で6日の距離である。


「獣人帝国軍発見。5個軍団規模。統制が取れているようで、分かり易く軍団ごとに列を作って旧第一宝珠都市ゴクライムへと侵入しております」

「よし、飛行艦の本当の使い方を見せてやろう。サンドライト艦長、イエローライトスコール発射しろ」

「はっ、イエローライトスコール水平発射!」


 総旗艦オーディンからイエローライトスコールが水平発射され、11個の飛行艦隊が獣人帝国軍の輸送部隊の直上へと移動を始めた。


「第一艦隊から第五艦隊、ゴクライムに侵入した敵部隊の直上へ移動開始」

「第六から第八艦隊、大街道敵部隊直上へ移動」

「第九から第十一艦隊、敵後続部隊の直上へ移動」

「パープルライトスコール水平発射」

「はっ、パープルライトスコール水平発射。作戦開始。全艦隊、交戦開始せよ!」


 艦隊の作戦開始位置への移動を見届けたハインツが、新たな信号弾の発射を命じた。

 その命を受けたサンドライト艦長の指示で発射されたパープルライトスコールを確認した各艦隊は、準備していた樽の投下を始める。

 その樽は地上へと落ちていき、落下の衝撃で中の液体を撒き散らしながら一斉に炎を吹き上げた。


「おおっ……うおおっ!」

「すごい、本当に燃えている!」


 ハインツがこの日のために用意していたのは、大量の火炎樽であった。

 可燃性の高い油を18リットル入りの1斗樽(直径40cm×高さ40cm)一杯に詰めて厳重に密封し、油を十分に染み込ませた布を2ヵ所に取り付けて火を付け、それを獣人軍の直上から落とす。

 1隻で全長40メートルにもなる飛行艦55隻に乗るだけの火炎樽ともなれば、膨大な数となる。1隻に200樽積めば合計1万1000樽で、それは大祝福1の魔導師のファイヤー1万1000発分を獣人軍に直上から撃ち込むに等しいのだ。

 それを以て『軍馬と食料を空から焼き尽くし、数万の軍勢を瘴気の世界の中央で孤立させる』のだ。


「それっ、どんどん落とせ!焼き尽くしてやれ!」

「おおっ、いけいけ」

「やったぁ!そこだっ!」


 大祝福1以上の冒険者ともなれば、同じ大祝福1の魔導師が放つファイヤー1発と同程度の火炎樽が直撃しても1樽では死なない。

 だが運ばせた食料や軍馬ならば、1樽でも直撃すれば全て燃え尽きる。

 馬車で1都市間を3日なら、馬を失って徒歩となれば倍以上の時間が掛かる。

 加えて食料無しで数万の軍勢が立ち往生すれば、獣人同士で現地にある僅かな食料の奪い合いとなる。


「とんでもない数の樽だなぁ」

「この日のために準備してきた。だが俺たちの役割は他にある。気を抜くな」

「ああ。分かっているさ、フランセスク」


 都市を焼き尽くすほどの火炎樽を飛行艦隊に積載し、さらにはそれに数倍する火炎樽を艦隊ごとに補給できるように旧第一宝珠都市セイクレンの11ヵ所に分散配置して、往復する11個の飛行艦隊へ補給をさせ続ける。


 さらに敵軍が都市セイクレンへ到達する事を見越し、エルヴェ要塞にも相当数の火炎樽を用意する。敵軍がエルヴェ要塞に迫れば、今度は要塞を放棄して後方都市から火炎樽を運んで投下する。

 例え獣人軍に王都ベレオンを落とされても、都市ブレッヒから発進する。逆に都市ブレッヒを落とされても、王都から発進する。獣人軍がベイル王国へ侵入すれば、必ず壊滅するだろう。


「恐ろしい事を考え付いたものだな、ハインツ・イルクナー宰相」


 地上を睨みながら冷静に評したのは、総旗艦に同乗している紅塵のクラウス・バスラーだった。その隣では、ロータス・ボレル副団長が黙って団長の発言に耳を傾けている。

 ハインツは、元の世界で用いられていた戦法を真似ただけだ。竹槍で飛行艦は落とせない。だがこの世界の人々にとっては、飛行艦自体が無かったのでこのような戦法を考える以前の問題だったのだろう。

 他人の考案した戦法を自分の手柄のように話す事もどうかと思ったハインツだったが、元の世界の事は誰にも話す気が無いのでバスラーの話を逸らす事にした。


「高度が高くて命中率が低いのは、投下量でカバーする。相手は数が多いから、目標が外れても一般獣人や攻城兵器が燃える。投石器や、馬車据付式弩砲でも良い。一つでもどれかに当たれば、それだけ相手が戦争のために運んできた何かが焼けて戦力が削れる」

「なるほどな」


 バスラーはハインツの言葉に対し、純粋に感心した。確かにこれは効果的な戦法であると認めたのだ。

 既に眼下に広がる大地が、次々と炎に飲み込まれていく。

 遠目に獣人達が炎を避けながら逃げ回るのが見えるが、何しろ四方八方が燃えている上に馬車や攻城塔など容易に動かしがたい者も多く、軍勢の数も多すぎて統制が取れていない。逃げ回ることで周囲に風を送り込んで火の勢いを増しているようで、むしろ有難いくらいだ。

 水系のスキルが用いられて鎮火も行われているようだが、手数はまったく足りていない。

 ベルンハルト消火弾が同数の1万1000個もあれば、食料が水浸しになるのと引き換えに何とか鎮火できるだろうか。だが攻撃は第二派、第三派と続いていく予定だ。


「宰相閣下、飛行獣人が舞い上がってきます。十数。周囲の艦隊へも他の集団が」

「接近する飛行獣人を撃破し、次いで他艦の援護に向かう。ハクンディ、暗殺スキルを。アーネット、石化を。ブランケンハイム大治癒師はマナを温存。他の大祝福2は、射程内なら攻撃しろ。オリビア、頼むぞ」

「よし、ようやく俺の出番だな」

「閣下、あたしは貰った輝石3個とマナ回復剤3本で石化を14回使えるけど、マナはどれくらい残しておく?」

「今は半分残してくれ。オリビアの範囲から外れた奴らを狙って個別に攻撃を」

「分かったわ」

「ご主人様、なぜ私への呼びかけが最後だったのですか?」

「………………いや、このタイミングで拗ねるな」


 オリビアはMP1880+輝石600+回復剤750で使用可能MP3230だ。

 全体石化スキルは消費MP480なので、6回使える計算となる。


「オリビア、スキルを3回までに抑えてくれ。それで充分のはずだ」

 (……全体石化3回なら、クロスアストラルウォールが2回使えますね)

 (……まだ公開するには早いが、念のためにな)


 バダンテール歴1259年7月にハインツがオリビアと結婚してから丸6年。

 オリビアは当初自身の事を学が無いと卑下していたが、ハインツが秘書官に任じて付きっ切りで教えた結果、最近はハインツ基準でもいくらかの案件を任せて良いレベルにまで達している。大祝福3の魔導師に相応しい知能も次第に備わってきた。

 問題はオリビアがハインツ以外にはあまり興味を示さない性質的な部分にある。自分の取扱説明書はハインツ以外に絶対読ませず、ハインツにすら説明書の内容を一部誤魔化してみせる。そのくせ、取り扱いを間違えると怒る。

 ハインツは深く気にせず、強引に引っ張っていく事にした。どうせ本当に分かって欲しい時は自分から伝えてくるのだ。


「対象は任せる」

「分かりました」


 オリビアが天に昇ってくる獣人達へ杖を向けた。


 『全体石化』


 ハクンディやアーネットらが攻撃を始めるよりも早く、また飛行獣人達が総旗艦に攻撃を始めるよりも早く、オリビアは6人の飛行獣人を石化して大地へと叩き付けた。

 ジュデオン王国でオリビアが石化して落とした神速のアロイージオは大祝福3であったが、その他に大祝福3の飛行獣人がいるなどハインツは聞いた事が無い。オリビアのスキルが掛からない飛行獣人など存在しないのだ。

 もし例外が居るとすれば、治癒師祈祷系で大祝福2以上の飛行獣人であろうか。そんな相手が居れば、もちろんハインツはその相手に集中攻撃するが。


 『全体石化』


 オリビアとスキルを掛けられた飛行獣人達にしか見えない何かが伸びていく。

 ハインツがオリビアに睡眠のスキルを掛けられた時は、マナがオリビア自身の形を取りながら真っ直ぐに向かってきた。そしてハインツを抱きしめ、振り解かれまいと絡み付いてくる形だった。

 当時ハインツは冷静にそれを眺め、左腕を失った自身を治癒する目的のリーゼや、それを手伝おうとするミリーに協力しているのだと理解して抵抗を放棄した。妻達の意思と行動に抵抗する理由は特に無かったからだ。

 だがハインツ以外の相手には、状態変化系スキルは違う形を取るだろう。


 (呪いだからなぁ。どんなイメージが襲っているのやら)


 2組目の飛行獣人6人が天空で石に変わり、翼に揚力を得られなくなってそのまま大地へと墜ちていく。

 もしかすると飛行獣人たちには物理無効化2のスキルが掛けられているのかも知れないが、すると重複できない魔法無効化スキルは掛かっていないので、各艦隊の魔導師達からの魔法攻撃は防げない事になる。

 それに石化後の墜落で破壊できなくても、大祝福3であるオリビアの呪いを解除する事は容易ではない。この戦争中にそれだけ優秀な治癒師がマナを消費してくれるのであれば、それはそれで重畳極まりない。


「あ、地上の獣人にぶつかりました」


 スキルで石化させられた獣人の一人が、地上に居た不幸な獣人にぶつかったようだ。

 どうやら高度1000メートル以上の高みから石像を地上に向かって放り投げているに等しい状況が生まれているようだ。


 (一石二鳥ならぬ、一石一鳥一獣……『暗殺』)

 『石化』『暗殺』


 オリビアのスキルで1/3にまで数を減らされた飛行獣人達に向かって、総旗艦の艦上から大祝福2台の遠距離攻撃が始まった。

 ペリュトンでの空戦は、飛行獣人の方が空での機動力がある可能性を考えて避けている。


「『暗殺』……くっ、やっぱり本職の方がスキルの命中精度が高いな」

「それはそうよ。『石化』……でもどうせなら早く祝福76になって、リシエ秘書官みたいに全体系でまとめて堕としたいわ、『石化』飛び回るのを1人ずつだと、マナで追いかける時に結構集中力を使うのよ」

「へぇ、『暗殺』、今いくつ?」

「64よ。『石化』……竜退治みたいには上がらないわね」

「後12か……『暗殺』、5年は必要だな」

「『石化』……-3歳の指輪を使っても、30歳になってしまうわ」

「それは大ピンチだな。彼氏は居るのかい?おっと宰相閣下、片付け終わりました」

「紅塵には大祝福2の男が3人居るけど、年齢的に釣り合う男が居なくてね。閣下、使用回数あと9回です」


 総旗艦オーディンに向かって来ていた飛行獣人達は、あっという間に残らず地上へ叩き落とされていった。

 全身を使って必死に空へ舞い上がろうとする相手と、飛行艦を広い足場にして上空から一方的に攻撃を飛ばせるベイル王国軍の大祝福2台とでは、これほどまでに圧倒的な差がある。


「二人とも余裕そうで何よりだ。艦長」

「はっ、回転翼一番2/4。後部噴射口一番から三番噴射開始。右舷回頭しろ」

「回転翼一番2/4。後部噴射口一番から三番噴射開始します」


 この戦いは、戦う前から勝敗が決まっているのだ。

 ハインツは飛行獣人たち残らず叩き落とした後、獣人たちの悲鳴すら届かない遥か空の高みから火炎樽を落とさせ続けた。



 ハインツは、4時間後には第二波の攻撃も成功させた。

 抵抗の余地などないだろう……と思っていた。

 だが、第二波の攻撃を終えて意気揚々と都市セイクレンに引き揚げたところで、11ヵ所の補給地点の全てが燃え上がっているのを上空から目撃した。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 獣人帝国軍への第二波攻撃を終えた艦隊はセイクレンへの帰還飛行を続けているが、まだ到着までは僅かに時間がある。


「ハインツ」


 都市の炎上が肉眼で確認できたところで、メルネスが短く判断を求めてきた。

 メルネスだけは、ハインツが治癒師祈祷系の大祝福3だと言う事を知っている。そうでもなければ彼は自分で判断して動いているだろう。可及的速やかな救助が必要な状況だ。


「……ペリュトン飛行隊で、11艦隊の各旗艦に直接乗り込んで緊急伝達。各艦隊の騎士たちは、艦隊ごとに定められている補給地点の負傷者救出を急げ。治癒師はスキルで直ぐに治癒を。都市セイクレンはこのまま放棄する」

「よし、全員聞いたな。第一飛行隊、僕を除いて第一から第五艦隊に伝達。第二飛行隊、第六から第十一艦隊に伝達。直ぐに行け」


 11騎の飛行騎兵がペリュトンに跨がると、総旗艦オーディンから次々と飛び出して各艦隊の旗艦へと飛んでいった。

 それを見届けたメルネスが、ハインツの精神負荷を和らげるために言葉を掛けてくる。


「おそらく深謀のイグナシオだろうね。ハインツが予想していたよりも判断と行動が速かったようだ。セイクレンに大祝福2の護衛部隊を置くべきだったかな?」


 置いているのと置いていないのとでは、もちろん差は出てくる。

 だが旧都市セイクレンを見渡したハインツには、大祝福2台のパーティを置いていたからと言ってイグナシオを何とか出来たとは思えなかった。


「樽の無い部分までまとめて燃えている。都市防壁の上にでも乗ってファイヤースコール辺りを連続で撃ち放ったのだろう。樽の集積地になっている11ヵ所の艦降下地点は、どうやっても目立つからな」

「なるほど、それだと防げないかもね。イグナシオは転移も使えるし、都市セイクレンは暫く前まで獣人帝国領だった」

「ああ、防衛に誰を配置しても防ぎ切れなかっただろう。待てよ、今あいつのマナは残りいくつだ…………?」


 ハインツは慌てて紙に計算を書き始めた。

 イグナシオは祝福数で基礎MP1840。輝石でMP+600、回復剤でMP+150。合計で2590が使える。

 一方消費は、単体転移のトランスファレンス2回で1080。ファイヤースコールは1回の消費MP134(3×2×2×2+55×2)で、11ヵ所の集積地に向けて11回使えば1474となる。

 転移2回のMP1080とファイヤースコール11回のMP1474で、消費MPは2554。


 (…………イグナシオは使用可能なMP2590のうち、ここで2554も使ったのか。すると今は36くらいしか無い。あいつのMP自然回復量はいくつだ)


 深謀のイグナシオの基礎MP1840を24時間で割れば、1時間にMP76ずつ回復する計算になる。

 飛行艦隊がゴクライムへ戻るには補給に1時間と移動に1時間半で合計2時間半かかるので、MP回復は180。

 現在のMP36+回復180で、ハインツが舞い戻った場合のイグナシオのMPは216となる。

 そこまで計算したハインツは、艦橋からメルネスとオリビアだけを連れ出して司令室へと入ってドアを閉めてから言った。


「メルネス。今から獣人帝国軍のいるゴクライムに向かえば、そこに居るイグナシオはファイヤースコール1回くらいしか使えない状態だ」

「転移を使ったという予想は正しいと思うけど、イグナシオの攻撃魔法がファイヤースコールだった保証はあるのかな?」

「火炎樽を置いていない場所まで燃えている以上、魔法は火系で間違いない。そして魔導師特殊系は、火属性1のファイヤーまでしか使えない。フレイムやフレアは無理だ。それとあの被害範囲の広さから見て、レインではなくスコールで分裂させている」

「イグナシオが付けている転姿停止の指輪以外の2個の輝石の合計値が、マナ容量+600よりも大きい可能性は?」

「1個でMP増加400を越える輝石なんて歴史上聞いた事も無い。俺の予想より200多くても、イグナシオは全体睡眠以上の状態変化スキルは使えない状態だ」


 それはハインツの知っているジャポーンの歴史上では無く、セレスティアの知っているこの世界の歴史上での話だ。


「分かった。それで、リシエ秘書官の使用可能なMPは残りいくつなんだい?」


 オリビアは祝福数で基礎MP1880、輝石でMP+600、回復剤でMP+750。合計で3230が使える。


「オリビアの使用可能MPは3230で、石化2回でMP960を消費した。だが使ったのは一次攻撃の時で、今から5時間半も前の事だ。ゴクライムに着く2時間半後には、8時間も経っている。回復MPは…………626」


 オリビアの基礎MP1880を24時間で割れば、1時間に約78ずつMPが回復する計算になる。すると8時間のMP回復量は、626だ。

 ハインツが書いた紙を覗き込んだメルネスは短く頷いた。


「使用可能MP3230-消費MP960+回復MP626で、オリビアはMP2896分のスキルを一方的に使える計算になる。消費MP840のクロスアストラルウォールが3回使用可能だ」

「…………それで、どうするのかな」


 そろそろ総旗艦オーディンがセイクレンに到着するだろう。

 全ては時間との勝負だ。


「全艦隊から魔導師100人を引き抜いて総旗艦に乗せる。そして艦の両側から獣人軍へ魔法攻撃を撃たせて弾幕を張りつつ、オリビアのクロスアストラルウォール3回で敵の3個軍団を飲み尽くす。1個軍団に獣人冒険者は600人。3個軍団なら1800人の獣人冒険者をまとめて倒せる」


 地上獣人の人口120万人中、冒険者は50人に1人で2万4千人となる。祝福を得てから死ぬまでのサイクルを平均40年とすれば、1年で補充できるのは600人。

 祝福を得た獣人戦士1800人をまとめて倒せば、獣人帝国軍から3年間を奪うに等しい大戦果となる。

 普段このような事は絶対に出来ない。

 それはオリビアの射程がイグナシオの射程と同程度なので、互いに犠牲を無視して撃ち合えばどちらも甚大な被害を受けるからだ。

 だが今は、反撃を受けずに敵の大集団をまとめて掃討できる絶好の機会だった。


「獣人と釣り合う力があると示して、容易に攻め込めないようにするのがベイル王国の当面の目標だ。そして、今が最高のタイミングだ」

「僕に異論は無い。そして、リシエ秘書官も異論は無いのだろうね」

「…………ありませんよ」


 オリビアが大祝福3の力を示したところで、もはやハインツとオリビアに指図できる国は周辺国に無い。

 そして獣人帝国も、力を示す事によって逆に攻め込めなくなる。

 オリビアは「普通の主婦が良いです」という望みを今でも持っているが、現状を打開しない限り、それはいつまで経っても訪れない。


「じゃあ行くぞ」

「わかりました」


 各艦隊への伝令を終えて総旗艦に戻ってきた2個飛行隊は、新たな命令を伝達すべく再び各艦隊へと飛んでいった。


 『全魔導師は、速やかに総旗艦オーディンへ集結せよ』


 都市セイクレンのほぼ中央に降り立った総旗艦オーディンは、慌てて駆け込んできた魔導師を祝福の高い順に100名乗せると、着陸から1時間以内には都市を飛び立った。

 一方ハインツたちに置き去られた11個艦隊と都市セイクレンの生存者たちは、総旗艦から降りたフェルトン卿、バハモンテ男爵、アクス令嬢らの指揮下にエルヴェ要塞へ引き上げる事となる。


 全長60メートル級の総旗艦オーディンに、魔導師達が所狭しと並ぶ。

 これから一体何を行う気なのだと訝しがる魔導師達に、ハインツの説明が始まった。

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