第07話 強襲降陸艦ヘルミの戦い
旧ハザノス・ラクマイア両国から神宝珠を回収したベイル王国飛行艦隊は、来るべき獣人帝国の大侵攻に備えるべく、空からの索敵を続けている。
ハインツに同行しているセレスティアは、当然それを問い質した。
『獣人帝国軍は侵攻してくると断言できる。このまま飛行艦隊を放置すれば、これからも獣人帝国の各都市はベイル王国に攻められ放題になるからだ。見逃せないだろう?』
『そうだね』
『それを叩き潰せば、塗り替えた新しい地図に実効支配が伴う。力を示して人類の領土を獣人たちに認めさせる形だな』
『それでずっと大街道を飛び回っているんだ?』
『必ず大街道から来るだろうからな』
まともな指揮官であれば、大街道を避けて進んだりはしない。
それは「大街道を避けて瘴気の森を進めば、移動時間が数倍掛かる」「馬車が進めないので、食料や水をまともに運べない」「凹凸の激しい地形で、兵士の疲労が増大する」「魔物が一切駆除されておらず、襲われ易くなる」などの理由からだ。
よって飛行艦隊の索敵は、各地の大街道を中心に行われている。
なお発見は、なるべく早い方が良い。そのためベイル王国軍の飛行艦隊は、運用可能な全艦隊の強襲降陸艦を索敵にフル活用していた。
飛行艦隊には、現在2種類の艦が存在する。
強襲降陸艦 assault landing ship。
飛行輸送艦 air transport ship。
艦を作戦によっては使い潰す兵器と見なしたハインツは、艦に変な愛着を持たないように名前を付けず、『艦隊番号、艦の種類、配属番号』順での呼称に統一しようと考えた。
そして2種類の艦はどちらも頭文字がAであった為、強襲降陸艦をL、飛行輸送艦をTと呼称する事とした。アサルトよりランディングの方が弱そうなイメージはあったが、効率最優先での決定だ。
例えば、第六艦隊に所属する強襲降陸艦の2番艦は「6-L2」と呼ばれる。
同じ第六艦隊内で艦を呼ぶ場合は、単純に「L2」だ。
全飛行艦の艦体の複数箇所には、それぞれの艦識別番号が大きく描かれている。
もしも艦数が増えて、『第十艦隊』の『強襲降陸艦・第二世代型』の『10番艦』になれば、「10-LⅡ10」と描かれることになるだろう。この形であれば、どれだけ新艦隊の増設や新造艦への切り替え、配備艦数の増加があっても不都合は生じない。
『いかに早く、そして分かり易く伝えるか』
それは、僅かな時間差が生死を分ける戦場においては極めて重要である。
「L2中破!」と言えば1秒で報告が済み、司令官が即座に次の命令を出せる。だが「強襲降陸艦2番艦中破!」と言ったならば、報告は絶対に1秒では済まない。
あるいは艦名を付けて「強襲艦アレイヤード中破!」などと言っては、全艦隊の全艦名を覚えでもしない限り「どこの艦隊の、どの船だ」と戸惑ってしまう。
ハイジーンであるハインツにとって、それは省くべき無駄である。
……にもかかわらず、第六艦隊の強襲降陸艦2番艦には「ヘルミ」という名が付けられていた。
誰が名付けたかというと「6-L2」の乗組員たちで、しかも由来は乗組員たちが懇意にしている飲み屋の看板娘からである。
その他にも多くの艦が、初代艦長や乗組員たちが命名者となって勝手に様々な由来の艦名を付けている。おまけに命名時に名前が被らないよう、艦名のリストまで出回っているらしい。
そして非公認どころか、通称として公文書以外では平然と各艦名が用いられている。そんな裏切り者の中には、ベイル王国の侯爵位を持つ人間まで含まれている…………しかも2人も。
その件に関してハインツは、認めたら負けだと思っている。
どうやらこちらでは名前を付けるのが一般的らしいが、ハインツだって明確な理由があって「6-L2」と付けたのだ。
勝手な呼称を止めるように強制まではしないが、ハインツの前ではあくまで「6-L2」である。
そんなごく少数が「6-L2」と認識し、大多数が「ヘルミ」と呼称する艦が、最初に獣人帝国の大軍を発見した。
Ep09-07
強襲降陸艦ヘルミの艦長であるエルナン・グラシア技術少佐は、艦長職に多い『属性鉱石の製錬・加工』や『輝石の精錬・変質』の出身ではなく、『植物からのマナ抽出・調合』の出身者という変わり種である。
出身校はアクス錬金術学校で、第一期の特待生であった。
成績はレナエル・バランドとトト・クワイアに次ぐ3位で、ハゲの乱ではキスト・サンと共に冒険者協会に駆け込んで第一報を伝えた。
その事によりアクス錬金術学校のベルガー校長に見出され、極秘建造中であった飛行艦隊への就職を斡旋されて現在に至る。
人格や能力を問題にされた事は無く、操艦成績も強襲降陸艦長の中で概ね平均値。薬師としても第六艦隊と第六騎士団に貢献しており、それなりに重宝されている。
そんなグラシアを艦長とする強襲降陸艦ヘルミは、敵勢力圏の限界領域から進路をベイル王国へと回頭させている最中に、敵軍の先頭集団を発見するという名誉を引き当てた。
「獣人軍発見。西進中。1個大隊規模」
甲板要員からの報告が上がる。
それを聞いたグラシア艦長は、確認のため艦の進路を再反転させた。
「…………左回転翼を回せ、右舷急速回頭。飛行高度維持」
「総員、交戦準備!」
艦長が艦を操舵する間に、同乗している第六騎士団のアルヴァン・ブローマン副騎士団長が総員に戦闘準備を命じた。
騎士団員たちが数人掛かりで可動式大弓砲に取り付き、あるいは固定してあった長槍や大弓を掴み取る。
魔導師たちはどの魔法が効果的であるのかを事前に確認し、地上攻撃と対空防御のいずれの指示があっても即応できるように心構えを行う。
治癒師はその攻撃に加わらず、状況を見ながら最小のマナで済む回復スキルを適切に行使すべく周囲の配置を見渡した。
「再回頭完了」
「大街道に平行して東進。全域を最大警戒しつつ、双眼鏡での偵察を継続しろ。全輝石燃料、緊急使用準備」
「至急確認。パーティ編成、武具、耐性装備、回復剤、状態回復剤、医療消耗品。艦長、飛行高度を下げろ」
飛行高度が高すぎて敵の識別がし難いと感じたブローマン副騎士団長が、グラシア艦長に指示を出した。
操艦は艦長の職責であるので、この命令は拒絶する事が出来る。
「……了解。エアー放出、メイン出力4/10、前後サブ出力2/6。降下しろ」
「エアー放出、メイン4/10、前後サブ2/6、降下します」
とは言ってもグラシアは技術少佐で、ブローマンは中佐である。
ハインツはそれも考えて強襲降陸艦の艦長を騎士団長や副騎士団長と同じ佐官級に据えたのだが、「錬金術学校の卒業生」と「祝福40以上の副騎士団長」とでは、やはり実戦経験や格がまるで違う。
飛行艦自体が極めて重要であると認識して、権威に屈せずに王国のために正論を主張できる者はごく一部だ。
それは広義では能力に属するが、努力では容易に改善し難いと言う意味ではある種の才能に属するであろうか。そのような人間は総じて旗艦の艦長を拝命しており、残念ながらグラシアは2番艦の艦長であった。
「記録開始。敵全体数、編成、兵科割合、魔導師数、遠距離兵器、攻城兵器、兵糧規模」
高度が下がり出したところで、ブローマンが5つの騎士小隊それぞれに敵の記録を始めさせた。
今回の索敵は、敵の位置と大まかな数が分かれば成功である。1個軍団単体で各地から来れば各個撃破し、数個軍団単位で来ればまとめて撃破すると言う風に対応が変わる為、その情報が欲しいのだ。
「…………大当たりだな」
空から一望した地上の光景を一言で表すなら、「死の海」であった。
1個軍団規模を大きく上回るであろう獣人達が、各々の武器を手にし、種の繁栄という共通目的のために一丸となってベイル王国へと押し寄せていた
彼らの繁栄とは、人類の生み出した都市と神宝珠を丸ごと奪い、人類の治癒師に維持を祈らせ、人類を労働力として使役する「他種族支配」である。支配される人類にとっては絶望以外の何物でも無い。
あの海が各国に到達すれば、人々は荒波と潮流に飲まれて溺れ死んでしまうだろう。
ブローマンらベイル王国騎士団は、ベイル王国の堤防なのだ。その身を以て押し寄せる海から人々を守らなければならない。
「後続の部隊を確認する」
「了解、両回転翼1/2。加速しろ」
「両回転翼1/2、加速します」
敵軍が強襲降陸艦ヘルミを頻りに見上げ、進軍を中止して慌ただしく走り回り始めた。
それが見えたグラシア艦長は、高度が下がりすぎていると感じた。
「ブローマン中佐、本艦は高度が下がりすぎているようです。そろそろイルクナー宰相閣下が禁じられた深謀のイグナシオの魔法攻撃の射程高度に入ってしまうかと」
魔法攻撃は長距離になるほどマナが大気中に拡散して威力が落ちていくので、無限の距離を飛ばす事は出来ない。
空からならば、マナを用いて氷柱などを生み出した後に、重力による自然落下で敵軍へ落とすなど攻撃できる。だが地上からでは自ずと限界がある。
ハインツは付与や装備で強化したオリビアの射程範囲を測定し、そこから若干の余裕をもって単艦時の下限高度を定めた。現在の高度ならば安全と言えるが、これ以上高度を落とすと制限を逸脱する。
今回の目的はあくまで偵察であり、ブローマンは艦長の進言を受け入れた。
「よし、これ以上は下げなくて良い」
「了解しました。メイン出力6/10、サブ出力4/6、高度戻せ」
「メイン出力6/10、サブ出力4/6、高度戻し…………
『威圧』
それは、乗組員がグラシア艦長の命令を復唱した瞬間であった。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
強襲降陸艦ヘルミの真下から、強大なマナが怒りの咆哮と共に上空へと吹き上げられてきた。
ヘルミの全乗員は艦の装甲を突き抜けてきたその直撃を受け、肉体では無く精神にダメージを受けて全員崩れ落ちた。
「…………かはっ」
身を乗り出して敵数の把握を行っていた騎士のうち、バランスを崩した数名が地上へと落ちていった。
彼らには、効果持続時間が1日しかない物理無効化スキルは掛かっていない。
いや、掛けられないのだ。
強襲降陸艦には治癒師が2名乗っているが、無効化スキルはスキルを覚えた祝福時の最大MPの15%を使用する。具体的には大祝福1台の「物理無効化スキルは消費MP50」で、「魔法無効化は消費MP53」だ。
一方で治癒師のMPは祝福35であれば最大MP350で、王国支給のマナ量増大の輝石MP+50を3個同時に装備しても、最大MPは500程度となる。最大で9人に掛けるのが限度であろう。
マナ回復剤3本を使えば750が加算できるが、まさか3本全て使って回復できなくなってしまう事も出来ない。2本使って500と考えれば、使用可能なMPは1000だ。すると『無効化スキルは、1日に18名まで』にしか掛けられない。
治癒師は2名乗っているが、無効化スキルが使える祈祷系は1人だけなので結局掛けられるのは18人だけだ。回数制限のあるマナ回復剤の最後の1本は、戦闘時のために取っておかなければならない。
治癒師自身2名、艦の運航要員9名、騎士団長あるいは副騎士団長1名、魔導師5名、軍医2名。この時点で既に対象者が19名となっており、治癒師の最大MP次第では軍医たちにも無効化スキルを諦めて貰う。
つまり30名の騎士には、誰一人として無効化スキルが掛けられていない。
大祝福3の魔法攻撃の射程範囲ギリギリという高さから落ちれば、騎士とて生きていられるはずが無い。
「………………馬鹿な、この距離で」
最初に驚愕の言葉を発せたのは、祝福数が40を越えているブローマン中佐であった。
魔導師である深謀のイグナシオの予想射程範囲外からマナを送り込んで全員戦闘不能にするなど、想定外にも程がある。
地上を見下ろせば、ブローマン達よりも間近で雄叫びを受けた獣人の大軍勢も一様に怯えて動けなくなっており、彼らの中には落馬している者らも多数居た。
だが、その中であの強大なマナの咆吼が利かない連中が幾人か、陣容から飛び出して飛行艦の真下へと疾走しているのが見える。
姿の判別までは出来ないが、大軍団の中にあって僅か数名の最上位者と言えば、軍団長を置いて他には居ないだろう。
「まずい、艦長、高度を上げろ!」
乗組員が高度を戻す前にスキルを受けてしまい、当初の指示のまま艦の高度が下がり続けている。
このままでは、深謀のイグナシオの射程圏内へと入ってしまう。
「……う……ぐ……」
だが操艦を行う乗組員達は、未だに恐慌状態から脱せていない。
彼ら乗組員は、祝福を得た騎士では無く一般人なのだ。地上からかなり距離はあるが、恐慌状態に対する耐性は無いに等しい。
『威圧』
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
2回目の咆吼が地上から吹き上げ、強襲降陸艦ヘルミの船体を真下から突き抜けて天へと昇っていった。
「ぐぁあああ」
ブローマン副騎士団長が、先程よりも強いスキルの威力に胸を押さえて倒れる。
この艦の中で最大祝福数のブローマンが倒れるのだ。騎士や乗組員が倒れ伏さないで居られる訳が無い。
飛行艦ヘルミは半加速状態で当初進路通り、次第に降下しながら西へと飛行を続けた。もはや完全に深謀のイグナシオの射程内に入っており、それを地上の軍団長達が追いかけてくる。
「………………はぁ…………はぁ」
まともな思考が保てないまま、ブローマンは最悪の状況を理解した。
もはや完全に深謀のイグナシオの射程内に入っており、それを地上の軍団長達が追いかけてくる。
ならば敵の目的は殲滅では無く、飛行艦ヘルミの鹵獲だ。
「……高度を、上げる。その棒を上げれば良いんだな?」
ブローマンは乗組員以外が絶対に触ってはいけない事になっている艦橋の輝石燃料投入の操作レバーをグラシア艦長に指し示して見せた。
倒れたままのグラシアが、苦悶の表情だけで頷く。
本来ならばいくらでも注意点がある。だが、グラシアはそれを話せる状態に無かった。
そんなグラシアの危惧通り、ブローマンはまず右側にある前方サブ気嚢の出力だけを一気に全開にした。
艦首が浮かび上がり、艦尾が下がって船体のバランスが崩れ始めた。
「……うぁわあああっ!」「ああああぁぁぁ……」
次第に傾斜が深くなる中、甲板に居た騎士の何人かがさらに落下していった。
使命感と気力でグラシア艦長が必死に叫ぶ。
「左のレバーも、後部サブ気嚢にも燃料を……」
「分かった!」
それに応じたブローマンが慌ててレバーを上げた。
飛行艦は中央メインと前後サブという3つの気嚢を備えており、メインもしくはサブ2つが破壊されても飛行を続けられる様になっている。
だがそのような特殊な作りにしたせいで、船体のバランスを取らなければならないという特殊な技術が要求されるようになっている。
「船体の角度を戻して……左側を2本多く……戻り掛けたら……2本下げて……」
そんな3つの気嚢の各出力に加えて、左右のプロペラ2基とその出力調整設置位置の異なる後部噴射口6基、尾翼の角度調整と組み合わせる事で、飛行艦は高度な動きが出来るようになっている。
強襲降陸艦は艦長1名と、気嚢操作員2名と、エアー放出員1名と、噴射口操作員1名と、回転翼操作員1名と、翼操作員1名の最低7名くらいがいて、ようやく単艦での戦闘飛行が可能になる。それに信号弾や手旗信号などによって他艦との連携を図る通信員2名を合わせて定数9名だ。夜間飛行は行っていないので、交代の当直員は居ない。
だが現状では、9名いる乗組員の誰一人として立ち上がれる者は居なかった。
『クロスアストラルウォール』
そんな危険な操艦を続ける強襲艦ヘルミの前方に、先程とは異なる強大なマナが青白く輝き始めた。
膨大なマナが光の束となり、それが幾重にも重なって巨大な光の壁を形成し始める。
「なんだあれはっ!?」
ブローマンが驚愕の目を見開いた艦の前方両側に、高さ30メートル、幅数百メートルほどの巨大な青白い光の壁が2枚同時に出現した。
青白いと言う事はアストラル系の魔法攻撃のはずであるが、規模が尋常では無い。
その青白い壁はゆっくりと、左右からヘルミの進路を塞ぐように交差を開始し始めた。
「全てのレバーを下げて……下側に回避を……」
いくら危機的状況であったとしても、まさか素人のブローマン中佐にエアー放出をさせる訳には行かない。
それをさせては、グラシア艦長が状態異常を脱したとしてももう艦を戻す事は出来ない。
「…………くそっ」
ブローマンは上げていた気嚢の全レバーを下げ、艦の高度を落とした。
青白い光の壁が迫る中、艦の高度が下がり始めて壁の下へと潜り込む形となり始める。
「ぬぉおおっ」
ブローマンの目に映る地上の光景がより繊細になってきた。
既に地上の獣人達も大祝福2の者達は立ち直り、水上の獲物が落ちてくるのを待ち構えるピラニアの群れの如き動きで飛行艦ヘルミを追いかけてきている。
そのヘルミの直上では、青白い光の壁が艦の気嚢部分を通り過ぎて行った。
「くっ、レバーを全部上げてください!」
ようやく立ち直ってきたグラシア艦長が大声で叫んだ。
「全員、早く立ち直……『ダブル・フレアレイン』『ライトニング・ランススコール』『ダウンバースト』……うわああっ!?」
ブローマンに作業を依頼した艦長が乗組員達に号令を発しようとした刹那、強襲艦ヘルミの船体が激しく揺れ始めた。
高度が下がったために、大祝福2の大隊長による魔法攻撃の余波が艦に届き始めたのだ。
まだ距離が有り多重竜皮と竜骨で造られた艦の装甲を突破するほどではないが、船体を揺らされては乗っている者達がまともに操艦できない。さらに船体を押し上げるのでは無く引きずり降ろそうと、風魔法まで使ってくる。
「全気嚢出力最大、左右回転翼全速、噴射口6門全部使用、現空域を緊急離脱せよ!」
『クロスアストラルウォール』
必死に制御を行うヘルミの前に、再び強大なマナが青白く輝きながら広がり始めた。その光は幾重にも重なりながら、今度は正方形の壁を形成し始める。
そして強襲艦ヘルミの左右前方に、高さ100メートル、幅100メートルほどの巨大な壁が2枚同時に出現した。
「なんだと、先程と形が違うぞっ!」
「先程躱されたから、今度は上下の長さを変えたのか!?」
「あれでは回避不能ですっ」
攻撃に揺れる艦内で艦橋要員が絶望の声を発したのを見渡したブローマンが、一瞬の逡巡の後に命令を下す。
「艦長、左の壁に突っ込め」
「…………ブローマン副騎士団長!?」
「1枚だけならば、魔法無効化が掛かっている者は生き残れるだろう。早く行け!」
それは咄嗟の判断であった。
状態変化系は防ぎようが無いが、アストラル系の魔法攻撃であれば魔法無効化スキルで防ぐ事が出来る。
無効化スキルは治癒師自身2名、艦の運航要員9名、ブローマン副騎士団長、魔導師5名、軍医1名に掛けられており、そのうち治癒師、運行要員、魔導師の半数には魔法無効化が掛けてある。
「しかし、それでは他の者が……」
「早く行け、全滅するよりマシだ」
「……はっ、急速左舷回頭!全翼最大角、左回転翼停止、左側噴射口3門停止」
「急速左舷回頭、全翼最大角、左回転翼停止、左側噴射口3門停止」
「右回転翼加速維持、右側噴射口3門噴射維持、全気嚢出力最大維持」
「右回転翼維持、右側噴射口3門噴射維持、全気嚢出力最大維持」
強襲艦ヘルミが空で身動ぎし、急速に方向を変えて進み始めた。進路は青白い光の壁の左側で、その中心に艦首を向けてまるで吸い込まれるように迫っていく。
「司祭殿、自身に掛けているのは物理無効化スキルか、それとも魔法無効化スキルか?」
「物理です」
「そうかっ!」
ブローマンは一瞬だけ目を閉じ、直ぐさま剣を振り抜いて治癒師を斬り付けた。
「うわっ」
治癒師に掛けられていた物理無効化スキルのマナの守りが、ブローマン中佐の斬り付けによって一瞬で失われる。
「早く魔法無効化を掛け直せ」
「は、はいっ」
「艦長、獣人軍団長は皇女を除いて最低でも5人以上だ。間違えるなよ、もっと多い可能性もある。軍団数は4以上。イルクナー宰相閣下に正確に報告しろ」
「…………はっ!」
『魔法無効化ステージ1』
治癒師が自身にスキルを掛け直す中、強襲艦ヘルミは青白い光の壁の一枚に突入していった。
船体を死の壁が通り抜けていき、その光を浴びた魔法無効化スキルの掛かっていない騎士や乗員たちが次々と倒れていく。
「頼むぞ……」
グラシア艦長の目前で、ブローマン騎士団長が微かに笑いながら光に飲まれていくのが見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
皇女ベリンダは遙か西の彼方へと遠く飛び去っていく飛行艦を一心に見つめ、鋭い口調で発した。
「逃がしたか」
ベリンダのスキルとて万能では無いのだ。
もし飛行獣人達を展開している時に威圧のスキルを使えば、味方が空から一斉に墜ちてしまう。
よってイグナシオのスキルが届かなくなった敵は、単に見送るしかなかった。
ジュデオン王国を攻めた際にベリンダが使っていた大祝福3神速のアロイージオは、例外中の例外なのだ。そんな威圧の効かない軍団長たちが、続々とベリンダの元へ集ってきた。
「あの船から何人か落ちただろう。生きている者か、あるいは蘇生できそうな者はいたか?」
「…………残念ながら、一様に即死でした。地に1メートルほどの穴が空いており、蘇生は不可能かと」
「分かった。一応、リベリオに見せておけ」
「はっ」
望み薄であろうが。と、命を下したベリンダ自身も考えた。
冒涜のリベリオは祝福72の治癒師祈祷系であり、他の治癒師とは比較にならぬほどに高度な治癒や蘇生が施せる。あまりに重宝されるせいでろくに祝福を上げられていないが、治癒の経験ならば充分に積んでいる。
だが彼と言えども、蘇生できる死体と蘇生できない死体がある。
そしてベリンダの見る所、あの高度から落ちた騎士は蘇生出来ない死体になるはずだ。
ベリンダが天空からジュデオン王国へと降下した際も、あれほどの高度ではなかった。ベリンダとて物理無効化スキルを掛けられていなければ万が一にも死んでいたかも知れない。
であれば、ベリンダよりも遙かに弱い人間が蘇生出来るほどに肉体を保てているはずも無い。
(…………良い。このまま西進していけば、あの船に乗っているような人間はいくらでも手に入る。それどころか、船そのものさえも)
そう考え直したベリンダは、全軍に進撃を再開させた。
























