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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第三部 第九巻 天鎚戦争(12話+2) ~支配者の領域~

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第05話 手札★

 25都市から25個の神宝珠を回収したハインツは、続いて『ディボー王国の領土奪還作戦』と『ハザノスの都市民移動作戦』を同時に敢行した。

 『ディボー王国の領土奪還作戦』には、飛行艦隊と大騎士団長たちを参加させた。

 『ハザノスの都市民移動作戦』は、騎士団と直属の大祝福2たち6名にブランケンハイム大治癒師と民間馬車隊を加えて実施した。

 アクス令嬢とバハモンテ男爵はディボーへ、フェルトン卿はハザノスへ増援に行っている。

 なおベックマン近衛騎士団長は王都へ、ネッツェル要塞司令はエルヴェへそれぞれ戻した。彼らは戦闘力もさることながら、指揮官としても得がたい人材なのだ。



 そしてハインツ自身は、飛行艦隊による早期警戒を続けている。

 その間に宝珠の加護を失った各都市の獣人たちは、都市を放棄して加護の残る安全な後方都市へと避難を開始していた。

 だがハインツが警戒していた獣人帝国軍による即反撃は無かった。ハインツは、自身の作戦を慎重に過ぎたのではないかと思い始めていた。


 「現在、旧第一宝珠都市セザイロ上空を通過中。地上に敵影無し」


 獣人帝国の地上帝都がある都市インサフから第一宝珠都市アズラシアまでは、僅かに5都市しか離れていない。

 都市ハザノスからエルヴェ要塞までは3都市だが、数万人規模を全員同時に馬車へ乗せる事は出来ないので避難は徒歩が主となる。すると移動時間は馬車の2倍にも3倍にもなる。

 最悪の場合、ハインツが飛行艦隊で各都市の宝珠を回収している間に深謀のイグナシオに気付かれて都市アズラシアから獣人帝国軍の出撃があり、エルヴェ要塞にベイル王国騎士や民衆が辿り着く前に要塞での攻防戦が始まる危険があった。

 ベイル王国は最初からエルヴェ要塞に兵力を置いているのだし、どうして獣人帝国側が最前線都市のアズラシアに軍を置いていないと考えられようか。

 ハインツは獣人帝国軍の動きをそのように見積もり、挽回できない危険が生じかねないとして都市ハザノス以外からの民衆奪還を諦めたのだ。


 相手の軍事行動がまだ開始されないのであれば、ハザノス以外の都市からも民衆の奪還が出来たのでは無いだろうか。

 もちろんこれは結果論である。

 そんな事は今更であるし、奪還範囲を広げれば作戦を行う地上部隊が深謀のイグナシオと道中で遭遇する可能性が跳ね上がったのも間違いない。


 「進路そのまま。旧第二宝珠都市ルーレリアへ」


 船内艦橋の司令席に深く腰掛け、乗組員に指示を出す艦長の背中を眺めながらハインツはセレスティアと日々の会話を続けた。


 『質問しても良いかな?』

 『……なんだ』


 25都市から神宝珠を回収したハインツは、そのうち24神宝珠を一旦王都に預けた。

 だがセレスティアの神宝珠に関しては専用の袋を作り、それを服の内ポケットに入れてハインツ自身が常に持ち歩いている。

 言葉を発しない意思伝達を続けているのは、万が一にも誰かに知られないためだ。


 『私の都市以外から民を助けないのはどうして?』

 『…………救出範囲を広げると、深謀のイグナシオが出た時に対処できなくなる。大祝福2のパーティに大治癒師を付けて、ようやく安心できるんだ』


 ハインツとセレスティアは、アルミラに対する共闘者として手を組む事にした。

 セレスティアにとってアルミラを止める事は悲願であるし、ハインツにとってもアルミラを止める事はベイル王国を継承するであろう子供の利益になるからだ。

 仮に子供がベイル王国を継承せずに妻のアンジェリカが治め続ける事になったとすれば、なおさらアルミラを倒さなければならない。

 だがまずは、お互いの理解と意思の疎通が急務であった。


 『飛行艦で運んだらダメなのかな?』

 『民が飛行艦の理論を理解して、他国も模倣し出す。そんな民や他国の飛行艦が獣人に捕獲されたら、今度は獣人が飛行艦を飛ばし始める。もしも戦力のバランスが獣人側に傾いている間にそうなれば人類は終わりだ。今は俺が管理できる範囲に無ければ困る』

 『神殿長は12人ほど乗せていたよね。何人かは家族と一緒に』


 ハインツが今までに飛行艦に乗せる事を認めたのは、アーリラ北部会戦でヴァレリア皇女と、同盟国ディボーのドステア大騎士団長とラリサ大司祭の合わせて3人。それと撤収時に帝都から妹オルネラと彼女の部下たち。

 だがいずれも艦橋には招いていない。

 そして今回、各地を回って協力を得られる事になった12名の神殿長とその家族達がそこに加わった。


 『神殿長をやっている治癒師だ。大騎士団長一人ずつにそれぞれ治癒師を付けて2個パーティを作れば軍団長だって倒せる。いくらでも欲しいさ。そうでもなければ乗せられない』


 オルランド宰相から北部連合まで、各国がベイル王国騎士から飛行艦の情報を得ようとするであろう事は想像に難くない。

 しかし飛行艦の理論を概ね理解しているのは、旗艦を除くと現在52艦に増えた各艦の艦長達だけである。ベイル王国騎士には機密として飛行艦の理論を聞く事を禁じているし、乗組員が分かっているのも操作方法であって理論ではない。

 各艦の艦長にまで辿り着かれる事も考えて、設計図の複写も禁じている。ディボー王国が劣化飛行艦を飛ばせるまでには、おそらくまだ10年ほど掛かるだろうとハインツは見積もっている。


 理論を知っているハインツがベイル王国で1259年に動き始めてから1264年に実戦投入するまで5年を掛けているので、初めて見たディボー王国が10年で模倣するなど尋常ではない早さだが、作り出す事と模倣する事の難易度はまるで違う。

 艦は増え続けるし、その艦長達への箝口令にも限界がある以上、10年も経てば情報は必ずどこかで漏れているはずだ。オルランド宰相ならば、どんなに遅くとも十数年で運用を始めるだろう。

 だがディボー王国以外の各国は錬金術を持っておらず、錬金術学校も存在しない。おそらく出だしではベイル王国の錬金術学校の卒業生を引っ張り始めるのだろうが、飛行艦については学校でも教えていないので他国が作り出すのは当分先だ。


 『俺の目的は、圧倒的なアドバンテージがある間に、獣人帝国に対して人類がなるべく有利な状態を作る事だ』


 ハインツは廃墟都市と化した各地を偵察する飛行艦の艦上で、廃墟都市と化された都市の神宝珠にそう告げた。






               Ep09-05






 ハインツの全身に溜め込まれていたMPが、ハインツの意思に従ってすべて両手へと集められていた。


 「…………うぐぐ」


 すべての存在には、マナポイントと呼ばれるものがある。

 MPとは生物が持つ体内マナ保有量の事であり、当然ハインツもMPを持っている。

 だが『すべての存在は』と称したように、鉱石などもマナを溜め込む事が出来るので、生物以外にもMPはある。


 マナの結晶体である輝石などはその典型だ。

 輝石は『赤色の輝石は火属性』のように見た目からしてマナの属性に大きな偏りがあり、人間が持つマナとは性質が異なるものの、とても大きなMPを持っている。


 そんなMPは、その基準を作った人間の成人の平均値を1として数値化されている。

 要するに、祝福の無い人間の平均的なMPは1だ。

 これは「身長が1メートル以上・2メートル未満の人間は、端数を切り捨てればみんな1」と主張するようなもので、当然その枠内に収まらない人もいる。

 MP1と言うと少ないように感じるが、計算に関しては簡単ではないだろうか。「あのヤギはMP3で、俺たちの3倍だ」「この輝石はMP120で、高価ですよ」と言えば子供でもなんとなく分かる。


 人間が本来身体に持っているMP1は動かせない。

 だが冒険者は、祝福を得る際に他の能力が上がるのと同様にMPも上がっていく。

 戦士のMPは祝福数×2。探索者のMPは祝福数×4。治癒師のMPは祝福数×10。魔導師のMPは祝福数×20。大まかにはこのように得る事が出来る。

 治癒師祝福95であるハインツの場合は、自在に扱えるMPが950もある。


 「…………むぐぐっ」


 そんなハインツのMP950が、両手に集められた後に手の先にある神宝珠へと流れ込み始めた。


 治癒師祈祷系は、その祈りで神宝珠の力を回復させることができる。とされている。

 実際にどのような現象が生じているかというと『治癒師のMPを全て使って金色のマナの素へと変換し、加護を発する神宝珠へ逆流させている』のでは無いかと言われている。


 複数の治癒師が送る力は干渉し合うので、同時に取り込むことは出来ない。

 またマナ増大の輝石を装備してマナ量を増やしても、輝石には既に属性があるので金色のマナの素に変換できない。


 そのため神宝珠は、治癒師から送られた金のマナの素となる純粋なMPからどれか一種類(通常は一番高いもの)を、1ヵ月ほどかけて自らの力へと変換しているらしい。

 また治癒師の方も、金のマナに変換可能な力を送り込めるのは1ヵ月に1度ほどなので、ハインツのような高位の治癒師が複数の神宝珠に力を送ることも出来ない。

 それをハインツは「400ml献血を行う場合は赤血球の回復に2~3週間かかるから、次回の献血には少し時間を空けてね」とイメージした。ちなみに成分献血とかは無い。


 「ぬはぁ」


 全身のマナを全て使い尽くしたかのような激しい窮乏感に襲われたハインツは、総旗艦オーディンの司令室内に据え付けられている固定ベッドに身を投げ出した。

 マナ回復までの時間は、食事に含まれるマナや環境要因などもあるので一概には言えないものの一日休めば概ね回復だろうか。

 ハインツはマナ回復剤を飲んで失ったMPを回復させ始めた。


 『ありがとう』

 『……いえいえ』


 千瞳のドリス曰く、毎月の『神宝珠による力の放出』と『治癒師による力の回復』は次のように計算できるらしい。


 放出量=1格辺りの平均人口÷100+100

 回復量=治癒師の祝福数×10

 消耗量=(放出量-回復量)×宝珠格


 神宝珠の放出量は、第一宝珠格で人口5万人なら500+100で600だ。

 第二宝珠格で人口10万人なら、10万人÷2格で平均5万人となり同じく消費は600となる。

 一方治癒師による回復は、仮に35の神殿長の祈りならば350だ。

 消耗は600-350で250となる。これに宝珠格を掛けると、第一宝珠格ならば250×1で消耗250、第二宝珠格ならば250×2で消耗500と増えていく。格が上がると加護範囲が広くなるので、消耗が倍加するのだろう。


 『ところで放出量を回復量が上回ったら、消耗はどうなるんだ。つまり加護を発していないセレスティアが100消費して、俺が950回復したら、消耗は-850だ。これに第六宝珠の6を掛けると、消耗-5100。力が月に5100回復するのか?』

 『そうなるかな。あと、セレスで良いよ』

 『分かった、俺の事はハインツで良い。ところでその力は、俺たちのマナ保有量と同じと考えて良いのか?』

 『うん。単体回復4なら消費MP43×2、全体回復3なら消費MP45、全体状態回復なら消費MP93、全攻撃無効化なら消費MP140×2、単体蘇生2なら消費MP152×2』


 セレスティアは呪文のような言葉を唱え始めた。

 治癒師のスキルには一定の法則というものがある。

 治癒師がスキルを使う際のMP消費量は、そのスキルを覚えた祝福数のMP×5%、10%、15%、20%のように計算できるのだ。

 回復系は5%、状態回復系は10%、無効化系は15%、蘇生系は20%。


 一つ例を挙げよう。

 ハインツが祝福95で覚えた蘇生ステージ3について。

 治癒師の祝福95は、祝福数×10で最大MP950。

 蘇生系が『スキルを覚えた祝福数のMP×20%』と言う事は、蘇生3は950×20%で消費MP190となる。

 また最大MPの20%で使えると言う事は、MPが最大ならスキルを5回使える計算となる。10%のスキルなら10回、5%のスキルなら20回使えて計算が楽だ。


 ところでハインツは、かつてイヴァン・ブレッヒとクリスト・アクスを蘇生しようとしていた頃、このスキルを「1日に蘇生は6回が限度だ」と考えた。

 蘇生6回目の足りないMP190は、どこからどうやって調達するのか。

 それは『装備による最大MPの増大』と『マナ回復薬での回復量』を足す。

 当時のマナ回復薬は1日1回150程度の回復が一般的で、当時一般庶民だったハインツは高価な輝石も持っていなかった。それで蘇生は1日6回が限度と計算していたのだ。


 だが今は回復量250の新式マナ回復剤を1日3回使えて、装備も宰相位に加えてリーランド帝国からの賠償金で飛躍的に良い物が使えるようになった。

 付与装備は3つまでしか効果を発揮せず、それ以上は効果が干渉し合って弱い側の効果が消えてしまう。付与装備のうち一つを転姿停止の指輪が占めているハインツは、力を隠している事もあって最大MP増大の輝石は装備していない。だが今なら、MP量+300くらいの輝石が2個装備できる。

 MP950に回復剤による追加MP750を合わせてMP1700分が自由に使える今のハインツは、蘇生3が1日8回使えるようになっている。そしてMP増加系の輝石をフル装備すれば、蘇生可能回数は13回になる。


 セレスティアが言った×2については別の法則がある。

 それは『大祝福が上がる度に、スキルの威力が増大すると同時に消費MPも倍加する』という法則だ。

 オリビアのファイヤーで例えると分かり易い。

 祝福1で覚えるファイヤーは消費MP3だ。

 大祝福1に上がると、消費MPは2倍の6となる。

 大祝福2に上がると、消費MPはさらに2倍の12となる。

 大祝福3に上がると、消費MPはさらに2倍の24となる。

 祝福1の時にオリビアを殴った男の顔を焼き返して苦しめたファイヤーは、大祝福3に達すると家数軒を飲み込んで一瞬で燃え上がるまでの火力に達した。

 治癒師の場合もこの法則が適用されており、効果が跳ね上がると同時に消費MPも倍加する。

 また大祝福1で覚えた無効化1のスキルであれば、大祝福2になると消費MPが倍になる代わりに持続時間も倍加する。大祝福1で1日持続していた無効化ならば、大祝福2では2日間以上持続する。


 『しかし1回の祈りで5100分の力が回復するなんて、とんでもない回復量だな』

 『神宝珠は加護を放ち続けるか、失われてしまうかの二択だから、大祝福2以上の神殿長が付かないと消費の600を超えて回復したりはしないけどね。でもハインツのおかげで、数十年で第六宝珠から第七宝珠に戻れるかも』

 『……気が長すぎる』

 『数十年なんて、すぐだよ?』

 『………………』


 現在3歳半の娘アリシアや、1年3ヵ月の息子フィルが成人してもまだ達成できそうに無い。


 娘のアリシアは現在絵本や塗り絵がお気に入りで、色々な遊びをさせて楽しませながら学ばせている所だ。ちゃんとお話も出来るようになった。髪はブロンドで母親似、目の色はブラウンで父親似である。

 『アンジェリカ女王陛下とイルクナー宰相閣下のご令嬢!』という、もの凄い期待が王国民から掛かっているらしく、あまり過剰な期待を掛けて本人を潰さないようにしようとは心がけている。そこは親なので守らないといけない。


 息子であるフィリベルトは乳児から幼児になった……つまり乳母が離れて離乳食に切り替えた所だ。どちらに似たのか好奇心旺盛なお子様で、将来は冒険者で間違いないだろうと既に父親が親馬鹿を発動している。

 フィルは次代のベイル国王最有力候補であり、本人が王位継承を拒否しない限りは国王の予定である。フィルは王位を欲するであろうか、だが欲されるほど豊かな国にはしておきたいとハインツは思う。


 そんな可愛い盛りの子供達の数十年後を想像したハインツはフリーズした。と言うか、むしろ中年になった子供達を想像したくなくてフリーズした。

 だが現実は恐ろしく、宮内局は王女や王子のための様々な教養や礼儀作法の習熟スケジュールを専属教師のリストと一緒に次々と提出してくるし、貴族界ではオルコット侯爵を筆頭に二人の婚約者候補と成り得る子息や令嬢を、ハインツが彼らと顔を合わせる度にさり気なくアピールしてくる。

 しかも、その動きは国内だけに留まらない。何しろ婚姻による結び付きは最も単純かつ効果的なのだ。


 ハインツの氷化から暫く後、セレスティアは話題を元に戻した。


 『でもあまり驚かないね。ハインツはスキルの法則を知っていたんだ?』


 ハインツには、ジャポーンで先人達が解き明かしたスキルに関する様々な知識や、スキルの使い方についてのノウハウがある。

 そして、それを使えば戦局が一変するであろう事も理解していた。


 『…………ああ』


 だが、治癒師と違って魔導師の場合は計算が難しくなる。

 オリビアのMPは、祝福94×20でMPが1880ある。

 オリビアが覚えているスキルは火属性攻撃魔法1のファイヤーと、状態変化が「鈍化」「毒化」「沈黙」「睡眠」「麻痺」「幻覚」「石化」の7つと、クロスアストラルウォールと、アークトランスファレンスである。


★魔導師特殊系スキル表

挿絵(By みてみん)


 消費MPは『全体鈍化376(64×2×2+60×2)』、『全体毒化392(68×2×2+60×2)』、『全体沈黙408(72×2×2+60×2)』、『全体睡眠424(76×2×2+60×2)』、『全体麻痺456(84×2×2+60×2)』、『全体幻覚464(86×2×2+60×2)』、『全体石化480(90×2×2+60×2)』だ。

 祝福90で使えるようになったクロスアストラルウォールは、消費MP840だ。(クロス50×2×2+アストラル120×2×2+ウォール80×2=200+480+160)

 祝福94で覚えたアーク系のトランスファレンスは、消費MP634~1104だ。(540+94×転移人数)



 効率を考えれば発動や展開に時間が掛かる上に2回使えばMPが殆どカラになるクロスアストラルウォールよりも、装備や回復剤による補正無しでも78回使えるファイヤーを連発した方が良いかもしれない。


 だが霊属性攻撃であるアストラル最大の特徴は、『実体が無い』のでゴーストなど霊的存在にもダメージを与え、さらに壁などを突き抜ける点にある。

 例えば、オリビアが夜間に獣人の王城前に転移してクロスアストラルウォールを撃ち放ち、中の獣人を殲滅して転移で逃げるというような闇討ちも可能だ。この方法による消費MPは1748。

 威力的には大祝福1以下の相手しか倒せないだろうが、敵国の騎士駐留所でやれば一撃で騎士団を全滅させる事が出来るし、王宮のどこかに隠れているリーランド皇帝を外から殺す事も出来る。

 仮に皇帝が事前に魔法無効化2を掛けていたとしても、2つの壁が両側から迫るクロスアストラルウォールを受ければ1度で無効状態が破壊される。2連続で使えば間違いなく殺せるだろうし、その際の消費MPは2588なのでオリビアには実現可能だ。

 なおオリビアがマナ量増大の輝石2個でMP+600とマナ回復剤でMP+750を併用すれば、使用可能MPは3230である。護衛を付けての転移すらできる。



 但しこの手法は、獣人帝国の深謀のイグナシオも同様に可能だ。オリビアのように全体転移が使えなくとも、単体転移と撃ち逃げなら出来るのだ。

 マナ回復剤の性能に関してはベイル王国側に圧倒的な優位があるが、輝石の性能に関しては獣人帝国も人類が持ち出せなかった高性能品を持っているだろうから劣らない。ハインツは深謀のイグナシオのMPを1960+輝石600+回復150で2710程度と見積もっている。2回撃って逃げる事もイグナシオには出来る。

 そして、大祝福3のイグナシオがその方法に気付いていないという楽観論は止めた方が良い。これまでは獣人帝国が勝ち続けていたので、撃ち逃げを選択する機会が無かっただけだろう。

 何しろ獣人帝国軍が負けたのは、殺戮のバルテルが倒されたトラファルガ会戦と、金狼のガスパールが倒されたベイル王国王都決戦と、無敗のグウィードが倒されたディボー王国決戦の3回しか無く、いずれの戦場にもイグナシオは居なかった。

 だが今後イグナシオが参加する戦場で獣人帝国軍が不利になれば、あるいは獣人帝国全体の戦況が悪化すれば、イグナシオはこの戦い方を始めるかも知れない。


 だからハインツは適切なタイミングで、獣人帝国軍に対して「大量破壊兵器を持っているのは獣人だけでは無い。それをやれば互いに撃ち合いになるぞ」と教えなければならない。

 単に「人間が持っている」と教えるだけでは、そのまま攻め込まれて終わりだ。

 きちんと迎撃できる事を示して、「容易に攻め難い相手が持っている」と認識させなければならない。


 ハインツは周辺各国が持っていない手札をいくつか隠し持っている。

 だが、だからこそ開示のタイミングについては慎重に計らなければならない。

 神々の祝福と加護に満たされていた元の世界と違い、こちらの世界には大根のおまけに付けてもらえる蘇生薬など無く、やり直しは二度と利かないのだから。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 このように「出来る事」と「出来ない事」をセレスティアに次々と確認しているハインツだったが、これにはもちろんお互いの意思疎通や興味本位以外の理由がある。

 セレスティアの記憶にあった魔族アルミラに関して、一体どのような対応が出来るのか。それを検討するための情報を徹底して得ているのだ。

 セレスティアの力の回復はアルミラ対策に必要な行為であるし、情報収集もそのうちの一つである。


 『ハインツ。さっきのスキルの話だけど、人や大祝福2以下の神にスキルを使えるのは、私が神に戻った時だけだよ』

 『それは、どうしてだ?』

 『見えないし、聞こえないから。ハインツを除いた人は神と違ってマナを介した意思伝達が出来なくて、転生神も大祝福2以下は意思自体がとても曖昧』

 『例えば俺が意識を失ったら、セレスの回復は期待出来ない訳か』

 『ハインツの呼びかけが無ければ無理かな。なんとなく周囲から発するマナの流れくらいは掴めるけど。それと、出来ればあまり消費させないで欲しいかな』


 つまりセレスティアを所持していても、ハインツがセレスティアに向かってマナで呼びかけなければ周囲の状況をあまり掴めないらしい。


 (…………だが妻とイチャイチャしても、セレスティアは気付かない)


 ハインツはプラス思考である。


 『治癒師を由来とするセレスのような転生神は、祈りで他の神の回復は出来るのか?』

 『顕現した際の肉体的な傷はスキルで回復できるけど、根源的なマナの消費は癒やせないよ』


 (どういう理屈だ。人間と転生神とで存在の立ち位置が違うのか)


 セレスティアが他の神に祈って金色のマナを回復させる事は出来ないらしい。


 『セレス。全体状態回復のスキルを、他の神宝珠に掛ける事は可能か?』

 『神宝珠は金のマナの結晶体だから、外部からのマナ干渉はそれに阻まれて無理かな。スキルを内側から自分で使える転生神じゃ無いと、宝珠から戻れないと思うよ』


 ハインツが考えたのは、ベイル王国が回収した24個の神宝珠を全て神に戻してアルミラに対抗する事だった。

 意思や自我を喪失していない神宝珠にはハインツの言葉が届くと分かり、思っていたよりも説得がし易そうだと考えた矢先ではあったが、背に腹は変えられない。

 アルミラへの対策を怠ってベイル王国が滅亡しては、一時的に栄えさせても何の意味も無いのだ。


 生前に主神へと至れるほどの実力者が24神も集えば、アルミラに対して数の暴力で押し切れるのでは無いだろうかと考えたわけだが、どうやらそれは無理なようだった。

 もっとも、それで済むのならばセレスティアやエリザが先にやっていないはずは無いだろう。これはあくまで「出来る事と出来ない事の確認」である。


 ちなみに全体状態回復のスキルは、治癒師祈祷系の祝福93で覚える事が出来る。

 セレスティアは94で、エリザは93。

 だがセレスティアの記憶にエリザ以外の該当者との邂逅は無いし、ハインツもジャポーンで自分以外にそう言う人物が居たという話は聞いた事が無い。

 彼女たちも、相当イレギュラーな存在であるらしい。


 (もしかすると、アルミラも神宝珠から神に戻れる事を知らない可能性があるか?)


 それについての答えは出ないだろうと考えたハインツは、一先ずそのアドバンテージを不用意に失わない事を頭の片隅に置いた。


 周辺国の北側は、アンデッドが徘徊する果てしなく広い不毛地帯である。

 そして神族セレスティア・ハザノスと神族エリザ・バリエの二人は、魔族アルミラに壊滅させられた北側から来た。


 ふと『そんなに暴れたアルミラは、銀のマナが足りるのか』と言う疑問が生じたが、ハインツはそれも可能だろうと考えた。

 一見すると途方も無い話だが、神宝珠だけをピンポイントで壊してしまえば、後は瘴気で住んでいる人をアンデッドに変えてゾンビパニックを引き起こせるので、実現はそう難しい事でも無い。

 実際にハインツも、獣人帝国の支配下にあった25都市を廃墟都市に変えたばかりである。

 もしも獣人帝国が存在せず、大祝福3台のハインツが悪意を持った協力者を募って飛行艦隊を神宝珠奪取に用いれば、アルミラと同じ事は人の身ですら容易に再現出来る。


 後はアルミラの魔族化までのマイナスカルマの溜め方であるが、例えば瘴気から逃れるために天山洞窟へと逃げ込んだアーシア人1億人に対して、天山洞窟の入り口を開放して瘴気に晒してやればそれだけで達成できるだろう。

 人間を殺すためだから協力しろ。とか言って、アルミラと彼女の魔族化を後押しした人たちが1億人のアーシア人から同意を得ずに無理矢理実行すれば良いのだ。

 ようするにディボー王国のガストーネ王が魔族エイドリアンを創った行為をスケールアップするようなものである。

 仮にハインツの想像が正しいのだとしたら、そんな風に膨大な恨みを溜め込んだアルミラを止めるには相当の犠牲が必要となる。おそらくこれまでにも膨大な犠牲が出てきたのだろう。


 『セレス、一つ提案があるんだが』

 『何かな?』

 『あと2神までになら、誰にも知られずに定期的な金のマナの回復ができる。俺の妻は2人が治癒師祈祷系で、一人は祝福70台、もう一人が祝福65だ』

 『…………神宝珠じゃないと回復できないけれど、そこから神に戻れるのは私とエリザだけかな。でも考えてみるね』


 そういえばセレスティア・ハザノスやエリザ・バリエの祝福数は、治癒師でありながら異様に高い。

 古い時代の瘴気濃度が高くて経験値も多かったのかもしれないが、すると瘴気に覆われて滅んだ古代人の時代に生まれたアルミラの魂はそれ以上に強いのかもしれない。

 結局のところ、アルミラを止めるには相当の犠牲が必要になる訳だ。


 『セレスが周辺国を発展させて冒険者を増やし、カルマを高めさせて周辺国の金のマナを増やしたのは、アルミラの銀のマナに総力で対抗するためか?』

 『うん。獣人に計画を壊されちゃったけど』

 『なるほど、それで俺と手を結ぶ訳か。それで、肝心のアルミラは今どこに居るんだ?』

 『アルミラはあんまり表に出て来ないよ。自分の消費を抑えながら、妖精種や他の魔族を使って人類を攻めさせたりして。300年前の人妖戦争って知ってる?』

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