第03話 古の記憶
昔々、遠い昔、バダンテール歴を4回以上は遡った遙か昔。
その頃の瘴気は今より少しだけ濃くて、世界はもう少しだけ過酷で、それでも私たちは神宝珠に守られながら平穏に暮らしていた。
私たちの小さな世界には、強力なアンデッドや魔物が沢山居た。
祝福を得た冒険者達はそれらを倒しながら祝福を上げ、カルマを高め、転生竜を倒して世界の力を浴び、転生の条件を満たした。
自身が転生して新たな神宝珠を生み出す事で人々に加護を与え、あるいは意図的に神宝珠を創らずに新たな転生竜と化して次代の冒険者たちの糧となった。
目の前にあるそんな生命の循環こそが、世界の全てであると信じていた。
私はそんな世界で、治癒師としての祝福を得た。
Ep09-03
スケルトンやゴーストのようなアンデッドには、その素体となった個体ごとに溜め込める瘴気の大きさがある。
例えば生前に祝福を得ている冒険者のアンデッドは、生前のスキルこそ失っているものの、祝福を得ていない一般人に比べて溜め込める力が大きくて能力が比較にならないくらい高い。
そんな個体差の大きいアンデッドだけど、外見上では冒険者と一般人の見分けがあまり付かない。だから周囲を警戒してこちらが先に発見して、アンデッドの移動速度で能力を推察するのが一般的な判別方法だった。
でも明らかに見分けが付く、とても強力なアンデッドも居る。
それは時々目にする『耳長アンデッド』で、彼らは総じてとても強かった。
もしかすると『古い時代に滅んで、強い個体だけが魂を崩壊させずに残っている特殊な耳長人』なのかも知れないけれど、学者ではない私にはそれが本当かどうかなんて分からない。
その代わりに分かる事は、彼らは全員とても怖いと言う事だった。
生前に一体どんな恨みを持っていたのだろうかと思うくらいに怖い表情で、私たち人間を明確な憎しみの対象として見つめてくる。
それは、私たち人間の存在自体を認めていないという強い意志。
肉食獣が獲物を観察する眼差しとは違って、その瞳からは「全身を引き千切って肉の塊に変えてやる」というか、「取り憑いて身体の内側から魂を追い出して存在自体を奪ってやる」というか、なんでそんなに憎いの?と思うくらい怖い存在だった。
『単体治癒ステージ4』
私はそんな耳長アンデッドの一人に正面から向き合い、でも言葉を交わせない彼女の訴えを一切聞かずにスキルで消し飛ばした。
瘴気を沢山貯め込んだ強力なアンデッドの撃破によって、私は大きな経験値を獲得する。
「治癒師は祝福上げが楽そうで、本当に羨ましい。俺たちなんて地道に魔物を叩いて、叩き返されて、最近は自分が獣と変わらないんじゃないかと思えてきたところだ。なぁ、お前もそう思わないかドゥフェク」
確かに私は『耳長アンデッドの魂送り』と呼ばれていて、これまでに相当の経験値を稼いできた。
そんな私とパーティを組んでいる戦士のツァハが、同じくパーティを組んでいる戦士ドゥフェクに同じ戦士職としての賛同を求めた。
「それで?」
「…………いや、お前はどう思うと聞いたんだが」
「戦士が気に入らないなら転職しろ。戦士を続けるなら職業差違を受け入れろ。それで、他に聞きたい事はあるか?」
「…………」
転職は、そう簡単にできるものじゃない。
祝福を得た戦士が治癒師になるなんて、祝福を得ていない格闘家が司祭になるくらい有り得ない事だと思う。転職には本人の思いだけじゃなくて職業適性も必要だし、これまでの人生を引っ繰り返すくらいの覚悟も必要になる。
それでも転職できるとは限らないけど。
ツァハは相手の心情をあまり考えずに軽口を叩くタイプで、ドゥフェクは相手が言った言葉をバッサリと切り捨てるタイプ。
彼らを私と組ませた偉い人たちは、パーティの相性や私のストレスについては、まったく考えてくれなかったらしい。
「帰りたいかな」
「「却下」」
「うぐっ」
私たちがパーティを組んでいるのには理由がある。
それは私たち全員が大祝福3を超えていて、倒さなければならない相手がそれだけ強いからだ。
最近ちょっと……実はそれなりに……本当はとんでもなく困った事になっている。
「勝手に帰るとどうなるのか、分かるね?」
「まさか聖女セレスティア様が分からないはずは無いだろう」
最近とんでもなく困っている事、それは人妖戦争。
妖精種は耳の長い種族で、私たちからはエルフと呼ばれる。
耳が長いと言っても『耳の長いアンデッド達』程には長く無くて、もしかするとこの二つの種族は、遠くない昔に共通祖先が分岐したのかも知れない。
そんな妖精種は、『生来備わった力でマナを操る』事が出来る。
『種族全体が魔導師攻撃系のようなもの』で、祝福こそ得られないものの個体ごとにそれなりの強さまで成長していく。
妖精ごとの個体差は大きいけれど、女王クラスなら大祝福3の強さに達してしまう。
寿命も上等な転姿停滞の指輪を嵌めた人並みかそれ以上に長い妖精種は、祝福を得られる人間の冒険者とも遜色が無いほどに優れた種族で、そんな彼らが人類に牙を向いたから、人間の世界は今とんでもなく困った事になっている。
ちなみに彼女たちとは文字も言葉も全く異なるので、お互いに意思疎通はできない。
「誰が何をして怒らせたのかな?」
「さあ、全然思い浮かばないけど。八つ当たりなんじゃないか?」
「誰が何をしたのだとしても、人間を一括りにして攻撃するというなら人間として反撃するまでだ」
私たちは長い旅の末、妖精女王を苦難の果てに倒し……たのではなく、本当はそれほど苦労せずに倒した。
敵の攻めてくる方角は分かっていて、それを逆に辿れば目的地に着いた。
大祝福3台の戦士ツァハとドゥフェクの2人が戦い、同じく大祝福3台の治癒師である私が回復した。私たちは古代遺跡から得られたマナ回復剤を沢山持たされていて、出し惜しみ無くマナを回復する事も出来た。
魔導師攻撃系の力を種族として備えているとは言っても、前衛の戦士も回復の治癒師も居ない妖精種に私たちが負けるはずは無かった。
そう、私たちはエルフには負けなかった。
でもみんな殺された。
私が生前の最期に見たのは、まるで害虫を見るかように冷め切ったルビーのように赤い瞳だった。
最初にツァハが主神化し、それに続いてドゥフェクが主神化して敵に向かった。
でも私たちを殺した相手に対しては、二人の神としてのカルマは全然足りなかった。彼女は生前にどれだけカルマを下げ、そして全身に憎悪を溜め続けたのだろう。
私はゴースト化や転生による顕現を避け、純粋な魂のまま存在を消して彼女が立ち去るのを静かに待った。
治癒師では無い耳長の彼女は魂を確認する手段を持たず、もちろん殺す事も出来ず、私の遺体だけを破壊し尽くすとどこかへ去って行った。
そのあと私は、死んだんだなぁと思った。
魂から蘇生するスキルなんて祝福94の私だって聞いた事が無いし、そんな蘇生薬が古代遺跡から見つかった記録も無い。
それどころか、遺体も殆ど残っていないから埋葬すらしてもらえない。それ以前にここは妖精種の国で、女王を倒したと言ってもまだエルフは残っているし、人が来るのは無理だと思う。
治癒師祈祷系の大祝福3である私の魂は、この過酷な瘴気の世界でも数十年くらい保てると思うけれど、顕現しなければそこで消えてしまうと思う。
本当に色々と考えたし、もちろん泣きもしたけれど、最後には私を殺した耳長の魔族が気になった。
だって、おかしいよね。
神魔に至るのは、確か人間だけじゃなかったかな。
私は彼女たちに認識されない魂のまま、彼女たちの滅び掛けた国を見て回る事にした。
最初の数年は漠然と、それからは赤子の人生を追って言葉を覚え、その次はもう少し高い地位の赤子を追って文字を覚えて……
そして私は、エルフの世界で知りたくなかった事を知ってしまった。
どうやら私は『耳長アンデッドの魂送り』ではなく『古代人の魂送り』で、戦争相手のエルフ達は滅びた古代人の子孫たちだったようだ。
知りたくなかった古の記憶が、取り憑いた子供達の人生を重ねていく内に次々と明らかになっていく。
エルフ達の文献に記された古い時代には、古代人たちの体内にある加護で暮らすのに支障の無い程度の瘴気しか存在せず、宝珠都市を創るという発想も存在せず、文明は今よりもずっと発展していた。
古代人の間でもカルマや神魔は存在していたようで、ごく一部の古代人たちは魂を高めて死後に自力で転生へと至った。
…………女王を殺されて勢力を著しく減じた彼女たちは、やがて人に滅ぼされた。
私は力ある霊体と化し、今度は彼女たちの僅かな遺物である書物を勝手に読ませて貰う事にした。
かつて繁栄していた古代人達の世界では、ある時から突然瘴気が増大していったらしい。それは複数の文献に載っていて、どうやら世界規模での災厄だったようだ。
瘴気の増減には何度か周期があったらしく、数多の仮説が立てられたけれど原因は不明。古代人達は万策を以て迫り来る災厄から逃れようと図った。
だけど古代人達は、世界規模の災厄に対処し切れずに結局滅びてしまった。増大した瘴気に身体が耐え切れずに次々と命を落とし、人口の減少によって都市や文明を崩壊させたようだった。
僅かに生き残った古代人たちは、身体が瘴気負けして今のエルフへと姿を変え、転生や多くの力も失い、僅かな文明の欠片を残すのみとなった。
また、より瘴気負けした古代人たちは、スキュラのような妖精種を租とするただの魔物たちへと姿を変え、文明を完全に失ってしまった。
アルテナの加護と祝福を得た他種族の台頭は、その辺りからだった。
『もう顕現しないと…………魂が消えてしまう…………』
私は主神化し、力を抑えて生前の姿を取った。
そして古代人の魔族に滅ぼされてアンデッド地帯と化した人間の国々を彷徨いながら、まだ世界のどこかに残っているかもしれないエルフの里を探し求めた。
このまま宝珠都市を創るなんて、私にはできなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
焼け落ちて朽ちたエルフの里で、一人の女性が静かに佇んでいた。
私は彼女を、耳が長いにもかかわらず妖精種とは思わなかった。
妖精種は完成された美しい人形的な造形と、瘴気を受け付けずに弾く真っ白な肌と、赤が混じった硬い宝石のような瞳をしている。
でも彼女は人間的な曲線のある綺麗な人で、真っ白ではなく色白の肌で、薄紫の優しい瞳をしていた。とても不思議な女性だった。
彼女はもしかするとハーフなのかもしれないと思った私は、その瞬間に私を殺した古代人の魔族を連想した。
そう、彼女は妖精種の特徴をあまり引き継いでいない。
どちらかと言えば身体が硬質化せず、肌が瘴気負けせず、瞳に生物の生気がある古代人の特徴と私たち人間の特徴とが混ざっている。
そんな彼女は私から視線を逸らさず、静かに私を『観察』していた。でも不思議と彼女を怖いとは思わなかった。
『わたしはセレスティア。あなたのお名前は?』
私は彼女たちの言葉を使ってみた。
実際に使うのは初めてだったので、私は自分が意図したとおり伝えられたのか自信は無かったけれど、彼女は紫の瞳を細めて口角を少し上げて見せた。
その仕草は、多分喜んでいるのだろうと思った。
「………………へぇ。誰に教わったの?」
彼女は、エルフの言葉ではなく人間の言葉で返してきた。
『自分で勝手に覚えたよ』
「そうなんだ。凄いね」
『でもアーシア人の言葉で会話するのは初めてで、うまく話せているのか自信がないかな。どちらも使える貴女の方が凄いよ』
アルテナを模して創られた彼女たちは、アルテナの妹と言う意味でアーシアと呼ぶ。
「エルフではなくアーシア人の言葉と理解しているのね。やっぱりあなたの方が凄いわ。だってわたしは、アーシア人と人間の混血だもの。両方不自由なく使えても、それほど不思議では無いでしょう」
『やっぱり、エルフじゃなくて古代人のハーフなんだ?』
「そう。わたしはエリザ・バリエ。だからみんな死んだの」
彼女は柔和な表情と声色のまま、アーシア人には風習として無いはずの姓を名乗り、最後に穏やかならざる言葉を口にした。
このエルフの里は、焼け落ちて朽ちている。
かつて家であったらしき場所に残っているのは基礎の一部や残骸ばかりで、それらの場所にも草が生い茂り、焼け落ちてから少なくとも数年の時間が経っているようだ。
多分魔法攻撃。それも家を丸ごと吹き飛ばす大祝福3クラスの強大な魔法。私たちを殺した魔族が使っていたような。
『古代人の魔族に殺されたの?』
「そう。アルミラはアーシア人と人間とのハーフを許容した集落全体が気に食わなかったらしいわ。魂を高めた強い者の血を掛け合わせる事で辛うじて永らえたアーシア人の生き残りを含めた、集落全員を皆殺しにしてしまうくらいに」
彼女は柔和な表情と声色のまま、再び穏やかならざる言葉を口にした。
新しい情報を1つ得る度に、分からない事が2つ発生する。彼女は終始マイペースだけれど、私は一体どれを聞いたら良いのか分からなくなりそうだった。
私は意図したとおりに話せる人の言葉を使って彼女に問い質した。
「古代人は滅んでいなかったんだ?」
「………………」
でも彼女は、急に私の問いかけに返事をしなくなった。
もしかすると、滅んだとか聞くのはダメだったのかも知れない。
「…………ごめんなさい。ええと、あの魔族は人間を恨んでいるんだ?」
「………………」
彼女は返事を返してくれない。
その代わりに柔和な表情と瞳で、静かに私を見つめている。
『どうして?』
「何が?」
古代人の言葉で話すと、彼女はようやく返事をしてくれた。
『穏やかな表情と、意地悪な行動が、全然一致していないよ!』
彼女は穏やかで優しい表情のまま、静かに私を見つめている。
もしかすると人の言葉を話す耳長の彼女は、容姿だけではなく思考や性格も人と異なるのかも知れない。
「正解」
……怒ったらダメだよセレスティア!
深呼吸、深呼吸。深く息を吸って、吐いて。
すぅ…………はぁ…………。
「あなたがアーシア人の言葉で話して、わたしが人間の言葉で話す。対等でしょう?」
『…………うぐっ』
そう言われるとそうかもしれない。
でも私は、間違った伝達をしないようにと思って人間の言葉で話したのに。
「アルテナを模して創られたアーシア人と、相反する様に創られた人間とでは、存在自体が相容れないから成り立たないのよ。良くて無視。私がどちらにも中立なのは、ハーフとして生きていくために身に付けた処世術ね」
『…………』
「二種族にハーフの私が存在するのに、存在自体が相容れないなんておかしな話と思うでしょう?」
『…………そうだね』
でも確かに、各地に僅かに残るエルフ達と人との交流なんて聞いた事はなかった。
「アーシア人は人に比べてアルテナの力を強く継承し、肉体や魂が強く、マナを自在に操り、寿命がとても長く、遙かに高い文明を保っていた。と言うのがアーシア人の認識」
古代人は、確かに彼女が言った通りの力を持っていた。
「そんなアーシア人がアルテナに見捨てられ、代わりに劣った人間が選ばれた。なんて、アーシア人は納得できないし受け入れられないでしょう。それを認めると、自分たちの滅びを受け入れる事になるもの」
それは思ったよりも遥かにスケールが大きくて、私ではどうしようもない話だった。
「それに人間だって、アーシア人の方がアルテナに認められれば、それと引き替えに今度は自分たちの存在が脅かされるから受け入れられないと思うわ。ほら、やっぱり両種族は存在自体が相容れない」
そう言った彼女は右手をそっと突き出すと、右手の指先から白い光を放った。
『全体治癒ステージ3』
それは妖精種には使えないはずの治癒師祈祷系のスキルだった。周囲の雑草を対象として放たれたスキルは雑草を包み込んでから霧散していく。
大祝福3を越えた治癒師でなれば発動できない力とスキルにやや驚く私の前で、彼女は同じ右手からさらにマナを操って魔法を使ってみせる。
『フリーズ・ジャベリンスコール』
私は今度こそ本当に驚愕した。
彼女は指先からスキルを発していなかった。
まるで妖精種が使うように、彼女は古代人やエルフ達に本来備わっている力でマナを操り、凍てつく氷槍の豪雨を天へ向かって解き放ってみせたのだ。
彼女は本来アーシア人が得られないはずの祝福や治癒師の力を得たアーシア人であり、同時に本来人間が得られないはずの妖精種固有のマナ操作術を獲得した人間だった。
「努力はしたのよ」
両種族の力を最高水準で兼ね備えたハーフ。
彼女は妖精種の中でも一国に一人くらいしかいない女王級の強さで、それと同時に私の故国でも私一人しかいなかった治癒師祈祷系の大祝福3台で、おまけに差別環境の中で両種族の文字や言葉を自在に扱っていた。
「でも、駄目だったわ」
言葉が出なくなった私の前で、さらに彼女は全身から金色の光を放ち始めた。それは紛れもなく転生神の光だった。
つまり、彼女自身も既に死んでいたのだ。
「アルミラの行動は『捨てられた種族による復讐』であると同時に、人を滅ぼし尽くすことで『アーシア人が人間よりも優れていると証明してアルテナに再考を促す生存闘争』のようなものなのよ。私はそれを理解しないまま、第三の可能性を主張する戦いに負けたの」
彼女は相変わらず柔和な表情と声色のまま、一族滅亡の現実を受け入れた。
それからしばらくの時間をエリザと共に過ごした。
両種族共存の道を模索して一族ごと滅ぼされたエリザは、かつての目的を見失い、滅ぼされた里で重度の引き篭もりと化していた。
特に行くあてもない私は、有り余る時間を使ってエリザからアーシア人の文字と言語を習った。
その合間にアーシア人と人間のハーフであるエリザ・バリエから多少の話を聞けたけれど、アーシア人の恨みを引き摺るアルミラの行動に一体どれだけの意味があるのかは、やっぱり分からなかった。
揺るがない事実としては、アルテナに創られたアーシア人が滅び、その代わりに人間がアルテナから加護と祝福を与えられて台頭した。と言う事になる。
アルミラは、世代交代ならぬ種族交代を認めないという考え方らしかった。
一例を挙げるなら、「アーシア人」と呼ぶのは良いけど「古代人」と呼ぶのは「古代」と過去の存在にされることを認めていないからダメと言う考え。
単なる頑固な年寄りなら無意味と言い切れるけれど、「アルテナを模されたアーシア人」から「アルテナに力を与えられた人間」への選択を再考させたい。という意図があるのだとしたら、種族交代に至った背景が分からない私には軽々しく無意味だとは言い切れなかった。
「無意味よ」
私に代わってエリザがそう言い切った。
『どうして無意味と言い切れるの?』
「失敗したのに成長がないから」
『……どういう意味かな?』
「アーシア人は瘴気から逃げ回って、せっかくアルテナに模された姿まで変えてしまった。でも人間は瘴気を払い、宝珠都市も創った。アルミラが人間を滅ぼしたところで、失敗したのに成長していないアーシア人をアルテナが再誕させると思う?」
そう言われると、そうなのかもしれない。
ちなみに今のアーシア人をエルフと呼ぶのは、『アルテナを模して創られた、アルテナの妹』という意味のアーシアを名乗る資格を失ったからだ。
彼女たち自身が瘴気負けした者の状態を傷病名のようにエルフと呼び始め、やがて大半がエルフとなった。
『でも、人間を滅ぼす事が無意味だというのならアルミラを止めないと』
「…………どうして?」
私はそう思ったけれど、エリザの考えは異なっていた。
『どうしてって、無意味なら止めるのが当然だよね?』
「…………セレスティアへの伝え方が間違っていたわ。アルミラの行動は、それを行う事によって問題をなんら解決できないと言う点では無意味よ」
『うん』
「でも、魔族アルミラとそんな彼女を創り出したアーシア人達の憎しみが果たされると言う点では、彼女にとっては意味があるわ。わたしやセレスティアにとっては無意味でも、アルミラにとっては無意味ではないと言う事」
『そんな自己満足のために国々を滅ぼすの?』
「価値観の相違ね。セレスティアにとって大切ではない事でも、アルミラにとっては大切なのよ。そして、あなたが『止めるのが当然』と言った点について、わたしとあなたにも価値観の相違があるわ」
エリザは泰然自若としながら、淡々と私の認識を訂正していった。
『…………エリザは、アルミラを止めるのが当然とは思わないんだ?』
「その通り。わたしの一族は滅びたわ。アルミラを止めた先に、わたしの求める何があるというのかしら。わたしにとってアルミラを止める行為は無意味ね」
私は、その疑問に対する答えを持っていなかった。
エリザ、重すぎるよ!
でもそれなら、私たちと正反対のアルミラと考えが対立するのはもうどうしようもなくて、だけど私たち人間はアルミラの考え方を受け入れられないから抵抗しないといけない。
…………あれ?
「前にエリザが『私はそれを理解しないまま、第三の可能性を主張する戦いに負けたの』と言ったのは、アルミラとエリザの主張も対立しているという事だよね?」
「懐かしいわね。そうよ」
「じゃあ、今から主張すれば良いのに」
「何を?」
「エルフと人との共存。あなたの一族は滅びたけれど、本当は両種族の共存をしたかったんでしょう?」
私がそう言うと、セレスティアは薄紫の瞳を細めて確認をした。
「アルミラと戦う事がどういう事か、あなたは理解しているのかしら。それともただの自殺志願者なのかしら」
「後者じゃないよ」
「それなら、アルミラの力を使い果たさせて滅ぼすまで、他の神々を操って相対させ続ける。と言う事で良いのかしら。あなたに向いているとは思えないけれど」
「…………」
時間をかけて何度も考えた末、私は「アルミラの復讐は無意味で、私が止めなければいけない」という結論を出した。
向いていないと言われても、事態を理解しているのは私だけだから、やっぱり私がやらなければいけなかった。
そして私とエリザは、それぞれの目的に対して共通の脅威であるアルミラをひとまず避け、共に大陸を南下して『自発的な意思』で手伝ってくれる神々と手を結び始めた。
あとがき
3巻01話に登場したスキュラの由来がようやく書けました
























