第02話 ハザノスの地にて
バダンテール歴1265年4月9日。
10個飛行艦隊を従えたハインツは、第一宝珠都市セイクレンを強襲して神宝珠を回収すると直ぐさま北上して続けざまに第三宝珠都市アオレヌを落とした。
ここまでは概ね予定通りである。
第一宝珠都市セイクレンは、獣人帝国が『緩衝地』としている。
緩衝地には連絡要員と大型伝令鳥が配備されているに過ぎない。
一般獣人も獣人冒険者も立ち入りが禁止されており、オリビアの石化魔法で飛び立った大型伝令鳥を落として、第二飛行隊を率いてアルテナ神殿に安置されている神宝珠を回収すればそれで全ての用は済んだ。
魔導師による艦上からの砲撃も行ったが、ハインツはそちらに多大な期待はしていない。
新式のマナ回復剤があるとは言っても、従来の『使用回数1回/24h・回復量150前後・効果発現まで30分』だったものが、新式で『使用回数3回/24h・回復量250前後・効果発現まで5分』になっただけだ。無限に使えるわけでは無い。
加えて素材入手の関係から、マナ回復剤の生産量自体にも制約がある。
ベイル王国軍は1日に複数の都市での連戦をするのであり、敵軍団と全面衝突でもしない限り夏の花火大会のような所業は避けるべきである。
次の第三宝珠都市アオレヌは、獣人帝国が『維持地』としている。
最前線では無いので大隊規模は駐留していない。要するに大祝福2の獣人がおらず、ハインツにとって驚異では無い。
祝福を得ている獣人や獣人商人の移動は認められているが、移動手段が馬である以上、彼らを逃がしたところで構わないのだ。むしろ相手にして時間を取られる事の方が問題だ。
こちらは第一飛行隊とブランケンハイム大治癒師を率いて手短に回収を行った。
唯一予想外だったのは、第三宝珠都市アオレヌにハゲの神殿長が居た事である。
『獣人帝国は、神宝珠の力を維持するために人類の治癒師祈祷系を神殿長として用いている』
そのような事は、人々も知識としては知っていた。
だが、なぜハゲの治癒師を神殿長に据えるのか。浮気をしてアルテナの法則に反する様な不届き者が神殿長に就任するなど、人類の世界では考えられない。と言うのが周辺国の常識である。
神殿長の言い分はこうであった。
「住んでいた都市に獣人の侵攻があり、妻が避難して離ればなれになったのです。私は騎士達に治癒を行っており、獣人から逃れられませんでした。治癒を行っていた私は治癒師という事で生かされ、やがて時と共に頭髪が…………くっ」
「…………なんと痛ましい」
「神殿長殿は立派に戦った。もうご自分を責められるな」
その場に居合わせたバルフォア中将とエディー・ブルックス中将が勇敢な神殿長に同情し、キース・カーライル中将のペリュトンに同乗した彼はベイル王国へ迎え入れられる事となった。
何しろ髪を失った彼には、もはや失うものが何も無いのだ。
ベイル王国にでもどこでも付いていきますとの事であり、獲得した神宝珠へ祈らせるにちょうど良いと考えたハインツは彼を受け入れた。
ベイル王国内でも強化祝福上げの対象から外した騎士達を使って治癒師の育成はしているが、そもそも数自体が少ない治癒師はいくらでも欲しいのだ。まして神殿長となれる実力者であれば尚更である。
神殿長の情報に寄れば、『維持地』とされている都市ではハゲてしまった大祝福越えの治癒師達が神殿長をさせられているらしい。
「ハゲてしまえば、妻に定期的に会う必要もありません。獣人帝国は維持地に留まらせる人間を神殿長のみとしているため、ハゲた治癒師は使い易いようです」
「すると、維持地の神殿長達は容易に我が国へ迎えられそうですね」
「逆に言うと、入植地の神殿長たちは彼らの妻を同時に助けなければ亡命に応じないと言う事になる」
エクトル大騎士団長が皮算用を行い、カーライル大騎士団長が楽観論を制した。
今回ベイル王国が侵攻する予定の都市は、緩衝地が1、維持地9、入植地15である。
そして次の第六宝珠都市ハザノスは、獣人帝国が『入植地』としている。
獣人部隊もそれなりの規模が予想され、一般獣人に加えて人間も最低数万人は暮らしていると考えられるのだ。
眼下の都市ハザノスでは、人々が突如上空に出現した大艦隊を見上げて必死に声を上げているに違いない。
「本来の目的は、神宝珠を素早く回収する事だ。神殿長となれる実力者を引き込めない事は惜しいが、今回の作戦で目的以外に時間を費やす余裕は無い」
勧誘時に「神殿長とその妻は連れて行けるが、他の都市民は飛行艦に乗せられない」と言えば、説得にも時間が掛かるだろう。
だからと言って、神殿長を騙して連れて行く事は出来ない。
そのような信義に悖る行いをすれば、連れ出した神殿長のみならず見届けた大騎士団長を始めとした味方にまで不信感を植え付けてしまう。
入植地の神殿長に対する説得は、今回諦めざるを得ない。
「これより全飛行隊による第六宝珠都市ハザノス降下作戦を開始する。私が不在中の艦隊指揮権はベックマン中将に委譲。ベックマン中将が指揮不能に陥った場合の指揮者はネッツェル中将とする。全騎、発艦せよ」
ハインツの命令から数秒の間に、総旗艦から15頭のペリュトンが次々と飛び降りていった。
Ep09-02
第一艦隊と第二艦隊に属する強襲降陸艦がアルテナ神殿正面から接近して囮になる中、右翼より突き進んだ総旗艦オーディンの甲板から15騎のペリュトンが次々と降下を開始する。
「イルクナー分隊降下」「アクス分隊降下」「バルフォア分隊降下」
「バスラー分隊降下」「エイヴァン分隊降下」
15騎のペリュトンは空中で姿勢を直し、翼を大きく広げて滑空を始めるとアルテナ神殿に向かって飛行を開始した。
今頃地上の獣人帝国軍は、初見の飛行艦隊に対して右往左往しながら、所属する上級指揮官の命令を待っている事だろう。
だが祝福を得た冒険者ならば、獣人であっても臨機応変に動く事が出来る。ペリュトンを認識すれば、そちらへ一斉に攻撃を開始するはずだ。
「パープルライトスコール、撃て」
総旗艦に残って艦隊指揮権を引き継いだベックマン中将が、間を置かず命令を下した。
「パープルライトスコール水平射。作戦開始。全艦、砲撃開始せよ」
復唱した艦長の意を受け、砲術長が作戦開始の信号弾を左右に向かって発射する。
ベックマンはベイル王国内最強の元緑玉騎士団長であり、その後は戦死したアヒレス近衛騎士団長の後を継いで近衛騎士団長となったエリート中のエリートである。
田舎者っぽい口調で社交界でのウケは悪いが、相応の実力者である。かつての彼の政治的な後ろ盾はアンジェリカ王女で、現在は女王と宰相。今や社交界が彼に折れた。
「レッドライトスコール、撃て」
続いてベックマンが命じたのは、第六宝珠都市ハザノスに暮らす人類の都市民に対する避難勧告だ。
なぜこちらを先に撃たなかったのかというと、避難勧告を出してから砲撃したのでは獣人に対する奇襲にならないからだ。
「レッドライトスコール、俯角25度で発射」
「中央第一、第二艦隊。アルテナ神殿へ向け、支援砲撃を開始しました」
「続けて左翼第三艦隊。アルテナ神殿及び王城への側面砲撃を開始」
赤と黄色の光の矢が、綺麗な尾を引きながら各艦隊の甲板から伸びていった。
その光は幾重にも分かれながら風を切る音を立てて伸びていき、やがて大きな炸裂音と共に火矢や土矢と化して着弾地点で暴れ回った。
アルテナ神殿周辺の獣人達にパニックが起きている。
「第四艦隊、北側から王城へ砲撃開始。第五艦隊、騎士団駐留拠点へ砲撃開始。第六艦隊、都市大橋の破壊を開始」
「第七艦隊、都市防壁上の獣人へ向け砲撃を開始。第八艦隊、大型兵器群へ砲撃開始」
それは奇襲と言うよりも天災であった。
地上からの侵攻であれば、都市防壁や進路上の獣人と接敵するため、いきなり都市中央での攻防など起こりえない。
それが空から突然都市中央目掛けて攻撃が降ってくるなど、一体どこの誰が予想できるだろうか。
ましてここは、国境都市ではなく味方の都市に挟まれた内陸深い都市である。
「第九、第十艦隊。都市内の獣人部隊を索敵、各個に砲撃します」
「輸送飛行艦隊は射程外の上空で待機。飛行獣人と大型伝令鳥を早期警戒中」
「総旗艦は現空域で待機せよ」
敵襲を知らせる非常事態の鐘は真っ先に吹き飛ばされてしまったが、代わりにベイル王国軍が爆発音で地上を打ち鳴らし、獣人と都市民に悲鳴と絶叫と恐慌を連鎖させていった。
人類にはなるべく被害を与えないようにする。少なくとも意図的には狙わない。それでも当たってしまった場合は仕方がない。なぜならこれは、両陣営が互いの生存を掛けて戦い争う生存戦争なのだ。
その刹那、地上からペリュトンに目掛けて魔法攻撃が伸びて行くのが見えた。
『サンダーレイン』
囮の艦隊に目もくれず、本命のペリュトンを最初に狙った観察眼は賞賛に値する。
15騎のペリュトンは雷を一隻に避けようと図るが、2騎が雷撃の雨を完全に躱しきれずに捕まって高度を落とした。どうやら腕まで良いらしい。
落ちたのはバスラー分隊に所属する紅塵のロータス・ボレルとグラシス・バルリングだった。
「バスラー分隊は追え。ブランケンハイム大治癒師もだ」
「分かった」「了解」
落ちていく二人を、残るバスラー分隊の二人とブランケンハイム大治癒師がサポートと治癒のために追いかけ始めた。ハインツはそれに構わず、10騎を従えながらそのまま突入を続けた。
飛行隊が隊員とペリュトンに事前に掛けているのは物理無効化2のスキルだ。物理無効化と魔法無効化は併用出来ないので、ハインツ達は墜落してもダメージを受けない物理防御の方を選択している。
かつてハインツが戦った飛行獣人である輸送軍団長・神速のアロイージオは、ジュデオン王国の王都攻防戦で魔法攻撃無効化のスキルを掛けていた。
だがそれは、その戦いの数日前にペリュトンを追いかけて王都に侵入した際、アンドニ・ディエス大魔導師の命令で地上から一斉に魔法攻撃を浴びせられた事が原因だろう。
そうでなければ物理無効化スキルを選び、オリビアの石化で落下してもバラバラには砕けなかった可能性もある。
そもそも魔導師の数は少ないのだ。
人類は祝福を得た者のうち10%が魔導師で、獣人は祝福を得た者のうち4%が魔導師である。
ベイル王国は人口345万人。
人口のうち200人に1人が祝福を得られるので、ベイル王国には約1万7250人の冒険者が居る事になる。
そのベイル王国に属する冒険者のうち10%にあたる約1725人が魔導師である。
ベイル王国は全魔導師のうち25%を王国軍に引き入れており、王国軍に所属する魔導師数は431人。
NPCのハインツさんによる効率的な祝福上げによって国軍所属者のうち半数が大祝福1を越えているので、『大祝福1を越えたベイル王国軍の魔導師は、約215人』である。ちなみに所属する大祝福越えの治癒師はその半分ほどで、祈祷系と付与系が半々だ。
30隻の飛行艦に均等に乗せるなら、魔導師は1隻に最大7名が限度だ。現在は1隻に魔導師5名、治癒師2名(祈祷1名・付与1名)となっている。
一方、獣人帝国の地上人口は120万人。
『地上に120万人、地下に40万人』だった獣人達が、安全かつ豊かな地上の宝珠都市を手に入れ、全地域の戦争を中断し、支配地域に住む数百万人の人類労働力を衣食住の生産と社会インフラの整備に集中させられるようになってから早5年。
爆発的なベビーブームが起っている事はジャポーン人のハインツには容易に想像が付くが、それら獣人の幼児たちは年齢的にまだ誰も祝福を得られていないはずなので、元々の120万人で冒険者数を計算したとする。
120万人のうち獣人は50人に1人が祝福を得られるので、地上の冒険者全体を2万4000人と見積もる。
そのうち魔導師は4%で960人。大祝福1を越えているのは半数ほどらしいので、『大祝福1を越えた獣人帝国軍の魔導師は、約480人』である。
だがその480人を獣人が支配する250もの都市で割れば、1都市に配備できるのはせいぜい1~2人程度である。
そしてこれこそが、ペリュトン飛行隊が物理防御スキルを優先する最大の理由だ。
居るかどうかも分からない魔導師より、必ずあるであろう毒矢の方が怖いのだ。物理無効化スキルで矢傷を受けなければ、傷口から体内に毒が入らない。
『全体石化』
オリビアの打ち返したパーティ単位の石化スキルが、雷雨を放った魔導師を含めた6人を石像へと化した。
オリビアの状態変化スキルは強力だ。治癒師以外が防ぐのは至難で、掛かったスキルを完全に解除したければ相応の治癒師がそれに応じた回数の解除スキルを使わなければならない。
飛行隊にはそんな祝福94のオリビアや、祝福63の魔導師である紅塵のカサリン・アーネットが属している。
撃ち合いをすれば敵に負けないので、やはり警戒すべきは物理系である。
ベイル王国軍の魔導師215人と、獣人帝国軍の魔導師480人。
総力戦になればベイル王国が打ち負ける。と思われるかも知れないが、ベイル王国軍は新式のマナ回復剤で、獣人帝国軍の同じ祝福数の魔導師に比べて倍ほど撃てるようになっている。
さらに飛行艦隊の厚い装甲の壁に守られながら、獣人の頭上を目掛けて打ち込めるので、一つの戦場に両軍の全魔導師が集結して撃ち合ったとしても今ならば良い勝負になるだろう。
そして戦力の集中投入で、今回は圧倒的に勝っている。
都市内の大型兵器は悉く破壊され、都市防壁上の獣人軍は壊滅し、王城や兵士宿舎は燃え上がった。
駐留軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ回っており、アルテナ神殿周辺には倒れてピクリとも動かない獣人が散見している。
ハインツはその上空を飛び抜ける際、一見して傷のない熊の獣人などは死んだ振りでもしているのではないかと思ったが、死んだ振りをするのは熊ではなく人間の方であった事を思い出した。
あるいは今のハインツ達は、熊と人との一方的な力関係が真逆に入れ替わっている
そんな一方的な力で障害を打ち払ったハインツ達は、神宝珠ハザノスが安置されているアルテナ神殿へと突入して行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「屋内戦になる。エイヴァン分隊の2名はオリビアと共に神殿入り口を制圧。バルフォア分隊の3名は屋内でペリュトン達を守れ。アクス分隊の3名は俺と共に神宝珠を確保」
オリビアと8名の大祝福2は、無駄な言葉を一切発さず即座に命令を実行した。
フランセスク・エイヴァンとロランド・ハクンディの二人は、オリビアのマナ消費を避けるべく一気に周囲を圧して後、オリビアを神殿内側に配置して扉を閉めてしまった。
探索者祝福76のハクンディは神殿周辺で獲物を狩る猛禽類と化し、戦士祝福76のエイヴァンは神殿の入口を地獄の入口へと変えている。
おかげでオリビアは、いかにも暇そうに櫛で髪を梳き始めた。
これはむろん美容の為ではなく、ハインツに対して「わたしは暇ですよ」とアピールしている訳である。「連れて行ったらどうですか?」と迂遠に伝えているのだ。
その証拠にハインツが一瞥だけして神殿内部へ駆けて行くと、オリビアはあっさりと櫛を仕舞い込んで外を眺め始めた。女とは現金な生き物なのである。
オリビアのマナ保有量は極めて大きい。参戦すればアルテナ神殿の周囲を石化獣人の見本市にすることも出来る。
だがオリビアは祝福92の魔導師特殊系である第三軍団長・深謀のイグナシオと遭遇した時の保険であり、万が一のためにもマナの消費は極力抑えなければならない。オリビアの場合は、何もせずそこに居るだけでちゃんと仕事になっているのだ。
バルフォア中将は、ブルックス中将とエクトル中将を従えながらペリュトンの飼育員と化していた。
角地にペリュトンを移動させて4方向のうち半分をカバーし、残る二面を3人で守る。
もしも他国の人間がその光景を見れば、二つ名で『大盾』とも呼ばれるバルフォアにその様な扱いを強いるなど人材の無駄ではないかと呆れ返るかも知れない。獣人帝国であっても、獣人大隊長3人に馬番をさせるなど有り得ない光景だ。
だがバルフォアは、派手な活躍をする事だけが戦いに対する貢献ではない事を熟知している。考えるべきは「作戦を成功させるために、何を行わなければならないのか」という必要性であって、個人のプライドのようなものでは無いのだ。
もちろん名声がもたらす効果と言うものも知っている。
イルクナー宰相やアクス最高司令が戦場に現れると、兵士の士気が異様に上がる。
ならばその役割をイルクナー宰相やアクス最高司令が維持出来るように計らい、それすらも作戦を成功させるための要素に組み込み、ベイル王国や人類の勝利に結びつければ良いのだ。
目的自体が正しく、目的を果たすために必要な事が判明している。そのような時に躊躇う理由など無い。
要するにバルフォアは、コツコツと事前学習をしてテスト前には右往左往しないタイプである。クラスで一番、学年でも主席。でも生徒会長ではなく、飼育委員長。
彼ら6人を置き去りにし、メルネス、ケルナー、カーライルの3人を引き連れたハインツは神殿最奥を目指した。
現時点でメルネス・アクスは祝福84にまで上がっており、戦場で彼を指揮するなどいかに宰相閣下であろうとも如何なものかという外部の視線が存在する事もハインツは知っている。
祝福数の高い方がそれだけ多くの戦闘経験を有しており、戦場での判断も的確に行える。と言うのがその思想の根拠だ。
それを直接言わないのはハインツ自身も大祝福2で、軍団長を倒した経験も2回あるからだろう。そうでなければ誰かしらが形式ばかり丁寧にハインツへ上申しているかもしれない。特にバウマン軍務尚書辺りならば率先して言いそうだ。
実際には祝福95のハインツの方がメルネスよりもずっと高く、加えて探索者としても祝福76にまで上がっていたので主張の根拠自体が的外れなのだが、それを説明していないので不満は避けようがない。
もちろんまともな発想に基づく改善のための上申ならば、耳が痛かろうと本来は歓迎すべきである。進言してくる人間が居たとしても、ハインツはその人物の評価を上げこそすれ、下げたりはしない。
ただし聞き入れる予定は無いので、ニートが親に働きなさいと言われた時のように、適当に言い訳をして華麗にスルーするが。
「大きすぎる」
ハインツが強行突入した第六宝珠都市ハザノスのアルテナ神殿は、ハインツがこれまでにリーランド帝国侵攻や北部連合との終戦協定で見てきた各国の神殿の中でも最大規模を誇っていた。
その桁違いのアルテナ神殿の広さは、リーランド帝国のカントループ帝宮を凌ぐかも知れない。
少なくとも第六宝珠都市ハザノスの元王城の大きさは越えており、敵をいくら薙ぎ払っても目的地は現れなかった。
限られた加護範囲を有効に使おうと思えば、こんな事は勿体なくて本来出来るはずがない。ハインツは、この巨大な神殿と広大な敷地の建造者に心底呆れ果てた。
「それが出来る都市だったらしいよ」
ハインツの呟きに、同行したメルネスが反応した。
「どういう事だ」
「周辺国中央部にあったハザノス王国は、かつて膨大な加護を発して数多の人々に加護を振り撒き、文明を飛躍的に引き上げた。一時期は都市単体で300万人に加護を与え、多くの冒険者を生み出して周辺国全体を導いたとか」
「かつてハザノスが、周辺国で中核的な役割を担ったという話は聞いた事があるが」
「ハインツはハザノス王国が何年続いたか知っているかい?」
「…………いや」
ハザノス王国の歴史は、千年栄えたディボー王国や暦として1265年続いたバダンテールよりも古いらしい。
だが何年続いたのかは、どこの国の王国史にも残っていないので誰も知らない。
それは、どこの国が誕生するよりもハザノスの歴史が古いからだ。
「4000年以上で元は第九宝珠格だった。と言ったら信じるかな」
「…………」
ハインツはそう言いながら、メルネスの話が理論的に可能かを考えながら走り続けた。
神宝珠に祈れるのは大祝福1以上の治癒師からであるが、治癒師の祝福が高いほど宝珠の回復量が大きい事は千瞳のドリスという冒険者が解き明かして人々にも広く知られている。
ハザノスは王都であったから、代々国一番の治癒師が祈り続けたと考えても別段不思議ではない。
平均して大祝福2の治癒師が祈れば、消費と回復が釣り合って永遠に保ち続けられる。祝福50の治癒師であっても、第九宝珠からならば第六宝珠に落ちるまでに4000年を越える事が出来るだろう。
メルネスの言葉は、理論的には可能だった。
「確かに、記録に残っていない部分がそれなりにあったとしても不思議ではない。そしてアクス家の誰かが、過去に転生神から情報を得ているとしてもな。それで、他に言っておく必要がある事はあるか?」
ハインツのマラソンにゴールが見えてきた。先に言っておくべき事ならば、今言うべきである。
ハインツが立ち止まってメルネスを見返すと、メルネスは同行するケルナー中将とカーライル中将に一瞬ずつ視線を向けて目を細めながら忠告の言葉を発した。
「それを判断するのは僕じゃないんだ。但し、敵と味方を間違わない方が良いね」
メルネスの忠告は穏やかでありながら、親がニートの子供に働きなさいと言うよりも強くハインツの自発性と想像力に訴えかけてきた。
「…………覚えておこう」
メルネスの言葉を聞き終えたハインツは、アルテナ神殿最奥の扉を開いてその中心に安置されている小さな神宝珠に歩み寄った。
敵と味方は、目的次第で入れ替わる。
ベイル王国という共通利益によってハインツとベイル王国騎士団は結ばれているが、神宝珠にそれは通じない。
第一に他国の存在であるし、第二に人間ですらない。
人類という共通利益を提示したところで、神宝珠が必ず応じるとは限らないのだ。
ハインツは最初から神宝珠が味方になるとは限らないと分かった上で「協力が可能なら手伝ってくれ。ダメなら構わないが、そこで加護を発していると困るので来てくれ」と言っているわけだ。
「神ハザノスよ。私はハインツ・イルクナー、西にあるベイル王国の宰相だ。この地は獣人に支配されており、西へと逃げ延びたこの都市の民を含む沢山の人々を脅かす侵略の拠点となっている」
神宝珠は、自ら動く事は出来ない。
持ち去ってしまえば、獣人の侵攻拠点となる事だけは防げる。
「汝の本意は何か。人々を脅かす侵略拠点となる事か、それとも人々を救う光となる事か…………っ!?」
ハインツが言い切る前に、神宝珠が金色の光を放ち始めた。
『私の本意は、どちらでもないよ』
「く…………あっ」
危険を認識する間しか無かった。
ハインツは身を守ろうとしたが、言葉が空気を伝播するように一瞬で達した光の意思からは逃れようがなかった。
(マナを介した意思伝達…………!?)
ハインツは自身に『物理攻撃無効化』と『魔法攻撃無効化』の両方の効果がある『全攻撃無効化』のスキルを掛けていた。
だがこれは攻撃を防げても意思伝達を防ぐ事は出来ない。
まさか触れる前に神宝珠から先手を取られるとは夢にも思っていなかったハインツは、身構えをするまでの一瞬で光に飲まれてしまった。
『それでは、始まり、始まり。昔々、遠い昔………………』




























