第01話 急襲作戦
バダンテール歴1265年4月9日早朝。
人類による反撃の時は、ジデン湖の湖面のように静かに訪れた。
無風のジデン湖の水上では、ベイル王国軍の飛行艦50隻が5隻ずつの10個艦隊を組みながら、静かに出撃の合図を待っていた。
昨年12月のアーリラ北部会戦からおよそ5ヵ月。
リーランド帝国軍との戦争によって僅かに数を減らしたベイル王国の新騎士団は、失った戦力を辛うじてアーリラ北部会戦前の15個新騎士団にまで回復していた。そして都市ブレッヒには、その2/3にあたる10個新騎士団が集結している。
また存在自体を隠す必要のなくなった飛行艦隊建造も急ピッチで進められ、会戦前に18隻だった強襲降陸艦は対獣人戦での目標としていた30隻にまで到達した。また13隻だった飛行輸送艦も21隻にまで増えている。
同型艦であれば建造速度が早く、乗組員の配置換えも容易で、母港や修理部品の使い回しも出来る。
その様な理由からハインツは、総旗艦を別として強襲降陸艦と飛行輸送艦の2種類の艦を大量建造している。
どちらも40メートル級の船体に、強襲降陸艦は竜骨と多重竜皮、飛行輸送艦はそれ以外の素材を用いた熱気球タイプの硬式飛行船である。なお総旗艦だけは60メートル級である。
そんな船体にメイン気嚢と2つのサブ気嚢が付いており、赤色輝石の力を抽出した液体燃料を用いて浮力を得ている。進行方向は尾翼を操作する。
推力は2つある。
1つは通常飛行時の『黄色輝石の力を用いて電力を発生させ、モーターに流してプロペラを回転させる』という方法だ。そしてもう1つは戦闘加速時の『緑色輝石の力を用いて風力を発生させ、噴流による反作用を生み出す』だ。
ハインツの建造前のイメージとしては、「最高の素材で造った硬式飛行船に、プロペラとジェットエンジンが積めたら良いなぁ」であっただろうか。再現できない部分は全て代替で補っている。
強襲降陸艦は、メイン気嚢が輝石燃料10個分、前後サブ気嚢が6個分。
プロペラは左右に計2基で、1基に付き輝石燃料2個分。噴射装置は6基ある。
乗組員は9名。他に騎士31名、その他10名の合計50名を想定している。
飛行輸送艦は、メイン気嚢が輝石燃料8個分、前後サブ気嚢が輝石燃料4個分。
プロペラは左右に計2基で、1基に付き輝石燃料2個分。噴射装置は4基ある。
乗組員8名。その他の人員は、輸送物資の積載量に左右される。
総旗艦は、メイン気嚢が輝石燃料20個分、前後サブ気嚢が輝石燃料12個分。
プロペラは左右に計4基で、1基に付き輝石燃料4個分。噴射装置は8基。
乗組員14名。その他の人員は、臨機応変に変わる。
「40メートル級の船に、50人も乗れるのか?」と思う者もいるだろう。
Foilcatという全長35メートルの船に何人乗れるのか調べてみて欲しい。水上で速力50ノット(時速92.6キロ)、旅客定員419名である。ようするに、工夫次第でどのようにでも出来るのだ。
飛行艦は空を飛ぶのでもっと早くなる。もっとも全幅が狭いので、搭乗人数はそこまで多くない。
ちなみに「乗組員」は艦の運航要員であり、艦長と副長、そして機関科・整備科・技術科などだと考えても良い。
「その他の人員」は、強襲降陸艦なら魔導師5名、治癒師2名、軍医2名、主計科1名くらいだろうか。こちらは作戦次第で人員が入れ替わるが、治癒師は乗組員らに対して物理無効化や魔法無効化のスキルを掛ける目的で現在は2名乗っている。
なお飛行輸送艦ならば、その他の人員に祝福上げを止めた騎士が飛行輸送艦護衛として加わり、主計科が増員されて、魔導師や治癒師や軍医は居なくなる。
ベイル王国軍は、強襲降陸艦3隻と飛行輸送艦2隻の『合計5隻』で1個飛行艦隊を作り、今回の作戦に合わせて10個飛行艦隊を編成した。
ハインツは近衛騎士団を王都に置き、4個新騎士団をエルヴェ要塞に配備しつつ、獣人帝国軍3個軍団に匹敵する10個新騎士団で今回の神宝珠回収作戦を行う事とした。
強襲降陸艦には乗員の「その他」部分に魔導師や治癒師をいくらか乗せている。
そして総旗艦にはハインツやオリビア、大祝福2の18名、加えて15頭のペリュトンも乗せている。
大祝福2の内訳はメルネス最高司令、大騎士団長5名、直属6名、ベックマン近衛騎士団長、ネッツェル要塞司令、バハモンテ男爵、ディアナ・アクス侯爵令嬢、フェルトン卿、ブランケンハイム大治癒師だ。
パーティ編成はメルネスと大騎士5人、直属6人、残り6人という編成である。
飛行できるペリュトンは、戦場で捕獲した18頭と戦争賠償5頭の計23頭のうち15頭を連れて来ている。
15頭のペリュトンにはハインツとオリビアとブランケンハイム大治癒師、メルネスら大騎士団長達のパーティ、直属パーティの計15名が騎乗している。メルネス達は第一飛行隊で、直属の紅塵らは第二飛行隊だ。
そのペリュトンの配分からあぶれたのはベックマン、ネッツェル、アクス令嬢、フェルトン卿、バハモンテ男爵の5人である。
その件についてメルネスは、苦笑いしながらハインツに伝えた。
「ねぇハインツ、我が家のおてんば娘がペリュトンに乗りたいと言っていたよ」
これは身内への甘さでは無く、飛行できるペリュトンの数を増やしたらどうだという最高司令から宰相への軍事的な提案である。
確かに数を増やし、治癒師や魔導師を戦列に加えてリファール侯国のようにあらゆる作戦で運用できるように図るべきである。そうすれば飛行艦同士の伝達を空中で行う連絡要員にも使える。
それにリファール侯国はジュデオン王国への獣人引き込み時に保有する32頭中12頭を失い、その後ベイル王国との戦争で27頭にまで回復していたうちの23頭を失い、もはや飛行隊自体が存続の危機である。
数を増やしておけば、多面的な運用にもリスク回避にも有効なのだ。
「北部連合との終戦交渉時に各地を飛び回っている際、野生種の群れを見つけてオリビアの全体麻痺で捕まえてみたが、どの個体も人に慣れない。リファール侯国が人に馴染ませたペリュトンと掛け合わせないとダメかもしれない。だから直ぐには無理だな」
「へぇ、なるほどね」
「どうせなら、ペリュトンの管理と繁殖は都市アクスで行うか。そうすればディアナ令嬢にも1頭くらい良いだろうさ。王都は交通の要所で、人の出入りが激しすぎて管理が難しい。だが飛行艦隊の建造と管理はアドルフォに任せているし……」
「祝福上げの強化対象から外した騎士達にでも管理させるかい?」
「ああ、それでも良い」
「分かったよ。それじゃあ折を見て手配しよう。しばらくは戦争で無理だろうけどね」
やがてジデン湖の上空に青色信号弾が打ち上がり、ブレッヒの都市民達が見守る中10個飛行艦隊が次々に高度数千メートルの天空へと昇っていった。
Ep09-01
作戦の第一目標である第一宝珠都市セイクレンは、獣人帝国が『緩衝地帯』としている都市だ。
緩衝地帯は、いずれも連絡要員と大型伝令鳥が配備されているに過ぎない。
配備されている獣人達は、人類の侵攻があった際には後方へそれを知らせると言う使命を帯びている。それを果たした後には、速やかに撤退する事が求められる。
緩衝地帯の都市はなんら活用される事無く放置されており、配備されている獣人達も偵察のみを目的とした連中で戦闘要員ですら無い。
緩衝地帯には一般獣人も獣人冒険者も立ち入りが禁止されている。
「第一宝珠都市セイクレンの防壁上空を通過しました。メイン気嚢出力40%へ。総旗艦はこれより敵魔法攻撃の射程範囲内へ入ります」
「艦長、大型伝令鳥が飛び立てば旗艦の全速で追いかけよ。オリビアの魔法で石化して落とす」
「了解しました」
「私と第二飛行隊は、直接アルテナ神殿へ降下する。各艦隊は予定通り、アルテナ神殿・都市防壁正門・貴族館・元騎士団駐留拠点などの割り振られた所定位置上空へと移動し、空から砲撃を加えて可能な範囲で敵軍を削れ」
大部隊を降陸させれば乗り降りだけでも相応の時間が掛かるし、降陸作戦を繰り返す度に騎士達へ疲労を蓄積させてしまう。
地上部隊は、いざという時のために温存しておきたい。
いざという時とは、例えば侵攻地に獣人の1個軍団が居た時などだ。その様な時には全部隊で降下し、軍団長ごと敵軍団を各個撃破してしまいたい。
他にも深謀のイグナシオと偶然遭遇して、彼の不意打ちの魔法でペリュトンを一気に失う可能性も想定される。その際には地上全域を制圧して、落ちた大祝福2たちを回収する必要がある。
それらの観点から、ハインツは獣人の15個大隊にも匹敵する10個新騎士団を惜しまず動員すべきだと考えた。
ベイル王国の1個新騎士団は、93名の全員が大祝福1越えである。
一方で獣人帝国の1個大隊は、120名の冒険者のうち60名が大祝福1越えだ。
ハインツは両軍の力を『ベイル新騎士団10個 = 獣人大隊15個』と見積もっている。獣人帝国側の大祝福未満60名や獣人補正などと差し引いても、ベイル王国の新式装備や回復剤と飛行艦隊の運用があれば充分におつりが来る。
つまり今回動員した10個新騎士団は、獣人帝国の15個大隊規模である3個軍団に匹敵する戦力である。もし獣人の1個軍団と遭遇すれば、ベイル王国軍は獣人を3倍の戦力で襲える事になる。
大祝福3はハインツとオリビアの2人が居るし、大祝福2はブランケンハイム大治癒師まで含めると3パーティ18人も動員している。軍団長1人と大隊長4人に対するには充分だろう。
むろん内政や祝福上げに勤しんでいるはずの獣人帝国で1個軍団がその辺をウロウロしているはずも無く、あくまで念のためだ。
今回10個新騎士団は、艦上でお留守番である。
「では行ってくる。第二飛行隊、発艦せよ」
「バスラー分隊、降下」
「エイヴァン分隊、降下」
オリビアに声を掛けたハインツは、ペリュトンに騎乗したまま旗艦の縁から地上へと飛び降りた。
小さかった都市の町並みが、ハインツの視界へ急速に迫ってくる。
(……うぐっ、慣れない)
ハインツはペリュトンの腹を軽く蹴って合図し、翼を広げさせて滑空を開始した。
普段は宰相として言葉に気をつけているが、そもそもハインツはごく一般的なジャポーン人なのだ。少なくとも自身ではそう思い込んでいる。
そしてごく一般的なジャポーン人は、飛行艦から飛び降りたりなどしない。ホームから地下交通トンネルに飛び込む人は時々居たけれど……。
(アホかぁあああっ!)
空中で不用意な動きが出来ないハインツは、身動きの代わりに内心で叫んだ。
そもそもジャポーンには神々の加護を受けた蘇生薬があり、飛行艦から飛び降りて急ぎで行う作戦など存在しなかった。あちらは実に平穏な世界であった。
こちらは穏やかならざる世界であるが、ジャポーンに多数居た神々がこちらの世界にはアルテナ1人しか居ないと言う事と何かしらの関係があるのかも知れない。
(あまり考えたくないんだけどな。答えに行き当たると不味い気がする)
だがハインツは『なんとなく予想は付く』と思っている。
ジャポーンを含めた元の世界と、こちらの世界の比較。神々が強き冒険者達へ求めた転生と新たなる世界の導き。単純に考えれば、神々の意図は転生者を用いた高低差の大きい新世界の改善であろう。
だがそこに瘴気のような環境要因が加わる事で、求めているのが社会システムの構築ではなく人柱的な物である可能性が生まれる。つまり神々の『導け』という意味が「人々を先導しろ」ではなく「人々の松明になれ」である可能性だ。
そしてその秘密を解き明かせば、否が応にも関わらざるを得ないような気がする。
(分からないのは……俺が神々の強制転生に大祝福3の魔法抵抗力と、転職を含めて大祝福突破5回の精神で抗っていた時に横から割って入って、多分俺を呼んだ…………ぐっ!)
頭痛で思考を中断したハインツは、目前に迫ってきたアルテナ神殿の上空を軽く旋回して速度を落としながら眼下の敵を視認した。
入り口に武装した獣人兵が4人立っており、一向に攻めてくる気配の無いベイル王国に対してきちんと歩哨を続けられる獣人帝国軍の練度にベイル王国宰相は感心した。
「て、敵襲!」
叫び声に風を切る音が続き、矢を打ち込まれた獣人兵の一人が崩れ落ちた。
ピーーーーッと、警笛の鳴り響く音が聞こえて直ぐに静まる。鳴らした敵はハインツが槍で突き刺した。
獣人達のリアクションは、ハインツの予想以上に早くて正確だった。
ペリュトンで奇襲する以前に飛行艦で上空を圧していたため、彼らが驚愕から立ち直って警戒する充分な時間を与えてしまっていたのだろうかと思ったハインツは、ペリュトンをアルテナ神殿の正面入り口に横付けして直ぐさま扉を蹴り飛ばした。
ドンッと蹴破られた扉から、ハインツはアルテナ神殿内へ勢いよく突入する。前方に獣人2人、一気に距離を縮めて槍で貫いていく。
「ぐあっ!」「がはっ」
ハインツは獣人達を容易に倒しつつも、強い不満を感じていた。
大祝福3であるハインツの攻撃速度に、祝福29と大祝福1の間くらいの能力であるペリュトンが着いて来られない。
やはり空という逃げ場の無い場所でペリュトンを運用するべきではないのだろう。
ハインツの後ろからは、残敵を掃討した第二飛行隊が翼を折り畳んだペリュトンを騎馬にしつつ追いかけてくる。
侵攻予定のアルテナ神殿の構造は、難民として流れてきた各都市の都市民たちから聞き集めている。都市セイクレンの場合は3階だ。
「エイヴァン、ハクンディ、俺と来い。紅塵は俺たち3人のペリュトンを預かれ」
「分かった」
ハインツは自らの乗っていたペリュトンの手綱をボレルに預けると、カラベラという細身の曲刀を構えて神殿内を走り出した。
狭い建屋内では、大型の武器は小回りが利かず扱い難い。
このカラベラは室内戦に向いており、おまけに純度の高い速度上昇の輝石が多く使われていて用いるに申し分ない。リーランド帝国からの賠償金の一つであり、200万Gくらいの価値がある。
ハインツはその剣を素早く振り抜き、警笛の音で慌てて小部屋から飛び出してきた獣人を切り捨てた。
『暗殺』
「ぐぁあっ」
祝福76であるハクンディが投げつけた短剣が、階上で弓を構えた獣人に突き刺さった。
ダメージを受けた獣人は狙いを外し、丁寧に彫り込まれた壁画に矢を突き立てながら階下へと落ちていく。
それと入れ違うように、ハインツが階段を飛ばして2階へと飛び上がり、そこからさらに奥へと駆け始めた。
通路の先には3階への階段が見えている。
「よっとぉ」
ハクンディがハインツに続く。
祝福95の転職系治癒師であるハインツと、祝福76の探索者であるハクンディ。力ではハクンディが上だが、輝石の力による補正を抜いた純粋な戦闘速度ではどちらが上だろうか。
ジャポーンでの記憶に寄れば、速度の伸び率では探索者、治癒師、魔導師、戦士の順で高かったはずである。
(まだ俺の方が若干速いかな。詳しく測ると、俺の祝福数がバレるからダメだけどな。負けるのが怖いからじゃ無いぞ!)
まだ、というのはハクンディの祝福数がこれからも上がる可能性があるからだ。
転姿停止の指輪を身に付けたハインツの祝福数は停止しているが、指輪を装着していないハクンディの祝福数はまだ上がっていくだろう。
現在の祝福数・年齢・才能・向上心などを鑑みるに、大祝福3へと至る可能性がそれなりにある人間としてメルネス・アクス、フランセスク・エイヴァン、ロランド・ハクンディ、クラウス・バスラーの4人が思い浮かぶ。
本気で目指せばディアナ・アクスなども可能性が無くは無いが、若い女性が「妊娠機会を放棄して祝福上げに明け暮れるのを選択する」のはあくまで本人の意思であり、宰相位にあるハインツは期待と言う名の誘導をする気は無い。
ちなみにディアナ嬢よりも1歳若く祝福数では10ほど高いミリーに関しては、ハインツは大祝福3に上げさせる気は無い。
最高の狩り場である廃墟都市リエイツのアンデッドたちは遠からず尽きるだろうが、稼げるからといって人獣戦争の最前線になど出したくは無い。そうやって効率が落ちて大祝福3をちまちまと目指せば、目標への到達時には40歳を超えかねない。
19歳の状態で年齢を停止させるのと、40歳の状態で年齢を停止させるのとでは、お肌の張りが違うのだ。若い方が絶対に良いはずである。少なくともハインツはそう思うし、ミリーはハインツの嫁なのだ。
(妥協しません。絶対に!)
そんな事を考えるハインツ自身は、純正の治癒師にくらべれば回復効果や体内の加護量などで劣る代わりに、攻撃力や戦闘速度が速かった。そのおかげで上げ難いはずの治癒師としての祝福上げが加速して大祝福3へ到達する一助となった。もちろん本質はハイジーンさんだからであるが。
「劣っている回復量は速度による手数でカバーする」「後は医学などの知識や治療実績や経験を積む」「そして高威力のスキルを覚えてしまえば良い」
そのような思考の結果として、大祝福3の治癒スキルを探索者の速度で連発するハイジーン治癒師がジャポーンに誕生した。
そもそも探索者戦闘系の暗殺者から、治癒師祈祷系の回復特化に転職する意思と適正が同時にある人間はジャポーンでも殆どおらず、この世界でのマルセル・ブランケンハイム大治癒師と同程度にハインツはジャポーンでも特異な人間であった。
転職を含めると、大祝福の壁を越えた経験は5回。
自己分析するに、神々の強制に多少の抵抗が続けられたのにはそのような理由が考えられる。
「……無駄な事をっ!」
ハインツの目前でアルテナ神殿最奥の扉が閉まるのが見え、ハクンディが後続のエイヴァンに視線を向けた。
「分かっている。下がっていろ。だがお前でも壊せるだろう」
ハクンディが目で合図すると、戦士系のエイヴァンが探索者系のハインツやハクンディを追い抜いて固く閉じられた扉に右手指のスキルを乗せたグレートソードの一撃を叩き付けた。
『剛破』
「げぐぁっ」
ズガアァンッ。と勢いよく扉が打ち破られ、内側で扉を押さえていた獣人戦士が吹き飛ばされた。
足で蹴破らないのは、足にスキルを乗せられないからだ。
攻撃系スキルは利き手に、補助スキルは反対側に。ハインツが探索者のスキルを右腕に集約させて、治癒師のスキルは左手に集めているのもそれが理由である。
「うらぁっ!」
ロランドが室内の敵を一掃し、ハインツはアルテナ神殿最奥に安置された神宝珠へと辿り着いた。
ハインツは神宝珠の前に進み出て、説明の言葉を掛けた。
「神セイクレンよ。私はハインツ・イルクナー、西にあるベイル王国の宰相だ。この地は獣人に支配されており、西へと逃げ延びたこの都市の民を含む沢山の人々を脅かす侵略の拠点となっている」
各都市の神殿長である治癒師祈祷系は、大祝福1に達すれば神宝珠に祈りを届ける事が出来る。そして祝福数は、高い方がより良いらしい。
なぜ治癒師祈祷系でなければならないのか。他の冒険者との差違は何か。
ハインツは『治癒自体が神の発する加護のようなもので、その流れを操れる治癒師は力を逆流させる事により神に意思を送れるのではないか』という仮説を立てた。
ハインツは左腕と共にスキルも失っていたが、祈り自体は指に刻まれたスキルを用いるわけでは無い。試しに王都のアルテナ神殿で神宝珠ベレオンに祈りを捧げてみたところ、大祝福3のハインツによる祈りは強力に届いたらしく神宝珠に反応があった。
そしてベレオンはベイル王族の血縁らしいと聞いたので、娘のアリシアが生まれた際に神宝珠へ報告してみたところ盛大に祝われてしまった。
アリシア王女誕生の際に王都ベレオンの雨雲が幾重にも割れて光が差し込んできた時の逸話は、実はそれが原因だったりする。
そして娘のアリシアだけ祝われて息子のフィリベルトが祝われないのは後々の王位継承で困るので、フィリベルトの時にも報告しつつ「祝ってね」と意思を伝えてみたところ、前回以上に派手な事になった。
要するに、力のある治癒師ならば神宝珠と意思疎通らしきものは出来るのだ。
「汝の本意は何か。人々を脅かす侵略拠点となる事か、それとも人々を救う光となる事か。私は神セイクレンをベイル王国へと招く。この都市から逃げ延びた民を含む人々に加護を与えるを由とするならば、以後はベイル王国に光をもたらせ」
ハインツはそう言い切ると、相手の返事を待たず安置されている台座に安置されている小さな神宝珠へと手を伸ばした。
その大きさは、転姿停止の指輪の元となる竜核くらいに小さい。
指輪の元となる竜核のサイズはバラバラだが、純度と大きさは必ずしも一致しない。それは神宝珠にも同じ事が言えるようだ。
「…………ぬっ」
神宝珠に触れた瞬間、ハインツの身体に金色の光が流れ込んできた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
深淵の世界に巨大な火柱が吹き上げた。
炎に照らされて浮かび上がったのは、必死に駆け続ける一人の探索者と、その後ろから巨体で迫る牛の祖先オーロックスである。
オーロックスは二本の角を前面へと突き出し、暗闇の中で赤い目を光らせながら、太い四肢で大地を抉りながら探索者を滅しようと迫っていく。
巨大な顎、鋭い牙、発達した前足、巨躯の胴。それらのいずれであっても、矮小な探索者を殺し切るには充分である。
「…………ハァ、ハァ」
探索者は全力で駆け続けた。
だが、世界を覆う暗闇のどこまで逃げれば闇が晴れるのだろうかとの絶望が脳裏を過ぎり、心までもが闇に染まり始める。
身体は世界を駆け続ける。
この瘴気に満ちた世界で、探索者セイクレンは必死に駆け続ける。
やがて力尽きるだろうと言う事は分かっていた。それでも自分が囮になっている間、他の者は狙われない。逃げる事には意味がある。セイクレンはそう思って駆け続けた。
そんな終わりの無い疾走に、前方から強い光が差し込んできた。
『神セイクレンよ。私はハインツ・イルクナー、西にあるベイル王国の宰相だ。この地は獣人に支配されており、西へと逃げ延びたこの都市の民を含む沢山の人々を脅かす侵略の拠点となっている』
このように明確な言葉を聞いたのは、いつ以来だろうか。
セイクレンは永らく忘れていた人の言葉を思い出しながら、自身が神であった記憶を明確に取り戻した。
いつの間にか世界に静寂が訪れ、背後から迫る獣はその姿を消していた。
セイクレンは世界の静寂に身を委ねながら、次の言葉を待った。
『汝の本意は何か。人々を脅かす侵略拠点となる事か、それとも人々を救う光となる事か。私は神セイクレンをベイル王国へと招く。この都市から逃げ延びた民を含む人々に加護を与えるを由とするならば、以後はベイル王国に光をもたらせ』
闇の世界に、強く明確な意思の光が伸びてきた。
セイクレンはその手を掴み、光に向かって言葉を返した。
「君を手伝おう、ハインツ・イルクナー」
セイクレンから光が発せられ、伸ばされた手を伝ってハインツへと流れ込んでいった。
























