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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第三部 第九巻 天鎚戦争(12話+2) ~支配者の領域~

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第00話 プロローグ 出撃命令★

 『あなたの大切な人を思い浮かべてください』


 そのような問いかけをされた時に、人々は一体誰を思い浮かべるのだろうか。

 妻や夫、恋人、子供、両親、兄弟姉妹などの家族を思い浮かべる人が多いかも知れない。あるいは知己の親友や、社会的立場のある人の中には部下や従業員や生徒と答える人もいるだろう。


 いつだったかハインツは、次のような設問を聞かされた。

 『溺れている自分の妻と子供の片方しか助けられない場合、貴方はどちらを助けるか』

 この極端な問いかけに対する回答は、ジャポーン人は家という見地から子供と答え、お米人は宗教的見地からパートナーと答える人が多いとの集計結果であった。

 確かにかつてハインツが住んでいたエリアを管理していたアルテナは兎も角として、ジャポーン全体を管理していたオレリアは継承性に重きを置いていたようだ。また、お米国を管理していたガーケルは永続性に重きを置いていた節がある。

 ちなみにお米人曰く「子供はまた作れば良いじゃ無いかHAHAHA」との事らしい。実にお米人らしいお米ジョークである。


 だがハインツは、この話に対して懐疑的である。

 と言うのも、ジャポーン人であるハインツ自身が子供では無く妻を選ぶからだ。どうやらハインツは「妻に対しては、夫が責任を持つ」と考えるタイプらしい。

 妻に対しては、自分が責任を持つ。

 だが母親に対してならば、父親が居るだろうと考える。娘に対してならば、親が先に死ぬのだから夫となる者が寄り添えと考える。

 子供に自分の老後の世話を押しつけたりはしない。ハインツの場合は、老いた生物が自分の子孫の生存の足を引っ張って一体どうするのかという超自然界的思考である。

 昔の偉い人も「立つ鳥跡を濁さず」と言っていた。

 もっともこれは「『ジャポーンでは』年老いるまで生きていれば、在宅介護支援事業所と言うものを知り、介護認定や後見人制度を学び、介護支援型施設のシステムを理解し、自分で事前に対応できる」という前提での話であって、こちらの世界では事情が異なるだろう。転姿停止の指輪を得たハインツに必要があるのかは別として。


 リーゼ、ミリー、アンジェ、オリビア。

 一夫多妻制の世界において4人の妻が居るが、そのくらいならば目も手も届くとハインツは考えており、守り切る対象であると認識している。

 一体何から守り切るかというと、妻以外の全ての存在からだ。

 メルネスやアドルフォが敵になるとすれば、最悪の場合は彼らを排除してでも妻を守る。

 現時点では脅威では無いが、子供がベイル王国を継承してハインツ達に無茶な要求を出してくれば、親である自身の教育の責任は認識しつつも、子供でも排除対象となる。

 無論これはあくまでハインツ個人の考え方であり、人それぞれに己の優先順位があるという事は前述したとおりである。


 人それぞれに己の優先順位があるように、ハインツにも己の優先順位がある。

 第一に、個人的な立場から妻。そして知己。

 第二に、社会的な立場からベイル王国民。

 第三に、人間的な立場から人類全体。

 ハインツ自身の中で、これらの順位は決して揺るがない。

 ハインツは妻4人のためにならベイル王国民345万人を切り捨てる事ができるし、ベイル王国民1人のためにインサフ帝国民600万人を見捨てる事もできる。

 この優先順位に文句を付ける者が居るとすれば、ハインツは「文句があるなら自分で助けにいけ」と言うだろう。

 過激な話であるが、「全ての人を救うべきだ」などと非現実的な夢物語を何ら具体策も無く唱え、その解決手段は全て他人任せという愚か者の寝言を聞かされたところで、議論は成立しないのだ。

 ハインツにとっては、ベイル王国民の安全を確保した上で余力があれば、そこからようやく他国民を助けても良いかと考える事になる。






 Ep09-00






「…………と、私は考えている。諸君らはベイル王国騎士であり、社会的な立場から優先すべきはベイル王国民の安全確保である。作戦を遂行すればベイル王国と獣人帝国との間に距離の壁ができる。だが躊躇えば、作戦が失敗して将来ベイル王国が獣人帝国に滅ぼされる」


 バダンテール歴1265年4月7日。

 リーランド帝国からの帰国以前に進軍の準備を整えていたハインツは、王都帰還からわずか10日程の後には飛行艦隊の母港がある都市ブレッヒに入都していた。

 そして都市ブレッヒの飛行艦隊母港に集結した10個の新騎士団員と飛行艦隊の乗組員に対し、侵攻軍の総司令官として演説を行った。

 戦争前の演説には、従軍する兵への士気高揚や、戦闘での躊躇いを無くさせるための自国の正当性の説明など状況に応じた様々な目的がある。

 奥ゆかしいジャポーン人であるハインツは、演説という物があまり好きでは無い。

 だが今回、ハインツはどうしても事前に演説する必要があった。


 リーランド帝国軍が侵攻してきた際には「非道な侵略軍から無辜なる民を守るのだ!」と言えば済んだのだが、今回のケースはそれに当て嵌まらない。

 何しろ『飛行艦隊で各都市のアルテナ神殿を強襲し、そこにある神宝珠を奪い去る』という前代未聞の作戦だからだ。


 ★地図

  挿絵(By みてみん)


 神宝珠は、勝手に移設すると加護を発さなくなる事もある。

 そして、加護を発さなくなるという基準は一切不明だ。

 だがハインツにとっては、『回収した全ての神宝珠が加護を発さなくなっても構わない』のだ。

 これは、『獣人帝国の所有する宝珠都市を減らす事は、侵攻する力を減らす事に直結している』からである。

 また、『ベイル王国への侵攻拠点となっている各都市の加護を失わせて、獣人を東側の地上本土へ押し返す』事により、獣人帝国軍が侵攻する際には多数の糧食と移動時間を必要とするであろう巨大な距離の壁も生まれるのだ。

 国防という観点から鑑みるに、これら2点のメリットだけでも相当有意な効果が期待できる。

 だが、それだけではない。

 戦争中である獣人帝国の加護範囲を奪って人口の爆発的増加を阻止する事は、ベイル王国の存続に必須な行為である。現状のまま戦力に圧倒的な差が付いてからでは、和平すら覚束無くなる。


 ハインツが回収する各神宝珠には、回収の意図を説明する。

 同時に彼らの都市から難民として避難した多数の民がベイル王国に住んでいる事を説明し、元難民を含む人々への加護を願った上で、『いくらかの神宝珠が加護を発してくれたら万々歳』という考え方なのだ。

 その第一段階の作戦が成功すれば、直ぐさまディボー王国の奪われた国土を取り戻す第二段階の作戦へと移行する。

 そして第三段階は獣人帝国のリアクション次第だが迎撃あるいは進撃になると考えている。


 そこで問題となるのが、第一段階の作戦をどれだけ迅速に行えるかだ。

 もたもたしていれば獣人帝国側に迎撃態勢を整えられてしまい、それによって神宝珠の回収ができなくなれば作戦が失敗する。

 今回の作戦が遅滞する最大の可能性は、侵攻都市に住んで居るであろう人類である。

 高速移動と強襲降陸の為に40人ほどとしている飛行艦に100人の民が「助けてくれ」と掴み掛かれば、まともな作戦行動が取れなくなる。


「重ねて告げるが、諸君らはベイル王国騎士である。救いきれない他国民を救う事に気を取られ、ベイル王国民を守るという本来の目的を見失うな。他国民を助けるのは、ベイル王国民の安全を確保した後に余裕が出来てからの話である。私は救わないと言っているわけでは無い。優先順位があると言っているのだ」


 おそらく第六宝珠都市ハザノスからの民衆救出くらいならば出来るだろう。

 あの神宝珠は第六宝珠格で、元々30万人規模の大都市だ。獣人達からも重要地と見なされて入植地となっており多くの人類も住んでいる。

 そして獣人帝国の本土からは遠く離れており、逆にエルヴェ要塞とは3都市しか離れていない。

 今回の作戦終了後に騎士団と物資を降ろして第六宝珠都市ハザノスを完全制圧し、可能な限りの馬車も手配して陸路から民を移動させる。

 それくらいならば支障は無いであろうからやらない理由は無いのだが、獣人帝国への対策を無視して四方八方に手を広げていく事は出来ない。


 とは言っても、やはり人間である以上は「助けてくれ」と言われれば心が揺れ動く。

 どれほど必要性を説いても、最終的により多くの人が助かるとしても、目の前で飛行艦に掴み掛かった人を振り落とす事には耐え切れない騎士もいるだろう。

 ハインツはそう言うタイプの人をよく知っている。一人目は恩人のリカラさん。二人目は妻のリーゼ。どちらも自分の結論を出すと人の言う事を聞かなくなる。付け加えると、ハインツはその二人には勝てない。

 だが、実際に作戦行動中に命令に従わない騎士が居ては困るのだ。

 騎士団の中に従わない者がどれだけ居ようと、そう言う騎士は事前に全員去ってくれた方が良い。その結果として騎士団が半数になろうとも、作戦行動中に足を引っ張られるよりはマシだ。

 そう言う冒険者は、インサフ帝国皇女ヴァレリアの組織に属せば良い。ヴァレリア皇女は、旧インサフ帝国領とその地の民をいかに救うかを考えているのだから。

 ちなみにアスキス王国を解放したければ、北部連合最東のマルタン王国にアスキスの王族が逃げ延びている。


「…………作戦に従えない者は、参加せずにベイル王国騎士団を去れ。冒険者としての考え方も理解はできる故に、今回去る者は追わず罰しない。だが王国騎士団に残るならば、まずベイル王国を守れ」


 演説を聴いていた王国騎士団と飛行艦隊の乗組員の多くは、これを正義や主義主張を変える『変節』ではなく、宰相色が色濃く表れた結果なのだろうと認識した。

 ベイル王国にはアンジェリカ・ベイル女王とハインツ・イルクナー宰相という二人の指導者が居て、二つの顔を持っている。

 前者は人類全体のためを思い、後者はまずベイル王国を考える。

 二人は対立関係には無く、状況に応じて両者の立場を天秤のように揺らして比重を変えながら王国の方針を定める。

 善行は女王名で、悪行は宰相名で。

 穏和な行いは女王名で、苛烈な行いは宰相名で。

 決して王家や王名を傷つけず、王家の血統にではない宰相が全ての恨みを受け持つ。

 これは「妻に対しては夫が責任を持つ」と言うハインツの個人思想であると同時に、血統性に基づく絶対王政の維持存続という観点から必要な行いでもあった。


「出撃は、雨が降り止んだ翌日の早朝である。各員、万事滞りなきよう最後まで力を尽くせ」


 ハインツの演説を7閣僚、軍務省幹部、大騎士団長、将軍、10個新騎士団員、飛行艦隊乗組員、母港要員、そしてどこからか入り込んだ一羽の鷹が聞き届けた。

 ハインツの話を全て聞き終えた鷹は、まるで送喚されるかのように薄い金色の光を発しながら消えていった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 永らく獣人帝国の支配下に置かれているアルテナ神殿の神宝珠安置場所に、3つの金色の光が集っていた。

 1つは神宝珠として台座に安置されており、別の1つは堂々と佇んでおり、最後の1つは金色の鷹の姿を取っていた。

 台座の神宝珠が、佇む人影に意思を伝えた。


「エリザ、マナが勿体ないよ。全体状態回復のスキル2回で、大祝福1の神殿長1ヵ月分だよね。光のまま留まっていれば良いのに」

「…………」


 佇む人影は何ら意思を返さなかったが、台座の主であるセレスティアにはエリザ・バリエが肩を竦めるような光景が想像できた。


「貴女こそ神に顕現した方が良いのでは無いかしら。宝珠のままでは、会話の際に生じる細かな仕草が伝わらないわ」


 エリザに代わって、金色の鷹がセレスティアに向かってバサバサと翼を羽ばたかせて見せた。


「鷹の仕草なんて分からないよ…………」


 セレスティアはそう口にしながら、エリザとジャンナへの説得を諦めた。

 従神と違い、主神にはそれぞれに確立された意思がある。協力し合う事は出来ても、強制する事は出来ない。

 3神とも認識が近いから協力し合っているだけで、別に主従の関係では無い。

 いや、4神だろうか。ここには居ないロイク・ブルダリアスも、情報収集には大いに協力してくれた。


「本題に入って良いかしら?」

「……うん」


 セレスティアが説得を諦めたのを見届けたエリザが、穏やかな声色のまま主導権を奪っていった。


「人類間戦争を終わらせたハインツ・イルクナー。ロイクの見立てでは、彼は転職した治癒師祈祷系の大祝福3台」

「しかも、僅かに二神を超えているんですって」


 エリザの発言にジャンナが補足を加えた。

 探索者技能系で大祝福3台であるロイク・ブルダリアスは、相手の能力を鑑定するという鑑定の上位スキルを持っている。

 対象に触れずとも、姿を見るだけで能力が鑑定できる。


「それと、妻の一人が魔導師特殊系で大祝福3だったらしいわね」

「残念な事に召喚系ではなかったそうだけど」


 魔導師特殊系で細分化するとサモナーにあたるジャンナが、壁を隔てるようにオリビアと自身を分けた。


「大祝福3への成長まで、心が内側へ向いていたのかしらね」

「それでも、獣人帝国のイグナシオを超えているわ」

「ふうん」


 ジャンナは、そんな事には一切興味がありませんとでも言うような無関心の声色を示してみせた。ちなみに鷹なので、付け加えた仕草は残る2神に伝わっていない。


「それは一先ず置くわ。次にジャンナの調査では、彼は獣人帝国の占領下にある周辺の神宝珠を全て集めるのですって。もちろんセレスを含めてね」

「もしかして、数千年の時を経てセレスにお嫁の貰い手が現れるのかしら。相手は神に違いないわね。セレス、おめでとう!」


 金の鷹が祝辞を述べつつ、興奮して翼をバサバサと羽ばたかせた。

 彼女の場合は面白がってやっているのだが、神宝珠のままのセレスティアにはそれが伝わっていない。ちなみに顕現しているエリザは、それを見なかった事にした。


「…………生物じゃないわたしなら浮気にはならないのかな。エリザ、アーシア人の時代はどんな制約だったの?」

「さあ、制約は聞いた事が無いわね。アーシア人を諦めたアルテナが、人間に設けた縛りなんじゃないかしら。不貞行為によるカルマ低下の際に生じる、加護の一部喪失かもしれないわね」

「それって結局、セレスは髪の毛を失うの、それとも失わないの?」

「分からないわ。大祝福3で人間と関係を持った神も居るけれど、その相手が浮気だったのかまでは興味が無かったから」

「エリザは、自分に興味が無い事は調べないもんね」

「あなたに言われたくないわ」


 3神は信仰心の高い人々が見たら卒倒するであろう会話を繰り広げつつも、対応について思いを馳せた。


「セレス、試してみたら?」

「髪を失うのは嫌かな」


 ジャンナだけは違う事を考えていたが。


「ジャンナの話はともかく。セレス、あなたはどうするのかしら。神宝珠から神に戻って逃げる事は出来るでしょうけれど、ハインツ・イルクナーが私たちを越える祝福数の治癒師だと言うのなら、協力を求めた方が良いのでは無いかしら。アトリーの時みたいに」

「ハザノス王国もなくなっちゃったしね」

「…………」


 セレスティアは、やっぱり表情が見えない方が有り難いと思った。

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