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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
短編 錬金術師の巨鳥たち

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短編 予算申請

 バダンテール歴1265年3月。

 イルクナー宰相からの出頭要請を受けたリオン・ハイムとアロン・ズイーベルの二人は、普通定期便で18日の距離にある王都ベレオンまで足を伸ばした。

 片道18日というのは相当の距離であるが、近年は冒険者支援制度で急成長した冒険者達がベイル王国内を行き交っており、護衛の数は充分で、移動時に生命の危機に瀕するような事は滅多にない。

 行程を順調に消化した二人の乗る普通定期便は、王都ベレオンまであと僅かという所にまで達していた。

 そんな二人が普通定期便の窓から青空を眺めていると、まるで船のような巨鳥が空を飛んでいるのが見えた。


「パパ、あれは何?」


 乗客のうち小さな子供が、父親にそう尋ねる声が聞こえる。


「あれは、高速馬車だよ」

「えー、嘘だ!だって、馬車は空を飛ばないもん!」

「そうだな。でもあれは『高速馬車』なんだ」


 遡る事4ヵ月前のバダンテール歴1264年12月。

 ベイル王国軍による空からの逆侵攻により、リーランド帝国は皇帝を失い、帝都を陥落させられてベイル王国に全面降伏した。

 この驚愕の事態は瞬く間に周辺国全域へと伝わり、それを聞いた人々はまず伝達者の頭と自分の耳とを疑い、複数のルートで情報が伝わり始めると誤報を疑い、どうやら本当らしいと確認すると身分を問わず上から下まで茫然自失と立ち尽くした。


 だが最終的に、人々は事実を受け入れた。

 意識改革を受け入れた最大の理由としては、ベイル王国のイルクナー宰相がリーランド帝国と北部連合との終戦交渉を行うに際して、帝都ログスレイと各国王都との間を飛行艦の大艦隊で何度も往来したからだ。

 王都の空を埋め尽くす巨大な大艦隊の出現は「さっさと終戦を受け入れろ。さもなくば……」という武力による言外の威圧である。これは人々に、リーランド帝国の敗北という驚愕の事実を刻み込むに充分であった。

 東西に大きく広がる北部連合であっても、天空を自在に飛び交うベイル王国軍を相手に争えば敗北は必至である。

 そうやって人類間戦争は、早期に終結することとなった。


 だが、人々が最も注目した空飛ぶ乗り物についてベイル王国から発表されたのは『高速馬車』という言葉だった。

 むろん人々は「ふざけるな!あれが高速馬車であるものか!」と叫んだ。

 それに対してイルクナー宰相は「あれは高速馬車である。私があれを獣人帝国に使うまでの僅かな間、余計な事は聞かず、獣人に捕まった際には高速馬車であると言え」と再通達した。

 付け加えられた言葉によって人々は宰相の意図を理解すると同時に、人獣戦争の再開を覚悟した。そうして人々の話題は、新たな戦争へと移行している。


「しかし、犠牲を出してまで人類側から攻め込む必要があるのか」

「獣人が力を回復させて再侵攻してきてからでは遅い」

「だが戦力を送り込んでも、獣人軍団長のような化け物にどうやって勝つんだ」

「その軍団長をイルクナー宰相は2人、アクス侯爵は1人倒している」

「次も勝てるという保証は無いだろう。それより守りながら戦っては……」

「守っていたら終わらないだろう。相手が諦めるまで何千年耐える気だ……」


 期待と恐怖が入り乱れた議論は、各所で白熱しながら日々ぶつかり合っている。何しろ人類の命運が掛かっており、周辺国の人々はこの問題を避けて通る事は出来ないのだ。

 リオンとアロンが王都に到着したのは、ちょうどそのような時勢の頃だった。






 Ep08-34






 宰相から送られてきた許可書を提出し、王都西門の通用口から入城したリオンとアロンの目に飛び込んできたのは、王城の中庭にある広い敷地内に着水していた巨大な飛行艦であった。


「で、でけぇえ!」


 深く掘られて水が張られた人工池が飛行艦の着水地点になっており、王城には総旗艦1隻と通常艦3隻が同時に収容できる空港が造られている。

 通常艦の3隻分は都市アクス、都市ブレッヒ、エルヴェ要塞からの緊急連絡艦を受け入れる為の専用港であり、そちらは現在空けられている。

 アロンが見たのは、飛行艦の中でも最大の大きさを誇る総旗艦オーディンであった。


「あれは全てが竜素材か……道理で市場に出回らないわけだ」


 義肢の素材として最高なのは竜素材である。なにしろ竜骨は頑丈で軽く、マナ保有量が極めて大きいのだ。

 リオンは何度か竜骨を手に入れようと考えたが、一度も入手する事が出来なかった。

 転生竜討伐を行う王国軍が素材を市場に流さず、仕入れを行うハーヴェ商会のような大商会からジャニー商会のような中規模の商会に至るまで民間商会もこぞって市場には流さなかったからだ。

 どうやら竜素材はベイル王国が国家規模で集めているらしく、個人が真っ当な手段で手に入れるには竜討伐の冒険者隊を募って自分で狩りに行くしか無い状態であった。

 一体どうなっているんだとの疑念は、ここに至ってようやく払拭された。


「別の素材でも代替えが利く義肢の製作と、戦争の勝利。どっちが優先されるかなんて、分かり切っているからなぁ」

「ああ」


 人類間戦争が終わったと思ったら、あっという間に人獣戦争の再開である。

 それを知ったリオンは、義肢の予算について説明する事に躊躇いを持っていた。

 その根幹にあるのは「義肢を1つ造る間に1000本の矢を作った方が良いのでは無いか。それで獣人を1人倒せれば、四肢を失う人間が一人減るかもしれない」という考えである。


「国立医療研究所の基本設計、ハルトナー研究所の稼働システム、アクス錬金術学校の麻酔術、ランスケープ社の付与素材。今用意出来る最高の義肢になっている。だが、コスト削減だけは出来なかった」

「何言っているんだよ。全てが画期的に進歩して、しかも俺たちが最初に考えていたよりも安くなったじゃないか」

「だが義手1本で30万G、義足1本で20万Gだ」


 月収1000Gと仮定すれば、義手代金の30万Gを稼ぐには300ヵ月必要で、25年分の労働となる。また義足代金の20万Gを稼ぐには200ヵ月必要で、こちらは17年弱の労働となる。

 一括で支払える庶民は殆ど居ないだろう。


「でも、当初の三分の一の価格だろ」


 稼働用の輝石作成コストに関しては、リオンの技術が上がれば今後さらに削減させる事が出来るだろう。

 だが、輝石サイズの縮小と要求される技術レベルとは反比例している。

「低性能な輝石の欠片を使って」「用いる輝石の核を小さくしながら」「性能を高める」のは口にすれば簡単だが、実現は難しい。

 今出来る限界値に、素材の納入価格や輸送費、人件費などを支障の無いように足していった結果として先に挙げた金額が算出されたのだ。

 これ以上コスト削減の努力をしても、実現は何年先になるか分からない。

 そのような結果が出たので、出資者であるイルクナー宰相に報告する必要があるのは確かだ。


「魔物や瘴気の病、それに金狼軍の処理者バーンハード大隊長のせいで手足を失っている人間が大勢居る。仮に義手を1万人に用意すると考えれば30億Gだ」

「なぁリオン、30億Gってどのくらいだ?」

「月収2万Gの大祝福1の騎士を1万2,500人ほど1年間雇えるな。134個騎士団が作れる」

「ベイル王国全体で祝福を得ている人間自体が1万7,250人だから、大祝福1はそんなに居ないと思うぞ。多分10人に1~2人くらいの割合だ。大祝福未満は、雇用費もずっと安い」

「すると30億Gは、ベイル王国の冒険者全員を数年間雇って好きに使える金額という事か。あるいは『自称・高速馬車』も何隻か買えるかもしれん」

「はぁ…………それは支援して貰うのは無理だよなぁ」


 二人は若干肩を落としながら城への歩みを再開した。

 無論二人は、1隻の価格など知る由も無い。

 二人が見ていたのは下位竜を船体材料にした40メートル級の通常艦ではなく、中位竜を船体材料にした60メートル級の総旗艦であり、素材集めに大祝福2の冒険者パーティを必要とするために金を積んでもそれだけでは造れない。

 その総旗艦は母港にしっかりと接舵されて跳ね橋が降ろされており、そこからは数多の美術品が運び出されていた。


「今回が最後の荷だ。最後というのは、一番気を抜く瞬間だ。各兵士隊は決して油断することなく、時間を掛けるのを当然として慎重かつ丁寧に運び出せ」

「「「はっ!」」」

「今回の荷の合計価格は30億Gだからな。もしも壊したら、お前らがスケルトンになるまでベイル王国で扱き使うぞ」

「うわぁ勘弁してくださいよ、サンドライト中佐殿」

「「………………」」


 リオンとアロンの目前で、『属性鉱石の製錬・加工』研究室で同期だったアーナリー・サンドライトが、リーランド帝国からの賠償金の一部を陸揚げしているのが見て取れた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 入城後、会議室のような場所に通されたリオンとアロンは小一時間ほど待たされ、ようやくイルクナー宰相に面会する事が出来た。


「リオン・ハイム所長、アロン・ズイーベル副所長、呼び立ててすまんな」

「閣下、お久しぶりで……!?」


 ガタンッ。と音を立てながら椅子を蹴り飛ばし、リオンとアロンは慌てて直立した。

 ハインツの後ろから、アンジェリカ・ベイル女王が姿を現したのだ。


 わずか1歳で父を人獣戦争で失いながらも、次期女王として獣人帝国に立ち向かい、同時に各国が諦めた難民支援をたった一人最後までやり遂げた女王。

 彼女はイルクナー宰相を夫に迎え、ディボー王国との同盟を締結し、リーランド帝国を下し、北部連合を意思統一させて人類間戦争を終わらせ、全ての人類のために再び獣人帝国と相見えようとしている。

 祝福を得ているアンジェリカ女王転生の暁には、最低でも第六宝珠格、あるいは周辺国で最大の第七宝珠格を生み出すのでは無いかとも噂されている。

 そんな偉人の出現により、リオンとアロンは直立したまま石化した。


「ああ、すまん。予算を認めて貰うには、直接見て貰うのが一番だと思ってな。人道関係の支出は、全て女王名義なんだ。公式の謁見では無いからそんなに気を負わなくても良い」


 宰相の意図を理解しながらも、リオンとアロンの硬直は解けなかった。

 アンジェリカ女王はそんな彼らを見て、自分から声を掛けた。


「あなたがリオン・ハイム所長ですね。わたくしの夫の義手を作ってくれたと聞いています。とても助かりました。感謝しています」

「はっ…………恐縮です」


 心情的に有利となる点を指摘され、リオンはようやく一息付けた。

 それに技術分野の話であれば、知っている限りの事を説明する事も出来る。


「本日は宰相閣下の新しい義手もお持ちしました…………!?」


 リオンが目を向けたハインツの左腕は、いつの間にかリオンの作った義手から本物へと変わっていた。


「どうして!?」


 アロンも驚き、左腕を食い入るように見つめる。


「ああ、俺の左腕は治った。リーランド帝国との戦争によって、我が国にマルセル・ブランケンハイム大治癒師を引き込めたからな」

「…………なるほど、そういう事でしたか」

「そういえば、噂になっていたなぁ」


 治癒師祈祷系が祝福70で使えるようになる『単体回復ステージ3』は、リーランド帝国にいたマルセル・ブランケンハイム大治癒師のみが使用できる究極の回復スキルの一つだ。

 リオンが考える義手ではなく本物の四肢を取り戻せるスキルだが、そもそも治癒師が祝福70へ行き着く事は不可能に近いので実現は極めて困難だ。


 現在唯一の例外であるブランケンハイム大治癒師は、純正の治癒師では無く戦士職からの転職治癒師であり、戦士系のスキルを治癒師のマナ保有量で連発できた事により他には真似できない速度で祝福を上げる事が出来た。

 近年ではディボー王国が国家として所属するラリサ大治癒師の祝福上げを支援しており、ラリサ大治癒師も祝福70に到達出来るのでは無いかと目されている。

 要するに、よほど特殊な理由を持つ治癒師や、大国が全面的にバックアップするほどに飛び抜けて優秀な治癒師でなければ祝福70には至れないのだ。


「他言は無用だ。俺の左腕は皮膚病だったと言う事になっている」

「言い触らしたりはしません。ですが閣下、大治癒師様をベイル王国にお招きしたという事は、義肢の方は不要なのでは……?」

「いや、開発は継続してもらいたい。予算も出すつもりだ。それに義肢を作った者の名簿を管理して二重作成の不正を無くすため、国務省の内務局が全面的にバックアップする。それと、技術省の錬金術局にも作成を手伝わせる」

「大治癒師様は、四肢の再生治療をされないのですか?」


 アロンは右の義足を押さえながら、低い声でそう問い質した。


「リーランド帝国は、ブランケンハイム大治癒師を十数年に渡って監禁しながら死者蘇生や欠損部位の再生を行わせ続けた。十数年間の間、毎日休む事無く朝から晩まで、マナが回復する度にボロボロの死体と対面してそれを再生する作業を続けさせられたわけだが、ズイーベル副所長はそれをどう思うか?」

「それは極端な例ではありませんか」

「だが現実に起っていた。一人を治癒すれば、『どうしてあいつが治癒されて、俺が治癒されないのだ』と不満が出る。人獣戦争やモンスター被害、瘴気の病や馬車の事故で新たな患者は出続ける。大治癒師が1人で全員を治しきる事など不可能だ。生涯治し続けても終わらない。それに対すれば、彼の人生は無くなるに等しい」

「…………」


 それでもやって欲しいと思うのが、人の心理である。

 たった1人の犠牲で1000人が助かるのなら、1人に人生を捨ててくれと言いたくなる。やらなければ恨み、あるいは力尽くで言う事を聞かせようとする。

 ハインツが治癒師としての力を明かさず、祝福70を超えた妻のリーゼにも力を明かさせないよう本人の意思に反して強制しているのは、まさにそれが理由だ。ハインツは既に自分の答えを出しているが、リーゼは悩み続けている。

 ベイル女王と結婚し、ディボー王国と同盟し、リーランド帝国を下し、北部連合に終戦協定を締結させたハインツであれば、もはや自身の意に反して治癒を強制される事は無いだろう。だが、出来るのにやらないと言うのはそれだけで憎しみの対象となる。

 人はそれほど強くない。リーゼが力を示せば、人々の無言の圧力に晒された彼女はやがて自発的に治癒の自動機械と化すだろう。

 それが分かっているからこそ、ハインツはリーゼに力を示す事を禁じているのだ。


 国家の強制から個人を守るのは憲法である。

 だがベイル王国を含む周辺国には憲法自体が無い。国家の倫理は、国主各々の思想に委ねられているのが現状だ。

 アロンが納得できない心情は、4年間左腕を失っていたハインツにはよく分かった。

「そんな屁理屈は良いから、ごちゃごちゃ言っている間に俺の足を治してくれ」と思うのが当然だ。

 そして大治癒師が1000人中999人を治してくれても、自分がその999人に入っていなければ納得できないし、1000人中1人しか治されなくても、自分が治してもらえれば不満など無い。

 だがベイル王国は大治癒師に対して、リーランド帝国と同じ事をするつもりは無い。

 その前例は、将来的にハインツやリーゼを守る事にも繋がる。


「大治癒師殿は本人の意思で、負傷あるいは死亡した騎士の治癒・蘇生を引き受けてくれた。彼の力はそちらに集約する事になる。優先順位はそちらだろう」

「ええ、そういう事なら分かります」

「………………分かりました」


 獣人帝国の侵攻から国と民を守る騎士を治癒し、新たな侵攻を阻止して民の犠牲を減らす。これは国家の大義であり、誰が考えても優先順位で1番となる。リオンやアロンもこれには納得するしか無い。

 だがこれがハインツ個人の近しい人への治癒となれば、アロンには自然と不満が生じてくる。

 その人の人生が掛かっているから必死になるのは当たり前で、その心を留めようなど無いのだ。

 それが分かっているハインツだからこそ、リーゼやミリーの同級生達が手指を失った時にはそれを見捨てた。

 だが、ずっと気に病んでいたのも確かだ。リーゼも当然気にしているだろう。

 個人の犠牲を出さずに治せる手段があるのなら、多少の無理をしてでも支援しようと考えた。

 人獣戦争によって新たな欠損者を救出する事もあるであろうが、リーランド帝国からの賠償金があればそれを含めても何とかなるはずだ。


「ところで義肢を見せてくれ。自在に稼働するというのは本当か?」

「ええ、沢山の錬金術師達が協力してくれました。アロン」

「…………ああ」


 バダンテール歴1265年3月。

 国立医療技術研究所の予算申請は、女王名によって全額が承認された。






 ★☆★☆★☆★☆★☆






「ところで閣下、一つお耳に入れたい事が」

「うん、なんだ?」


 設計・国立医療技術研究所、エネルギー開発・ハルトナー研究所、素材製造・ランスケープ社からなる『ゴーレム建造計画書(案)』が提出されたのは、また別の話である。

 ちなみにこちらの開発予算も、宰相名によって全額が承認されたのであった。

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