第01話 ジデン湖の記憶
俺が生まれたのは、ジデンハーツという湖に面した第二宝珠都市だった。
遠く海から遡ってくる魚が豊富に取れた。初等校の頃は釣りに行って、釣果を家に持ち帰った。お袋は褒めてくれて、それを夕食に出してくれた。
親父は腕の良い船大工だった。ジデンハーツとヒルボリ、あるいはコフランとハグベリ、そしてフロイデン。それらを繋ぐ交通手段は全て渡し船だった。俺も将来は船大工になるのだと思った。
だが、そうはならなかった。
「イヴァン君には、アルテナの祝福がありました」
親父が担任にそう言われた。戦士の資質があると告げられた。
戸惑ったが、いつも一緒に釣りをしていたクリストも俺と同じくアルテナの祝福があると言われたので、それなら大丈夫だろうと思った。
(金髪で白い肌のクリストが?あいつは日焼けして倒れるんじゃないか?)
黒髪の俺の方が日に強いと思う。だが、黒髪は暑さが篭って逆に弱いかもしれない。ひとまず引き分けにしておいた。それに……
(俺達は親友だ。あいつと二人ならなんとかなるだろう)
俺とクリストは呆れるくらいに息が合った。小さい頃からずっと一緒に釣りをしてきたのだ。お互いの動きなんて見ずとも分かる。
俺の方に敵が向かえば、俺が引いてクリストが攻めた。クリストに敵が向かえば、あいつが引いて俺が攻めた。あるいはフェイントを掛け、惑わして二人同時に攻めた。
2人で1匹を相手にすれば、どんな相手にも負ける気がしなかった。実際に負けなかった。連携は攻撃だけでは無い。お互いのフォローも完璧だった。
祝福が上がって、上がって、上がって、上がって。面白くてどんどん続けた。
ある時、クリストがふと言った。
「なあ、イヴァン。俺達は結構強くなったんじゃないか?」
俺は笑って言い返した。
「そうだな、クリスト。だが俺達は、まだまだ強くなれるだろう?」
「ああ、まだまだ強くなれそうだな」
強かった俺達は、祝福を上げる片手間に生活費も稼げた。10年続けた。息の合った俺達は、同時に『そろそろ終わるか』と思った。
二人揃って、祝福77になっていた。
国王から勅使が来た。
Ep02-01
「嫁の余命はあとわずか?」
「ちゃんと蘇生して下さいね?あなた」
ハインツの寒いダジャレに対して、リーゼロットは素で返した。
性根が素直すぎるリーゼに、冗談の類は全く通じない。そもそも結婚の経緯からしてそうだ。
ハインツは虚しさを誤魔化す為、リーゼを無言で抱きしめた。
困ったら抱きしめて誤魔化すというO型の安直な発想。ハインツが抱きしめた瞬間、ふわっとして、くすぐったいような甘い匂いがした。
リーゼは両手をハインツの体に回してきた。
ハインツはリーゼの短くなった髪を撫ぜる。
そう、リーゼの腰まで伸びていた長い髪が、少し短くなった。
初めて会った夜、彼女の髪が沢山の血で固まって洗えなかった。そのまま洗えずに1日経ったため、髪に変なクセが付いてしまった。
そこで思い切ってバッサリと切った髪の長さは、一時期は肩くらいまでになっていた。今は、ようやく肩より少し長いくらいだ。
リーゼは今後、このくらいの髪の長さにするらしい。ハインツが、そのくらいの長さの方が良いと言ったためだ。そもそも、どういう経緯で腰まで伸びる長い髪にしていたのかは知らなかったが、結論が出た後に言っても、まさに今更というやつである。
女性の髪は、男性に比べて伸びるのが遅い。もうすぐ夏が終わろうとしている。ハインツがジャポーンからここに来て、もう3ヵ月近くが経ったのだ。
(暑い夏だったなぁ。ぐへへ……いや、けしからん!実にけしからん!普通の意味でも暑い夏だった。すごい猛暑がしばらく続いたなぁ)
涼みに行こうと誘ったのは、コフランから南にある第二宝珠都市エマールの、そこからさらに南の廃墟都市だった。
ここにはフロイデン大橋やハグベリ大橋の架かる大河の水が辿り着く湖がある。
そこはジデン湖と言って、廃墟都市ジデンハーツでまだ人の営みが続けられていた頃、都市の名前から名付けられた巨大な湖だ。
湖は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。周辺の緑も映えて美しい。ここはとても良い都市だ。人が都市を築くには相応しい場所だろう。
だが、ここにはもう誰も居ない。
最初にここへ来る際、ハインツはリーゼにその由来を聞いた。
「ここはなんで滅びたんだ?」
「それは、アルテナの神宝珠が使い切られたからです。大祝福1の神官様がアルテナの宝珠に祈るだけでは、宝珠の回復はとても間に合いません。もう一つ大切な事があって、そちらが失敗したのです」
「もう一つ……って、何だ?」
「神官様の転生です」
その時、ハインツは懐かしい言葉を聞いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この廃墟都市に来た理由は、単なる避暑だけではない。リーゼの祝福上げを兼ねていた。
リーゼは祝福3で、ハインツは祝福95だ。
あまりに祝福が違い過ぎて、このままでは冒険などで傍に居る事が出来ない。ハインツは妻のリーゼの祝福を早めに上げておきたかった。
ハインツはジャポーンでは『NPCのハインツさん』と呼ばれていた。
普段はやらないが、その気になれば高速祝福上げくらいは簡単にできる。
まず場所選び。
敵の種類が少なくて、戦いのスタイルを安定させられる事。
敵の個体数が多くて、無駄な空き時間を作らずに済む事。
味方の攻撃が有効で、敵の攻撃は受け難い事。
休憩が安全で、アクシデントが起こり難い事。
必要な補給が手短にできる事。
加えて他の冒険者が少なく、トラブルが起こり難い事。
ああ、新婚だから景色が良くて、ゆっくりできて、テントではなく建物とベットも欲しい。
馬鹿にするなと大半の人は思うだろう。そんなところがあるものかと。大根で殴るぞと。あるいは、そんな場所があれば大人気スポットだと。
だが敵Aと敵Bのどちらが倒し易いかと言う条件ならば、答えは簡単に出るだろう。
では敵A・B・Cならば?それでも出るだろう。
その全種類の答えを持っていて、周辺の全てのモンスターの遭遇頻度を把握できて、味方の対応パターンに当て嵌められて、地理からリスクを計算できて、最適な補給地点や補給方法を理解できて、逆に周りの冒険者がどれだけ理解できていないのかを分かれれば良いのだ。
あるいは、不足する部分は工夫でいくらでも補えば良い。
ハインツは、ジャポーンにおいてNPCのハインツさんと呼ばれていた。
(そんな簡単な事が出来なくて、初心者サポートが出来るはずが無い!)
思い込んだ人間は怖い。
冒険者協会と冒険者達からモンスターの分布図や出現情報をまとめて収集したハインツは、不定期に出てくる魔物を探し回るのは非効率だと思い、魔物が無限に出てくるところへ向かった。
そう、ここは廃墟都市。アンデット系のモンスターがいくらでも湧いてくる。なぜなら、ここは彼らの家だった。
アクシデントになり得る物理攻撃の効かないゴーストや、あるいは元冒険者のアンデットなどは、ハインツにとっては治癒魔法で簡単に倒せる雑魚でしか無かった。
ハインツは、自分がモンスターをどんどん捕まえて瀕死にし、トドメだけリーゼにバスバスと刺させた。バスバスはダガーの音である。それを繰り返す事2ヵ月以上。
バス…………バス…………。
バスバスではなく、バス…………バス…………であった。流石にそんなに早くモンスターを捕まえて瀕死にはできない。
(どこまで非常識にやって良い?どこまで許される?ハイジーンさん舐めんなよ!)
リーゼは、特に何も言わずにハインツの祝福上げの方針に完全に従った。拒否権(絶対嫌です)を発動させたのは、これまでにバーンハードとの戦いの際の一度だけだ。
彼女の加護や魔力は、アルテナ神殿や魔術師ギルドで調べなければ正確には分からないが、既に祝福3から夏の間に祝福42にまで上がっていた。
大祝福を受けると、つまり祝福30になるとその職のベテランだ。なにせ、能力が最低でも2倍以上になる。
騎士なら騎士隊長になれる。神官なら都市の神殿長が見えてくる。最下級の竜ならパーティで倒せる目安になる。冒険者としての信用は、30を境に大きく跳ね上がる。
普通は高くなる程に祝福上げの効率が落ちて行くものだが、ハインツは狩り方をどんどん現地に適化させ、最後には1日60匹のスケルトンやゾンビ退治が為し得た。畑でも耕すかのように二人は狩りを続けた。
きっと獣のオスなら、狩りが上手いとモテただろう。即座にハーレムでも形成出来ていたかもしれない。いや、獲物が骨や腐った肉では、やはりモテなかっただろうか?
ハインツ自身は、もう自分の祝福を上げる意志は無かった。なぜなら覚えられるスキルがもはや無い。加えて能力は大祝福3を受けていて大きくは変わらない。そのためリーゼの祝福だけがどんどん上がっていった。
一定の成果を得た後、ハインツはリーゼと共に都市へ戻る事にした。
(もうすぐ飽きが来る。…………違う、秋が来る!)
9月になった。