短編 共同研究 中編
錬金術師リオン・ハイムが考案した義肢には、乗り越えなければならない課題がいくつかある。
その中でも最大の課題であるコスト削減に関しては、ハルトナー研究所の協力により解決の道筋が見えた。
これだけでもいずれ実用化へは至るであろうが、このまま推し進めて良いのだろうかとリオンが自問した時に出た答えは否であった。
「手術の負担軽減は絶対に必要だ」
「……ああ、頼むぜ」
まだ当面先とはいえ、いつか必ず再手術をしなければならないアロン・ズイーベルは切実に訴えた。
若くて体力があり、おまけに低いとは言え祝福まで得ているアロンでも二度と御免なのだ。これが女子供や老人、あるいは祝福を得ていない者であれば到底耐え難いだろう。
とは言っても、手術分野に関して二人は専門外である。
そもそもベイル王国の錬金術は4体系に分かれている。
属性鉱石の製錬・加工
輝石の精錬・変質
特殊繊維の精練・付与
植物からのマナ抽出・調合
リオンたちの専門分野は属性鉱石の精錬・加工で、これによって義肢の設計を行った。
一方ウィズ・ハルトナーやアニトラ・ベルンハルトの専門分野は輝石の精錬・変質で、義肢を稼動させるエネルギー分野に関して協力してもらった。
「手術に関してなら、マナ抽出・調合か」
「そうだ、確か錬金術学校で教師になったトト・クワイアが医療分野に詳しくなかったか?」
「俺は薬品の調合が専門と聞いているが」
「どっちも一緒だろ。相談に行こうぜ」
「……大分違うと思うが。まあ良い、行ってみるか」
翌週、二人は久々に母校を訪ねる事にした。
Ep08-32
アクス錬金術学校の新校舎が完成したのは、今から二年程前のバダンテール歴1263年2月である。
リオンたち第一期生が卒業したのはその年の3月であり、卒業式後の一次会で使った以外に思い出は無い。
「やっぱり新校舎はすごいな!」
「ああ、旧校舎の10倍だからな」
錬金術をはじめとして幅広い書籍を収めた大図書館、ラットなど実験動物の飼育場、製錬場・精錬場・精練場・溶鉱炉。
属性鉱石の製錬・加工に用いる鉱物の備蓄庫、同じく各種の輝石を保管する保管庫、特殊繊維の精練・付与を行う専用の建屋と設備、調合に用いる素材を育てる広い植物園。
食堂、サロン、売店、教師棟、研究棟、クラブ棟、体育館、更衣室、水飲み場、講堂、多目的会議室、ホール、音響室、学生寮、不足することの無いように多数用意された予備の教室や空き倉庫。
そして学校に隣接する敷地の半ばは、拡張しようと思えばさらに広げられるようにアクス侯爵の私有地となっている。
「…………いくらなんでも、やり過ぎじゃ無いか?」
「いや、まあ……そうかも知れん」
これは、それだけ王国の錬金術に対する期待が大きいのだろう。
確かに新式回復剤の一点だけを見ても、費用対効果として十二分の成果が出ている。
アロンが聞き及んだところによれば、ベイル王国に1年遅れて錬金術学校を開校したディボー王国も、ベイル王国の新校舎と同等の学校を新設中との事だ。
王都ディボラス、第三宝珠都市トイラーン、第三宝珠都市フェルナンテの3都市で、ベイル王国のように各都市の特色を出しながら育成を図っているという。
「金が惜しいと思う俺たちには、到底真似できないな」
「何を馬鹿なことを。イルクナー宰相だって歳出の削減は大規模にやっている。それよりも手術の負担軽減だ」
マナ抽出・調合の分野に関しては、ベイル王国に3つある錬金術学校のうちアクス錬金術学校が一歩先んじていると言われている。
これは先に挙げた王国の新式回復剤が、都市アクスで生産されているためだ。
それらの開発者はグラート・バランドとトト・クワイアの2名である。
本来は容易に会える相手ではないが、国立研究所の所長にして同期でもあるリオンはトト・クワイアに時間を作ってもらうことができた。
「ところで、トト・クワイアが待っているという研究棟ってどこにあるんだ?」
「……お前と一緒に卒業した俺が知っているわけ無いだろう」
錬金術学校の正面門から中に入って暫く進むと、新築の立派な建物ばかりが並んでいる。
流石に講堂や体育館の見分けは付くが、もしかして研究棟だろうかと思える建物は3つもあった。
今から正門に戻って守衛さんに訪ねるのも気が引けるなぁと思って周囲を見渡すと、生徒が歩いているのが見えた。
なにやら言い争っているようで、声がリオン達の所にまで届いてくる。
「やっぱり納得いかない。本当ならあたしも2年生のはずなのに」
「中等校は2年飛び級できるけど、錬金術学校は1年しか認められないからね。あの薬品の取り扱いは2年生からなのだ。でもリディは、1年間高等校に入っていたから良いじゃない?」
「そこがおかしいと思うの。中等校や高等校の2年飛び級を認めるなら、錬金術学校も統一すれば良いのに。そのせいでマリーが先輩になったし」
「にしししっ、先輩を敬いたまえ!」
「むーっ」
どうやら生徒で間違いないようである。
アロンは二人に声を掛けた。
「ああ、君たち」
ガシャンガシャン……
歩み寄る際に義足が音を立て、二人の注目を引いた。
「わおっ、お兄さんそれ義足?」
「おう、錬金術製だぞ。見てみるか?」
「わわっ、良いんですか!?」
「おう!」
星形のアクセサリーが繋げられたネックレスを付けたふわふわ頭の少女が、アロンの義足を興味深そうに覗き込んだ。
彼女の後ろからは、黒紫髪の少女が同じく興味津々でアロンの義足を見つめている。
「へへっ、こいつをどう思う?」
「すごく……大きいです」
「よし、お嬢ちゃん名前は?」
「はい、マリエット・シュラールです!」
「おう、俺はアロン・ズイーベルだ。じゃあマリー、俺たちをトト・クワイアの研究棟まで案内してくれ!」
「わお、それってあたしの所属している研究室ですよ。お兄さん奇遇ですね」
「これは運命の出会いだな……って、リオン、なんで頭を抱えているんだよ」
「いや…………すまん…………なんでもない…………」
明るいのは良いことだ。
リオンは無理矢理自分を納得させ、マリエット・シュラールとリディと呼ばれた二人の生徒にトト・クワイアの研究棟まで案内してもらった。
その際、黒紫の少女がリオンの事をまるで同士を見るような目で見ていたので、リオンは何も言うなと目線で訴えた。
果たして少女は、分かりましたと目線を返してきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
研究棟に案内されたリオンは、出迎えたトト・クワイアに手術に関しての説明を行って意見を求めた。
しかし、出てきたのは予想に反して否定的な意見だった。
「……いや、それは難しいね」
「どういうことだ?」
トトは紅茶を一口含み、二人にどう説明したものかと思案した。
「ああ、マリー君。盗み聞きしている暇があるならお茶菓子を持ってきてくれないかな。棚の引き戸に木箱で入っているから」
「…………はーい」
マリーを追い払ったトトは、苦笑いを浮かべた。
「あれでも総合成績は一番なんだよ」
「へぇ、成績良いのか」
「彼女の場合は若干の事情もあるけどね」
マリーは進路希望していた錬金術学校入学の1年前から、第一期生で総合成績2位だった当時3年生のレナエル・バランドに錬金術の個人授業を受けることが出来た。
トトが知っているのは、マリーがレナエルの妹リディの親友で、入学前から錬金術を学べたと言う事情である。
だが本当は、ドリー事件発生にそれなりの責任を負うレナエルが、妹リディの誘拐に巻き込まれてしまったマリーに対して行った補償なのだ。同じく誘拐に巻き込まれたレオノーラに対しては、ロランが責任を取っている。
そのような事情で手を抜かれるはずも無く、入学以前から錬金術の英才教育を受けたマリーは同級生を置き去りにしてトップを独走している。
「我が校の主席に変わり者が多いのは、第一期生アニトラ・ベルンハルトからの伝統になりつつあるよ。マリーは第四期生の変わり者。おっと、そういえば第五期生のリディ君は、周囲はともかく本人はまともだったかな」
そう言いながら、トトは懐かしい旧友達を思い浮かべた。
トトが学生時代から友人付き合いをしているレナエル・バランド、タニア・ジャニー、キスト・サンらは、全員がマナ抽出・調合分野の特待生だった。彼らにはこれからトトがリオン達に行おうとしている説明が最初から不要だ。
だがリオン・ハイムとアロン・ズイーベルは、トトが見るところ技術屋であり、トトの専門分野とはあまりにも系統が異なっている。
「確認しようか。二人が期待しているのは、僕が論文を書いた手術用の麻酔だね?」
「ああ、その通りだ」
「そうそう」
さて困ったぞ。という苦笑いの表情を浮かべたトトは、順を追って説明することにした。
「そうだね。まず夜眠っているときの睡眠と、麻酔薬による意識消失の違いを説明しようかな」
「……どう違うんだ?」
「寝ている時に痛みを感じたら起きるのが睡眠だけど、麻酔による意識消失は起きない。手術をしている時に痛いと言って起きては大変だからね」
「ああ、確かに」
「でもその状態だと、当然自分の身を守れないんだ。体温低下はもちろん、寝返りを打てないから身体の一部に負担がかかって褥瘡も出来る。手術の痛みや刺激で血圧が上がったり脈が早くなったりする。麻酔薬の取り扱いは難しいんだよ」
トトの言いたい事を理解したリオンとアロンだったが、アロンは興味本位で尋ねてみた。
「刺激を抑えるために麻酔を増やしたらどうなるんだ?」
「それだと心臓や血管に対する抑制作用が出て、血圧が下がるね。麻酔の深さと手術の刺激バランスは、手術の内容、患者の年齢、健康状態によって変えなければならない」
「……何か方法は無いのか?」
「一応、全身麻酔と局所麻酔の二種類があるけどねぇ」
「どういう問題があるんだ?」
その時、マリーがお茶菓子を持って部屋に入ってきた。
「お待たせしましたー」
「ああ、ご苦労様。残りはみんなで食べて良いよ」
「いぇい、先生ありがと」
全身麻酔は全身に麻酔薬を投入する方法で、ハインツの居たジャポーンでは点滴や吸入によって麻酔薬を投入する。ちなみにトトが用いるやり方は吸入のみだ。
局所麻酔は身体の一部分に麻酔薬を効かせる方法で、脊髄や末梢神経、皮膚や粘膜の一部に注射をして麻酔を行うため意識は保たれる。
ジャポーンでは全身麻酔と局所麻酔のどちらか一択と言うわけではなく、全身麻酔に局所麻酔を併用して痛みを無くし、あるいは局所麻酔に全身麻酔を併用して眠らせるなどの組み合わせも行う。
また、全身麻酔に硬膜外麻酔という背中から細い管を入れて鎮痛剤を脊髄の近くに持続的に入れると術後の鎮痛効果が高まる。開腹手術の後に痛くて眠れないなどといった事は近年では基本的に起こらない。
なお術前に抗凝固剤を中断できない場合には、硬膜外麻酔を行わずに点滴から鎮痛剤を投与すると言うやり方もある。
だがこれらはジャポーンでの話であって、トトの場合はその入り口で、暗闇の中を手探りしている段階だ。
トトは、この分野をおそらく一生を掛けて形にしていく必要があるだろうと考えている。
他にもやりたい事はあるし、それらを切り捨てるつもりも無いが、トトが関わればベイル王国の医療の質は大きく向上していくだろう。
これは虚弱体質でまともな少年生活を送れなかったトトが、医療によって救われた事で選んだ一つの道だ。
だからこそトトは、この件に関して妥協するつもりは無い。
「リスクを挙げればキリが無いけど、例えば薬剤に対する強いアレルギー反応が起こる事もあるんだよ。アナフィラキシーショックというけど。僕が新しい麻酔薬を使わせても良いと思えるのは、今のところ僕の研究室で学んだ特待生だけだねぇ。だから安易に渡せないんだよ」
「分かった。ところでその特待生はいつ卒業する?」
「ええと、マリー君は今2年生だったね?」
「はーい。あと1年ちょっとで卒業ですよー」
「「なんだ、すぐじゃないか!」」
錬金術学校への入学以前から研究を続けてきたリオンにとっても、待ち続けてきたアロンにとっても、1年と言う期間はほんの僅かであった。
「確認するが、お前の研究室で学んだ生徒には麻酔薬を任せて良いんだな?」
「マリー君なら問題ないと保証しよう。むしろ彼女になら、全ての薬剤を任せて大丈夫だと請け負うよ。但し、本人の同意は取って欲しいね」
「えっ……えーっ!?」
ずいずいと迫ってくる二人の迫力に押され、マリーは一歩後ずさりした。
「だがっ、逃がさーんっ!」
「わきゃーっ!?」
こうして国立医療技術研究所は、革新的な麻酔薬と、将来有望な麻酔科医を同時に獲得したのである。




























