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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
短編 錬金術師の巨鳥たち

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短編 共同研究 前編

 錬金術師リオン・ハイムが本来持っていた研究テーマは、錬金術による失われた四肢の回復である。

 リオンの研究の切っ掛けとなったアロン・ズイーベルは、義足をものともせず平然と歩き回る。この間など、彼女連れでデートなどしていた。


 (……いや、別にデートは良いんだが)


 アロンの日常生活に支障らしい支障が出ないのは、祝福を得た冒険者の身体能力を持っていればこそだ。

 一般人がアロンを真似るのは容易ではなく、リオンは当初三点杖や四点杖あるいは車椅子など四肢以外で四肢を補う代用器具を開発した。

 だが、それと平行して基礎研究は続けていた。

 脳が体性運動神経を介して四肢を動かしているのだとしたら、途切れた神経を作って繋げ直すことはもちろん技術的に不可能だが、何らかの方法でその機能を真似ることは出来ないだろうか。


 (…………この際、発想を変えるべきだ)


 例えば、人は体内にマナを保有している

 冒険者は『職業系統別に特化した属性』と『祝福によって強化された力』によって体内のマナを変換してスキルという形で発動する事が出来るが、一般人はその力が弱くてそれを行えない。

 その代替手段となるのが、ハルトナー信号弾やベルンハルト消火弾のような輝石を錬金術で加工した道具である。


 輝石とは、世界の力を蓄える転生竜の顕現や、あるいは長い年月を掛けて自然の流れによってエネルギーが結晶化した塊の事を指して言う。

 なお、溜まったエネルギーの種類によって輝石の属性は異なる。

 そんな各種の輝石を用いる事で錬金術師は望む力を引き出している訳だが、そこまでを考えたリオンはふと思いついた。


 (……もしかすると、『一般人が本来持っているわずかな力でも、輝石を介せば望む現象の発動に至る』のか?)


 リオンは、それを試してみる価値があると思った。

 本来ならば高価な輝石を用いての研究は予算の面から断念するところであるが、医療技術研究所の研究に関してはイルクナー宰相が私的に支援してくれている。

 私的ということは、出資者以外の誰からも文句を言われないと言う事だ。

 これはもちろんイルクナー宰相の義手を造った経緯からの事であるが、要するにリオンは自由に研究をして良いのだ。

 大金を投じる事への躊躇いは当然あったが、宰相の義手にも関わる研究であるという点が背中を後押しした。

 そして…………


「それで行き着いたのが、全身を流れるマナでの命令代用と、それを補う四肢に埋め込んだ輝石の受信部と言う訳だ!」


 ガシャンガシャンと造り物の右足首をリズム良く曲げながら、アロンは得意げに説明を始めた。


「アロン、なぜ威張っている」

「いや、なんとなく」

「分かった、もう良い」


 確かにこの研究成果は、アロン・ズイーベルが居なければ生み出せなかった。

 研究の動機としては無論の事、アロンは人体実験と言われても仕方の無いリオンの研究にずっと付き合ってくれた。

 アロンの強い意志が無ければ成り立たなかったであろうし、彼が祝福を受けた身体能力の高い冒険者でなければ黄色の輝石を繋げた時に大けがを負わせていたかも知れない。

 それは分かっているのだが……。


 ガシャンガシャン……


「アロン、うるさい」

「お、おう」


 義足の稼働音が静まった研究所内で、リオンは成果に対する思考を再開した。


 (…………音だけじゃない。これは改良の余地が多すぎる)


 二人が造り出した義足には、いくつかの課題があった。

 義肢自体に掛かるコスト、手術によって生じる身体への負担、義肢自体の重量。

 その中でも最大の課題は、やはりコストである。

 リオン達が試作した義肢は、動かしたい関節の全てに1個ずつ黄色の輝石を埋め込む必要がある。

 利便性に関してあまり妥協せずに作るとすれば、片腕の肘から先で90万G。片足の膝から先で60万G。さらに四肢を専属で作る技師も必要になってくる。


「アロン、60万Gってどれくらいだ?」

「ええと、庶民の月給が1,000Gだから600ヵ月分だ。つまり50年分の労働収入だ。いや、最近は平均収入も上がっていたか?」


 ただでさえ義肢の人間は稼ぎ難く、加えて都市内で1Gも使わずに生活していくのは不可能だ。これでは実用化には遠い。


「小さい輝石でケチるとか?」

「ケチると途中で動かなくなって、再埋込手術が何度も必要になるぞ」


 アロンの右足に埋め込んだ輝石と、義足に入れてある輝石は繋がっている。紫色の輝石を使って黄色の輝石を一部融合させて、複数のマナを同調させているのだ。

 従ってどちらかの輝石を限界まで使った時点で、発信あるいは受信機能が失われて義肢が動かなくなってしまう。


「……再手術は無理だ」


 身体に大きな黄色の輝石を埋め込む際には、とても大きな負担が生じる。

 アロンの場合は痛みで暴れないように縛り付けて、舌を噛み切らないように口内に布を詰め込んで、さらに祝福を得た者が何人かで押さえつけた。

 さらに埋め込んだ輝石が身体に馴染むまでは苦痛に顔を歪めていた。

 それらを鑑みるに、何度も手術をするのは辛いだろう。


「コスト削減は不可欠だが、これ以上は技術的に限界だ」

「輝石か。なぁリオン、輝石に関してならハルトナー研究所の元学年主席殿に相談してみるのも手じゃないか?」


 そもそも複数の輝石を1つに合わせる手法は、アニトラ・ベルンハルトが創り出した技術だ。加えて先方は輝石の力の圧縮まで行っており、リオンよりさらに先を行っている。


「やむを得ないか」


 僅かな逡巡は、プライドの問題ではない。

 リオンたちの国立研究所とウィズ・ハルトナーの民間研究所とでは、波長と言うかベクトルが違うのだ。






 Ep08-31






 週末、リオン・ハイムとアロン・ズイーベルは民間のハルトナー研究所を訪ねた。

 そこではなぜか製品の組み立てをしている国軍の兵士達がおり、研究所の拡張工事を行う兵士達が居り、建屋内を技術省と経済省の役人が往来していた。

 そして入り口に居た受付のごとき兵士に訪問を告げることで、リオンたちは中へ招かれていった。


「ほら、ボクの詰め替え式信号弾、用途が広がったでしょ!」

「アホウィズ、少しは興味以外の事にも目を向けろ。需要を考えて計画的に人を雇え。簡易な設計にしろ。人手が足りないからと兵士が手伝いに来ている。役人は周囲の用地買収交渉と帳簿管理まで やっている。これがどれだけ異常な事か分かっているのか?」

「やってくれるなら良いじゃ無いか」

「良い訳あるかっ!」


 せわしく動く周囲を余所に、所長のウィズ・ハルトナーと副所長のペドラ・マグティカが不毛な言い争いを繰り広げていた。

 不毛とは、毛が無い事だ。あるいは生えない。要するに無駄である。

 ウィズ・ハルトナーの能力は極端に偏っており、どうやら経営者としての資質には欠けているようだった。


「おい、ウィズ・ハルトナー」

「……ええと、アロン・ズイーベルだったっけ。君は覚えているよ。結構久しぶりだね。同じ都市で、国立研究所の噂はいくらでも入って来るけど」

「ああ、お前のところもな。都市内での爆発騒ぎとか、黒煙騒ぎとか……」


 ウィズの頭が、隣からポカッと叩かれた。


「ペドラ、痛いじゃないか!」

「オレは胃が痛いが」


 不毛の荒野に実らない種が蒔かれようとしたところで、それを察したリオンが口を差し挟んだ。


「ところで今日は、水曜日に事前連絡したとおり共同研究について話をしに来たんだが。アニトラ・ベルンハルトはいるか?」

「ああ、うんうん。ペドラ、呼んできてよ」

「ああ」


 今度は副所長が不満も言わず歩み去るのを見届けて、ウィズは半笑いを浮かべていた。


「爆発」

「……何がだ?」


 錬金術師ウィズ・ハルトナーの評価は『奇才』だ。

 彼が生み出したハルトナー信号弾は、彼の知名度を周辺国に知らしめた。だが時々変な事を呟くので、天才では無く奇才というイメージが定着してしまった。

 もっとも、本人は周囲の評価など全く気にしていないだろうが。

 そのウィズは視線をリオンたちに戻し、次いでアロンの右足へと移して義足を興味深そうに覗き込んだ。


「ところでそれが例の新しい義足?」

「ああ、そうだぜ。ほらほら」


 ガコン、ガコン。ガコン、ガコン。

 アロンが膝や足首を曲げ伸ばしすると、ウィズはさらに面白そうに義足の観察を始めた。


「へぇえ、どうやって動かしているの?」

「体内に埋め込んだ黄色の輝石と義足の輝石を同調させて、発信と受信をさせているんだ。それで義足側の輝石を動力にしたモーターで中のベルトやプーリを動かしているのさ。あとは強化ゴムで伸縮を滑らかにしているけど、重いし稼動力が強すぎて音が煩いんだよなぁ」


 アロンの説明に興味を持ったウィズは、義足をペタペタと触って材質やエネルギー漏れを確認し始めた。

 アロンもウィズの手の動きに合わせて義足を稼動させて見せる。

 リオンは二人からやや離れた椅子に腰掛けながら、補足説明を加えた。


「だが、輝石の力が弱まれば今度は思うように動かなくなる」

「そうそう、難しいんだよなぁ」

「へぇぇ。あぁごめん、君も座って」

「おう」


 ドカッと腰掛けたアロンに次いでその隣に座ったウィズは、事務員さんに5人分の飲み物を頼むと再びアロンの義足を観察し始めた。


「今の話を聞いて思ったんだけどさぁ」

「おう?」

「義足の輝石は、最初に力が強くて後で力が弱いんだよね?」

「おう!」

「ボクのハルトナー信号弾みたいに受信の輝石を取り替え式にしたら、一定の力で稼動しないかな?」

「いや、身体に埋め込んだ輝石と同調させないといけないから、受信部分だけ変える事は出来ないんだ。それに、一部融合させるにも数の限界があるだろ」

「へぇぇ」


 再び義足を触りだすウィズ。

 暫し後、スラッとした体型の美人秘書さんがお茶とお菓子を運んできてくれた。

 それが机の上に置かれた時点で早速茶菓子を食べ始めるアロンと、それを囮にしながら調査を続けるウィズ。リオンはウィズの手の動きを観察している。


「じゃあさ」

「……もぐ?」

「輝石の欠片の融合じゃなくて、エネルギーを取り出して混ぜてから輝石に戻したら良いんじゃない?」

「……もぐもぐ?」「どう言うことだ?」

「ベルンハルト消火弾は、数十個の小粒の輝石を1つの力に束ねているんだ。つまりそれって、輝石の力を混ぜて任意の核に移せるって事だよね。力を集めてから元の核に逆流させたら、同調可能な輝石が無数に出来ると思うな」

「……ごっくん」「…………」

「ああ、それを人型の石像に埋め込めば、遠隔操作できるゴーレムが造れたりするかもね?」

「「………………」」


 茶飲み話から、世界史を塗り替える可能性を秘めた発想が生まれた。

 だが、時代が早すぎた。

 差し当たって国立研究所の所長と副所長が沈黙する中、大きなお腹を抱えたアニトラ・ベルンハルトがペドラに連れられてやってきた。


「お待たせしました」

「すまん、待たせたな」

「おう、お茶が冷……「いや、無理を言ってすまなかったな」


 リオンがアロンの左足を蹴っている間に、ペドラが引いた椅子にアニーがゆっくりと座った。


「何ヶ月目だ?」

「今33週と2日です。初産は遅れるみたいですけど、多分3月中ですねっ」

「そうか……もし可能なら、次の加護の日には国立研究所に来ると良い。アルテナ神殿に隣接しているから、間近で第五宝珠の加護を浴びる事が出来るぞ」


 なんら根拠はないが、妊娠中に加護を浴びておけば母体も胎児も安心だと信じられている。


「あっ、それはぜひお願いします」


 にへらっと笑ったアニーに、リオンは頷き返した。


「実はウィズ・ハルトナーから、お前がやっている輝石合成について少し教えて貰った。特許料を払っても、コスト削減として劇的な効果が期待できそうだ。あとはハルトナー信号弾を参考にした輝石の取替え式だな。正直、助かった」

「なるほどっ、それは良かったです」


 実用化に際しての最大の課題はコストだ。

 輝石はエネルギーの結晶体であり、大きいほうが強くて高価だ。

 良い物を使えば良い結果が出るのは当たり前。だとすれば価値が高くて当たり前。それに対する打開策を提示してもらえただけでも大助かりである。

 後は輝石を合成する錬金術師の技量次第だが、輝石の選別と合成の手順をある程度マニュアル化すれば、錬金術学校卒の元特待生レベルでもコストを半分以下に出来るだろう。

 リオン・ハイムが造るのではなく組織の事業として継続可能な体制を整える必要があるわけだが、コストの削減目標は1/5程度にしたい。10年分の労働成果で義肢が手に入るようになれば、自力入手のハードルは結構下がる。

 理想は国の支援無しで成立する程度だが、それはすぐに実現出来る事ではないので今後の課題である。


「後の課題は、身体に埋め込む発信側の輝石だな。こちらは取替えに手術を要するから、最初から相応の輝石を埋め込まないといけない。だが輝石のコストは上がるし、強いものだと身体への負担も大きくなる」


 そんなリオンの話を暫く聞いていたアニーは、おもむろにポンと手を打って答えた。


「ええとっ、それに関しては身体に埋め込む側の輝石を二段式の一時接続型に加工すれば、コンパクトで効率的な稼働になると思いますよ?」

「「「「………………」」」」

「応用すると『普段は石像』で、『登録したマナ以外の人が接近すると自動的に攻撃するゴーレム』が作れるようになるかもっ?」

「「「「………………」」」」

「さらに反応条件を『マナ』と『加護』の二つで組み合わせると、加護のない魔物にだけ反応して撃退するゴーレムを都市防壁の周りに配置できるかもしれないですねっ!」

「「「「…………………………」」」」


 沈黙する所長と副所長の数が倍加した。

 どうやら時代は待つものでは無く、自ら引き寄せるものであるらしい。

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