第12話 エインヘリヤル
21個騎士団相当のリーランド帝国軍に対し、ベイル王国軍は48個騎士団相当もの圧倒的戦力を以て完全な包囲下に置いた。
前後左右の完全包囲は、尾を飲み込む蛇の姿に似ていることからウロボロス陣形と呼ばれる。
古今東西、これを成した指揮官はその類い希なる指揮手腕を民から称えられるのだ。
だが前後左右だけでは無く空からも、18隻もの強襲降陸艦が左右両翼へと広がりながら密集したリーランド帝国軍へと魔法攻撃の豪雨を降らせていた。
戦場の外側ではエルヴェ要塞騎士団を降ろし終えた12隻の飛行輸送艦隊が旋回を始め、敵の射程外から伏兵や逃亡兵の索敵にあたっている。
空までも支配したベイル王国軍の陣形は、果たして何と称すべきであろうか。
雷と、水と氷と、炎と風と、土と。新式のマナ回復剤によって途切れることの無い様々な属性の光が、まるで虹色に輝きながら大地に向かって幻想的な死の雨を降らせている。
そんな戦場全体の光景を、遙か上空の飛行輸送艦から見下ろしている者達が居た。
「さしずめ虹蛇の陣とでも呼ぶべきか」
「それは何ですか、ドステア大騎士団長」
「雨を降らせる虹の蛇だ。怒ると天変地異を起こすらしいが」
それは圧巻の一言であった。
ドステアの眼下では、一方的に踏みにじられていくリーランド騎士が見て取れる。
ベイル王国軍は突出してくる敵を圧倒的な戦力で叩き潰しながら、その包囲網を徐々に狭めていた。
魔法による敵の密集部分へ集中砲火は、脱出のユニコーン陣形形成を阻止するためだ。
ペリュトンたちは麻痺によって残らず生け捕りにする。
そして……
「女王陛下。総旗艦オーディンより、都市アーリラへ向け、グリーンライトスコールが水平発射されました」
旗艦オーディンから緑色の光が伸びていき、しばらくの間を置いて地上から緑の光が打ち返された。
それを確認した総旗艦は、戦場を堂々と横切りながら発射地点へと向かって飛んでいく。
あれはリーランド帝国の大祝福2たちを、オリビア・リシエの強力な石化魔法で捕らえるためだ。
「…………アンジェリカ女王」
「何でしょうか、皇女ヴァレリア」
目の前の光景に驚愕しているのは、何もドステアばかりでは無かった。
むしろインサフ帝国解放のために人生を捧げてきたヴァレリアの方が、より大きな衝撃を受けたかもしれない。
「インサフ帝国への派兵を断りながら、なぜ私にこの光景を?」
「年上の皇女に告げるには僅かな逡巡があるのですが、貴女はかつてのわたくしに似ているようです」
「それは、どういう意味ですか?」
「視野が、狭いのです。目標へ至る道は一つではなく、未来に向かって歩んでいる人も一人ではありません」
二人の遙か眼下では、戦いが最終局面へ移ろうとしていた。
メルネス・アクス率いる大祝福2の6人パーティが、ついにリーランド帝国のマルセル・ブランケンハイム大治癒師の元へ到達したのだ。
Ep08-12
リーランド帝国軍の本陣では、皇妹の取り巻き達が不可能事を並べ立てていた。
「大騎士達、迎撃せよ」
「ブリジット様、お逃げ下さい」
もはや勝敗は、完全に決している。
後背からは、リーランド侵攻軍の全21個騎士団にも匹敵するベイル新騎士団6個が展開し、その上空からは飛行要塞が魔法と矢の豪雨を大地へと撒き散らしている。
左右両翼からは、新騎士団が2個ずつと、魔法と矢の雨を降らせる飛行要塞群。
前面には、新騎士団4個と旧騎士団4個が展開しており、その上空にはリファール空軍を全滅させたひときわ大きな巨大飛行要塞。
どの方向からも突破は不可能だ。
リーランド本陣には、大治癒師のマルセルを除いて大祝福2が4人しか居ない。
血統の良いレジェスとデュドネは恵まれた環境で祝福が上がった貴族で、マルセルを警護と言う名目で束縛しているルーベンスとライネリオは正面切っての戦いが苦手な典型的裏方タイプだ。
それに対し、ベイル王国が後背に展開させた部隊からは……。
「ベイル王国の、メルネス・アクスだあっ!」
「無敗のグウィードを殺したフランセスク・エイヴァン、ロランド・ハクンディ、それに紅塵のクラウス・バスラー、ロータス・ボレル、グラシス・バルリングまで…………」
マルセルは、久しく忘れていた感覚を取り戻していた。
戦場で感じる死神の吐息は、理想の高い冒険者にとっては長年の連れ合いにも等しい間柄だ。
その死神が、メルネス・アクスという姿でマルセルへと迫ってきた。
紫色の髪に緑の瞳。不敵な笑みとは裏腹に、目元は獲物を狙う蛇のように冷酷。あの飄々とした表情に惑わされてはならない。メルネス・アクスは狩りの天才だ。
口元に笑みを浮かべたまま、僅かな躊躇いもなく人を殺す事が出来る。
そんな紫の死神とマルセルの間にある人の壁を、残る5人の大祝福2とベイル王国騎士たちが圧倒的な力によって押し潰していった。
死神は何ら気負うこと無く、自然体のままにマルセルだけを見ながら真っ直ぐに歩み寄ってきた。
「やあ、19年振りだね。ブランケンハイム大治癒師」
「久しいな、アクス大騎士団長。見たところ、年齢と共に祝福がさらに上がったか?」
「今は37歳で祝福82。40代前半のうちには大祝福3を目指したいね」
「それは……羨ましいことだ。卿ならば油断という名の落とし穴を飛び越えて、私が辿り着けなかった遙か高みへと到達出来るであろう」
バダンテール歴1245年のトラファルガ攻防戦から19年。
一時期死んでいたメルネスは30歳から37歳になり、祝福は70から82にまで上がった。
一方マルセルは、皇帝が自分用に持っていた3等級の指輪を嵌めさせられ、37歳から28歳へと若返っている。
マルセルの祝福は77のまま変わっておらず、二人は年齢と祝福が反転していた。
「今は忙しいから、手短に済まそうか」
「ああ」
「ベイル王国法において、盗賊は即刻死罪である。宣戦布告の無い私戦、正当防衛を殺人罪に置き換えた難癖、都市マイアスでは無辜の民衆が殺され、同時に多くの財貨も奪われた。そんな盗賊どもに対し、王国騎士としてこれより死刑を執行する。最期に遺言があれば聞こう」
「無い」
「よろしい。さらばブランケンハイム大治癒師」
「さらばだ、メルネス・アクス大騎士団長」
ナイトソードを軽く手元に引いた死神は、慌てて割って入ろうとしたリーランド帝国の大祝福2達を余裕で笑い飛ばしながら、マルセルの首を撥ね飛ばそうと水平に斬り付けた。
大治癒師の首を撥ね飛ばすかに見えた剣は、物理無効化の防御膜によって敢え無く弾かれる。
弾かれた剣は弧を描くように空を踊り、2撃目となって再びマルセルの首へ迫った。
「止めろおおっ!」
「大治癒師を殺させるなっ!」
人類の宝であるマルセル・ブランケンハイム大治癒師を盗賊として死罪にするなど、絶対にあり得ない暴挙だ。
だがこれは皇妹ブリジットの私戦で、リーランドは侵略者側で、メルネスは人類の大英雄で、理由を聞いた人々はそれを受け入れかねない。
リーランド帝国は、ブランケンハイム大治癒師を盗賊にまで貶めて死罪に至らしめた国となる。
いや、建前などどうでも良いが、リーランド帝国の誇る不死騎士団はどうなる。停戦交渉中の北部連合との力関係は。今後の戦死者は誰が蘇生する。
リーランド貴族家出身のレジェスやデュドネは無論、監視役のルーベンやライネリオも我先にと飛び出した。自分たちが死んでも蘇生してもらえるが、ブランケンハイム大治癒師が死ねばそれも不可能となる。
メルネスは迫ってきたデュドネに対し、流れるように身体の重心を移しながら向き直った。左手を絶妙に振ってバランスと勢いを保ち、剣を持った右手の腕を翻し、肘を曲げ、手首を捻り、鋭い一撃を放つ。
「ぐっ、早すぎる」
デュドネに掛けられた治癒師の物理無効化スキルが1枚削れる間に、メルネスはデュドネの反撃の剣をくぐり抜け、素早く2撃目を放って浴びせてスキルの2枚目を削った。
そしてそのまま、他の大祝福2の盾にすべくデュドネと位置を入れ替えながらトドメの三撃目を首へ叩き付けた。
「ぐああっ」
メルネスの剣速に対して、デュドネの回避行動は遙かに及ばなかった。
むろん大祝福2台のデュドネが遅いのでは無く、生身で獣人補正の高い大隊長たちと渡り合えるメルネスが人としておかしいのだ。
攻撃を仕掛けたリーランド大騎士団長たちは、盾にされたデュドネを見て攻撃を僅かに鈍らせた。
彼らは認識が甘い。
犠牲を出さずに勝てる訳が無いだろうに、なぜ味方ごと斬らないのか。
リーランド帝国に守られる人生において苦戦する戦いを殆ど経験せず、場数が足りていないのだろう。
ここは残った3人の大祝福2で三方向から同時に襲い掛かり、3人とも死ぬのと引き替えに最高司令のメルネスへダメージを与えるべき局面だ。そうすればベイル王国陣営側に少なからぬ混乱を招いて、戦場を離脱できる者が増えるだろう。
一瞬の判断が出来ない彼らは、メルネスにとって脅威足り得ない。
デュドネを敵への盾にしたメルネスは、その盾を軸に時計回りで次に迫ってきたライネリオへ下から掬い上げるように剣を跳ね上げた。
「むぐっ!」
相手が武器で攻撃を弾こうとしたところで、メルネスは剣の軌道を喉元に変え、一気に踏み込んでそのまま貫いた。
骨に当たる感触を得たメルネスは、剣をさっと引き抜いて次の敵ルーベンへと向かった。
最初に殺したデュドネは戦士系だが位置が近かった。次のライネリオと三番目のルーベンは探索者で、一番遅れているレジェスは戦士系。職業系統が違うのだから速度が違って当たり前だが、連携しようという意思がまるでない。
皇妹の取り巻き貴族である2人の戦士と、大治癒師の監視役である探索者では普段の連携など無いのだろうが、大祝福2なら即席で合わせられるだろうに。
もはやメルネスは彼らに何の期待もせず、淡々と三人目のルーベンを叩き斬った。
「僕一人で全員叩き斬ったら、残る5人は一体何のために連れてきたのやら。エイヴァンとハクンディで皇妹ブリジットを捕らえろ。紅塵の3人は、大治癒師の護衛探索者どもを始末しろ。僕は残る大祝福2の二人を斬っておく」
「了解、分かった。任せて貰おう」
「転姿停滞の指輪を貰った分は働かないとな!」
「ボレル、バルリング、一気に行くぞ」
「了解、団長」「おう」
リーランド側の4人の大祝福2のうち3人を瞬く間に斬り捨てたメルネスは、最後の大騎士団長を目前に残しながら、圧倒的余裕を持って同行者達へ新たな指示を出した。
それを油断だと言える者は居ない。
リーランド帝国側の4人目の大祝福2は戦闘速度が一番遅かった上に、この状況に至るまで何ら為す術が無かった。
それでメルネスに、1対1で勝てるはずがない。
「ぐっ……ブランケンハイム大治癒師、メルネス・アクスは貴殿も殺そうとしている。私に防御スキルと治癒魔法を。ここを突破し、帝都へ帰るのだ!」
ブリジットを守っていた2人の大騎士団長の片割れであるレジェス大騎士団長は、血統の良い貴族だ。
血統の良さで言えば最前線に出たアーベライン子爵家の次男坊も劣らないが、転姿停滞の指輪によって仕えた年数ではレジェスが上である。
これまでに溜め込んだ地位、身分、財貨の類いは帝都で山積みとなっており、それをろくに使わないままこんなところで斬り殺されるのはあまりに口惜しい。
それは大治癒師とて同じであろうと、レジェスは思った。
「分かった」
レジェスの指示を受けた大治癒師が、短い肯定の言葉と共に錫杖を構えた。
「……よしっ、行くぞ!」
わずかな可能性を信じたレジェスは、強く頷いてメルネスに向かった。
レジェスとメルネス・アクスの実力差はハッキリしているが、ブランケンハイム大治癒師がレジェスに付くのであれば、まだ可能性はある。
メルネスは殺戮のバルテルを殺した大英雄であるが、その戦いにはブランケンハイム大治癒師もパーティとして参加していたのだ。
人類最高の大治癒師が援護してくれるのであれば、まだ勝ちを拾える可能性はある。
レジェスは覚悟を決めた。
そして駆け始めた瞬間…………大治癒師が、レジェスの背を錫杖で殴りつけた。
「ぐっ、何を」
レジェスに元々掛けられていた物理無効化のスキルが、錫杖の攻撃によって一枚剥がれる。
メルネスがその隙を見逃すはずも無く、レジェスの予想通り一気に踏み込んできた。
一方大治癒師も錫杖を振り上げて、レジェスにさらなる追い打ちを掛けようと迫ってくる。
「裏切り者がっ!」
レジェスは2人となった敵のうち容易に見えた大治癒師に向き直り、そちらから突破しようと図った。
その間にメルネス・アクスの剣が先に届き、レジェスに掛けられた2枚目のスキルの壁を剥ぐ。
『破断』
『強打』
レジェス大騎士団長とブランケンハイム大治癒師の二つのスキルが、互いを容赦なく打ち合った。
レジェスの攻撃はブランケンハイムの胸元で事前に掛けられていたスキルに弾かれ、一方ブランケンハイムの攻撃はレジェスの左の鎖骨を叩き折る。
「ぐっ!」
レジェスは、大治癒師が戦士攻撃系からの転職者であった事を忘れていた。
いかに超重要人物であるとはいえ、単なる治癒師であればあれだけの護衛が付くなど有り得ない。
『剛断』
『刺貫』
ダメージを受けたレジェスが苦し紛れに放った2撃目が、ブランケンハイムに掛かっていた2枚目のスキルに弾かれる。
一方ブランケンハイムは錫杖を半回転させ、石突の部分でレジェスの胴を突いた。
『物理無効化ステージ2』
互いが武器を引き戻す刹那、ブランケンハイムは自身へ防御スキルを掛け直した。
「おのれっ!」
冒険者の転職は、よほど強い想いが無ければ成らない。
戦士から治癒師への転職であれば、大治癒師にはよほど強い決意があったのであろう。
それを考えれば、ブランケンハイム大治癒師がレジェスのように帝都での豪遊生活に未練を持っていないとしてもおかしくは無い。
レジェスがブランケンハイムの心中を察した時には、全てが手遅れだった。
「へぇ、腕はあんまり鈍っていないね」
メルネスが手を止めて二人の戦いを観察する中、ブランケンハイムの錫杖の石突がレジェスに迫っていく。
体内のマナ保有量は、後衛職の方が圧倒的に多い。
ブランケンハイム大治癒師は戦士攻撃系のスキルを、戦士では無いにもかかわらず戦士であるレジェスよりも多く放つことが出来る。
戦闘速度も、鈍足の戦士系であるレジェスより速い。それによって劣っている防御力は、スキルで完全に防ぐことが出来る。
『豪力』
『刺突』
レジェスの3度目の攻撃はまたもや弾かれ、ブランケンハイムの攻撃だけが一方的に打ち込まれた。
決定打とならないのは、錫杖という武器が大祝福2の戦士であるレジェスを倒すには足りないからであろう。
『二連撃』
二人の戦いを見守るかに見えたメルネスが、突然後ろから襲い掛かってレジェスの首を撥ね飛ばした。
「…………相変わらずだな、メルネス・アクス大騎士団長」
「無駄を省こうと思ってね。そうそう、今更だけど一応確認しようか。獣人ではなく人類へ侵略するリーランド帝国の捕らわれ大治癒師殿」
「確認するまでも無いな。金狼のガスパールと無敗のグウィードを倒したベイル王国の最高司令官殿」
「じゃあ省こう。ようこそ、ベイル王国へ」
「世話になる」
こうしてブランケンハイム大治癒師は、メルネスに招かれてベイル王国へと下った。
◆◇◆◇◆◇
リーランド帝国軍の本営側から紫色のハルトナー信号弾が打ち上がった。
最初に1発炸裂し、次いで2発が連続して炸裂する。
リーランド本営からベイル王国の信号弾が打ち上がると言うことは、そこまでの突破を許しているという事になる。
信号弾の意味こそ分からなかったが、ユーベル・アーベラインは自軍の完全敗北を確信した。
打ち減らされるリーランド騎士と、一向に減る様子の無いベイル王国騎士との戦力差は、秒単位で加速度的に広がり続けている。
リーランド帝国軍は、ベイルに紛れ込ませた冒険者からの情報で大祝福2の配置を知り、それに1を加えた数を各前線に投入していた。
中央には6人、左右には4人のリーランド大騎士団長級が向かい、一方的に有利な戦闘を繰り広げていた。
だが、先ほど巨大な飛行物体から放たれた白い手の形をした魔法によって、中央は6人中4人が石化させられている。
あの飛行物体は左右にも移動しており、同じような現象が起きていると言うことは想像に難くない。
大祝福2の冒険者達は、全員が魔法耐性の高い高価な装飾品を身に付けている。
同格の大祝福2から受ける魔法攻撃で、1対1ならともかくパーティ単位がここまで酷い被害を受けるはずは無い。だが現実は、この有様だった。
圧倒的な力の奔流が、様々な感情を押し流していった。
そんな台風が過ぎ去って感情の波が穏やかになったユーベルは、向かい合っていたロランへ静かに声を掛けた。
「なあ、ベイルの騎士」
ロランも、ユーベルの置かれた今の心境を理解できなくは無い。
ロランはヴァレリアを助けようと、そしてロラン達が招いてしまった敵を止めようと必死に抗った。
だが、おそらくはイルクナー宰相の手が、ロランの失態を含めた全ての不利な状況をまとめて押し流していった。
ロラン達が必死に徒競走をしていたら、馬に乗った宰相が隣を駆け抜けていったような、そんな置き去りにされた感がある。
冒険者支援制度を創設したイルクナー宰相は、初心者サポートにおいて比類無い。と言われているが、ロランの失態を含めて何もかも一手で引っ繰り返していった。
「…………なんだよ」
「降伏は認められるか?」
だがイルクナー宰相が状況を引っ繰り返したからと言って、死んだ命は戻らない。
「…………都市マイアスの人たちが数百人死んでいる。リーランド帝国は逃げ遅れた人を沢山殺した!」
「そうだな」
ロランの言葉に頷いたユーベルは、持っていた武器を投げ捨てた。
「何のつもりだよ」
「オレは武器を捨てた無抵抗な人間だ。そして降伏する。ベイル王国は、リーランド帝国と同じ事をするか?」
「リーランド帝国のお前が言うのかよ!」
「ああ、我ながら恥知らずだな。で、どうだ」
目の前の大騎士団長は、確かに気にくわない。
だが、彼がマイアスで市民を殺害した訳では無い。あのときリーランド帝国側に大祝福2の騎士は居なかった。
そして、この状況に至る前に目前の大騎士団長と話したが、彼には彼の正義がある。
彼が言った「嫌ならばインサフ帝国姓を捨てれば良い」「現実的にはリーランド帝国がインサフ帝国を救える可能性が高い」などは、あの状況では確かに一理あった。
ヴァレリアの正義とは対立するが。そしてヴァレリアの正義もメルネス・アクスの正義と対立するが。
(人の数だけ正義がある……んだよな)
ロランは、自身の正義を信じて進むと決めたはずだった。
無抵抗の人間を斬り殺すのは、ロランの正義に反する。
「……捕虜から解放されたら、またベイル王国に攻めてくるんじゃないのか」
「二度とごめんだ。リーランド帝国の大騎士団長は辞職する」
「辞職が認められなかったら?」
「妻を連れて勝手に国を出る。そう言えば、所属した騎士の妻子にも都市民権をくれるベイル王国という立派な国があったな」
「…………ふざけてろ」
ユーベルと話していたロランの憎しみが薄らいでいった。
リーランド帝国を引き込んで宰相に肩代わりして貰った分は返すつもりだ。責任が無いと言われても、これはロランの正義の有り様の問題である。
例えば、ヴァレリアとベイル王国との橋渡しをしても良い。
ベイル王国が飛行するアレらを創ったのは、派兵しないと言っていた獣人帝国に本当は派兵するつもりであろうから。
「ディアナ、リーランドの大騎士団長が降伏すると申し出ている。かなりの情報を聞き出せそうだ」
「降伏を勝手に受けず、しかも結果を誘導出来るようになったか。君もかなり成長したね」
バダンテール歴1264年12月14日。
都市アーリラ北部において前日から一昼夜に渡り繰り広げられた会戦は、ベイル王国軍の圧倒的大勝利によって幕を閉じた。
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会戦から1日経った12月15日午前6時。
ベイル王国軍は日の出と共に、もう一つの目的地へと空から一気に侵攻した。
飛行艦隊に乗艦したのは、ハインツとオリビア。大祝福2以上の14名とブランケンハイム大治癒師。そして8個の新騎士団。
目的地はリーランド帝国の帝都ログスレイ、その中心部にあるカントループ帝宮。
リーランド皇帝アレクシスの居城である。
























