第10話 ヴァルハラの地
バダンテール歴1264年12月13日。
4種類の国旗を掲げた大軍が、大街道を地平線の彼方まで埋め尽くしていた。
デスデリー王国の第二宝珠都市ザクランに集結した戦力は、リーランド帝国の力の大きさと有り様を端的に示している。
リーランド帝国軍 第五騎士連隊 4個騎士団 マティアス将軍
第七騎士連隊 4個騎士団 ジャレッド将軍
リーランド諸侯軍 4個騎士団相当
リーランド冒険者 3個騎士団相当
クーラン王国軍 2個騎士団 オリバス騎士団長 バルトリ騎士団長
ブルーナ王国軍 2個騎士団 チェチーリオ騎士団長 ディオニージ騎士団長
デスデリー王国軍 2個騎士団 アラゴン騎士団長 バティア騎士団長
『連れて来られるだけ連れてきた』
まさにそういった体の21個騎士団相当の戦力は、さらにリーランド帝国の誇る大治癒師、リファール侯国軍の3個飛行隊18騎、1万人以上の兵士、数多の移動兵器と軍事物資を従えながら粛々と南下を続けていた。
人類連合がトラファルガ会戦に投入した戦力にはまだ及ばないが、相手は獣人帝国ではなく二級国家のベイル王国である。堂々たる布陣に恐れを抱き、直ぐさま詫びを入れてくることは目に見えている。
但し、これらの全ては皇妹ブリジットによる私的な行動で、皇帝アレクシスは一連の事態に関与していない。と言うことになっている。
皇妹ブリジットがリーランド騎士殺害の犯人ヴァレリア皇女を捕らえて来たと報告して、初めて皇帝が諫める予定である。
むろんこれだけの国軍に4国の軍まで動員しておきながら、皇帝が知らないなどといった戯言を信じている者は誰もいない。単なる建前だ。
だが強者が建前を強弁した時、弱者はその建前を力によって正すことが出来ない。であれば、それが通って公式見解となる。
「それで、田舎者たちはどのくらいなのかしら?」
「はい。潜入者と接触したリファール空軍によれば、ベイルは8個騎士団との事。その半数は大祝福1のみで編成されており、ベイル王国はそれを以てリーランドに対抗しようと図っておる様子」
「あら、まあ」
「驚くべき事にベイルは16個騎士団相当。加えて冒険者2個騎士団相当も擁しております。しかし我が軍の21個騎士団相当に比べれば及ぶべくもなく、さらにこちらには大治癒師、リファール3個飛行隊、1万を超える兵士と無数の兵器も御座いますれば、此度の戦も圧勝でございましょう」
「それならわたくし、帝宮に帰ってもよろしくて?」
「いえいえいえ!ベイル女王が頭を下げに来た際、ブリジット様がお出まし下さらなければ」
「陛下もブリジット様の吉報をお待ちで御座いましょう」
付き従う取り巻きも皇帝の意向が第一である。
「それなら早く攻め落として下さらないかしら?」
「宣戦や降伏勧告などは……」
「…………」
無言の圧力を前に取り巻きたちは、素早く損得計算を行った。
攻撃に関しては、皇帝の意向に反していない。それに何よりブリジットがすぐの攻撃を求めている。
「直ちに攻撃を開始いたします!」
Ep08-10
リーランド帝国軍の全面前進は、それに相対したベイル王国軍からはまるで怒濤の津波が押し寄せるかの如き光景であった。
進撃開始の銅鑼の音と、ワアアアッと反響していく軍勢の雄叫び。
彼らの前進からは、勢いに任せて押し潰すとの集団の意思が明々白々と見て取れた。
「敵軍、都市アーリラに対してヘカトンケイル陣形で突き進んできます」
「数を活かして四方八方から攻めてくるか」
報告を受けたアーリラ防衛司令官のバルフォア中将は、いくつか用意していた防御陣形の中から臨機応変な動きが可能となる特殊陣形を選択した。
「こちらはゲリュオネウス陣形で当たる。中央軍、右翼軍、左翼軍の3つに分かれて交互に連携し、防壁と兵器を最大限に活用しながら敵に相対せよ」
「はっ!」
数ではリーランド帝国軍に一方的な分があるが、戦力差では18対21とリーランド軍に迫るものがある。
そして……
「ハルトナー信号弾を打ち上げろ。オレンジ発射」
「はっ。オレンジライトスコール、発射せよ!」
復唱された指示を受けた兵士が、戦闘開始を伝達するハルトナー信号弾を打ち上げ始めた。
最初に都市アーリラの北側で放たれたオレンジ色の光は、やがて都市中央で再び打ち上がり、次いで東西南、果ては大街道や大河側へと彼方にまで打ち上がっていく。
その頃、最初の敵兵器が都市アーリラに届き始めた。
「投石器による砲撃、来ます!」
ゴオゥンと腹に来る音が響き、アーリラの都市防壁の一角に土煙が舞った。
空を見上げると無数の巨岩が上空へ投げ飛ばされ、アーリラへと降り注いでくる。
「応戦だ、撃て撃てっ!」
「据え付け式大型兵器群、対抗砲撃開始せよ。機動クロスボウ隊、敵の先頭に集中射撃」
リーランド侵攻軍からの砲撃に呼応するように、ベイル王国軍からも木霊のような石と矢の豪雨が降り注ぎ始めた。
局地的豪雨となった戦場では、リーランド騎士達が頭上に盾を掲げながら都市アーリラへ向かって進軍していく。
それに対してベイル王国軍は、3軍に分けての防御陣形を展開した。
中央軍 新騎士団2個。 大祝福2はバルフォア中将以下3名。
右翼軍 新騎士団1個、旧騎士団2個。 大祝福2はブルックス中将以下3名
左翼軍 新騎士団1個、旧騎士団2個。 大祝福2はカーライル中将以下3名。
9名いる大祝福2は、都市イルゼへの増援からアクス家の父娘2名を除いた6名と、謁見の間で見た3名だ。
メルネス・アクスは姿を見せていない。
そしてディアナとロランは、ベイル王国軍からは計算外の戦力となっている。
(勝手にやって良いって事なのか?)
今回の会戦では敵味方を間違われないように、ベイル王国が雇った冒険者達は右肩と左胸にベイル王国旗が描かれた証を取り付けている。
リーランド帝国側も諸侯軍や冒険者たちはグレーの腕章をしている。
そして各国の騎士達は、各々が統一された武具などを纏っている。
敵味方を間違わずにとにかく戦えという事であれば、そこまで難しいことではない。
「ロラン、来るぞ。敵を盾にして遠距離攻撃を回避しながら戦うんだ」
「……分かった」
どうやら勝手にやって良いと言う訳でも無かったらしい。
冒険者隊の役割は、いわば遊軍だろう。
陣形を保ってエリアを確保しながら交戦を続けるのが騎士団だとすれば、冒険者は小単位を活かした機動性と臨機応変さで騎士の手が届かない部分をカバーすることが求められている。
「全員倒そうなんて思ったらすぐ死ぬぞ。コツコツだ」
「……分かった」
ディアナがロランに釘を刺している間に、敵の先陣が都市防壁へ迫ってきた。
防具で頭部をしっかりと覆いながら、さらに盾を前面に突き出しながら隙間の無い列を作って一斉に駆け抜けてくる。
「……せーの」
「……うおりゃああっ!」
敵が都市防壁手前に作られた沢山の深い堀で速度を落とした瞬間、ロランとディアナは堀を飛び越えて敵の先頭に剣を叩き付けた。
ガンッ。と、剣と盾が衝突する振動が剣を伝わって手に響いた瞬間、ロランは弾かれた衝撃を利用して剣を引き、角度を変えて敵の胴を薙ぐ。
「ぎゃあっ」
アダマント製の長剣が、大祝福2の力を以て騎士の鎧を突き破った。
硬い鎧の抵抗後の、肉体を容易に突き抜ける感触。ロランは剣先で体内をかき混ぜるように動かしてトドメを刺した。
クロスボウで敵を射るのと剣で直接刺すのとは、殺し方が違うだけで行為自体は何も変わらない。
攻めてくるから殺す。
迷いを持てば死ぬ。
周囲から振るわれた剣を避けながら、体制の崩れた敵騎士の首筋へ長剣を一突きする。
首の半ばを抉った剣を引き抜き、次の敵の剣を弾いて体勢を崩し、振るい直した剣で上段から肩口を破断した。
ロランの一撃は、敵にとっては耐えかねる重さだ。
竜からの一撃を受けて弾き飛ばされるほどではないが、竜が全身を振るうよりも剣で細かく叩く攻撃の速度の方が早い。
そしてガンガンガンと攻め立てて、攻撃によって体勢を崩したところを叩き斬る。
至近距離での戦闘だが、大祝福1の動きはのろのろと遅く感じられる。攻撃の逆方向に動き続けて、進行方向の攻撃は剣や防具で弾きながらついでに敵を倒していく。
「おりゃあ」
「うおああっ!?」
ついでに蹴り飛ばして、敵を堀に叩き落とす。
ディアナからの説教は飛んでこない。
彼女は無駄な動きや言葉の一切を避け、剣を一振りするごとに敵を1人狩りながら周囲の流れを見て動いている。
接敵したのはロラン達だけでは無かった。ベイル王国の3軍は、いずれも敵と剣を交え始めている。
その先陣に、圧倒的な力でベイル王国騎士をなぎ払いながら突き進んでいくパーティがあった。
「……ディアナ、敵の大祝福2が!」
「……6人か。援護にいくぞ」
「了解っ!」
ロランとディアナは堀を一気に飛び越え、都市アーリラのある南側から味方をすり抜けて敵大祝福2のパーティが向かっていく先へ駆け抜けた。
横合いからは兵士達が一斉に飛ばす毒弓がきれいな弧を描いて敵の先頭へ向かい、それに呼応するかのように敵側からも火弓や毒矢が飛んでくる。
冒険者が相手では兵士が飛ばす単なる矢など当たってもダメージにならない。
ダメージを与えるなら兵士の腕力やクロスボウ程度の威力の武器ではなく、毒というそれらと無関係な力を以てしなければならない。大祝福1程度の魔物の毒ならば、騎士たちにとっては十分な脅威となる。また、火矢は兵器の木製部分を焼いて無効化する効果がある。
そうやって支援する兵士達の前では、騎士達が殺し合いを続けている。
「居たっ!」
「ロラン、バルフォア中将は無論、バハモンテ男爵もフェルトン卿も君より実力が上だ。君は戦い易そうな一人だけを相手にしろ……むっ、敵の6人目は魔導師か。誰か、グリーンライトスコールを1発打ち上げろ!」
「はっ。グリーンライトスコールを1発、打て!」
ディアナが周囲の味方へ命令を飛ばす中、敵魔導師の指先から雷光が走ってバルフォア中将の大盾を焼いた。
戦い易そうな敵と言われても、どれも厄介な敵に見える。
一人は、2刀流の戦士攻撃系だ。
防具は軽装だが、首や肩、腕など要所要所に硬い部分鎧を纏っている。それで攻撃を弾きながら2本の剣で敵を殲滅するのだろう。ロランは即座に自分では勝てないと判断した。
一人は、三叉の槍を振り回す探索者戦闘系だ。
もう早すぎて目が追えない。槍を周囲へ伸ばしながらベイル騎士を突き、払い、密集した戦場の中をまるで障害物など無いかのように笑いながら駆け抜けていく。あれも勝てない相手だ。
一人は鈍器のような短槍と大きめの盾を装備した戦士だ。
重鎧というわけでは無いが、ロランより上位の素材を用いた鎧は軽さと堅さを見事に両立させている。そして立ち回りが舞踏のように洗練されており、演舞でも舞うかのようにベイル騎士を叩き潰している。あれも勝てない。
一人は白紫の光を放つ青竜刀を両手で振るう戦士攻撃系だ。
青い炎が描かれた威圧的なマントを纏い、力任せに敵を薙いでいる。あれとなら勝率3割くらいかもしれない。
一人は立派なブロードソードを素早く振るう茶髪の戦士だ。
彼のために作られた一品物と分かる黒銀の鎧を纏い、胸元には凝った装飾のペンダント。祝福数はロランと同じくらいだろうか。転姿停滞の指輪を嵌めているとすれば年齢は分からないが、ロランと同じく環境や装備に恵まれて上がったように思える。
最後の一人は魔導師だ。
黒と銀のロングコートを纏い、無表情あるいはそれに近い硬い表情で手から光を発している。
接近されれば死ぬ魔導師の立ち回りの巧さは、極限に達している。ロランが攻めに行っても、周囲が守るので接敵は困難だ。
「俺はあの茶髪を狩る!」
「…………グリーンライトスコールで味方の大祝福2が駆けつけて来るまで耐えれば良い。不利と思えば逃げろ」
そのとき、左右からもグリーンライトスコールが1発ずつ上がった。
今回の戦場でのグリーンライトスコールは、その場に味方よりも多い大祝福2の敵が出現した時に打ち上げる合図だ。
「……大祝福2の配置情報が敵に漏れていたか。速攻に転じる。ロラン、君は耐えていろ」
「分かった!」
ここで無理をしてすぐに負けて、味方をさらに不利にしてはいけない。
(出来ることを最大限にやるしかない)
ロランは慎重に敵へと向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
茶髪の男の名は、ユーベル・アーベライン。
かつてディボー王国が獣人帝国軍に対する冒険者の使い捨てを行った際、それを見抜いて味方をまとめて逃がした冒険者だ。
出自はリーランド帝国の子爵家の次男坊。立場から今回の戦争に付き合わされた。
ユーベルは向かってきたロランが大祝福2台だと見抜き、ベイル騎士への蹂躙を中止してロランへ向き直った。
「早く戦争を終わらせて帰りたいものだ」
「それなら……最初から攻めてくるなっ!」
「ヴァレリア皇女を引き渡せ。逃がしたのは確かにこちらの落ち度だが、犯罪者を匿ったのはベイル王国だろう」
「最初にヴァレリアをリーランド貴族と結婚させてインサフ帝国の権利を奪おうとしたのはリーランドだ。逃げたら殺してもかまないと言って追いかけ回したのもだ。助けるのが人の道だ」
ロランはそう言い切り、ユーベルへと斬りかかった。
アダマント製の長剣がユーベルの身体へ伸びていき、一瞬のうちに跳ね上がったブロードソードによって弾かれる。
「はっ!」
ブロードソードが弾かれた長剣の後を追うようにロランへ向かっていく。ロランは後ろへ跳んだが、ユーベルもロランに向かって跳んだ。
「ちっ」
ロランは先に跳んだことでわずかに稼げた時間で長剣を戻し、ブロードソードを弾く。弾かれたブロードソードは引き戻され、剣先をロランに向け直して突きの形でロランの右手首を狙って迫った。
「くっ!」
ロランは右手首を後ろに引き、手首を捻って長剣でブロードソードを弾こうと図る。
だがブロードソードは弾かれる前に方向を変え、ロランの身体を薙ぐように天へと滑っていった。
「がっ」
ロランは鎧越しの衝撃を中に仕込んだ緩衝綿で緩和しながら耐え切り、そのまま一瞬の間も置かずに長剣を振るった。
今度は敵も後ろに下がる。
「良い装備だな。流石ベイル王国製」
「くそっ!」
ロランが敵に薙がれた鎧は、わずかな傷を受けただけで攻撃を耐えていた。
だが一度の攻防で実力差がハッキリした。一番弱そうに見えた相手だが、それでもロランより実力が上だった。
「先ほどの話の続きだが、リーランド帝国にインサフ帝国の権利を渡さなければ、リーランド帝国がインサフ帝国を解放しようと動くことは無いだろう。インサフ帝国民を助けるのは人の道ではないのかな」
「そのためにヴァレリアに犠牲になれというのか?」
「王族の婚姻は私事ではなく国事だ。王族の責務を捨てるなら、帝国の姓も捨てれば良い。インサフ姓を持ったまま逃げれば、インサフ帝国のためにならんぞ」
「リーランドに任せておけない。属国を戦争に駆り立てるお前らが、インサフ帝国民をまともに遇するなんて誰も信じない!」
「ああ、それは否定しない。だが獣人帝国とリーランド帝国のどちらに任せるのが良いかというのも明白だ」
「どっちにも任せておけないんだよ!」
「だがベイル王国は派兵を断ったのだろう。個人でやるなど現実的では無いな」
それはロランが考えないようにしていたことだ。
ヴァレリアがどんなに努力しても、個人で獣人帝国に抗するのは不可能だ。
可能性があるのはリーランド帝国か、リーランドに対抗できる北部連合か、今や第三勢力と言われるようにまでなったベイル・ディボー同盟か。その辺りの勢力が取り組んで、ようやく状況を変化させる余地が生まれる。
だが多国家である北部連合の意思統一は困難で、ベイル・ディボー同盟もベイル王国が断っている以上は同盟全体として動けない。
であれば、結局頭ごなしに属国へ命令できるリーランド帝国しかインサフ帝国民の状況を改善できない。
ヴァレリアの歩む道は、進むだけ傷つく茨の道だ。
『アーベライン大騎士団長、遊びすぎだ』
ロランとの問答に興じていたユーベルに、大祝福2の魔導師から指示が飛んだ。
周囲ではちょうど魔導師と青竜刀の剣士が連携してバハモンテ男爵を倒したところであった。
一番不利なところへ支援を行っていた魔導師が、目的を果たして周囲へ気を配る余裕が生まれ指示を出したのだろう。
2刀流の剣士とディアナは互いに譲らない見事な激戦を繰り広げており、フェルトン卿は三叉の槍の探索者に押され気味だ。
バルフォア中将は短槍の戦士を押していたが、そこに手の空いた青竜刀の戦士が駆けつけた。
敵魔導師の手は、再び空いている。
「すまんな。死んでくれ」
もしこの場に最初からメルネス・アクスが居れば、この状況は反転していただろう。
だが、このままではベイル王国は負ける。
「くそっ、ベイル王国はいったい何を考えてい………………何だ?」
ロランが見渡した周囲では、人々が頻りに空を見上げてざわめいていた。
「…………竜……の群れ?」
罵声と怒濤の衝突音に満ちていた戦場に、新たなざわめきが加わり始めた。