第03話 2頭の山羊の戦車
ロランたちの増援を確認した敵は、全滅のリスクを避けて第二宝珠都市オアイ封鎖の為に戦線を離脱していった。
封鎖は成功するだろう。
クーラン王国から見れば、オアイは唯一同盟を結んでいないベイル王国との国境都市である。常設の兵数は千名を下らないだろうし、相応の騎士も居るだろう。
冒険者を雇ってヴァレリアを足止めする事もできる。権力者側がでっちあげる理由は何でも良く、それを間違いだと証明する間にリーランド側から増援が来る。
(大街道を引き換えして、ブルーナ王国経由に進路を変えるべき?)
ヴァレリアは転進を考慮したが、現実問題としてはそれも難しそうだった。
ブルーナ王国方面にリーランド騎士が1騎も向かっていない事はあり得ず、ここで進路を変えてもバレーヌ王国側から脱出できる可能性は薄い。
焦るヴァレリアに、スティーグが声をかけてきた。
「俺たちはベイル王国の冒険者だ。とにかくワケを聞かせろ。場合によっては手を貸してやっても良い」
相手を信用できるか否か。
それはヴァレリアの生死を分けると同時に、他の様々なものをも左右した。インサフ帝国の命運だけでも、国家に所属する者たちの未来を左右する。
もしリーランド帝国が逃亡中のヴァレリアを暗殺できれば、亡命の再発を防ぐために妹のオルネラも暗殺するだろう。そうすれば帝室の生き残りを全て引き受けたリーランド帝国に、インサフ帝国の全権利が移譲するからだ。
だがヴァレリアが逃亡に成功すれば、リーランド帝国伯爵位を得てインサフ帝国の継承権を失った兄バルトスに代わり、未だに継承権を保つオルネラか弟リシュアンを対抗馬に据えるしかなくなる。そうなればオルネラの生命は保証される。
「ほら、冒険者登録証だ」
無言で迷うヴァレリアに対し、スティーグは冒険者登録証を提示して決断を促した。
そこに記されている祝福45は騎士団長級で、それは追手に対して互角以上の近接戦を行えることを意味する。魔導師のヴァレリアと組めば、おそらく次の戦闘も凌ぎ切る事が出来る。
彼らがリーランド帝国の手の者ではなく状況に巻き込まれた立場だという事は、ヴァレリアも理解していた。
だが最大の問題は、彼らがリーランド帝国を敵に回してまでヴァレリアを助けようとしてくれるか否かだ。
リーランド帝国という敵の巨大さ恐れを抱き、あるいは得られる可能性のある報酬に目が眩み、ヴァレリアをリーランド帝国に売り渡そうと図るのではないか。
(……リーランド騎士を斬り殺しているから、売られる危険だけは無いかしら)
ヴァレリアを売ってもリーランド帝国の口封じで殺されると伝えれば、余計な気を起こす可能性は薄まるかもしれない。
それに事情説明で彼らが恐怖から逃げ出したとしても、状況は今より悪化しない。
いずれにしても、この場ですべてのリスクを想定し切るのは不可能だ。ヴァレリアは決断した。
「私の名は、ヴァレリア・インサフ。インサフ帝国皇帝の第四皇女で、帝位継承権は現在第一位。私を追っているのはリーランド皇帝アレクシスの配下。私が追われている理由は、インサフ帝国の全権をリーランド帝国が手にする為」
「な…………っ!?」
「ベイル王国の冒険者に依頼します。ベイル王国への政治亡命に手を貸して下さい。相応の報酬をお支払いします」
大祝福2の魔導師攻撃系、そしてインサフの名字が記された冒険者登録証がロラン達に提示される。
次いで取り出された小銭袋が僅かに振られ、その中から数十の転姿停滞の指輪が奏でる音が聞こえて来た。
想像の限界を遙かに超えた事態に、ロラン達の思考は一瞬で吹き飛んだ。
Ep08-03
王家の家名を名乗れるのは、国王と継承権を持つ子孫だけだ。
僭称は法で固く禁じられ、倫理でも禁じられている。だが僭称出来ない最大の理由は、その行為がアルテナの法則に反するからだ。
王名を僭称すれば『浮気に対するハゲ』よりも遥かに恐ろしい代償がある。頭皮ではなく全身の加護を全て失い…………。
よって彼女がインサフ帝国のヴァレリア皇女である事に関しては、最初から議論の余地が無い。
判断の過ちがそのまま自らの生命に直結すると言う事は、4格竜退治を経験したロラン達の熟知するところだ。
時間があれば、依頼を受けるか否かを熟慮しただろう。
だがリーランド帝国の支配圏内で皇帝に追われているのであれば、状況が切迫しているのは明白だ。
ロランはまずスティーグを見た。
「保留する。他の意見を聞きたい」
騎士団長級の祝福数を持つスティーグは、ひとまず安易な回答を避けた。
ロランはリュカに視線を移す。
「………………」
将軍級とはいえ、リュカは普段から寡黙だ。
ロランが最初にスティーグに意見を求めたのもこれが理由の一つで、リュカは首を横に振ってスティーグ同様に回答を避けた。
「レナートはどう思う?」
「二拓だ。一つは依頼を受ける。もう一つは、今すぐに馬車を置いて来た場所へ戻り、俺たちの情報を得ていない北側の奴らの検問を抜けて行く」
「なぜ?」
「…………」
レナートは積極性が高く、臆病とは対極にあるような男だ。
転生竜退治の際には、大祝福未満にも関わらず率先してサロモンに参加を申し込んだ。今ロランと共に行動しているのも、冒険者としてさらに上に上がるためだ。
そんなレナートが具体的な逃げ方を提案した事など、これまで一度も聞いた事が無かった。
その理由を問い質したロランは、レナートから返答が無い事をある種の答えとして受け取った。
「ドロテオは?」
「死ぬぞ」
わずか3文字の明快な答えが、真っ直ぐな瞳と共にロランを射抜いた。
ドロテオは副騎士団長級の祝福数だが、今すぐ仕官しても実務に耐えられる程の高い能力を持っている。
「分かった」
ロラン達5人は冒険に成功しており、一生食うに困らないだけの財を得ている。金はあるに越した事は無いが命と引き換えには出来ない。
ロランは再びスティーグとリュカを見た。
スティーグはそんなロランと押し黙っているリュカとを見比べ、リュカに視線を送って答えを促した。
「俺は……受けても良い」
「だろうな」
ロランの代わりに、スティーグが頷いた。
クーラン王国出身のリュカが故郷の現状とリーランド帝国の支配に憂いを持っている事は、ロランも以前に聞いて知っている。
リーランド帝国への意趣返しか、それともインサフ帝国を同じ目に遭わせないためか。
皇女ヴァレリアがどのように動くのか不明瞭な現状では、リュカにもそこまでの回答の持ち合せは無いかもしれない。
だからこその「受けても良い」なのだろう。依頼を受けてもクーラン王国の現状自体は変わりそうにないが、情では心の天秤が振れている。
「スティーグさんは、どうなんすか?」
ロラン以外の回答が出揃ったスティーグは、ロランとヴァレリアを見比べて未だに迷っていた。
これは新人冒険者を指導する時のように明確な答えがあるものではない。
驚愕すべき事に、皇女ヴァレリアの冒険者登録証は大祝福2の魔導師だった。ロランも大祝福2で、二人が組めば第二宝珠都市オアイの防衛網を突破できるかもしれない。
だが先程の戦闘のように、ロランが4人の敵を倒す間にスティーグは1人の敵を始末出来ない。
スティーグがロラン達の行動に加われば、スティーグ自身は死ぬ可能性が極めて高い。
「俺は降りる。1対1ならともかく、今度は敵に囲まれる可能性が高い。リュカ、お前も無駄死に以外のやり方があるんじゃないか?」
「…………そうだな」
反対が4になったのを見届けたヴァレリアが、その回答は予想していましたとばかりに悲しそうに頷いた。
「分かりました」
「あー待てって。俺は受ける」
「ロラン!?」
一番若そうな冒険者の予想外の言葉に、ヴァレリアは再び沈黙して様子を窺った。
だが仲間達にとっては予想外では無いロランの回答に、窘める言葉の応酬が続いた。
「レナエルはどうする」
「1都市だけなら、なんとか抜けられると思いますから」
「……確かに行けるかもしれんが」
「レナートはさっき言った通り上手く逃げてくれ」
「戦争用の強力な毒矢に当たると終わりだぞ?」
「強力解毒剤と回復剤があります」
騎士団長級の冒険者たちがパーティ単位で協力してくれるならともかく、大祝福1くらいの冒険者1人だけが手伝ってくれてもあまり好転の見込みは無い。
むしろ行動を縛る足手まといになってしまう。依頼を出した身ではあるが、ヴァレリアはロランの同行を断ろうと考えた。
「あなただけだと、私が一人で逃げるのに比べて移動が遅くなるだけだから……」
「大丈夫、俺も大祝福2台だから戦力になるはずだ。これでも祝福62の戦士攻撃系」
「あなたは何歳ですか?」
18歳の状態で転姿停滞中のヴァレリアが、同年齢に見えるロランに思わずそう問い質した。
周辺国で最大の帝国継承権者たるヴァレリアが、配下と、資金と、人脈と、故国を失った代わりに得た自由な時間とを全て費やして24歳でようやく辿り着けたのが大祝福2だ。
それより若い年齢で大祝福2に辿り着けたとすれば、ヴァレリアの努力が彼に劣っていたと言う事になる。
「19歳」
「……若いですね」
「いやいや、同じくらいじゃん」
実年齢が24歳のヴァレリアは、ロランの言葉に無言となった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロランとヴァレリアは追手の騎士たちが乗っていた馬2頭を使って南下する事にした。
マナ回復剤で消費したヴァレリアのマナ回復を行い、馬にも回復剤を飲ませて体力を回復させる。そして第二宝珠都市オアイをすり抜け、一気にベイル王国の国境に入ってしまう作戦だ。
先んじられた追手の情報で、都市に入ってくる者への検問が開始された所であった。だがこの検問は、ロラン達が都市に入らなければ意味を為さない。
「都市を迂回して行く馬が2頭います!」
引き返される事を鑑みて北上しようとしていた追跡隊は、都市を発つ際に横からロラン達にすり抜けられる形となった。
ロラン達5人と戦闘になった情報も入っているだろうが、2人と言う数が本命なのか囮なのか、あるいは無関係の冒険者なのか分からない。
ヴァレリアがマントを羽織ってしまえば、遠い都市からでは判断に迷う。
「情報の連中だ!早く追えっ!」
追跡隊を引き戻すべきか否か即断できなかった彼らだったが、結局はロラン達を本命だと見做した。
オアイを抜けてベイル王国に入られると終わりなのだ。
逆に囮なら、そのまま国境を抑えてターゲットを封じ込める事が出来る。それならば捜索の時間を得られ、最悪でもリーランド以外にインサフ帝国継承の権利を与えないと言う目的は果たされる。
「…………追手が増えて行く」
後方を振り返ったロランは、目に映った光景に茫然と呟くしか無かった。
リーランド帝国騎士が半個騎士団相当、クーラン王国騎士が1個騎士団相当、治安騎士が数十、騎乗した弓兵隊、魔導師などを含む冒険者集団、それに治癒師まで……。
大祝福2である皇女ヴァレリアが、騎士を斬り伏せられる祝福数の冒険者を味方に付けたとの情報を持ち帰られたからだろう。
国境が迫り、リーランド帝国もなりふり構っていられないのだ。
彼らの一部が突出した時、ロランに警告を発した。
「ロラン、魔法を使います。目が焼かれるので、後ろを見ないでください」
「分かった」
ロランが視界を前方に戻すと、ヴァレリアは後方に杖を向けると同時にスキルを解き放った。
『サンダースコール』
白熱する雷の束が幾重にも分かれ、大街道を埋め尽くすがごとく溢れる敵の先頭へと襲いかかって行った。
悲鳴は届いて来ないが、何騎かが大街道に落馬して行くのが見えた。
そんな落馬した者達に後続の騎馬が巻き込まれて次々と衝突していき、追手の一角は大惨事となっていた。
「凄いな」
「…………」
たった一撃で、十騎以上の敵を追撃不能に陥らせたヴァレリアの手並みは見事だった。感嘆したロランだったが、ヴァレリアは賛辞の受け取りを迂遠に拒否した。
「そんな暗い顔するなって。もうすぐ国境を越えてベイル王国領に入る。そしたらあいつらも追って来ないさ」
「…………」
国境は、互いが保有する都市の中間点を指して言う。
国境付近にも鉱物や植物のような天然資源が存在し、あるいは盗賊が跋扈している。それらの権利と責任の所在を明確化する事で、無駄な争いを避けている。
距離の正確な計測は出来ないので、おおよそ中間に在る山や川などを外交交渉によって境とするのが常だ。
「だって国境を越えたら、あいつらは入って来られないだろう?」
「…………」
自らの確信とロランの認識との間に不一致を見たヴァレリアだったが、それを改めてはいけない事も同時に理解していた。
(……大祝福2の冒険者が認識不足のままに手を貸してくれた事を、本当はもっと喜ぶべきかしら?)
リーランド皇帝アレクシスの意は絶対だ。
ジュデオン王国に獣人軍を引き込む事に躊躇いを持たなかったリーランド帝国軍が、ただの国境程度に侵入して来ない訳が無い。
その際に遭遇した国境警備隊など、口封じで真っ先に始末されるに決まっている。
「やった、国境の丘が見えたぞ!」
ロランに祝福相応の理解力があればすぐに分かっただろう。
ヴァレリア・インサフの受け入れはリーランド帝国の国益を大きく損ない、帝国と正面から争う事を意味している。つまりヴァレリアを連れて行けば、その国とリーランド帝国との間に戦争が起こるのだ。
戦争を回避するためには、ヴァレリアを引き渡すしかない。
だがヴァレリアは、何としてでも自分を受け入れてもらわなければならなかった。
(……国境警備隊をリーランド帝国軍に殺させて、一部は生き残らせる。いいえ、もっと派手な方が良いわ)
ヴァレリアは、損得勘定で自らがリーランド帝国に引き渡される事をなんとしても回避しなければならなかった。
そのための布石として、まずヴァレリア亡命を民が広く知る必要がある。それと同時にリーランド帝国の非道さを知らしめ、哀れな皇女が悪辣なリーランドに引き渡される事を避けるのだ。
それならば、無辜の民にも多くの犠牲が出た方が良い。
国境付近を移動中の民や、あるいは都市近辺で農作業に従事している者の犠牲があれば、それを聞いた民の怒りが爆発するだろう。
「もう国境を越えたんだぞ、あいつらはどうして追って来るんだ!?」
これから自分が何をしようとしているのかを、ヴァレリアは正確に理解していた。
もちろん犠牲が無ければ無いに越したことはない。
これはヴァレリアがやりたくてやっているわけではなく、インサフ帝国のためにやらなければいけないからやっているのだ。
「ロラン。ベイルの国境警備隊は、いつも何人で巡回しているの?」
「2パーティ12人だ。そうか、国境警備隊さえ来ればあいつらも引き返す!」
「そう、12人なのね」
その日、ロランはベイル王国に戦争を招き入れた。




























