第01話 ヨトゥンヘイム★
バダンテール歴1263年3月にレナエルと結婚したロランは、二人の行く末を見守っていたジョスラン・ベルネットとの半専属契約を解除した。
暫しの新婚生活を送った後にロランが選んだのは、冒険者として不足している経験を積む事であった。
「ロラン、祝福上げの時みたいに手っ取り早く経験を積もうなんて思うなよ」
「ういっす、スティーグさん」
「大祝福2台のお前は、大抵の事を力技で解決してしまえる。だから生半可な環境ではもう経験など積めん。やるならベイル王国を出て、国外で活動すべきだ」
「了解っす、リュカさん」
ロランは祝福数だけならば、人口50万人に対して1人しか居ない大祝福2の冒険者となっている。
快速ゆえにこれまで沢山の経験を置き去りにしてきており、先達冒険者であったサロモンやリリヤも失っている。
二人が戦死した当時、サロモンは祝福数でも、経験年数でも、グループ内の立場でもロランより上だった。だから結果に付いては気にしなくて良いと、リュカやスティーグは諭してくれている。
だがロランは、祝福49のサロモンに次ぐ祝福46の冒険者であった。
冒険者集団のリーダーとしての立場上、意見の調整に徹していたサロモンを補佐すべきはロランであった。それにベルネット商会の依頼を持ち込んだのは元々ロランでもある。
ロランが祝福相応の知識と経験を有していれば、サロモンとリリヤの死を回避できる可能性はあったのだ。
「それにベイル王国は治安が高く、社会的不公正が少なく、物資が滞りなく手に入り、脅威度の高い魔物はすぐに討伐される。この国で積んだ経験は、他国で通用しない」
「リュカの言うとおりだ。暮らすなら最良だけどな」
「ああ。だから俺の故郷のクーラン王国で活動すれば良い経験になるだろう。クーラン王国の冒険者登録証を持っている俺と一緒なら支障は生じない。それに、お前が家族に会いに都市アクスへ戻るにも近いしな」
「それは良いっすね」
「報酬が少なくて誰もやりたがらない魔物退治もできる。俺達は竜退治のおかげで活動資金に困っていないし、一番大切な冒険者としての本分も果たせる」
「おおっ」
確定した過去の事象は覆せない。だが、未来は変えることが出来る。
今やロランは大祝福2の冒険者であり、大国を除く殆どの集団で第一人者となる。
今後は前回のような状況になっても、ロランが実行か中止かを選択すればもう誰も反対しない。
ロランが大祝福2に達した事は、割とすぐに広まった。
4格竜納品時の説明や冒険者登録証の更新で情報が漏れる可能性はいくらでもあり、ロランは大祝福2に達したことを隠さなかった。
本気で情報を隠すなら、最初から誰にも言わない事だ。
例えば、とても偉い人が「この子は祝福80の魔導師だから、祝福80の冒険者登録証を持って来い」と冒険者協会長に直接命じて上位のスキルを見せなければ、もはや祝福80と見做すしかない。
だが祝福が上がれば評価が高くなり、依頼料も跳ね上がる。ロランにしてみれば、そもそも隠す理由が思い浮かばない。
リュカやスティーグはわずかな危惧を持ったが、それはロランが冒険者として未熟だったからだ。
ロランが誰かにおだてられて調子に乗り失敗する。という可能性を考えただけで、それ以上の危惧は彼らも持ち合わせていなかった。
単に強いだけの戦士ならば戦術で対処可能であり、戦場では大騎士団長や大隊長たちが多数討ち取られていることを鑑みても、ロランだけが特殊な立場に置かれる可能性は低い。
祝福数を隠したがるのは、自由な生活を求める高位の治癒師くらいだろう。リーランド帝国の大治癒師がトラファルガ会戦以後に自由を奪われているのは有名な話だ。
大祝福2のロランに今も指導してくれるのは、それ以前から面識のあったスティーグやリュカくらいだ。
その他に物申すのはディアナ・アクス侯爵令嬢くらいだが、彼女はロランに先んじられた大祝福2に達すべく、祝福上げ中だ。遭遇の機会は無い。
そのような理由からロランは、スティーグやリュカ達と共にクーラン王国で活動を始めた。
Ep08-01
バダンテール歴1264年10月。
「今は激動の時代である」と言えば、おそらくそれを否定する人は居ないだろう。
人獣戦争が勃発したのは今より28年前の、バダンテール歴1236年の事である。
それから現在までのわずか一世代で、人類史に刻まれるべき事柄はあまりにも多い。それどころか今後の展開次第では、人類視点での歴史書すら存在しなくなる可能性がある。
滅亡した国だけでもインサフ帝国、エンドア王国、ラクマイア王国、ハザノス王国、アスキス王国、バレーヌ王国と6ヵ国が挙がる。
なにも小国ばかりが滅んだ訳ではない。
エンドア、ハザノス、アスキスの3国はいずれも人口100万人を越える王国であり、インサフに至っては人口625万人を抱える周辺国家最大の帝国であった。
人類側も手を拱いていた訳ではない。
トラファルガ会戦、王都ベレオン決戦、ガライ北域決戦、ジュデオン会戦の4つの戦いで獣人軍団長を併せて5人も撃破している。
だが人獣戦争が始まった時点でこのような未来を予見できていれば。
(もう少しマシな対処が出来たのか?)
人類は200人に1人が祝福を得られる。
すなわち周辺国人口3000万人の内、15万人は冒険者であった。
その15万人で天山洞窟入り口に集結し、最初から徹底防戦を図っていたならば。
「突破されなかった……かなぁ」
「ロラン、何か言ったか?」
ロランがそう口走ると、隣に座っていたスティーグが反応した。
ここはクーラン王国内だ。
前日にクーラン王国最南の第二宝珠都市オアイを発ったロラン達は、その北にある第一宝珠都市バーアムへ大街道を道なりに進んでいる道中である。
大街道を道なりに真っ直ぐ進んでいると、あまりの単調さに暇を持て余すのだ。
これは二人の驕り……とは言えない。
バダンテール大街道には、大祝福を越えるような魔物は滅多に出現しない。
魔物を放置すれば他の都市との流通を断たれて物資が止まるので、大祝福を越えるような魔物の目撃例があれば、騎士団や冒険者協会が真面目に対処するからだ。どこかの国内ならば基本的に当事国の騎士が動き、国境のような複雑な場所ならば冒険者が動く。
退治されずに放置されるのは、大祝福未満の倒してもキリが無い小物たちである。
そのため大祝福を越える冒険者が1人でも同行してくれれば、大街道の往来は比較的安全と目される。
そしてロランが乗っている馬車には、祝福62にまで上がったロラン、祝福44のスティーグ、祝福50のリュカ、祝福41のレナート、祝福40のドロテオの5人が居る。
大祝福2のロランによって死のリスクを避ける事が出来た一行は、都市アクスで尽きかけた魔物退治をクーラン王国で続けて祝福を上げ続ける事が出来た。
このメンバーで大街道が危険ならば、そもそも大街道の往来自体が成り立たない。もし気を付けるとすれば、戦闘時に馬へダメージが行かないように庇うくらいだろう。
と言う訳でロランはスティーグと雑談を始めた。
「人類が最初から天山洞窟入り口に全冒険者を集結させていたら、どうなっていたかなって思ったんすよ。スティーグさんはどう思いますか?」
「なんだ、そんな事か。誰もが一度は思う妄想だな」
大祝福を越えるベテラン冒険者ともなれば、作戦の実施前に模擬訓練や図上訓練を行う機会はかなり増える。
事前に様々な事態を想定しておく事は決して無駄では無い。想定外の事態を減らす事が出来て、作戦の成功率が上がるからだ。
だが現実的にあり得ない事態は「想定」ではなく「妄想」と呼ぶ。スティーグの見るところ、ロランの話は単なる妄想だった。
「妄想っすか?」
「『机上の空論』という言葉を知っているか。インサフ帝国のレアンドル皇太子が冒険者と兵士の併せて数万人を防衛に出した。現実的にはそれが当時動員できる最大戦力だった。それ以上出せていれば……と言うのは、実際には不可能なただの妄想だ」
「それ以上は無理だったんすかね」
「ああ、当時の国際情勢を考えろ。インサフ帝国の衰退は、資源を争い合うリーランド帝国の降盛に繋がった。リーランド帝国とその属国は、途中まで獣人の侵攻を歓喜と共に見守っていただろうさ」
「まじっすか」
「ああ。それに北部連合は距離が遠過ぎたし、ベイル王国も両帝国に中立だった。最初からの全面支援は出来なかった」
スティーグの最期の言葉にロランは首を傾げた。
ロランの記憶によればベイル王国は、国の総力を挙げて獣人帝国への抵抗と難民支援を行っていたはずだ。
いや、ディボー王国に借金までしていたから総力を越える事をしていたのではないだろうか。それが良いか悪いかは別として。
「ベイルも最初は中立だったんすか?」
「非公式の支援はしていた。天山洞窟内決戦ではベイルの騎士や冒険者もいくらか死んでいる。だが大っぴらには支援を送れなかった。リーランド帝国にも配慮せざるを得なかったからな」
「どうしてなんすか?」
「獣人よりもリーランド帝国を敵に回す方が厄介と言う認識だったからだ」
それまで洞窟内の魔物の群れと言えば、数百匹のゴブリンが関の山だった。
それが常識の世界で、洞窟内に百万人を越える獣人の大帝国が存在する危険を一体誰が想像できただろう。
「事実を声高に触れ回っても、各国の初動が遅れるのは不可避だった。脅威が分かった時点で、周辺国の全戦力をインサフ帝国に送り込んで居ればな。いや、支配域が広がって軍団が各地に分散したからこそ各個撃破が出来たのかもしれんが」
スティーグはロランの妄想の逆を考えた。
今にして思えば両軍の総戦力をぶつけ合うのではなく、戦わずに引いて敵を分散させてから各個撃破する方が良かったのかもしれない。
まず主戦力を各都市から全面撤退させて獣人たちを各地に進軍させ、その後にインサフ帝国が集めた全戦力で敵軍団を各個に襲う。そうすれば味方の犠牲を減らし、敵に多大な損害を与える事が出来ただろう。
だが、スティーグは自身の案にも若干懐疑的だ。
敵は猪突猛進の馬鹿では無く、撤退すべき時には撤退が出来る。
例えば獣人帝国が地上の支配都市を『地上本土』『入植地』『維持地』『緩衝地』の4種類に分けている点だけ鑑みてもそれは顕著に表れている。
★地図(獣人帝国支配地域&各都市分類図)
『緩衝地』は、地図で白色の都市だ。
勢力的には獣人の支配地だが、獣人や人は最初から住んでいない。
獣人は監視部隊のみを置き、その都市に人類の侵攻があれば即座に撤退する。そして後方の都市で部隊を集結させ、戦力が揃った時点で緩衝地に向かって進軍して敵を追い散らす。
『維持地』は、地図で桜色の都市だ。
勢力的には獣人の支配地だが、こちらも獣人や人は最初から住んでいない。
獣人軍のみが駐留しており、維持地という名の通り『都市の宝珠の維持』のみを人類の治癒師に行わせている。こちらも誰も住んでいないので、皇女の戦略次第では即座に捨てられる。
『入植地』は、地図でやや暗めの赤色の都市だ。
若い一般獣人達の一部と、肉体労働要員としての人類が入植している。
戦略的に重要な産業は皆無で、帝国はその都市に依存していない。これはトラファルガを奪還された過去の苦い教訓から、人類側に都市を奪い返される事を想定しているからだ。一般獣人さえ無事なら、ここまでは捨てても良い都市とされている。
『地上本土』は、地図で紫色の都市だ。
数多の一般獣人が暮らし、人類も獣人の支配下で暮らしている。
基幹産業は、全てこの地上本土に集約されている。地理的にも大河や山脈を挟んだ天山洞窟入り口のある東側に位置しており、戦略上の絶対防衛圏となっている。ちなみにこれら全ての都市は、かつてのインサフ帝国領だ。
獣人軍が駐留しているのは人類に奪い返されても良い都市で、かつ守るべき一般獣人も居ない。
これによって獣人軍は、一切の制約を受けずに行動出来る。
各軍団の侵攻によって日々変化して行く勢力図を見据えながら、全都市の役割を細かく調整して行った獣人が居る。
第三軍団長・深謀のイグナシオ。
コヨーテの獣人で、祝福92の魔導師特殊系。
そのような敵がいる限り、スティーグが考えた各個撃破案も最終的に上手く行ったかどうかわからない。
だが、どうすれば良かったのかと問われてもスティーグには明確な答えがなかった。
「こちらの思う通りには行かないな」
「何がっすか?」
「いや、インサフ帝国の滅亡を回避するのは至難の業だっただろうと思ってな」
後になってから「あの時、ああしておけば」と悔やむ事を、読んで字の如く「後悔」という。後悔する事自体はとても簡単で、一度も後悔をした事が無い人間などおそらく居ないだろう。
そんな誰もが経験する後悔にどう向き合い、どのような改善に結びつけるかという場面において個人に差が生じる。
「ディボー王国に攻め込んでいた無敗のグウィードという軍団長を知っているか?」
「もちろん。超有名っすから」
獣人軍の二つ名は恐ろしいものが多い。
破壊者オズバルド、無敗のグウィード、深謀のイグナシオ、金狼のガスパール、殺戮のバルテル、紅闇のラビ、皆殺しのグレゴール、首狩りのイルヴァ、神速のアロイージオ……。
どの二つ名も、一度聞いたら二度と忘れられなくなるような不吉な名前ばかりだ。
敵に恐怖を与える目的で二つ名を付けているのだとすれば、その目論見は見事に成功している。その名を聞いて恐怖を感じない者など居ないだろう。
そんな化け物たちの1人である無敗のグウィードによってディボー王国の王都が包囲されたのは、今から5年以上も前だった。
無敗のグウィードは、その名の通りかつて一度も負けなかった。
無謀な交戦を避けて王都包囲作戦を採るような男ではあったが、同時に彼の語録に「撤退」の二文字は記されていなかった。
戦闘になればどれほどの犠牲を払おうとも最後には必ずグウィードの軍が戦場に立っていた。
おかげで「グウィードが居る」は、「人類が負ける」の代名詞となっていた。
だがそんなグウィードも、ベイル王国の武力とディボー王国の知力との連携によって1度だけ敗北を喫した。
もしも計算外のベイル王国軍が介入し逆包囲されていると判明した時点で、グウィードが損害を出してでも大街道以外から撤退していれば、彼自身は死なずに済んだだろう。
そうしていれば獣人軍は大祝福3と言う戦略級戦士を1人失わずに済み、南部戦線の戦局も現在とは大きく様変わりしていたかもしれない。
「ロラン、一つだけ教えておいてやる」
「何っすか?」
「常勝は無敗のグウィードですら不可能だった。その教訓は、死んだら後悔も挽回も出来なくなると言う事だ。俺達には敗北や失敗なんていくらでもあるだろうが、生きていれば次の機会がある。これは憶えておけよ」
「ういっす…………ん?」
それなりの経験を積んだロランは、雑談が出来るような気を抜ける時と、警戒レベルを上げて注意すべき時くらいは弁えている。
ロラン達の進路上に単騎の馬が見えた。
それだけで雑談を止めるに値する。
「おかしいな」
スティーグも気付いた。
ここは安全な都市内ではなく、魔物の徘徊するバダンテール大街道である。
ロランですら1人で移動するのは危ない。最初に馬を襲われ、次に徒歩で野営した時に寝ている所を襲われて殺される。
ロランたちはすれ違う際に注意深く観察したが、相手が整った顔立ちと体型の妙齢の女性と言う事で一層困惑した。
男ならともかく、女が一人で移動するなどベイル王国ですらあり得ない。
二人の警戒レベルが一気に跳ね上がった。
一人で移動していると言う事は、それらのトラブルに対処する能力を備え、道中の魔物よりも圧倒的に強いと言う事だ。
あるいは盗賊で仲間が近くに待機しており、ロラン達をどこかへ誘導しようとしているのか、それとも偵察目的でロラン達の装備や人数を確認しようとしているのか。
外見や性別で判断してはならない。状況に惑わされてはならない。ここはベイル王国では無く、数多の盗賊が跋扈するクーラン王国である。
二人はいつでも動けるように構え、女が通り過ぎて後姿が見えなくなるまで最高レベルの警戒を続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「スティーグさん、さっきの女をどう思いますか?」
「どうもこうも無い。あれは異常だ。第一、馬が潰れかけている」
「あれだと国境の都市オアイまで持ちそうに無いっすね」
状況は明らかに異常だったが、二人は声をかけなかった。その最たる理由は、彼女がマナの扱いを助ける立派な杖を持っていたからだ。
すなわち魔導師。
その最大の特徴は、遠距離攻撃にある。
「杖を持っていたから魔導師だろう。冒険者ならばあらゆる行動が自己責任で、俺たちが助ける必要は無い」
「魔導師っすか。知り合いには殆ど居ないですね」
「魔導師は、冒険者10人中1人の割合だからな。数こそ少ないが、あいつらは強いぞ」
古来より「200人に1人しか生まれない冒険者に代わって、兵士を主戦力として用いる事は出来ないか?」というような思考錯誤が繰り返されてきた。
彼ら一般人が近接戦闘で冒険者や魔物相手に比肩するのは不可能なので、遠距離攻撃についての研究がなされた。
一時期は『火薬』なるものも使われたらしいが、それは一般人相手には有効でも、祝福や瘴気で強化された冒険者や魔物相手では軽傷を与える程度の威力しか発揮せずに結局廃れてしまった。
よって兵士が使う弓には、魔物の強毒などを塗る。
毒の強さと兵士の筋力に関係性は無く、それによって脆弱な威力を補う事が出来るからだ。
あるいは攻城用の大型バリスタや投石機クラスになれば、一定の効果が期待できる。
研究成果はそこまでで、遠距離攻撃と言えば本来はその程度の威力だ。
だが魔導師が用いるスキルは、それらの威力とは隔絶している。
「強いんすか。戦士が殴るなら威力の大きさが目に見えますけど」
「ロラン、魔法の理論を言ってみろ」
「うっ…………」
同じ冒険者とは言え、戦士と魔導師では分野が全く異なる。
だが騎士ならば学ぶし、ベテランの域に達した冒険者も知っておくべきだろう。
なぜなら戦争では敵には確実に魔導師が居るし、冒険者でも特殊な依頼なら相手側に魔導師が居る可能性があるからだ。
「魔導師は、自らの魔力によってマナの元素に干渉し、相互干渉あるいは結合させることによって望む形へと変化させて望む事象を引き起こす」
「ううっ……」
ロランが理解できていないのを見たスティーグは、説明を噛み砕いた。
「簡単に言えば、一般人は『火打石で点火して、用意した油の量で燃やす』だろう。だが魔導師は、『魔力で点火して、マナで燃やす』んだ。分かったか?」
「ええと、つまりどう言う事っすか?」
スティーグは理論の説明を放棄して、威力の比較で伝える事にした。
「一般人は、『ろうそくの火』の威力。一方魔導師の火は、祝福1の最弱ファイヤーでも『顔を焼き払って、大やけどを負わせる』くらいの威力。どっちが強い?」
「魔導師っすね」
祝福が最高クラスであれば「家数軒を丸ごと飲み込んで一瞬で燃え上がり、翌日になっても具現化が止まらない。火種は不要で、雨だろうと火は消えない」くらいは起こり得る。これを一般人が再現するのは不可能だ。
4年以上前にジュデオン王国の王都で行われた攻防戦において、獣人軍が王都を焼き払ったのは有名な話だ。
なぜ獣人帝国がそのような事をしたのか定かではないが、『リーランド帝国に引き込まれた獣人帝国軍が怒った』と、『有力冒険者を大量排出するジュデオンを危険視した』との2説が有力だ。
大祝福2でも容易にできる所業ではなく、「犯人は深謀のイグナシオではないか?」と噂されている。
なぜならイグナシオは実行する力と権限を併せ持っており、動機もあるからだ。優秀な官憲なら「こいつで間違いない」と判断して、即座に任意と言う名の強制同行を求めるだろう。
まったく、恐ろしい連中である。
「祝福を得た俺たちは、概ねの事象に対しては耐性や抵抗力がある。だが、マナを燃やされたら威力が大きくてタダでは済まない。俺たちの攻撃力も異常だが、魔導師達の引き起こす現象も同じくらい異常なんだ。分かったか?」
「なるほど」
「後は特殊系だ。体内に干渉されて精神を操られる。遥か昔には動物や魔物を操るサモナーもいたらしいが、それらも特殊系が用いる精神感応や精神支配の応用だ。魔導師特殊系は、攻撃系よりも厄介だ」
「精神系は、どうやったら防げるんすか?」
「前に4格の白緑ドラゴンを退治しただろう。白は生命力で、緑は魔力抵抗だ。つまり治癒師祈祷系なら、精神攻撃が殆ど効かない。おそらく同格の大祝福同士ならまず防げるだろう」
「治癒師っすか」
「ああ。相手のスキルに掛かったと分かった時点で、魔力耐性で抵抗している間に自分で解除スキルが使える。だから自発的に相手のスキルに掛からない限りは効かん。だから高位の治癒師を連れていれば、魔導師特殊系はそれほど怖くない」
「ほうほう」
二人が雑談を続けていると、前方に新たな集団が出現した。
今度は一隊だ。全員単騎で、これまた明らかに異常な集団である。
「あんなに高速で移動すると、あいつらの馬の体力も尽きますよ」
「アレもおかしいな。今日はおかしな事ばかりだ」
目立たない服装で、顔も半ば隠している。スティーグは、彼らが対人戦の経験を積んだプロだと即座に断じた。スティーグと同じ探索者戦闘系が何人もいる。
(俺とロランだけで、馬まで守りきるのは不可能だな)
対人戦闘を行う連中にろくな奴は居ない。その最たる者は盗賊で……
「ロラン、全員起こせ」
「ういっす。リュカさん起きて下さい。レナート、ドロテオも!」
さっき女とすれ違った。
ロランとスティーグは冒険者の格好をしていたが、彼らの馬車は1台で乗員はどうしても限られる。
ハーヴェ商会のようにどんな連中が何人乗っているのか不明な馬車を襲えばリスクが高いが、1台なら数さえ揃えてしまえば戦力で確実に上回れる。
彼らの武器が見えた。
「戦闘準備」
スティーグが声を押し殺しながら、低い声で静かにそう告げた。




























