短編 出航準備★
ベイル王国内に誕生した都市ブレッヒは、第五宝珠という強大な力によって周囲へ強い加護を放っている。
だが神宝珠の安置場所は他都市に比べてかなり特異で、ジデン湖の畔近くに置かれていた。
そもそも都市の加護というものは風などの影響を受けず、神宝珠を中心として円状に広がって行く性質がある。
つまり湖の近くに置いてしまえば、加護を受けられる範囲の多くに人の住めない湖が掛かってしまうのだ。
メリットと言えば、加護を得た大量の魚が捕れる事と、綺麗な湖で気ままに泳げる事くらいだろうか。
デメリットの方が大きいので出来ることなら加護が全て陸地に掛かってくれる平地の方が有り難いのだが、こればかりは如何ともし難い。
なぜならば、宝珠を創り出した神の意思こそが最も尊重されるべきであるからだ。神の機嫌を損ねて加護を発さなくなれば話にならない。
そんな都市ブレッヒから放たれた加護はジデン湖の大半を満たし、魔物と瘴気を払いながらやがて澄み渡った美しい湖を創り出した。
人々は美しい湖が見渡せるアルテナ神殿の近郊に数多の建物を創り出し、日々の安らかな営みを続けている。
その概ね円状に広がった加護範囲にギリギリ掛かる郊外に、ベイル王国が造った極秘施設があった。
★地図(極秘施設の位置)
建設当初の数年は、都市ブレッヒで無数の家を建てた労働者たちの出入りが多数あった。
現場労働者への説明では、ジデン湖を下ってディボー王国や大海へ向かう船のドックであるとされた。
最初からそれっぽい説明をしておけば、隠すよりも余計な詮索が減る。
労働者たちは金と引き換えにとにかく急かされ、兵士まで動員されて昼夜を問わずに作業を続けさせられた。
だが大量の軍事物資を行き来させ、戦争を有利に進めるのだと言われては急かされる理由も分からなくは無い。
そもそも都市ブレッヒの人々は、領主であるハーヴェ侯爵と妻子を除いて皆が獣人帝国から逃れて来た難民たちである。そのためにやれと言われれば、もちろん否は無い。
やがてジデン湖への進水と収容が可能な船のドックや関連施設が完成していくと、船体材料と思わしき竜骨や竜皮などが続々と運び込まれてきた。
その頃には大半の作業員が完成した施設から追い出され、そちらの施設で一部の者達が船体の骨格を造り始めた。その間にも、新たなドックや建物が建設されて行く。
支払いがきっちりと為されているとは言え、作業員たちは疑問を持ち始めた。
「いくらなんでもやり過ぎじゃないか?」
「何がだ」
「いや、造り過ぎだろう。もう100隻くらい同時収容出来るんじゃないか。船ってそんなにメンテナンスとか必要か。意味不明な施設も沢山あるし」
「馬鹿だな。兵士も運ぶんだろう。それなら100隻分くらい必要だろう」
「だが本当に変な施設が多い」
彼らの疑問が増えた頃、新たな説明が行われた。
『建設しているのは、軍事施設と軍艦である』
折しも、ベイル王国とディボー王国の同盟が発表された矢先の事であった。
疑問を持っていた者の大半がそれで納得した。
それならば造らされた意味不明な施設も、運び込まれた用途不明な物資も、すべては戦争のために必要なものなのだろうと納得できる。
本当に必要なのか怪しいものもあるが、王侯貴族が介入すれば理屈だけで動く筈もない。なにしろこの施設を建設させているのは、あのイルクナー宰相代理だ。
「錬金術学校みたいな変な物を作った宰相代理なら、また変な事を考えているんじゃないのか?」
「ああ、なるほどなぁ。あの方は、変なお方だからなぁ」
この頃は、まだ錬金術学校の生徒達が卒業する前であった。
ハルトナー信号弾などの特別な品はブレッヒにも伝わって来ていたが、都市の外に出ない彼らにまでは効果も浸透しておらず、錬金術学校がどのような物であるのかはそれほど理解されていなかった。
但し、イルクナー宰相代理はベイル王国に攻め込んで来た軍団長を倒した。破たん寸前であった国家財政を立て直し、役人の不正を正し、庶民の暮らしを向上させた。
結果さえ出せば良いのだ。暮らしが良くなって文句を言うやつは居ない。だからイルクナー宰相代理が変人でも、彼らは文句を言わなかった。
「まあ良いか」
「ああ。変人に変な事をするなって言っても、無駄だからなぁ」
変な事をさせてイルクナー宰相代理が満足し、それで王国に結果が還元されるのであれば邪魔をする理由は無い。
都市ブレッヒで建造中の怪しげな軍事施設について疑問を持つ者は無論居たが、妨害する者は皆無であった。
やがて建物が完成し、彼らの大半が金を与えられて追い出されるのと入れ替わるように錬金術学校の卒業生たちが現地に着任した
他の都市とも繋がっていない郊外の軍事施設は立ち入りが禁止され、軍人と一部の技術者、そして大量の物資だけが行き来を続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バダンテール歴1264年7月。
錬金術学校を卒業したアーナリー・サンドライトが都市ブレッヒ郊外の飛行艦極秘建設施設に配属されてから、1年と3ヵ月の月日が過ぎ去った。
「強襲降陸艦、急速降下!」
「メイン気嚢、機関出力を8/10から4/10へ減。続いて前後サブ気嚢、4/6から2/6へ減。錨投下準備」
メイン気嚢を温めている輝石燃料の機関が8から4に減らされ、同時に前後サブ気嚢も2つずつ減らされて飛行艦が降下を開始した。
艦体には正規武装の騎士団が搭乗しており、輝石の力を減らされた艦体が彼らの重みに耐えかねたかのように高度をどんどん下げて行く。
このまま落とし過ぎては、本当に墜落する。
「メイン、4から5に上げろ。全跳ね橋、一斉展開準備」
「魔導師、降陸地点への砲撃を開始せよ」
アーナリーが出力調整をする中、一定高度にまで下がった艦から騎士団長が同乗している魔導師に命を下した。
さっと彼らの杖が伸び、そこから白い閃光と共に雷撃魔法が降下予定ポイントへと降り注いでいく。
『サンダーレイン』『サンダーレイン』
大地が抉れて土埃が舞う中、飛行艦が低高度での進入を開始した。
その進入路に向かい、左右から光の束が伸びていく。
「友軍艦隊より支援の魔法攻撃入ります。左翼艦隊2番艦、3番艦。続いて右翼艦隊から、可動式大弓砲の一斉射撃」
砲撃による地上掃射を行う僅かな間に、地面が一気に迫って来た。
(骨格が竜骨や竜皮で造られた艦体は無事でも、出力機関や技術員はダメージを受けるか!?)
アーナリーは艦の安全を最優先した。
「メイン、5から6へ上げろ。錨を落とせ。着陸の衝撃に備えろ」
騎士団長は戦闘指揮こそするが、艦の操舵に関しては口出しをしない。それは艦長であるアーナリー・サンドライト技術少佐の職権である。
着任した錬金術学校の卒業生たちに求められたのは、輝石燃料など専門知識を有して部下達に指示を出しながら艦を運用する艦長としての役割であった。
最初から覚悟のある者しか来ていないが、その中でも選別があって彼らは強襲降陸艦長と補給艦長とに分けられた。
1個艦隊は、強襲降陸艦3隻と補給艦3隻とで編成されている。
強襲降陸艦は、地上降下を行う飛行艦だ。
艦体には竜骨や竜皮が惜しみなく使われており、技術士官の他に1個騎士団93名が3隻に分乗している。
31名の内訳は5個騎士隊30名と、指揮官を務める騎士団長あるいは副騎士団長である。なお、騎士団長が乗る艦が艦隊旗艦となる。アーナリーは、旗艦の艦長である。
補給艦は、その名の通り補給目的の艦だ。
騎士の代わりに水や食糧あるいは補修材料などを乗せ、戦闘には参加せずに物資を使い切った時点で他の補給艦と共に本国へ引き揚げて行く。
貴重な竜骨を惜しんだ結果、戦場に突入する艦としない艦を分けると言う発想に行き着いた。強襲降陸艦長よりも1階級下の技術大尉たちが艦長を務めている。
旗艦が他の艦に遅れをとる等といった恥ずかしい真似は出来ない。
やや降下速度を減じた艦は、それでも激しい衝撃と共に地面へ落ちて艦底に取り付けられている緩衝材のいくつかを破壊して強行着陸した。
「全跳ね橋を一斉展開しろ」
アーナリーがまだ衝撃に耐えている間、艦体の左右に合わせて4つ取り付けられた跳ね橋が騎士団長の命令でバンバンバンと勢い良く降ろされた。
「突入しろっ!」
「「おおおおっ!」」
雄叫びと共に、下ろされた4つの跳ね橋から騎士団長を筆頭に騎士たちが一斉に駆けて行く。
跳ね橋自体は、アーナリーの発案だ。着任して開発を続ける中で、騎士を一気に乗り降りさせる方法として引上収納が可能な跳ね橋を艦の4ヵ所に取り付ける提案をした。
そんないつくかの提案をしていく中で大尉から少佐へ昇進させる旨の辞令を受け、旗艦艦長に任命されたのだ。
インサフ帝国出身の冒険者ハインツ・イルクナーを宰相に取り立てた以上、ベイル王国が元難民に対して露骨に不当な扱いをしない事は分かっていた。
だが、祝福を得ていない一般人に騎士隊長に並ぶ少佐位と旗艦艦長職を与えるなど、出自とは無関係に非常識な取り立てである。
(……技術者への論功行賞が、恐ろしいほど精確だ)
この空を飛ぶ非常識な艦の発案者は、イルクナー宰相自身である。そんな宰相であればこそ、技術者たちが生み出した物への精確な評価が出来るのだろう。
いつの間にか宰相に対する見方が、「凄い」から「怖い」に代わっていた。
(この艦を使えば、何が出来る)
現在、降陸艦だけならば5~6個艦隊が組めるほどになっている。
優先順位がそれより低い補給艦はそれよりも遅れているが、ベイル王国は既にあらゆる都市へ6個騎士団を送り込む事が出来る。
訓練に参加しているのは、厳選された2個騎士団のみであるが。
今、アーナリーの目の前で最後の騎士が飛び降りて行った。艦にはアーナリーや魔導師を含めて僅かな人員のみが残る。
大祝福の非常識な身体能力には呆れるばかりである。
他の艦が着陸に手間取る中、アーナリーは部下たちに次の命令を下した。
「機関出力最大。後部緊急推進剤の3番と4番を同時使用。上昇の後、本艦は浮遊砲台として友軍への支援砲撃を行う。急げ!」
「はいっ!」
演習終了から2ヵ月後のバダンテール歴1264年9月。
数度行われた演習で最高の成績を出したアーナリー・サンドライト少佐は、中佐へ昇進させる旨の辞令を受けると共に、総旗艦オーディンの艦長職を拝命した。
彼が出撃命令を受けるのは、それからわずか3ヵ月後のことである。




























