エピローグ 人獣戦争の始まり★
部下たちは、些細な事を深刻に悩んでいる。
バーンハードの死をどうするのか、つまりは大隊長格が死んだらどう扱うのかと。
過去に沢山死んだだろうと思い、そういえば自分の軍団が大隊長格の死者を出したのは、ここ20年では今回が初めてだったと思い出した。
気にしているのか?バーンハードの様に、自分たちが死んだらどうなるのかを。
だから言った。
「バーンハードは戦場で堂々と戦って死んだ。イェルハイド帝国の勇者である。戦意高揚の糧にしろ」
部下たちの些細な悩みは、それだけで大半が片付いた。
エルヴェ要塞など、どうでも良い。そもそも現在の目的は何だ?アルテナの神宝珠で作られた都市を、アルテナに祈れる上級の治癒師ごと手に入れる事だ。
加護の無い世界は過酷だ。
死ぬとアンデットになって襲ってくる。だからと言って死体を焼き払うと、ゾンビではなくゴーストになる。ならば深く、這い出せない程深くに埋めるしかない。だがアルテナの神宝珠に守られた都市では、魂が安らかに死ねると言う。
生活しているだけで子供や年寄りが死ぬ。なぜだ?加護の無い水や食べ物を摂取し続け、体に溜まった瘴気に当てられるからだ。だが、アルテナの神宝珠ならば大地に加護を与え、その瘴気を払うという。
魔物が襲ってくる。自然の摂理だ。だがアルテナの神宝珠に守られた都市では、宝珠の格に応じて魔物が入ってくるのを防ぐ。最低の第一宝珠格ですら、大祝福1未満の強さの魔物なら入って来られない。
「なるほど、人間の人口が多いはずだ」
獣人は1人1人が強いが、人口は総数で160万しかいない。
(なぜアルテナは、人間にだけそのような加護を与える?圧倒的に弱いからか?いや、アルテナの神宝珠の核となる神々が、存在と引き換えにアルテナの力をかすめ取っているのか?確かに神は、神宝珠を創り出すと力を失って姿を消す)
ずっと考えている。
帝国の方針は明瞭だ。
『加護を受けた人間の都市に住む。支配して』
人は滅ぼせない。
神宝珠は大祝福1以上の人間の神官がアルテナに祈らないと、輝きを戻せない。獣人が祈っても効果は無かった。だんだんと宝珠格が落ち、力が弱くなり、最後には消えて効果も失せる。治癒師は、その加護が強い程、より輝きを回復できる。
(だから、共存すべきだ。支配して)
人口が増えると、宝珠の消費が早くなる。人間は1宝珠格5万人とし、格に応じた人口の都市を形成している。第一宝珠格なら5万人、第二宝珠格なら10万人……
こちらも合わせる。いや、もう少し減らし分散して住む。人間の治癒師が誕生すれば、それを祈れるくらいの強さに引き上げて祈らせる。
もう、その程度なら充分に満たせる程の都市を手に入れた。
(そろそろ、和平を結んでも良いのではないか?)
だが、相手が反撃してくる。こちらも反撃されないように叩き潰しておく。人間は弱い。叩き潰す方が簡単だ。
インサフ帝国だけ支配してそのまま暮していれば、いつか残る国の人々が連合を組んで襲ってくるだろう。だから叩き潰すのは良い。
(最初に襲って来たのは人間だしな)
不幸な出来事。
初めて遭遇した時、人の冒険者は、獣人を魔物扱いしていきなり襲って来たのだ。話し合いなど発生しなかった。
獣人帝国は地上にあったのではない。インサフ帝国の東、人が想像できない程に広大な天山洞窟の中で暮らしていたのだ。冒険者はそこに辿り着いた。
あまりに不幸すぎた。冒険者たちは、平均祝福90台のパーティだったのだ。彼らは一人ひとりが獣人軍団長になれる。おまけにリーダーは祝福100を超えていた。
被害は激烈を極めた。
ブレーズ皇子が死んだ。金羊大公ヴィンフリートが死んだ。冥界のアギラルが死んだ。古のアドフィンが死んだ。死体を荒らされ、住処を荒らされた。冒険者として魔物を倒し、財貨を奪ったつもりだったのだろう。
恐れた。人間を皆殺しにしてやると思った。
彼らが通ってきた道から、地上と言う世界を知った。戦争が始まった。そしてアルテナの神宝珠の価値を知った。
(そろそろ戦争を終わらせてもよい頃だ。こちらの被害に見合うだけのものは充分に手に入れた。そもそも最初に遭遇した人間どもは、この大陸の者ではないしな)
だが現在のガスパールは、ベイル王国攻撃の総司令官でしか無い。
軍団長の中でも発言権は大きい方だが、よりにもよってバーンハードが死んだタイミングで和平を口にしても笑われるだけだろう。笑いそうな奴に心当たりはある。南を攻めている無敗のグウィード。
他の軍団の侵攻は、全体としては上手くいっている。
インサフ帝国の森の戦場を縦横無尽に駆け巡ったのは自分だ。出だしから合わせると、功績の大きさでは他には負けていない。
だが、大河が、山が、湖が、要塞が、洞窟の古い戦い方に馴染んでいたガスパールを苦しめる。
「とりあえず、北から攻めるか」
リーランド帝国に攻め込んでいる2人の軍団長のうち1人は、かつての自分の教え子だ。首狩りのイルヴァ。元第4軍団長補佐で部下でもあった。今は新設された第8軍団の軍団長。
なにもまともに攻める必要はないのだ。要塞を避けてリーランド側からベイル王国を攻めれば良い。目的は要塞ではない。自分には、そのくらいの融通は利く。
★人獣戦争勃発時の周辺国地図(数度クリックで拡大します)
<①は第一宝珠都市、②は第二宝珠都市、周辺には第七宝珠都市まで>
あとがき
1巻導入編をお読み頂き誠にありがとうございました。
1巻は大雑把な世界観をご説明する意図で書きました。
本編は2巻からになるのかなと思っております。
ぜひ2巻もお付き合い下さい。