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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第二部 第七巻 改革の導き手(11話+エピローグ) 結の章

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第09話 奈落の底にて 中篇

「ごめんね、セレス」


 エリザが古代人の正当な末裔の血が半分混ざった長い耳を僅かに垂らし、薄紫の瞳を細めながら謝罪の言葉を口にした。

 エリザ・バリエは性格なのか、それとも種族特性なのか、謝罪の言葉とは裏腹に表情も声色も穏やかで、泰然自若としてそこに在った。

 力を放つ神に特有の綺麗な金の髪を垂らし、純白の翼を生やして一層感情が読めない。

 だからエリザの理解は諦めて、アルミラの手先に殺されたアトリーの事を聞いた。


「アトリーは、最期にわたしを責めていた?」

「いいえ、大祝福3になっていなかった自分を責めていたわ。間違いではないけど、正解でもないわね。だって嘘は言っていないけど、真実も教えていないから」


 アトリーの魂は消滅した。

 残った器は転生竜に姿を変え、これから少しだけ彷徨う。


「おかげで、ようやく堕神のドレッセルを始末できたわ。アトリーの他にも滅んだけど。大祝福3の犠牲だけ言っておくと、オラールと、アメーリアと、ベルディフ」


 少なくとも周辺に、最上位の転生竜が1頭、上位の転生竜が3頭、中位の転生竜が1頭誕生した。

 犠牲がこれだけで済んだのは、これまでの積み重ねだけじゃなくて治癒ステージ4が使えるアトリーが居たから。


「ねぇセレス、わたし思うのだけど」

「何?」

「あなた、向いていないわよ」


 アトリーは弱いわたしにとても良く似ていて、エリザと大きく異なっていた。

 だからわたしは同情して、エリザは同情しない。


「あなたの宝珠格、大祝福2でしかなかったアトリーに消費させて落ちたわよね。どうせならそのまま加護を発し続けて、冒険者を沢山生み出して、静かに消えていくのも良いかもしれないわよ」

「……性格悪いよ」

「たぶん性格じゃなくて存在自体が相容れないのよ。古代アーシア人は、アルテナに似せて創り出されたから。あたしの両親、良く分かり合えたなって今でも思うわ」


 それはわたしも思う。

 ハーフのエリザとでも意思疎通が難しいのに。彼女の両親はどうやってコミュニケーションを成立させたのだろう。


「……アトリーに何も教えなくて良かったよ。わたしみたいに成られても困るし」

「やっぱり向いていないわね。まあいいわ。オラール、アメーリア、ベルディフ、アトリー、沢山暴れておいで」






 Ep07-09






 ロランの視界に映る周囲の全てが、とてもゆっくり動いていた。

 だがロランの身体や思考も遅々として動かず、単に肉体の感覚だけが研ぎ澄まされ、記憶だけが鮮烈に焼き付いて行く。


 リリヤが姿勢を低くしながら、サロモンを噛み殺した竜へ向かって一目散に駆け抜けていく。

 ロランが顔を向けるよりは遅く、だがロランの手が伸びるよりはずっと早くて、ロランはリリヤの後姿を見送るしかなかった。


 いや、ロランはリリヤを止めることなんて出来なかった。

 サロモンはロランを庇った。

 庇わなくても竜に殺されていたかもしれないが、もしロランを庇っていなければリーダーのサロモンはこの場からの撤退を決断できていたかもしれない。

 そう思っただけで、ロランはリリヤを止めることが出来なくなった。


 もちろんロランには分かっている。

 これはロランたちの対応能力を越える状況だ。もし仮に失敗の原因を求めるなら、ロランを含む冒険者個々の戦闘結果ではなく攻撃の決定自体に問題があったのだ。

 サロモンとリリヤの立ち位置は、ロランにそれを教える側だった。さらにサロモンは今回の冒険においても冒険者のリーダーだった。リリヤはそれを分かっているので、ロランを責めないだろう。責めるなら、サロモンを止めなかった自分自身にだ。

 リリヤは、弦を引き絞りながら竜の前に立ちはだかった。


 グォオオオオオオオオオオオッ。

 竜が雄叫びを上げ、リリヤの弓矢を構える手が僅かに揺れた。

 その瞬間に竜の顔が上がり、次いで勢い良くリリヤの身体に迫っていった。

 リリヤは腰を落とし、姿勢を低くしたまま大地を蹴ってバックステップの要領で左斜め後ろに飛んでそれを避ける。

 竜が一瞬前までリリヤの身体があった場所で牙を噛み合わせた刹那、リリヤがその頭部に向かって矢を放った。


 『速射』


 ガンッ。と、鏃の金属が竜の白い鱗に阻まれて弾き返される。

 大祝福1が力一杯引絞って放つ矢は下位竜になら有効だが、中位竜の堅い鱗に守られた身体にはさほど脅威ではない。

 リリヤの腕ならば竜の口内を狙う事もできるだろうが、流石に相手の攻撃を飛んで避けながら撃つとなると精度にも限界がある。


 『速射』


 リリヤは不規則運動で後退しながら、素早く番えた弓矢で竜に攻撃を当て続ける。

 その攻撃の大半は竜の頭部に当たって弾かれ、一部は外れ、竜は苛立ちながら誘われるようにリリヤの後を追いかけていく。


「ロラン、レナートたちに下位竜のトドメを刺させて、大祝福に上げて」

「…………!」


 その手があった。と、ロランは思った。

 リリヤは頭に血が上りつつ、そんな事を考える余裕があった。それに比べて、ロランは自身を振りかえって一体何をしていたんだと思い、周囲を見渡した。


「……レナート……ドロテオ、マルティン!」


 ロランはレナートたち大祝福1に至っていない冒険者の姿を見て名前を叫ぶと、リリヤの指示を伝えた。

 大祝福1に達していないレナートたちは戦力にならないが、大祝福1に達してしまえば冒険者経験はロランよりもあって即戦力にもなる。

 魔獣や神魔、それに転生竜などの経験値は普通の魔物に比べて大きい。しかも、中位竜との戦いで虫の息の下位竜たちが周囲にはまだ何頭も転がっている。


「瀕死の下位竜を殺して祝福を上げろ!転生竜の経験値ならお前ら一気に大祝福を得られるぞ。生きたかったら倒せ!」

「分かった」

「よし、少しだけ時間をくれ!」

「くそっ」


 3人が3手に分かれて、それそれ周囲の下位竜の元へと駆けていく。


 (あとは……)


 ロランは状況を再確認した。

 死んだのはサロモン、カファロ、エイデン、一般冒険者のアニセトとグラシアノ。

 戦闘不能はスティーグ。

 無事なのはロランと、リュカと、シモン。


 リュカは、竜が一気にリリヤを攻めないように横合いから牽制している。

 シモンは、竜の尾を避けながら、背後から竜の身体を斬っている。


 (レナートたちが戻るまで保たせる?)


 それしかないとロランが思った瞬間、2つの事が起きた。

 1つ目は、中位竜が頭部を大きくもたげて、大口を開きながらリリヤに狙いを定めた。

 2つ目は、それを見たリリヤが微笑んで弓矢をアッサリと投げ捨て、ウエストポーチから瓶を3つ取り出して手早く蓋を空けた。

 ロランはサロモンやリリヤと何年もパーティを組んだが、リリヤのそのような光景はかつて見た事が無かった。

 ロランはリリヤを止める言葉を持たず、声を出せなかった。


 (……やめろ)


 リリヤが敵を引き付けていたのは、時間稼ぎではなかった。

 ロランはリリヤの感情をあえて考えないようにしていた。「リリヤさんは冷静なんだ」と自分に言い聞かせ、それが事実になるように勝手に願っていただけだ。

 だがリリヤは、単にサロモンの仇である竜を確実に殺せる状態に持って行きたかっただけだった。


 中位竜がリリヤを噛み裂こうと顔を突っ込んだ瞬間、リリヤは自ら竜の口内へ飛び込み、3つの瓶に入った液体を混ぜ放った。

 竜の上下の牙が飛び込んで来たリリヤの身体を半分にする瞬間、ロランには後姿のはずのリリヤがなぜか笑っているような気がした。


 リリヤは目的を果たした。

 ロランはリリヤが満足したのだろうと確信しながら、サロモンとリリヤの仇を討つべく竜へと駆け出した。


 (死を無駄にはしない)


 敵はリーランド帝国の大治癒師すら遥かに凌ぐ存在だった。バダンテール歴になって以降、そんな大治癒師が存在した公式記録は無い。

 だが、相手が何者であろうともロランはあいつをこの手で滅ぼすと決意した。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 オオオオォォ オォォォォォ オォオォ

 リリヤの毒を混ぜて飲まされた中位竜が、倒れ込んでのた打ち回りながら大地を転がり始めた。

 竜の咆哮がおかしな発声に成っている。

 リリヤが中位竜に一体何を飲ませたのかロランには不明だったが、当分は胃から毒を吸収し続けるであろう。その間は、ずっと状態回復魔法を使い続けるしかない。


 『破断』

 (吐き出させるかよっ!)


 ロランは口を開こうとした竜の頭上から剣を叩き付け、その口を無理やり閉じさせた。

 竜は攻撃するロランに対しては反応せず、とにかく毒を出そうと足掻く。


「おらおらおらっ!」


 ガンガンガンと、ロランは竜の頭を何度も何度も打ちつけていく。


 『刺突』


 それに呼応するかのように、リュカがオウルパイクをランスの様に構えて、竜の下顎から上へ向かって突き通した。


 『降斬』


 二人が頭部を攻めている間に、シモンがカッツバルゲルという剣で竜の鱗に守られていない腹の部分を次々と割いて行く。

 スキルの出し惜しみはしない。リリヤが作った最大の好機であるこの瞬間を逃せば、全滅は避けられない。

 だが竜も状態回復と並行して、攻撃の為に止めていた肉体の回復まで始めている。現状では押し切る力が不足していた。


 『剛力』


 手数が足りないと感じていた短い時間を経て、祝福26だったドロテオが下位竜1頭を倒して祝福32に上がり、即座に参戦した。

 祝福32はエイデンと同じ祝福数だ。スキルを消費していなかったドロテオという戦力が増え、攻撃によるダメージが竜の回復速度を上回った。


 『斬撃』


 さらにマルティンが下位竜を2匹も倒し、祝福を26から33に上げて参戦した。

 のた打ち回る竜が尾を振り抜いた後で身体を貫き、転がった後ろから追いかけて身体を斬り付ける。

 大祝福を得たばかりで慣れない身体を思うように使いこなせず、加速と減速の加減を間違えて竜に迫り過ぎたり、あるいは遠過ぎたりと苦心しながらもダメージを与え続ける。


 『斜斬』


 二人に遅れて、下位竜3頭を倒したレナートが攻撃に加わった。

 祝福24だった力が37に上がり、39のシモンと殆ど遜色無い力でワルーンソードを振るい、スキルで竜の身体を攻め立てる。


 この状況に持って行くまでに大きな犠牲を払った。

 だがロラン、リュカ、シモンの3人にレナートたち3人が加わって包囲が完成し、竜の遠近に合わせて6人の攻撃と回避の連携が巧い具合に嵌まった。

 竜の反撃も凄まじく、のた打ち回り、暴れながらも無理やりマルティンの側に転がって迫り、その巨躯で押し潰す。

 潰されて地面にめり込んだマルティンを鱗でゴリゴリと擂り潰した竜は、その長い首を伸ばして、隙を狙ったシモンに噛みついた。


「ガハッ」


 竜も人体の構造を理解しているかのように戦った。

 肉を裂き、心臓を噛み破り、シモンを殺した竜は回復の手が疎かになっていた。

 ロランやリュカ、レナートやドロテオがトドメとばかりに竜の身体をどんどん削っていく。


 『なぜ竜を殺すのか』


 竜の死が迫った瞬間、ロランの心の片隅にふとそんな言葉が浮かんだ。


 (……なぜだ?)


 ロランは長剣を振るいながら考えた。

 王国にそれを求められたベルネット商会に、冒険者として依頼されたからだ。

 金のため、生活のため、そしてレナエル用に転姿停滞の指輪が欲しいからだ。

 敢えて「生きるため」と言っても良い。


 (生きるためだ!)


 ロランはそう断じて再び剣を振るう。


 『ならば、生きるために都市の加護を求める獣人とは何が違うのか』

 (…………)


 人と獣人という立場が違う。

 だがそれならば、獣人という立場からすれば獣人の行動は正義となる。


 人同士ではどうか。

 人同士でも資源を奪い合う争いは常にあり、それはベルネット商会とジャニー商会の間でも起こっている。

 資源。竜は資源だ。

 ジャニー商会を出し抜く為、ロランは率先してジョスラン・ベルネット氏に協力した。


 あらゆる資源が全員に満足に分配できる程に溢れていない限り、全員が満足できる結果など得られないのだ。

 空気を求めて争う者はいない。争わずとも得られるからだ。

 食糧を求めて争う者はいる。得られない者が居るからだ。

 金を求めて争う物は大勢いる。金は不足する物と換金できるため、必要とする者が大勢いるからだ。


 要は、自己の利益だ。

 ロラン達がレナート、ドロテオ、マルティンに経験値を分配したのも、そうしなければ全滅したからだ。そうでなければ揉めていただろう。




 だが、そうではない事もある。

 サロモンは、ロランを助けてくれた。

 リリヤは、サロモンに殉じた。

 二人は自己の利益では無い行動を取った。


「俺も、自己の利益だけじゃない行動が出来る冒険者になる」


 ロランは目が合った竜に語りかけ、アダマント製の剣を構えて真っ直ぐに走り出した。

 竜は口を開きかけ、だがすぐに閉じて代わりにロランを観察した。そしてロランの剣が自らの心臓に差し込まれていくのをそのまま見届けた。


 コンッ。

 アダマント製の剣の先端が竜核に達し、竜は目を開いたまま倒れ絶命した。






 その時、戦いの結末を見届けた鷹が、身体から金のマナを失って空へと飛び立っていった。

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