第08話 奈落の底にて 前篇
わたしの名前は、セレスティア。
……分からない?
以前はこれで通じたけど。
それなら、セレスティア・ハザノス。今あなたが祈っている神宝珠だよ。
えっ、どうして宝珠都市を創り出した神なのに普通に話せるのかって?
わたしとエリザの推論が混ざっても良いかな。
まず大祝福1が由来の神魔は、人とは殆ど会話が出来ないでしょう?
そんな事は知らないって言われても、大祝福1だった神魔が人と直接話す光景なんて見たこと無いよ。思考くらいは出来るけど、人に言葉で伝えるのは無理。
外見はそっくりそのままだから、表情くらいは読めるかもしれないけどね。
それで、大祝福2の神魔は人と話をするでしょう?
多分あなたが知っているのは、生前に大祝福2だった主神や主魔たち。言葉足らずで曖昧で、意思疎通が難しい転生の成り損ない。
そして普通に話せるわたし、大祝福3の主神。
ロイクだって会話が出来ていたし…………ロイクは、ブルダリアスだよ。
古代遺跡の発掘品を体系化して使えるようにした事になってる子って言えば分かるかな。大祝福3を越えた元探索者で、わたしより少し後の時代の神。2000年以上は後。
つまり大祝福1と、大祝福2と、大祝福3は転生する時の魂の強さが違うの。だから大祝福3の神魔は、人とは普通に会話ができるよ。
それだけ強いと、アルミラの復讐に巻き込まれるんだけどね。ロイクもハルヴァート様のお伴をして、神狩りのイハライネンを倒しに行ったし。削って倒されに、かな。ハルヴァート様は今頃どこかで転生竜になっていると思うよ。
次は何を話したら良かったかな。
そう、神宝珠を創り出した大祝福2の主神は、会話が出来なくなるよね。
大祝福2くらいだと言葉を返す余裕はないかな。余裕があっても、神宝珠には口も耳も無いけどね。だから人からは、マナを介して神宝珠に語りかけてくれないと。
世界の法則を介した治癒師祈祷系の祈りなら届くよ。
大祝福1の治癒師の祈りだと、「何か言っているなぁ」くらいの届き方。それでも人が居る事は伝わるから、神宝珠は都市に加護を撒くの。
大祝福2の治癒師の祈りだと、「なんとなく分かるかなぁ?」くらいの届き方。今あなたが私に伝えている言葉は、わたしにはそう届くよ。
大祝福3の治癒師の祈りだと、大体ハッキリと届くよ。私は生前にちゃんと神宝珠へ言葉を届けられたって転生後に聞いたし。
逆に神の側が大祝福3の治癒師なら、あなたたち人にもマナを介して言葉を返せるよ。あなたは、わたしの言葉が分かるでしょう?
あと祝福が90より少しだけ高いと、変わった事も出来るの。これは内緒ね。
わたしとあなたの会話が成立するのは、あなたがわたしへ曖昧に言葉を届けられて、わたしがあなたにハッキリと言葉を返せるから。
これで神宝珠のわたしが、人のあなたに言葉を掛けられる理由が解った?
最後に、神宝珠の意思も忘れないでね。
主神になった後、加護を振り撒くために神宝珠になると決めた神が、目的を果たせているのにわざわざ言葉を返すのか疑問だよね。
それならどうして話しかけたのかって?
だってあなた、もう少しで治癒師祈祷系の大祝福3になれるでしょう。
祝福85なら、単体治癒ステージ4だって使えるでしょう。どんな傷だって癒せるし、倒せないアンデッドも居ないじゃない。だから、もうひと頑張りだよ。
…………アンデッド化した人たちの魂を送る仕事が嫌になったの?
それなら無理しない方が良いよ。だって無理は、無理だから無理って言うんだし。
あなたがわたしの第八宝珠に祈れば、300万人くらいがあなたが死ぬまで加護を受けて暮らせるよ。都市の維持で頑張ってみる?
でも、その代わりにお願いがあるの。
あなたが都市の維持で大きなカルマを抱えて主神になったら、皆を手伝ってアルミラの力を少しでも削って欲しいんだ。
あなたは宝珠都市を創れなくなるけど。転生竜になっちゃうけど。それでも全然足りないけど。良いかな?
ありがとう。
あなたが死者を送る仕事なら、わたしは神を送る仕事だね。
Ep07-08
ドウンッ。
大地を僅かに揺らしながら、15頭目の下位竜がついに倒れ伏した。
まだ昇り続ける太陽の下で伏す下位竜たちは、もはや尾を振って攻撃する力も、鋭い牙の生えた口を閉じる力さえも残っておらず、虫の息となり果てて後はただ死を待つばかりであった。
一方、中位竜の方も満身創痍を体現したかのような酷い有様だった。
片翼は引きちぎられており、残る翼も骨が折れて地を引き摺り、左眼は閉じたまま開かず、竜皮は至る所で裂けて血を滲ませている。
爪は何枚も剥がれ落ち、牙はボロボロで、未だ4本の足で立ち続けているのは身体の状態を無視した竜としての単なる意地なのではなかろうかと思わざるを得ない。
ロラン達は竜たちの決着が着く前から、どちらが生き残っても攻撃する事を決めていた。どちらが生き残っても大きなダメージを受けており、押し切れる事は明らかだったからだ。
「俺たちは運が良い。竜格の分け前が2つずつあるかもしれないな」
エイデンが興奮しながらロランに囁く。
エイデンは祝福32で、大祝福1以上の冒険者18名の中では下から数えた方が早く、竜核の分け前は絶望的だった。
だが10人が抜けた結果、ロラン達が竜核を8個以上拾えばエイデンにも配分される。それどころか、2個目の可能性すらある。
興奮しているのはエイデンだけでは無い。
「……まだか」
祝福24で本来は人数外だったレナートも、名乗り出て提案した事により分け前の順位を9番目に上げられている。
他の大祝福未満の冒険者から文句を言われないように一太刀、二太刀、少しでもダメージを与えて結果を示さなければならないと思っている。
作戦はまだ始まらない。
とは言っても見渡しの良い荒地で、冬とは言え日差しが照らす下である。
崖の南側からサロモンやロラン達が時計回りに飛び出して襲いかかり、中位竜がそちらに注意を向けたところで北側からリュカたち探索者が反時計回りに背中を襲うくらいしか作戦の立て様が無かった。
攻撃開始は、竜同士の戦いが完全に終わってからだ。
まだ中位竜が下位竜に噛みつくなり踏み付けるなりするならば、それを待った方が良い。倒れて動けないと油断している所で突然噛みつかれては、たまったものではない。
「……まだかよ」
「少しだけ落ち着け。なに、もうすぐだ」
焦れ始めたレナートをエイデンが押さえる。
焦れば失敗するリスクが僅かなりとも高くなる。エイデンもこの状況で負けるとまでは思っていないが、だからと言って無用なリスクを1つでも抱えるつもりは無い。
目の前に宝があって、1分待てば宝をくれると言っているのだ。1分くらい待つだろう。犬だって「待て」と言われれば、1分くらい餌を我慢できるはずだ。エイデンはそれくらいの事を考える余裕があった。
『グォオオオォ』
ロラン達が見守る中、下位竜たちを見下ろした中位竜は静かに残る右目を閉じ、低い唸り声を上げた。
すると白地に緑の陰影の全身が、白く眩い光を放ち始めた。
「…………回復か?」
ロラン達の遠目に、竜の鱗が再生していく光景が映った。
『速射』
その瞬間、ロラン達よりも遥かに眼の良い弓使いのリリヤが、中位竜に対してスキルを乗せた弓の攻撃を放った。
大気を鋭く裂きながら突き進んだ矢には、ハルトナー信号弾を括りつけている。大祝福1を越える戦士系冒険者が、スキルを上乗せして力尽くで射た一撃だった。
ハルトナー信号弾が竜の至近でバアアアンッと破裂し、赤色の光を放った直後にロラン達は飛び出した。
「突撃だっ!」
サロモンの号令が遅れて発せられる。
それを合図にロランは剣を抜き放ち、重い鞘は地面に捨てた。
姿勢を低くして、空気の抵抗を少しでも減らしながら脚力で大地を駆けていく。顔だけは中位竜に向け、その全身を視界に捉えた。
(…………早い……おかしい……)
中位竜の傷の回復速度が下位竜と争っていた時よりも異様に早く感じられた。
違和感を覚えたロランが竜の顔に目を向けると、いつの間にか目を見開いていた竜と目が合った。
中位竜の大きく黒い瞳が、ロランの全身を通り抜けて魂を射抜く。ロランは自分の全てが相手に見透かされていると感じた。
(……こいつ、まさか)
ロランは根拠もなく、ただ直感のみで悟った。
この中位竜は、最初からロラン達が居る事を知っていた。
崖の上から観察していた時に岩がぶつかって声を上げた時か、サロモン達が直接確認に来た時か、おそらくはそのどちらかだ。
この中位竜は、戦闘が終わるタイミングを陽が昇り切る前に調整した
小さな人間が夜の闇に隠れて身体の大きな自分を襲わないように、自分が敵を見失わないように。
この中位竜は、力を隠していた。
単体回復ステージ3は、バダンテール歴に存在した大治癒師たちの中でも最高峰だ。リーランド帝国の大治癒師も、そこまでしか使えない。
だからこの竜も、そこまでしか使えないとロラン達は思った。
(まずい……まずい……まずい……)
駆け出した足は止まらない。駆け出したみんなが分かっている。レナートは分かっていないかもしれない。いや、不味い事は分かっているはずだ。
「うおおおおおっ!」
ロランはアダマント製の長剣を振り被り、スキルを上乗せして中位竜の身体に叩き付けた。
『破断』
裂けろと念じながら放ったロランの一撃が、竜鱗を叩き割って竜皮を浅く裂いた。
『凌破』
『降斬』
『剛力』
『振撃』
中位竜の身体にサロモンのグレートソードが、シモンのカッツバルゲルが、エイデンのアネラスが、レナートのワルーンソードが次々と叩き付けられる。
だが中位竜は立ったまま頭部を高く上げて守り、体内のマナを用いて身体を癒し続ける。与ダメージよりも回復の方が僅かに早く、ロラン達が付けた傷だけではなく下位竜たちから受けた傷まで癒え始めた。
「馬鹿なっ」
『強撃』
竜の頭部に迫ったリリヤの矢が避けられた。
だがその時には、反対側から駆け出していた探索者達が中位竜に到達していた。
『刺突』
祝福45のリュカが、オウルパイクという鋭い槍の先端で竜の巨大な胴を突き刺さした。
その次の瞬間、竜は身体を一回転させて尾で背後の敵を打ち払った。
「ぐああっ」
その攻撃でリュカに続こうとしていたスティーグが中位竜の尾に直撃されて大きく跳ね飛ばされ、身体を竜の頭の高さほどにまで浮かせてから荒れ地に強く叩きつけられた。
叩き付けられた衝撃の勢いは止まらず、吹き飛ばされるといった体で遠くへ転がっていく。
『刺突』
尾の攻撃を避けた祝福42のカファロが、態勢の崩れた竜の身体にパルチザンを突き刺す。
竜は静かな怒りと共に高く上げていた首を捩じりながら、大口を空けてカファロに迫った。
カファロは竜の牙を咄嗟に避けたが、反対側から伸びて来た前足の残った爪に身体をごっそりと抉られた。ロランの脳裏を「あれは助からない」と言う言葉が通り過ぎていく。
「攻撃を続けろっ!」
ここで少しでも怯めば戦線が崩壊し、確実に負けてしまうだろう。
しかも竜の至近に群れた現状では、例え今から逃げたとしても何人かは確実に死ぬ。
(……違う……逃げれない)
竜には折れた翼があり、回復されれば飛んで追いかけられる可能性がある。
そして中位竜は、確実にロランを見据えている。ロランは中位竜から見透かされている。この存在からは絶対に逃げられない。
逃げれば攻めた冒険者だけではなく、安全を選んだ冒険者やベルネット商会の人間まで巻き込んでしまう。命を惜しんだ冒険者たちの理由は全て聞いた。そんな彼らを巻き込めない。
「うおおおぉ!」
振り被って、力一杯振り下ろす。
まだチャンスがある。
竜は戦闘と並行して回復しているために動きが単調で、攻撃されても回避し易く、味方からの攻撃も当てやすい。
だが、その瞬間ロランの全身に鳥肌が立った。
(この転生竜、信念が死を上回っている!?)
神魔時代の記憶など残っていない筈なのに、竜の瞳からは高い知性が感じられた。
(存在が違い過ぎる)
相手の底がまるで知れない。
ロランの脳裏に、ふと『深淵』と言う言葉が過ぎっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
中位竜が頭部を守る為に高く上げていた首を突然振り下ろしながら、鋭く生えた牙でレナートへと迫った。
「うおおおっ!」
竜の顎の力がどれだけ高威力なのか分からないが、人間を鎧ごと噛み千切るくらいは容易に出来るだろう。
もし容易ではないと否定する者が居れば、その身で試してみると良い。
レナートは否定論者ではなかったので、当然の如くワルーンソードから手を離しながら、投げ捨てる余力も惜しいとばかりに全身全霊で大地へと飛び込んだ。
「ぐああぁ……」
竜の牙が、レナートの後ろに居た一般冒険者アニセトの左半身を噛み破った。アニセトの断末魔は急速に力を失い、空気に溶けるように消えていった。
アニセトは身体に突き刺さった複数の牙で沢山の臓器を破られ、竜に噛み殺されるというある意味では冒険者らしい最期を遂げた。
その隙に冒険者達の武器が竜に叩き付けられる。
だが、硬い竜鱗を破って竜皮を裂くにはスキルが必要だ。前衛職である戦士や探索者のマナ量は、後衛職である治癒師や魔導師に比べてはるかに小さい。
竜が既に負っている傷口に剣を叩き込まなければならないのだが、全力で剣を叩き込むと大きく動く竜に思い通りに当てるのは難しい。
それに反撃も来る。
竜の後ろ足が地を蹴るように後ろへ伸び、エイデンの頭部を破壊した。
「…………嘘だろ」
一瞬の出来事で、だがそれは明らかな致命傷だった。
頭部が半分無くなったエイデンは押された丸太のように何の抵抗も無く倒れていった。
エイデンは慎重だったはずだ。大祝福1を越える中では低い祝福数だという事を理解していて、前面に出るのではなく隙を窺って攻める戦いをしていた。
(俺たちの、4格竜への認識が甘過ぎた……)
ロランには、中位竜へと至れる大祝福2の冒険者と会った経験が何度もある。
まずはメルネス・アクス侯爵。人類の英雄だ。
そして4格の転生竜退治の際には、そのアクス侯爵に加えて戦士のフランセスク・エイヴァン、探索者のロランド・ハクンディ、魔導師のオリビア・リシエという3人もの大祝福2の増援があった。
ドリー事件では戦士のクラウス・バスラー、戦士のロータス・ボレルの二人の大祝福2が追跡に加わってくれたし、最終局面ではイルクナー宰相代理にも会って作戦の説明を受けた。
ロランは、その誰と戦っても勝つ自信が無い。
おまけに彼らが転生したとしても、4格竜になれるのはアクス侯爵とリシエ秘書官の二人だけで、後は3格竜にしかならない。
(俺たちはどうしてこんな化け物と戦おうと思ったんだ……間違ってた……)
ベイル王国は4格竜を倒すに際し、アクス侯爵に大祝福2の前衛を2人も加え、後衛にも大祝福2の魔導師であるリシエ秘書官を据え、露払いには複数の騎士団に傭兵部隊まで追加動員した。
大祝福2が4人と、大祝福1を越える百名ほどの副隊長以上の騎士やベテラン冒険者と、数百名の一般騎士や一般冒険者だ。戦力外だが兵士による物資運搬などの支援も行われている。
一方ロランたちは、大祝福1以上が8人と一般冒険者5人。その僅か13人で挑んでいる。
(駄目だ……)
竜が半身だけ後ろに下がり、身体を一回転させながら尾を力強く振るった。
巨大な尾を振るわれ、接近戦を挑んでいた背後の3人がまとめて吹き飛ぶ。
2人は衝撃を殺そうと、自分から後ろに跳びながら尾を武器で受け止めた。祝福45で実力が高いリュカと、少し離れていた一般冒険者のドロテオだ。こちらは直撃を避ける事が出来てダメージも少ない。
だが何の防御も無く直撃をそのまま脇に受けたグラシアノの上半身は軟体生物のように、くの字に折れ曲った。ロランの見た目では明らかに背骨が折れている。肋骨も5~6本は確実に折れて、いくつかの内臓に深く突き刺さっているだろう。もはや助からない。
そうやってロランが気を逸らした瞬間を、中位竜は見逃さなかった。一回転し終えた竜の首が正面のロランへとそのまま伸び、鋭い牙が一瞬の隙にロランへと迫って来た。
ロランは慌てて全力で地面に身を投げたが、初動が大きく出遅れた。
『剛力』
サロモンは、ロランに伸びた竜の頭を右からグレードソードで叩き斬ろうとした。
そんなサロモンの動きを右目で見た竜の首がサロモンへと向き直り、次いで大口を空けながら顔を真横に傾けた。
『速射』
『破断』
スキルを込めた全力で剣を振り下ろしたサロモンの身体を、その左右から迫った中位竜の牙が深く貫いて閉じた。
遅れてリリヤの矢が飛んできて、サロモンの身体を二つに噛み裂いた竜の下顎に上手く突き刺さり、ロランの長剣が竜の頭部を裂いた。
グォオオオオオッ。
中位竜は噛み千切ったサロモンの上半身を吐き出すように放り捨て、頭を上げてロランに向き直った。
そんな中位竜の胴体に、シモンやリュカの攻撃が突き刺さる。
中位竜は、いつの間にか自分への回復を捨てて攻めていた。単調だった攻撃が複雑になり、ロラン達はそれに対する切り替えが出来ていなかった。
『破断』
ロランはリリヤが居るはずの後ろを振り返る事が出来なかった。
ここで後ろを振り返るくらいなら、相手が上位竜でも前を見て攻め続けた方が1万倍マシだと思った。
そんなロランの脇を、リリヤが中位竜へ向かって真っ直ぐに駆け抜けていった。
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ところであなたの名前は?
『ア…………リ…………』
アトリーって言うんだね?
これからよろしくね、アトリー神殿長さん。




























