第07話 判断の場にて
転生竜を狩る際には、転生竜の『強さ』と『性質』と『内包量』を理解する必要がある。
『強さ』は、生前の祝福数だ。
これが高ければ高いほど魂が強くなり、顕現する際の力も強くなる。
顕現する際の力とは、竜の生命力・攻撃や敏捷などの各種能力・身体の大きさ・千差万別の姿形など様々である。
転生竜はスキルを使えないが、戦士からの転生なら攻撃などの身体能力が高く、魔導師由来なら炎や雷などの多彩な攻撃を行える。
『性質』は、生前の冒険者職業やスキルや性格などだ。
その『性質』によって竜核が集める力の『属性』が変わり、竜の近くで採取できる輝石の種類や強さにも偏りが生まれる。
赤色の火力、土色の地力、青色の水力、黄色の電力、緑色の風力、紫色の具現力、橙色の凝縮力、灰色の放出力、白色の生命力、空色のマナ力など。
転生竜の生前の祝福数が高くて、性質の編重が大きいほど高性能な輝石を得られる。
『内包量』は、生前の業だ。
カルマ値がプラスマイナスのいずれであっても、その数値が大きいだけ世界の因子に内包できるエネルギー量が多くて復活回数が多い。
転生竜を倒せば竜骨や竜皮はそのまま得られるが、竜核が具現化するのは顕現の力を使い切る最後の復活の時だけだ。
宝珠都市の創生や破壊に関わらなかった神魔たちは、やがて転生竜と成って永い時を掛けて存在自体に溜め込んだ力を放出して世界へ返していく。
そんな転生竜を倒した冒険者達は、その力を身体に浴びる事になる。
Ep07-07
クーラン王国には、かつてアリシングと呼ばれた都市があった。
今から300余年、多くの冒険者達が強大な妖精族の軍勢と死闘を演じた土地だ。
現在もっとも有力な説は、妖精族の生存圏に人類が進出したからではないかとされている。
妖精族はその身に瘴気を纏い、宝珠都市への特攻を繰り返して宝珠の力を減じていった。
だがそんな仮説を立てたからと言って、実際にはどうしようもない。
神々が創る都市の位置を人間が指定する事は不可能だし、神宝珠が狙われているからと言ってどこかへ持って行く事も出来ない。
根本的には「大地に恵みをお与えになられる神々に対し、単なる一生物である妖精ごときが口を差し挟むなど不遜にも程がある」と言う考え方が根付いている。
またそれとは別に、おいそれと別の地へは持って行けない事情もある。
物理的に神宝珠を運ぶ事が不可能なのではない。神宝珠を勝手に運んだ結果として加護を失う可能性があるから運べないのだ。
仮定してみよう。
都市ブレッヒを創り出した大英雄イヴァン・ブレッヒの神宝珠を、ベイル王国が勝手にどこか別の地へ運んだとする。
すると別の地では、イヴァン・ブレッヒの神宝珠が加護を一切発さなかった。
これはまずいと慌てて元のジデン湖に戻しても、加護が戻る事はもう二度と無かった。このような実例が、過去にはいくらでもある。
都市アクスの第五宝珠を、アクスの地以外に運んでも加護が続くだろうか。
王都ベレオンの第六宝珠をリーランド帝国に運んでも加護が続くだろうか。
過去には加護が持続してくれた神宝珠もあったが、してくれなかった神宝珠もあった。その差はおそらく都市を創った神の意思次第であり、神以外の誰にも確実に他の地へ遷せる約束など出来る筈も無い。
人類は過去に繰り返した失敗の経験から、神宝珠はどこにも動かさない方が良いと学んだ。どこにも動かさなければ、少なくともその地には加護が残る。
それらの事情により、妖精族に神宝珠を破壊させない為に絶対に撤退のできない死闘が各地で繰り広げられた。
死して転生神と成った元騎士すらも妖精族と戦った。
そして妖精族との戦いで力を使い果たした転生神たちは、世界の因子を残して消滅していった。
今ロラン達が切り立った崖の上から見下ろす荒地には、世界の因子が竜核へと変わって誕生した下位竜たちが多数生息していた。
下位竜たちは長年の間に魔物にでも襲われたのか、身体の至る所に様々なダメージを負っている。翼が折られた竜が居たし、その場から動かない竜も居る。
だが今や彼らの前に敵は無く、下位竜たちは荒地を悠々と闊歩し、あるいは堂々と大地に寝そべっていた。
「それが、あの下位竜たちだ」
「リュカさん、詳しいっすね」
ロランにクーラン王国の話をしてくれたのもリュカだった。
「リュカは都市バズライの出身だからな」
それを思い出したロランが指摘すると、リュカを誘ったスティーグが竜に視線を向けたまま平然と口にした。
リュカは言っていた。
『バズライの防壁外側で暮らす者が真っ当に生きるには、祝福を得るしかない。そして金を得るために王都クーランやリーランド帝国に出て行くか、生まれた国が嫌いならば北部連合やベイル王国側に行く』
偵察中だったロランは大声を立てず、代わりに目線でスティーグに抗議した。
バズライ王国出身のリュカがベイル王国で活動している以上、クーラン王国が嫌いな事は明らかだ。リュカの友人であるスティーグが、それを知らない筈も無い。そんなリュカを誘ったのは如何なものかという抗議である。
だがロランの目線を感じたスティーグは、振り向きもせず事も無げに言い返した。
「不慣れな土地で現地出身者を雇い入れるのは、旅の基本中の基本だ。嫌なら仕事を断る自由もある。リュカの自由意思に基づく行動に、ロランが口を出す権利があるとは思えんが」
「…………サーセン」
スティーグの言い分は正論だった。
だがリュカの事情にスティーグは配慮出来るだろうにとの感情が、ロランに不承不承の返事を取らせた。
「見ておこうと思ってな」
そんなロランの態度に、リュカが説明を加える。
「何を見るんすか?」
「変わるベイル王国と、変わらないクーラン王国の差を」
3年で大きく変わった国と、300年変わらない国がある。
目の前で闊歩する転生竜は、変わらない象徴だ。転生竜たちは後続の冒険者たちに未だ倒されず、未だに乗り越えられない。
そうリュカが思った時、変わらない光景が見慣れない光景へと変わった。
「……馬鹿な」
ロラン達の眼下で、転生竜同士が争いを始めた。
先程まで存在しなかったはずの大きな竜が突然顕現し、顕現したと同時に他の竜達を襲い始めたのだ。それと同時に、下位竜たちもすぐさま応戦を開始した。
リュカは慌ててスキルで確認した。
『探索』
探索者は祝福45で『鑑定』と『探索』のスキルを二つ同時に覚えられる。
どちらもマナの流れを読み取る技能だ。
『鑑定』のスキルは、物質が保有するマナの流れを自在に読み取る事が出来て、属性や性質、形成されてからの大まかな年数、瘴気や毒素の量に至るまで様々な情報を得る事が出来る。
簡単に言えばアイテムを調べられる。
『探索』のスキルは、フィールドやダンジョンに流れるマナから地形を読み取り、そこから高純度の輝石や隠し部屋など様々な情報を推測する事が出来るスキルだ。
顕現前の竜核や内側に流れる転姿停滞の指輪までは調べられないが、マナの塊のような転生竜が顕現していれば、当然調べる事が出来る。
一流冒険者の探索活動には、祝福45以上の探索者が欠かせない。
大祝福1と2の中間である45や、あるいは大祝福2と3の中間である76などは、全ての職業が特に強いスキルを得る事が出来る。76の探索者戦闘系なら『暗殺』、76の治癒師祈祷系なら『蘇生ステージ2』などだ。
もっとも、スキルを覚えたからと言ってすぐに使いこなせる訳ではない。
使い慣れて間違いが無くなるようになるまでには熟練を要するので、祝福50でようやく一流冒険者と呼ばれる。
だがロランが見た所、リュカは充分に一流の域に達しつつあるようだった。リュカは探索のスキルを用いて、新たに顕現した転生竜が中位竜である事を確認した。
「あれって、中位竜っすか!?」
「しかも中位の4格だ。だが、なぜ転生竜同士で争っているんだ!?」
突如顕現した新たな転生竜は、下位竜たちよりも二回りほど大きな身体を持っていた。
大地をしっかりと踏みしめられる巨大な4本の足を持ち、背中には飛翔できる程に大きな翼を持っている。そして下位竜の身体を爪で引き裂き、牙で噛みついて振り回す。
「あいつは飛べるのか?」
「あれが飾りとは、到底思えない」
スティーグの疑問に、偵察に同行していた祝福42の探索者カファロが自分の想像で答えた。
大きな翼を生やした竜は大抵身体を浮かせられ、場合によっては空を飛べる。
竜骨は呆れるほど頑丈で、だが非常に軽いというとても不思議な性質を持っている。
軽くて硬い竜骨が骨格であれば、身体を支えて空を飛ぶには最適だ。武器や防具に加工しても良いし、矢や兵器の材料に用いても良い。ベイル王国が大金を出して欲しがるのも当然と言える。
それに竜皮だって最高の布地だ。
自然界に存在する布の中で、竜皮ほど防水・耐熱・耐刃などに優れた素材は殆ど存在しない。人工的に創っても竜皮を上回る事は至難の技だろう。
問題は竜の重い胴体だが、竜骨と竜皮があれば空を飛ぶのはそれほど難しくない。
『グォオオオオオオオッ』
スキルならば威圧に属するであろう雄叫びがその中位竜から発せられる。
わりと千差万別な中位竜の姿をあえて例えるならば、死者の魂を背に乗せて運ぶと言うニーズヘッグという竜に似ていた。
身体に現れている属性の色は、生命力に属する白色と、魔力抵抗力に属する緑色が特に強い。
「生前は大祝福2台の治癒師祈祷系か」
治癒師が由来の転生竜は厄介だ。
生前に炎のスキルを持った魔導師だったならば、転生竜という存在はスキルを使えなくとも代わりに体内のエネルギーを用いて周囲を焼き払う炎を吐ける。
そして仮に5万のエネルギーを持って顕現したとするならば、5万のダメージを与えれば倒せる。回復が出来ないので10年に1度1万ずつダメージを与えても、50年で倒せる計算だ。
そして生前が治癒師祈祷系ならば各種の戦闘能力は同格の竜に比べて低いものの、体内エネルギーを用いればダメージを回復する事が出来る。
これは人にとっては非常に厄介だ。
仮に5万に近いダメージを与えて逃げられたとして、転生竜に5000のエネルギーを用いて生命力を全て回復されたとする。
すると5000の消費エネルギー自体は根本的に失うが、生命力は4万5000まで回復する。その消費効率は高位の治癒師ほど高い。
スキルと違って多少は時間がかかる回復が出来ないように速攻で攻めるなり、逃がさないように最初から竜の巣で戦うなり、あるいは地道にダメージを与えていけばどの道倒せるのだが、倒し切る事の困難さは他の竜を圧倒的に上回る。
後ろから襲いかかった下位竜の1頭が、中位竜の大きな翼の一部を爪で鋭く裂いた。
翼を裂かれた中位竜は雄叫びを上げて下位竜に振り返り、その首筋に喰らい付く。そして自らの首を振りながら、下位竜の首を捥ごうとした。
ガンッ。
「うおっ!?」
砕かれた岩石が飛んで来て、大きな音を立てて弾かれた。
巨大な竜同士の争いの余波がロラン達の居る崖にまで及ぶが、その戦いはまだ始まったばかりだ。
治癒師由来の中位竜ともなれば相当しぶといが、回復を除く各種能力は他の同格の竜に比べてかなり低い。そして相手をしている下位竜は最初から傷付いてはいるが15頭もいる。
竜たちの戦いは当面終わりそうにない。
「一度本隊の所へ戻るぞ」
リュカの提案に反対する者はいなかった。
転生竜同士の争いを目にして受けた衝撃をなんとか切り替えながら、ロランたちは崖の上から急ぎ本隊へと戻る。
偵察は探索者の仕事だ。
祝福45の探索者リュカ、祝福42の探索者カファロ、祝福が38に上がった探索者スティーグ、この3人がサロモンに偵察を指示されて転生竜たちを観察した。
そしてロランも、後学の為に偵察に付いて行けと言われた。
冒険者活動を引退間際のサロモンは、ロランに様々な経験を積ませようとしているようだった。馬車での移動時にはロランが多くの経験値を積めるように囮に配属させ、経験の高い者を周囲に付かせた。
(やっぱ、20代半ばで引退は早いよな)
スティーグがさっき言った通り、サロモンの自由意思に基づく行動ではあるが。
思考しながら駆けていくと、すぐに本体に辿り着く事が出来た。
「ご苦労だったな」
「相手は身体のでかい竜で、隠れたりもしないから観察するのは容易だ。ここまでの旅路の方が大変だったくらいだ。だが、おかしな事になっている」
最初にサロモンがねぎらいの言葉を掛け、リュカがそう返した。
使われていない大街道には魔物が蔓延っており、負傷者もこれまでの旅の比では無かった。いかに大祝福2の冒険者であろうとも、この地へ1人で来れば夜の間に魔物の胃袋の中に収まっているだろう。
そんな奥地の崖の上から見下ろした荒地には、転生竜の群れが屯していた。リュカ、カファロ、スティーグの順に偵察内容を報告する。
「順に説明する。まず転生竜の数だが『探索』のスキルで荒れ地のマナの流れを読んだところ、4格竜が1頭、2格竜が4頭、1格竜が11頭だった」
「念の為に目視でも数えたが、リュカが読み込んだ数と一致した。だが開けた土地だとは言え、他から新手がやって来ないとも限らない。逆に立ち去るかもしれんがな」
目視で数えたのはカファロだ。
平時に大量の竜のマナを読み取る事など無いので、何かしらの読み間違いが無いとも限らない。
カファロは丁寧に1匹1匹の身体的特徴を確認し、身体の大きさから顕現した時の力の強さを読み取り、リュカの読み取った情報との誤差をすり合わせていった。
「他に主だった魔物は居ない。転生竜ばかりが好き勝手に屯していた」
スティーグは数以外の情報を集めた。
魔物は竜肉が美味しそうだからと言って勝てもしないのに竜に近寄ったりはしないだろう。
大祝福2を越える巨大アラクネのような魔物なら下位竜を麻痺糸で縛って捕食するかもしれないが、特殊能力を持たなければ大祝福2でも襲ったりはしない。他にもっと狩り易い獲物は沢山居るのだ。
一方転生竜も世界の力を溜めて顕現する特殊な存在で、餌を殆ど必要としない為に魔物を率先して襲ったりはしない。
よって転生竜の周囲に魔物の姿は無かった。
「後は、輝石も沢山落ちているな」
『探索』のスキルで荒れ地を読み取ったリュカが付け加えた。
「輝石の方は、どのくらい落ちているんだ」
「輝石は沢山だが、質には期待しない方が良い。上位竜が居る訳でもないし、そもそも洞窟のように地形にマナが溜まる訳でもない」
「そうか、だが細かい分配にはむしろ都合が良い」
戦いの前に分配を決めておくのは基本中の基本だ。
経験値に関しては、魔物を倒した冒険者に直接入るので問題ない。文句があるなら頑張って魔物を倒せばいいのだ。もっとも、この考え方こそが治癒師の祝福が上がり難い一因でもある。
ベルネット商会から支払われる報酬に関しても問題ない。祝福数によって報酬はあらかじめ定められており、文句がある奴はそもそも契約をしていない。
問題は、獲得した竜核と輝石の分配である。
雇用側のジョスラン・ベルネット氏のオーダーは以下の通りだ。
【依頼目的】
・クーラン王国の西部に屯している転生竜の竜皮と竜骨を獲得すること。
【要求内容】
・都市アクスから依頼主を護衛してクーラン王国の現地まで赴き、転生竜を倒して竜皮と竜骨を依頼主に引き渡し、その後都市アクスまで護衛せよ。
【その他】
・冒険者が獲得した竜核は、冒険者に与える。
冒険者分配だが、これは揉めないように最初から祝福数に応じた分配比率を決めてある。
転生竜と戦闘する大祝福1を越える冒険者18人がそれぞれの祝福数に応じてではあるがかなり多めになっていて、一般冒険者19名がおすそ分け程度、新人冒険者7名はお情け程度。
揉めそうな大祝福の18人に関しては、分け前を上手く分け切れなければ竜核を売り払って金で比率に近い分配が出来るように取り計らう予定だ。
だが得られる輝石の数が多ければ、竜核を売らずになるべく公平な分配を行う事が出来る。輝石が多いのは好都合だった。
サロモンは都合が良いとばかりに笑みを浮かべ、最後に回された時間がかかるであろう本命の報告を聞く事にした。
「ところでおかしな事とは何だ?」
それはこれまでに充分な経験を積んで来た大祝福1の冒険者たちですら判断に困る報告だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本来ならば、転生竜の数と種類を確認するだけで良かった。
転生竜の数が少ないようならば逃がさないように包囲してから襲い、多いようならば崖の上などから遠距離攻撃を行って何頭かおびき寄せるという計画だった。
だが単純ならざる状況において、その計画は白紙に戻された。
百聞は一見に如かず。
転生竜たちの戦況を確認する意味も含めて、祝福40を越える8人の中でまだ現場を見ていないサロモン達5人が、リュカに伴われて再偵察を行った。
そして状況が全員に伝えられた。
「と言う訳だが、俺たちはジョスラン・ベルネット氏に雇われて行動している。大前提は『転生竜を倒して竜皮と竜骨を依頼主に引き渡す事』で、これが破たんする行動は何であれ認められない。まさか大前提に文句がある奴は居ないだろうな?」
サロモンの念押しに対する不満は一切出なかった。
普通に考えれば、中位竜が居る時点で即座に逃げるべきだ。中位竜ならば獣人大隊長と同等の戦闘力を覚悟しなければならない。
転生竜は獣人補正の代わりに竜補正で生命力が高く、高威力のスキルの代わりにエネルギーを用いた低威力の特殊攻撃を連発できる。獣人と比べてもなんら遜色ない。
4格竜ならば金狼の娘イリーナくらいだろうか。
もし正面から戦って勝ちたければ、昨年ついに祝福76を越えたというメルネス・アクス最高司令官辺りを連れて来なければならないだろう。
「よし。普通に考えれば逃げるべきだが、一考に値するのは最初の偵察の際にその4格竜は死んでいて、倒したのがどうやら下位竜たちらしいという点だ。しばらく放置しておけば、また下位竜たちが4格竜を倒すかもしれない。おまけにダメージも負ってくれる」
「……おおっ」
何人かの冒険者から安堵のため息が零れた。
万全の状態の竜を倒すのはかなり困難だが、誰かがダメージを与えてくれた竜を倒すのはそれほど難しくない。
「もし4格竜の方が勝ったらどうなるんだ?」
「それでも相当のダメージは負っているだろう。問題は相手が治癒師由来の竜で、放置すればダメージを回復してしまう点だ」
エイデンの疑問に、最初の偵察に加わったカファロが答えた。
もし4格の側が治癒師由来でなければ竜たちの戦いに決着がついてから対応を決めても良いが、あの4格は放置すればやがて力を回復させてしまう。
襲うつもりなら、下位竜たちが負けた直後に行かなければならない。
そこで、祝福数がまだ24のレナートが手を上げた。
何人かの冒険者が、転生竜退治に加わらない奴が手を上げるなと眉を顰めたが、サロモンは意見を認めた。
「言ってみろ」
「竜同士が何度も争っていると言う事は、過去に滅ぼされた転生竜の竜核も落ちているだろうか?」
「可能性はあるな。だが保証は無い。それで?」
「現時点で転生竜は最低でも16頭いる。大祝福1が18人いるから竜核の分け前は無いと思っていたが、それ以上に手に入る可能性もあるわけだ。俺も退治に加わらせて欲しい。竜核の配分順位はもちろん19番目で良い。絶対に手は抜かないし、弱いから輝石の分配も当然いらない」
「……お前は4格の強さを理解しているか。俺たち18人に死人が1人も出ないなら、俺は最初から相談なんてしないで攻めるぞ」
中位竜1頭と、下位竜15頭という釣り合った戦力同士が争っていた為に、漁夫の利を得る絶好の機会が到来していた。
だが、どんなに楽な状況になったからと言っても、下位が残れば兎も角として4格が相手なら死人が出ないとまでは考えられない。
中位竜のダメージを見て自分達が倒せない程ならもちろん攻めないが、倒せるとしても2~3人は死ぬだろうし、攻撃隊が半壊しても不思議では無い。
だから4格に攻撃する場合でも、降りたい奴は降ろすつもりだ。その際には竜核や輝石の分け前は一切出さないが、ベルネット商会の人間を守って竜骨や竜皮を運べば依頼主からの報酬は当然出る。
「大祝福になってから参加した方が遥かに安全だと言う事は、もちろん分かっている。だが、6人でパーティを組んで倒しても得られる可能性は6分の1だ。相手が滅びて竜核を落とすとは限らないから、確率は18分の1かもしれない」
「それでも18回倒せば、死なずに得られるぞ」
「獲物の奪い合いだから、竜の出現情報が入ってから都市を出発しても出遅れる。都市外で1年に1頭と運良く出会えるとしても、俺の側が常に6人パーティとも限らない。相手が1格とも限らないし、その前に死ぬかもしれない。冒険させて欲しい。責任は自分で取る」
「……良いだろう。4格が残った場合の戦闘参加は、祝福20以上の者は自由意志とする。それ未満は邪魔だから来るな」
「感謝する」
サロモンは、レナートが加われる範囲で上手く下限のラインを引いた。
祝福20は騎士になれる一人前の冒険者の強さだ。そこまで上がっているならば、強さと同時に責任も求めて良いだろう。
「それと、作戦を組む為に意思は先に表明してもらう。竜核と輝石は竜を倒さなければ拾いに行けないから、分配も当然参加者だけだ。だが契約通りに竜骨や竜皮を運べば、ベルネット商会からの報酬は当然出る」
個々の判断の為、しばらく時間が取られる事となった。
そして結局、祝福40台の冒険者は8名中3名が降りた。
「後悔は無いな?」
「俺は転姿停滞の指輪を装備している。金にも困っていないからな」
「3格なら行ったが。安心しろ、お前が死んでも依頼主はきちんと守る」
「妻と子供が居るからな」
祝福49のサロモン、祝福46のロラン、祝福45のリュカ、祝福44のリリヤ、祝福42のカファロの5名が参加する事と成った。
祝福40台ならいくらでも楽に生活できるので、本来は無理をする必要など無い。
サロモンは祝福数が一番高い責任者として指揮と状況判断をする為、あるいはロランが参加すると見越してか、リリヤとの生活の為か、それら全ての要因を含めて参加を決めたようだった。
ロランはレナエルの指輪などを考えて見送るはずもなく、リュカは故郷に何かしら思う事があったらしく、リリヤは弓と毒を使ってサロモンのフォローをすべく参加を決めた。
カファロの事情に関してはロランには分からないが、危険を鑑みてもなお参加するメリットの方が上回ったのだろう。
祝福30台の冒険者は、10名中7名も降りた。
「俺は運が悪いんだ。参加しても間違いなく死ぬから参加しない方が良い」
「せっかく大祝福を越えて人生バラ色なのに、ここで万が一にも死ねん。いや、二が一か。コインの裏表に自分の命を掛けるようなものだ。当たれば人生分くらい稼げるだろうが、外れれば自分の命だ」
「やり残した事が沢山ある。生きていれば叶うから焦るつもりは無い」
「俺も妻子が居る。本当は参加しようと思ったが、それを聞いて止める事にした。後悔は無い」
「妻子は居ないが親が居る。いや、親なんて血縁の有無を問わなければ誰にでも居るだろうが、親が居ると言う理由だけで充分だろう。親より先に死ぬと、三途の川の河原で石積みだ」
「5年前なら考えたけど、今は良い時代だ。命が惜しいと思う」
「竜核や輝石はもちろん欲しい。だから成功すれば参加しなかった事を後悔すると思う。だが……見なかった事にしよう。祝福を得られた時点で、他の人間よりも恵まれているし上を見ればキリが無い」
辞退を表明する冒険者の数は、ロランが考えていたよりもずっと多かった。
参加したのはリュカを誘った祝福38のスティーグと、そのスティーグやリュカとは仲間のシモンと言う祝福39の戦士と、転姿停滞の指輪が欲しいと言っていた祝福32のエイデンだけだ。
だが辞退の理由を聞いたロランは、彼ら全員にそれぞれの人生があり、共に歩む人が居て、様々な想いや事情があるのだと学んだ。
これで4格が残った場合に戦闘が成り立つのかと思ったロランだったが、大祝福越えの冒険者はまだ8名も居る。
2パーティに分けて左右から攻める事も可能だし、下位竜たちが先に攻撃して相手を削ってくれている。だからこそ攻めるのだ。
一般冒険者19名のうち祝福20を越えている冒険者は9人だ。彼らのうち半数を越える5名が参加を表明した。こちらはロランが考えていたよりもずっと多い。
若者は生き急ぐ。目の前に大きな報酬を示されれば、経験が浅ければ判断を間違えてしまうのだとロランは理解した。
このような状況で慎重に行動した冒険者がより多く生き延び、先程辞退を表明出来た大祝福の冒険者へと至るのだろう。
思い返せばロランも何度か馬鹿な事をした。魔獣、スキュラ、魔族、運が良くなければその戦いのどれかで死んでいた。今回の判断も間違っていないとは限らない。そしてあの時とは違い、自分にはレナエルやレオノーラが居る。
ロランは迷い始めた。
だがその時、全員の意思確認を終えたサロモンが転生竜討伐の作戦開始を告げた。
「よし。では夢を叶えに行こうか」
























