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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第二部 第七巻 改革の導き手(11話+エピローグ) 結の章

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第05話 旅路にて

 深い青色の空に、真っ白で大きな積雲がふわりと漂っていた。

 そんな眺めていると心が吸い込まれそうになる美しい冬の空の下で、無数のゴーレムによって造り出されたバダンテール大街道を、一路北へと進む馬車の一団があった。


 合計14台にも及ぶ馬車隊の大集団である。

 だがその隊列は少々風変わりだ。14台のうち1台の馬車だけが、本隊から大きく突出して先行しているのだ。

 このような事をすれば、孤立した馬車が魔物に襲われてしまう。

 兵力分散は、愚か者の所業である。

 だが、少しだけ考えて欲しい。

 いくら兵力分散が愚かだとは言っても、まさか戦闘集団と輸送隊を同時に戦わせる者はいないだろう。

 大祝福1を越える冒険者1人は、祝福を得ていない一般人100人に確実に勝る。祝福20の騎士1人ですら、一般人100人と戦えばおそらく勝てるだろう。

 北進する一団は、軍では無く民間の馬車隊であった。個々の戦力がまるで違う商人と護衛の冒険者を並べて戦わせる方が馬鹿げている。

 それに彼らの敵は、軍隊では無く魔物である。

 魔物が囮に向かって行ってくれれば、残る馬車には損害が出ずに済むのだ。


 怖いのは、馬車が停車して視界が悪い夜の方だ。

 昼間は大街道を直進するので、進路上の敵しか恐れずに済む。

 敵が襲ってくる方角が最初から分かっているので、戦力を前面に集中して駆け抜ける事が出来る。

 昼ならば、経験の浅い冒険者ばかりでも戦力さえ勝っていれば魔物に負ける事は無い。

 逆に夜の護衛には、闇夜での一瞬の油断が全滅を招く事を充分に理解している熟練者を多数配置する。



 先行する1台の馬車に乗っていた冒険者の一人が、身体を傾けて右手に掴んだハルトナー信号弾を振り絞り、全身を撓らせるようにして天高く上空へと投げ飛ばした。


「ぬぉおおおっりゃあ!」


 ハルトナー信号弾は回転しながら上昇して行き、上がり切った所で黄色の閃光と共に破裂した。

 信号弾の制作者である錬金術師ウィズ・ハルトナーは、使用法に投げ飛ばすと書いた覚えは無い。だが道具など、現場が使い易いように使うものだ。

 そんな現場の冒険者によって投げ飛ばされ炸裂した黄色い光は、後続の13台の馬車からも充分に目視できた。


「全車停止!」

「全車停まれ。本隊に属する第一隊は周囲を警戒」


 集団に44人居る冒険者は、3つの隊に分けられている。


 第一隊の19名は、朝方から夕方までの護衛を担当する。

 第二隊の18名は、夕方から朝方までの護衛を担当する。

 第三隊の7名は、下働きとして炊事や雑用を担当する。


 彼らは担当外の時間には、単に飯を食って寝ている。つまり、第二隊と第三隊は現在も馬車内で休んでいるのだ。

 箱馬車に遮光カーテンまで引いて完全に安眠状態だ。夜の安全や炊事要員が欲しいのならば、魔物が出たからと言って彼らを起こしてはいけない。

 と言う訳で、先行している8人が戦闘に入ったと同時に、本隊を守っている11人は各々の武器を手にとって停車した馬車の外に出始めた。 


「先行隊、戦闘に突入しました」

「敵種は、数は!?」


 淡々としたスティーグの報告に対し、ジョスランは緊張気味に問い返した。

 即座に殲滅出来るような相手になら、わざわざ貴重な信号弾を使ったりはしない。簡単に蹴散らせる相手ならば前衛が馬車を停車させた時に本隊も停車して、前衛が動き出せば本隊も動けば良いだけだ。

 前衛が魔物を撃ち漏らして本隊に行く危険がある時にだけ信号弾を使う事になっている。


「リュークロコッタ、7頭」






 Ep07-05






 リュークロコッタという魔物の姿は、ハイエナとライオンのハーフだ。

 もちろんハイエナとライオンの間に子供が生まれるはずも無いのでリュークロコッタは両種族の混血種では無い。外見が似ていると言うだけだ。

 大きさはロバほどもあり、平地を駆ける速度はライオンよりもずっと早い。

 食性は肉食で、おまけに群れる。個体の強さは祝福29と大祝福1の間ほどもあり、連携するとなお厄介だ。

 冒険者協会は、大祝福に満たない冒険者はリュークロコッタへ絶対に近寄らないようにとの注意喚起を出している。

 だが、大祝福1の冒険者ならば2頭同時に対処できる。


 リュークロコッタが左右に飛べるように低い態勢のまま大地を疾走し、ロランの元へと迫って来た。

 ここまで至っては、威嚇の声など絶対に出さない。獲物を狩るべく、ひたすら全力で駆け抜けてくる。


 (……早いな)


 弱い野ウサギですら時速70kmで野原を駆ける。

 4本足で駆ける獣を相手に、2本足の人間が勝てる道理も無かった。


「と言うのは、一般人の理屈だけどなっ!」


 飛び掛かって来たリュークロコッタに合わせてロランは力漲る脚力で大地を蹴り飛ばし、等速で身を引きながらアダマント製の長剣を素早く振るった。

 等速で長距離を駆け抜ける事と、力任せに出す一時的な瞬発力とはまた別である。

 リュークロコッタは着地までの間にロランの剣で肩口を深く切り裂かれ、着地と同時に大地を滑るように転げながらロランから離れていく。


 グォオオッ。

 仲間を守るべく唸り声を上げた2匹目が、反対側から鋭い爪を伸ばしてロランに襲いかかって来た。


「はああっ!」


 身体を反転させたロランは剣を突き立てるように正面に構え、腕力で以ってリュークロコッタの突進を正面から受け切った。


 ザシュッ。


 剣先が2匹目のリュークロコッタの頭部の僅か下、首の辺りから綺麗に突き刺さって胴へと入っていく。

 ロランはその瞬間、わずかに剣先を逸らして攻撃を心臓へと導いた。


「くおおっ」


 差し込んだ剣を引き寄せ、腰を沈めて抱えこむようにリュークロコッタの身体を引っ張り、そのまま剣を振るって刺さったリュークロコッタを大街道へと投げ飛ばした。

 2匹目の敵は完全に仕留めた。

 真っ直ぐ向かってくる獣に対する恐れなどロランには無い。

 なぜならば、襲いかかってくる敵の動きがロランにはスローモーションでも掛かっているかのようにゆっくりと見えているからだ。

 自身が剣を伸ばす動きも、それを避けようとする敵の動きも、周囲で動き回る敵味方の動きも、世界の動きの全てが低速に見える。そしてそんな周囲の動きに対して対応を考える時間も、適切に対応する時間も充分にある。


「はぁっ!」


 味方に迫っていた3匹目のリュークロコッタに対しては、ロランが自ら駆けて向かって行った。

 敵がロランに警戒するだけでも、味方が対処する時間を稼ぐ事が出来る。

 囮部隊の8名は全員が冒険者だ。6名が魔物を狩る役で、2名が馬を守る役。味方の被害は考えなくても良いので、ロランは味方の損害を考えずに自由に動く事が出来る。

 本隊を守って増援の判断をするのはベテランのスティーグだ。

 彼は本当に危なくなれば寝ているサロモン達を蹴り飛ばしてでも叩き起こすので、後続に対する不安も全く無い。


 グオオオッ。

 3匹目のリュークロコッタが素早く進路を変え、速度を殆ど落とさず唸り声と共にロランへと迫って来た。

 ロランは剣を正眼に立て、交差する瞬間に敵の攻撃を右に飛んで交わしながら視線をリュークロコッタに向け、その脇腹に剣を力一杯振るった。


「ちっ」


 剣にリュークロコッタの突進の重さが伝わってくる。

 ロランの無茶な戦い方に合わせて打ち直されたアダマント製の長剣はこの程度の衝撃では殆ど痛まないが、これまで剣を見てくれた鍛冶屋のツェザール・ベルガウが引退してしまった今、修理を依頼する鍛冶屋の当ては無い。


「ああ、どうしたものか」


 ロランは孫娘のモニカを思い出してしまった。あの日以来、なぜか極端に懐かれている。

 モテ期到来の、なんとタイミングの悪い事か。せめてレオノーラと違う都市所属なら良かったものを。

 冒険者は1つの都市に長く住むべきではないのかもしれない。


「いかんいかん。戦闘中だ」


 世界が遅く感じられても、思考を無駄に使っては意味が無い。ロランは雑念を振り払い、脇腹を裂いたリュークロコッタの状態を素早く観察した。

 果たして3匹目のリュークロコッタは、脇腹が割かれて腹から腸が飛び出ていた。腸を引き摺りながら駆けているが、次の瞬間には後ろ足と爪で伸びた自身の腸を引き裂いてしまう。


 (あれは放置しておいても良いな)


 味方がトドメを刺してくれるか、逃げても長くは保たないだろう。

 それに味方との連携を無視して経験値漁りばかりしていると、冒険者仲間から信頼されずに結局損をしてしまう。


「4匹目は……と」


 生き物を倒し切るのは容易ではないが、打撃を与えるのは簡単だ。

 ロランは祝福46にして、強力な武器を持つパーティの攻撃力である。馬車の護衛と言う目標に対して最善の行動をとるならば、リュークロコッタに対しては攻撃力の高いロランが打撃を与えて撹乱し、その合間に味方がトドメを刺すのが合理的だ。


「おりゃあっ!」


 ロランは4匹目のリュークロコッタに襲いかかった。

 既に襲う側と襲われる側が入れ替わっている。

 もちろんリュークロコッタは、そこまで弱い相手では無い。もしロラン1人でリュークロコッタ7匹と戦えば、ロランは間違いなく負けるだろう。

 だが、味方は8人居る。戦力の読み間違えがリュークロコッタ達の敗因だった。

 4匹目の背を浅く裂いたロランだったが、リュークロコッタは敵わないと見るや逃走を開始し始めた。


「よし、追撃はするな。怪我をした奴は申告しろ」

「早過ぎて追えないし。そもそもなんで襲って来たんだか」


 魔物同士にも縄張りや生息域がある。

 もしもリュークロコッタに子供が居て周辺の餌が不足していたならば、馬車1台なら襲おうと考えるかもしれない。


「軽傷1名で戦果3匹、まずまずだな。ロラン、戻って来い」

「ういーっす。ところでリュカさん、リュークロコッタって部位売れなかったっけ?」

「一体どの部位を何に使うんだ。肉食の魔物は肉も獣臭くて不味いぞ。例外は、世界の力を集めて顕現する転生竜くらいか」

「ちっ、売れないのか」


 リュカはスティーグの友人で、祝福45の探索者戦闘系だ。年齢は20台後半で、スティーグよりもさらに数年ほど多くの経験を積んでいる。

 そして何より、探索者が祝福45で覚えられる『鑑定』のスキル持ちである。

 鑑定のスキルは物質が保有するマナの流れを自在に読み取る事が出来て、属性や性質、形成されてからの大まかな年数、瘴気や毒素の量に至るまで様々な情報を得る事が出来る。

 祝福45は戦士系なら騎士団長になれる祝福数だが、探索者にとっても一生食うに困らない高度なスキルを得られる到達目標の一つである。スキルを持っていれば貴族のお抱え鑑定士にだって容易になれる。

 そんなリュカが『売れない』と言うならば、本当に売れないのだろう。

 全身が1Gにもならないと言う訳ではないだろうが、血の臭いを撒き散らして魔物を引き寄せる訳にはいかない。そして角のように簡単に切り取れる部位も見当たらない。やはり金にするのは難しそうだ。

 ロランはアッサリと諦めて馬車に戻った。


「出発する。レナートは馬車内で手当てしてもらえ。代わりに馬を操るのはエイデン。次の戦闘ではエイデンが馬を守れ」

「悪いな」

「おう」


 祝福45で優秀なリュカは戦闘指揮や後続への増援要請判断のために囮部隊に配置されている。ちなみに冒険者全体の配置を考えたのはサロモンだ。

 肉体派のサロモンだが、もう少しで将軍に手が届く祝福数と言うのはやはり伊達では無い。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 冬は陽が落ちるのが早い。

 ベルネット商会の馬車隊は充分な時間的余裕を持って、キャンプの準備に入った。

 水場にテントを設営し、充分な焚き木を集め、馬は繋いで水と餌を与え、馬車を二重に並べて、非戦闘員と昼間に戦った冒険者は内側に配置する。

 木々の間に鐘を付けたロープを張り、何かが接近すれば警戒の鐘が鳴るように準備する。魔物が踏めば引っ張って木にぶら下げる引き綱も張る。

 その間に下働き代わりとなる新人冒険者は炊事の準備を始めた。


 ロランが乗り込んでいるベルネット商会の馬車隊は14台で編成されている。

 内訳は4頭立て箱馬車が1台、2頭立て箱馬車が3台、4頭立て幌馬車が4台、2頭立て幌馬車が6台だ。

 これは本来ジョスラン・ベルネットが自由に動かせる馬車数からは大きく逸脱している。

 そもそもベルネット商会の商売を継続している以上、通常の便を無くす事など出来ない。そして仮に普段から余らせている馬車が沢山あれば、持っている財産を有効活用できていない無能商人のそしりを受ける。

 ジョスランは通常便を最低限に減らし、新たな馬や荷台を買い足し、馬車を操る御者を各馬車に分乗させ、御者の経験がある者を新たに雇い、そうやってようやくこれだけの数をかき集めたのだ。

 幌馬車は、幌を外せば荷馬車となる。竜素材のように大きな荷物を運ぶには打って付けだ。


 逆に人員の方は、厳選して動員した。

 ベルネット商会の職員4名、御者15名、冒険者44名。合わせて63名の集団だが、ジョスランは彼らを編成するのに相当の苦心をした。

 非常時に馬車を操れる冒険者を増やし、本来居るべきはずの下働きを一切随行させず、下働き代わりとなる新人冒険者7名を高値で雇った。そして最大の特徴として、大祝福1を越える冒険者を18名も確保した。

 これがいかに非常識かと言うと、人口5万人の第一宝珠都市で大祝福以上の冒険者は平均25人だと言えば伝わるだろうか。辺境の一地方都市の有力冒険者の大半を抱えるに等しいのだ。

 しかも祝福50を目前にしたサロモンを筆頭に祝福40台が8名も居て、祝福30台もスティーグのように充分な経験を積んだ冒険者が10名ばかりいる。

 19名の一般冒険者も夜の警戒や時間稼ぎにはなるし、7名の新人冒険者も冒険者支援制度によって立派な装備を身に纏った連中なので一般人より遥かに強い。


 冒険者には横の繋がりがある。

 最初に一人の高位冒険者を確保して、そこから次々と仲の良い冒険者を紹介してもらえば人員はすぐに集まる。

 もっとも、ジョスランが出した条件も良かった。

 王国が出した依頼は竜骨や竜皮などの収集で、竜核はその対象外だった。

 倒した竜の竜核、あるいは現地で拾った竜の竜核は報酬として与えると言う条件を出した結果、大祝福を越える冒険者だけで3パーティを編成できる程に冒険者が集まった。

 現にロランが祝福37のスティーグを誘ったら、スティーグはその日のうちに祝福45のリュカを誘ったのだ。

 正規の形で冒険者依頼を出すよりも早くて、顔見知りの紹介なので信用でき、冒険者同士の連携も上手く行く。良い事尽くめである。


「ロラン君も随分と頼もしくなったな。最初に出会った時には、まだ祝福19だったかな」


 キャンプの設営を続ける周囲を見渡しながら、ジョスランは隣に居るロランにそう声を掛けて来た。


「まだまだ指揮とか出来ませんけどね」

「君が3年でそこまで出来たら、冒険者の先人たちが10年や20年をかけて一体何を学んでいたのかと逆に言われるだろうね」


 冒険者全体の指揮は、高位集団に声を掛けたロランでは無く冒険者の中で祝福数が最も高いサロモンが執っている。

 ちなみにジョスランの要求は「目的地まで被害最小限で移動したい。詳細は任せる」で、サロモンの返答は「分かった。任せておけ」だった。

 素人は細かい事にまで口を差し挟まず、希望だけを簡潔に伝えれば良い。

 早く着きたいであるとか、この荷だけは絶対に守りたいであるとか、そういった分かり易い要求があれば冒険者は高い自由度を活かし、知恵を使って最大限上手く行くように取り計らう事が出来る。

 冒険者に依頼する事に慣れているジョスランは、サロモンの祝福数と経験年数を聞いてそう指示を出した。

 そしてサロモンは馬車数と各冒険者の祝福数を把握すると、馬車を二列縦隊にして冒険者を適正に応じてバランス良く配置した。

 結果は上々で、被害らしい被害は全く出ていない。


「いや、なんか運が良かったって言うか。先輩冒険者が色々教えてくれたんスよ」

「商人の世界だって先輩が後輩に指導するよ。もちろん先輩の指導が正しいとは限らないから、そこは自分で取捨選択しないといけない。でも、だからこそ人は先人よりも進歩する余地があるのさ」

「なんか、ジャニー商会への恨み事を言っていた時とはまるで別人っすね」

「ジャニー商会め!」

「なんでそんなに憎いんスか」

「おおっ、よくぞ聞いてくれた!」


 ジョスランのとても長い演説が幕を開いた。

 依頼者の演説が正しいとは限らないので、そこは自分で取捨選択をしないといけない。

 相手への質問を間違ったロランは、ジャニー商会とベルネット商会との商売上の戦いの歴史を3分の1ほど頑張って聞き、演説に感情が交じった所からは適当に聞き流した。

 こういった失敗も一応は経験である。

 ロランは、また一つくだらない経験を積んだ。

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