第04話 ベルネット商会にて★
冒険者ロラン・エグバードが半契約状態にあるベルネット商会は、都市間輸送を生業としている。
そもそも、なぜ都市間輸送が行われるのか。
それは都市アクスのような大都市ならばともかく、第一宝珠都市や第二宝珠都市のように土地の狭い小都市が自力で行える産業には限りがあるからだ。
第一宝珠都市は、辛うじて衣食住が賄える程度の環境を形成している。
だが、高度な文明を維持する人間は、決して衣食住だけで生きるにあらず。
鉱山が近ければ鉱物を掘り、国境が近ければ貿易の中継地に成り、天然資源も流通の利も無ければ例えばワインの産地などと自称して商品に付加価値を付け、そうやって売る物を手に入れて不足する資源や商品を他の都市から買っている。
第二宝珠都市は、自給自足に加えて何か一つくらい産業を作り、それを他の都市に輸出する事で代わりに都市が不足するものを手に入れている。
例えば第二宝珠都市エマールなら、良馬の産地として有名だ。そうやって自分の都市で作った何かを売って金を稼ぎ、他からは貴金属や武器など不足する物を買う。
都市ではなく人間と言う単位で考えても、一人が出来ることには当然限界があって様々な仕事を分業している。
そして自分の仕事の成果を貨幣に換え、他人の仕事の成果を貨幣で得るのだ。
都市間輸送は、このような経済活動の一翼を担っている。
ベルネット商会は都市が作った商品を他の都市に運ぶ過程で、魔物や盗賊に襲われて命や荷を失うリスクを人々の代わりに背負い、その仕事と引き換えに危険料込みの大きな運賃を得ている。
近年は特に忙しい。
徴兵制度が無くなり、難民が都市民に組み込まれ、王国の労働人口が爆発的に増えて経済が活性化した。これは学校制度の強化で減った子供の労働人口を併せて鑑みても、労働力は大きく増えている。
工場制という新たなシステムが各都市に次々と導入され、商品の質が高まると同時に生産量自体も一気に増えた。
そしてなにより、リーランド帝国と北部連合の戦争だ。
イルクナー宰相代理は、徴兵兵士6万9千人分の3分の2にあたる4万6千人分の武具をリーランド帝国に輸出した。ちなみにベイル王国の専属兵士は数年の間に3万4500人から5万7500人にまで増員されており、残る装備はこちらに充てられている。
そうやって稼いだ外貨も騎士強化に充てられるのだが、装備を売るのにも装備強化の材料を買うのにも、都市間輸送は不可欠だ。
回復剤やマナ回復剤も王国では新式の物が作られるや否や古い品を含めて次々とリーランドに輸出され、それを元手に工場が拡大し、生産量を増やし、さらに大量に売るというサイクルを繰り返している。
ベルネット商会は、元々は王都ベレオンと国境の都市ファルクを繋ぐ5都市間輸送の商会だった。
★地図(ベルネット商会開拓エリア)
都市アクスが第五宝珠都市に成った時点で、ベルネット商会は不足する物資を大量に都市アクスに運び始めた。都市アクスでは先を見越して買い注文が多く、商品は何でも売れて、そのおかげで荷を持って行くたびに儲かった。
その後は時代に乗って、リーランド帝国の属国であるクーラン王国に物資を運ぶようになった。北部連合の領土はリーランド帝国の北東から北西にまで大きく広がっている。獣人帝国との戦争と違って西側も最前線の一つなのだ。
おまけに近年は都市フーデルンと都市イルゼの領主令息・令嬢が婚約し、それに伴って両都市間の経済交流が活発になった。
儲かっているのは、なにもジョスラン・ベルネットだけではない。
ベイル王国は現在商業税を半額にしているが、イルクナー宰相代理が就任した時の人口1人辺りの平均商業税収入150Gは、この数年の間に280Gにまで増収している。
経済力が爆発的に伸びた要因は工場制の導入や輸出の強化、徴兵制廃止と難民編入による労働人口の増加、政治体制の再編や汚職撃滅、盗賊団の撲滅と大街道の安全確保、大幅減税など様々にあるのだが、それらを含めて国の経済力自体が高まって来たのだ。
ベイル王国は今後もさらに発展して行くだろう。そんな王国の経済活動の一端を担うベルネット商会の未来もまた大変に明るい。
もっとも、何もかもが上手く行っている訳ではない。
ロランがベルネット商会の裏口から建物に入ると、従業員達の悲痛なうめき声が聞こえて来た。
Ep07-04
パチパチパチ。
都市アクスにあるベルネット商会の建物の従業員用休憩室では、何人かの従業員たちがそれぞれ木の珠を指先で弾いていた。
従業員達が弾いている物の名前は算盤。
イルクナー宰相代理が自身で考案した、次世代の画期的な計算器だ。
「頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い」
「ダルシー、うるさい」
印刷された図解書を見比べながら、まだ若い従業員達は独学で算盤を練習していた。悲痛なうめき声には、同僚の文句も飛んでいる。
とは言っても、その算盤という道具が難解と言う訳ではない。
むしろ2桁程度の足し算や引き算ならば、イルクナー宰相代理が一緒に配った図解書を読みながら練習すれば、飲み込みの早い者なら数日で覚えられるほど簡単だ。
もちろん桁数が増えると難しくなるが、1ヵ月程もすれば5桁の計算が覚えられて1万G台までの計算を取り扱う事が出来る。
もっとも、掛け算や割り算になると難しくなってくる。
唸り声を上げて怒られたダルシーは、まさに掛け算で躓いていた。
「この算盤って、1261年には完成して生産が始まっていたんでしょ。なんで1262年末の今になってようやく手元に来るのよ。しかも義務教育に取り入れるのは1263年4月からだし、国って行動が遅いんじゃないの?」
「馬鹿ね。王国に子供が何十万人いると思っているのよ。数千人の元難民を雇って組織的に算盤を大量生産させても、一年くらいは普通にかかるわよ。教える教師だって、教える前には内容を理解しないといけないでしょ」
「はいはい、ザビーネは優等生」
「義務教育で習った子が商会に雇われ始めたら、算盤を覚えていないとお払い箱になるかもしれないわよ」
「……その前に結婚するから。まあ相手なんていないけど」
「あらあら。ですって、ロランさん」
ロランが入ってくるのを横目で見ていたザビーネは、良いタイミングだとばかりにロランに話題を振った。
ザビーネもダルシーも、そして先程から無言で計算しているアイリーンも、みんな都市アクスのベルネット商会窓口で定価の商品販売を担当する下っ端の従業員たちだ。
持ち込み品の査定や新規契約のような難しい仕事には高い技術が必要とされるので、寿退職によって仕事を辞める可能性が高い若手の女性に教育するよりは、家族を養う為に長期間働く事が見込める男に教え込むのが商人の常識となる。
よって雇用側のベルネット商会がザビーネ達に求めているのは、ベテランが値付けした商品を滞りなく販売する早くて正確な計算力だ。
「ちーっす。お客さんに声とか掛けられないの?」
都市間で商品を運ぶとそれだけで利益が出るが、自社で商品販売まで行えばさらに大きな利益が出る。小さくて単価が高い香料や香辛料に関しては、他の商会と競合しつつもベルネット商会へ多大な利益を齎している。
彼女らは、それらの販売を担当している。
「無理。香料とか香辛料って、誰が買うと思う?」
「ええと、わりと裕福な家の奥様方?」
「そうよ。そんなマダムたちが店子に対して『ねえあなた、うちの可愛い息子の嫁に来る?』なんて言うと思う?」
同じ女性の査定では、どんなに容姿が良くても難しいだろう。
息子の嫁ともなれば、一生付き合って行く相手である。ロランはそんなマダムたちが息子の嫁に求めるであろう条件を妄想してみた。
(なるべくなら自分の若い頃よりも可愛くなくて、気立てがとびきり良くて、義母の言う事は何でも素直に聞いて、実家への後腐れが無くて、老後の世話をしてくれて……)
「女、怖ぇえ!」
「一体何を想像したのよ」
ビクビクと震えるロランに、ダルシーは呆れ気味に突っ込みを入れた。
ちなみに正解かどうかは聞かない。
否定してくれれば良い。だがもしも万が一にでも「合っている」と言われてしまったら、ロランの恐怖が確定してしまう。そんな恐ろしい真似は絶対に出来ない。
「ねぇ、ところでロランさん」
ダルシーとロランの話が止まった所で、ザビーネが声を掛けた。ロランは首を傾げて話の続きを促す。
「知り合いで好条件の人に当ては無い?」
「ダルシーに紹介するのか?」
「ううん、アイリーンに」
ガチャン。
無言でみんなの会話に聞き耳を立てていたアイリーンは、突然話題を振られて算盤の手元を大いに狂わせた。
「な、なんでわたしっ!?」
アイリーンは栗色の髪をショートカットにした、垂れ目で小柄な少女だ。
動物に例えるならリス。小口で、クルミを一生懸命かじっていそうな印象がある。
「アイリーンと結婚したら、ほのぼのとした一生を過ごせそうだなぁ」
「でしょう。絶対に売れるはずの商品なんだけれど、肝心の売り手が臆病すぎて商品を店の奥に隠すのが問題なのよ」
「あわわわっ」
ロランとザビーネによるアイリーンの査定が始まった。
商品は一点物である。都市アクスの14年物で、初等校を卒業して以降はベルネット商会で熟成させた。
「これまで男と付き合った事とか無さそうだな」
「この子、男性と手を握った事すら無いわよ」
「なんだと、じゃあちょっと握って見るか?」
「お客さん、高いですよ」
ロランがわざとらしく自分の右手を振ってみせると、それを見たザビーネが悪徳商人っぽく言い返した。
「おお、なんだか真っ赤になっているぞ」
「周りが勝手に守るタイプの子だから純粋培養なのよ。お嬢様じゃないけどね」
「俺が知ってるお嬢様はディアナだからなぁ。というか、あいつは嫁の貰い手なんて居ないんじゃないか?」
「貴族なら何とでもなるわ。それよりも問題はアイリーンよ」
わりと容赦のない査定が続いている。
もちろん冗談半分だ。
どちらかと言えばザビーネは、アイリーンにこういう話題に対する免疫を付ける意図がある。後は気が変わっていないかの確認と、アイリーンの反応が面白いから。
「あのー、あたしは?」
「ダルシーは自分で探しなさい」
「アイリーンはほのぼのライフのイメージだけど、ダルシーはダメ男に引っ掛かって貢ぎそうな気がするな」
「いいえ、それもまた人生よ」
「…………泣くわよ?」
ロラン達が雑談をしている間に、算盤を覚えるために少し長めに取られていた休憩時間はアッサリと終わりを告げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
3人と別れたロランは、本来の目的であるジョスラン・ベルネットの元を訪れた。
建物の3階部分がジョスランの支店長室になっている。
ちなみに会長はジョスランの父で、商会には一族の者も何人か属しており、本店は王都ベレオンにある。とは言え後継者はジョスランで、都市アクスにおいてもジョスランが経営の指揮を執っている。
「ちーっす」
「やあロラン君、手間を掛けたね」
「いえいえ、ちょうど良い時期でしたから」
ジョスランが言った手間とは、ロランに冒険者を集めてくれと言う依頼の事だった。
ベルネット商会はリーランド帝国に属するクーラン王国へ荷を運ぶ。これは定期的に行っている事なのだが、今回はそれに加えて、ベイル王国が追加の依頼を行った。
『クーラン王国内の下位竜を狩り、竜皮と竜骨を集めて来て欲しい。それもベイル王国の依頼と分からないように、民間商会と冒険者達が行った形で』
ハーヴェ商会は、会長が侯爵閣下になってしまったので民間商会とは言い難い。
獣人軍団長を複数なぎ倒した大英雄のイルクナー宰相代理が認めた商会と言う事で、従前と変わらず幅広い活動を行っている。
だがハーヴェ会長の手綱がしっかりとし過ぎている分、小手先の活動を行うには注目が集まり過ぎて不向きとなっている。
そこで、ベルネット商会の出番と言う訳だ。
「今回は複数の商会が動いている。ベルネット商会、元々貿易でクーラン王国とは深い繋がりのあるカナバル商会、王国西部に強い地盤を持つハールス商会、うちとはライバル関係で香料関連では他を引き離し始めたジャニー商会」
「ん、王国からそう言われたんですか?」
「まさか。人が動く時には物も動く。誰がどれだけの食糧や油をどのタイミングで仕入れたか、高地用の装備を何着買い込んだか、自分達が買う時に店からさり気無く品薄の理由を聞けば良い」
「ふむふむ」
「情報は金だ。彼らは蓄えた情報を金にしたいから、懇意にしておけば喜んで売る。直接金を払うと露骨なので、取引を一つ約束するなり値引き率を抑えるなりすれば良い。すると違法性の無い雑談と商取引になる」
こんな事は序の口だが、商人では無いロランにとっては新鮮だったらしく、その反応を見たジョスランは説明しながら苦笑した。
「目星がついたら、今度は競合する商会の営業と個人的に懇意にしている営業に情報を集めさせる。あるいは依頼する国側と接触があったかを確認する。急ぎなら情報を直接買っても良いし、情報屋を使って動向を調べても良い。利益が相反しないなら会長や支店長に直接聞いたって良いんだ。今回は利益が相反したけれどね」
「……竜は沢山いるのに、利益が相反するんすか?」
「それはそうだよ」
転生竜の下位竜は沢山居る。
転生する最低条件は『転生竜をパーティ単位で1度でも倒す』と、『従神あるいは従魔になる最低限のカルマを得る』の2つだ。
『転生竜をパーティ単位で1度でも倒す』のは、とても簡単だ。
カルマが尽きるまで何度でも蘇る転生竜を一度でも倒せば良いので獲物に困らない。大祝福1を越えた冒険者5人中3人は一度くらい下位の転生竜を倒している。
人口5万人に占める冒険者250人。そのうち大祝福を得た者25人。よって転生竜を倒した者は15人居る計算になる。
『従神あるいは従魔になる最低限のカルマを得る』のも、1格程度ならば難しく無い。
凶悪な魔物を打ち払って行けば勝手にカルマは上がる。逆に、魔物から逃げる過程で他の冒険者に魔物を押し付けて負傷させてしまえばカルマは一気に下がる。
転生竜を倒した者のうち、5人に1人くらいは従神あるいは従魔への転生に至るのではないだろうか。すなわち人口5万人のうち、3人くらいはやがて転生竜へと至る。
単純に考えれば、第一宝珠都市の周辺でも転生竜が3頭くらいズシンズシンと闊歩している訳だ。
いや、転生竜はカルマ量の分だけ復活するので実際はもっと沢山居るかもしれない。
むろん勝手に遠い山へ飛んで行ったり、あるいは強い魔物と喧嘩して負けていたりするので単純に沢山居るとも言い切れないが。
だが、クーラン王国には沢山居る確信がある。
「クーラン王国の廃墟都市って、昔の人妖戦争で大祝福の騎士が戦死して沢山転生竜になって、人が近寄らないから討伐が進まなくて、転生竜が溢れ返っているって聞いたんすけど?」
ロランは転生竜討伐を、アミルラージ討伐の依頼と同じ様に考えた。
ようするに生息数が多いので討伐数の指定は無くて、冒険者の実力に応じて狩れるだけ狩って来いと言う事だ。
「例えばうちのベルネット商会と、あの忌々しいジャニー商会とで比べて見ると……」
「あ、ジャニー商会の次女タニア・ジャニーはレナエルの友達っす」
「……都市アクス周辺で軒を連ねているジャニー商会と比べるとだね。こちらが冒険者や馬車を多く調達すれば、あちらはその分だけ冒険者を雇えず馬車も手配できない。逆もまた然り。資源がどれだけ豊富でも、採掘できる量には限りがあるんだ」
「ああ、そう言う事っすか。アミルラージの時とは違うんすね」
「アミルラージか。あれだっていくら倒しても、一度に運べる肉の量には限界があるだろう。今回は倒す人員自体が不足しているんだけどね」
ジョスランの説明にロランは納得した。
今回はベイル王国の依頼なので、クーラン王国に到着してから現地で冒険者を探し始める訳にもいかない。
関税さえ払えば正規の出入国には問題ないが、余計な人間を増やしてクーラン王国で高く売れるなどと言われても面倒だ。不要なリスクは減らすに限る。
「それに今回は、王国から私達各商会へのテストだと考えている」
「テストですか?」
「ああ。宰相代理が、力を合わせればハーヴェ商会に対抗できる商会を育てているのは知っているね。今回は個々の商会がどれだけの依頼遂行能力を持っているかを確認する意味合いと、成功報酬によってそれぞれの力に応じた支援を行う意味合いがあると私は考えている。投資が倍になって返ってくるのは目に見えているんだ。こんな機会を見す見す逃したくは無い」
「はあ。それで大祝福の冒険者を掻き集めたんすね」
「フフフ。ロラン君のおかげで大きな成果が上がりそうだよ」
王国やジョスランの思惑は兎も角として、ロランにもレナエル用の転姿停滞の指輪を獲得したいという考えがあった。どうせならレオノーラの分も。
レナエルの錬金術学校卒業とレオノーラの中等校卒業が間近に迫っている。
欲を言えばキリがないが、後は生活して行く為の金を稼げれば良い。今後どのように暮らしていくのかを決めかねているロランだったが、当面の目標はそちらにある。
「でかいのを狩りたいですね」
「そうだね。大きいのは男のロマンだ」
この一週間後、ベルネット商会の大集団が満を持してクーラン王国へと旅立った。




























