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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第二部 第七巻 改革の導き手(11話+エピローグ) 結の章

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第02話 鍛冶屋にて★

 第五宝珠都市に広がった都市アクスの広い土地には、アクス侯爵の新都市整備計画に基づいて綺麗な街並みが建造された。

 基本的には300余年前に滅びた旧ボルヘスの道幅を拡張し、建物は利用あるいは解体しながら、碁盤目状ではなく蜘蛛の巣のように伸ばして都市を綺麗に建設して行った。

 旧都市を利用する最大のメリットは上下水道の水路と井戸水だ。最初から作れば工事だけで膨大な時間がかかるが、元々ある物を使えば最小限の改修で済む。

 都市アクスも都市ブレッヒも、何も無い土地に一から都市を建設したのではない。宝珠を創り出した神々は、人々が苦労しないように大抵の場合は廃墟都市を利用して都市を形成してくれる。

 ロランが訪れたのは、300余年前から在った古い建物をそのまま活かして開店した鍛冶屋だった。


 カンカンカン……。

 鍛冶屋の作業場から、金属を打つ規則正しい槌音が響いてくる。

 その音を響かせている店主の名前は、ツェーザル・ベルガウ。白髪で、引き締まった筋肉を持つ60代の老人だ。

 ツェザール老人は、元々はハザノス王国で沢山の弟子を育てた腕の良い鍛冶屋だったらしい。後継ぎに期待していた息子が祝福を得て冒険者になったので、代わりに弟子をたくさん育てた。

 息子はやがてハザノス王国騎士となり、人獣戦争で呆気なく戦死してしまった。

 大切な家族も、手塩にかけて育てた多くの弟子たちも、作業しやすく改良した店も、広い土地も、手に馴染んだ道具も、半生を賭して積み上げたものの大半が戦火で失われた。

 だが、ツェザール老人の手元に残ったものが2つだけあった。

 一つは、50年掛けて積み上げた自身の鍛冶屋としての技術だ。これは自身にしっかりと身に付いており、ツェザールが死なない限り決して失われることはない。

 もう一つは、愚息が残した孫娘のモニカ。おかげで60歳を過ぎた身で、愚息に代わって孫娘を連れてハザノス王国から逃げる役目を負った。


 逃げ込んだベイル王国は、ツェザールとモニカが生きて行くのに必要な支援を続けてくれた。

 そして逃亡から4年で、都市民権と衣食住と仕事を与えると言われ、着いてみればそこには前線から遥か遠い安全な第五宝珠都市という安住の地が在った。

 以前に鍛冶屋だったと告げると、いくつかの技術と知識を確認された後に国の産業省と言う所から古い店舗と古い道具を与えられた。

 幸い、仕事には全く困らない。

 ツェザールの鍛冶屋としての技術は高く、都市も発展を続けており、日々持ち込まれる依頼を選別して断らなければならない程に次々と舞い込んでくる。

 税も安い。むしろ安過ぎて呆れる。

 今は庶民の生活を立て直す為に税が半額なのだと聞いているが、これが本来の税に戻されたとしても鍛冶道具を全て新調にして暮らしを贅沢にしてもなお余裕がある。いや、実は下賜された施設の大きな改装が出来るほどの金が貯まった。

 これはツェザールが実入りの良い仕事を選別して優先的にやっているからだが、駆け出しの鍛冶屋であっても店を潰さない程度には儲かるだろう。

 店を拡張するつもりはない。ある程度の金を以ってモニカに迷惑をかけずに済む余生を過ごし、死後は幾許かの金を残してやれれば充分だ。


 ツェザールに残された問題は、孫娘モニカの事だけだ。

 モニカはベイル王国の難民時代に青空教室で学び、都市アクスで初等校卒業の証明を貰い、それから現在に至るまではツェザールの店の手伝いをしてきた。

 そしてあっという間に15歳の成人を迎えた。

 ツェザールが事前に配慮してやれたら良かったが、何も無い難民からここまで上がるだけで大変でそこまでの余裕が無かった。

 一難去ってまた一難。

 一難で済んでいるからまだ良いが、今回の問題は時間に制約がある。


 と言う事でツェザールは、目星を付けた男性客の接客にはモニカを立たせている。

 目星を付けるのは簡単だ。客の風貌や依頼内容で経済状態は簡単に分かる。後は年齢と左手の指輪を確認すれば良い。

 ツェザール自身ではなくモニカが応対する事で受注時に多少の損をする事や、商品引き渡し時の説明不足で時に上客を逃してしまう事もあるが、その辺りには目を瞑る。損して得を取れという諺の通りだ。

 ツェザールはモニカに対して、むしろ無駄に時間を掛けて、客の無駄話に付き合って相槌を打つのも仕事の内だとよく言い聞かせてある。

 愛想良く。女は愛想と愛嬌が大事だ。年寄りの言う事は聞くべきである。


「ちーっす。依頼した剣出来てますかー?」


 かなり有望なカモ……ではなく、上客が来たようだ。


「モニカ、客だ」

「ええっ。おじいちゃん、あたしお昼の買い出しに行かないと」

「ワシは忙しい」

「もう、分かったよ」


 鍛冶屋の作業場に、金属を打つ規則正しい槌音が再び響き始めた。

 ちなみに、先程に比べると音は小さめであった。






 Ep07-02






「ちーっす」

「ロランさん、いらっしゃいませ。ちょっと待って下さいね」


 ロランが声を掛けると、淡い赤髪をショートにした娘が愛想良く応じて作業場の方へ向かった。

 その間にロランは店内に腰掛け、座りながらザッと鍛冶屋の店内を見渡す。

 壁には明らかに売り物ではなく、店主の技術を示すために高度な加工が施された武器がずらりと並んでいた。

 敵の武器を絡め取る為に側枝が繊細に研ぎ澄まされたチャークー、滑らかに切り裂く為に美しく湾曲したショーテル、先端が限界まで細く作られた刺突用のコリシュマルド。

 そして剣の柄だけが何十個も置かれており、客に合わせていくらでも武器を作る事が出来ると言う事が店を見るだけで分かるようになっている。

 一口に鍛冶屋と言っても専門は幅広く、冒険者向けの剣鍛冶や鎧鍛冶、一般庶民向けの包丁やナイフを直す鍛冶屋、大工の工具など専門的な物を直す鍛冶屋、農耕具を直す鍛冶屋、家財道具など特殊な物に使っている金属を加工する鍛冶屋など様々な鍛冶屋が在る。


 どの専門の鍛冶屋の腕が一番良いかと問われれば、どれが良い訳でもなく専門が違うだけだ……と言いたいところだが、実際は冒険者向けの鍛冶屋の技量が一番高い。

 冒険者の武器の形状の幅広さ、素材に用いる金属の種類と性質、組み込まれた輝石の力の流し方、そして生死を掛けて様々な魔物と戦うという用途。そんな冒険者向けの武器が作れる高度な鍛冶屋なら、他の鍛冶屋がやっている仕事も問題なく出来る。だが逆だとそうはいかない。

 店主のツェザール・ベルガウは、冒険者向けに特化した大ベテランの鍛冶屋だ。既存の武器を直すだけではなく、材料と金と時間を用意すれば当然のようにオリジナルの武器も作ってくれる。

 問題は店主の年齢だ。

 あと数年だろうとはツェザール自身の言であるが、客観的に見ても否定のしようが無い。年齢と共に体力と技量が落ちるのは分かり切っており、そうなれば仕事を依頼する事は出来なくなる。


「はい、お待たせしました。ご依頼の青色の輝石を埋め込んだアダマント製長剣の打ち直し。3万6,000Gになります」


 それはロランが魔族アウリス撃破の功績で受け取った報奨金で手に入れた最上級の剣だった。

 魔族は都市の宝珠の力を削る。アクス侯爵領の命数が第一宝珠格を形成できる程に削られると考えれば、報奨金が跳ね上がるのも道理だ。

 アダマントは加工が難しく流通が殆ど無い最高級の剣で、価格が馬鹿みたいに高くて、その分だけ性能も馬鹿みたいに高い。

 そのおかげでロランはこれまで死なずに済んだのだが、そんな武器のまともな手入れをロラン自身が出来る筈もなく、腕の良い鍛冶屋に修理してもらう必要があった。

 ロランが竜核集めの報酬としてドリーから受け取った額は合計で7万5千G。今回はその半分近くが吹き飛んだ。

 ロランには他にも収入があるものの、活動のメインは経験値稼ぎで金はそれほど稼いでいない。



 ★通貨表

  挿絵(By みてみん)



 ロランはアッサリと半輝貨をモニカに手渡した。

 庶民の買い物では絶対に有り得ない大金だが、近年ではベイル王国騎士になればすぐに稼げる額でもある。

 そのため騎士になる冒険者が増えているが、差し当たってロランは騎士では無い。


「金がー溶けていくー」

「毎度ありがとうございます」


 半輝貨を受け取ったモニカはおつりの金貨14枚を返すと、ロランの言葉を聞き流しながら愛想良く剣を手渡した。

 難民だったモニカは、ロランとは比べ物にならないくらい金の大切さを理解している。

 半銅貨1枚、つまり5Gがあれば1日3食分の食事に困らない。1,800Gで1年。ロランが支払った3万6,000Gなら20年間食べていける。20年はモニカが生まれてから今日まで生きて来た年数よりさらに長い。

 モニカが3万6,000Gを稼ぐには、時給5Gのウエイトレスで1日に10時間働いて50G稼ぎ、それを720日間ほど続けなければならない。稼ぎ切るまでに2年掛かる計算だ。

 だが生活するには食事以外にも金を使わなければならない。生活費を限界まで削って手元に半額残っても、結局貯まるのは4年後になってしまう。

 1日10時間、1年に360日働いても4年掛かる。そして病気にでもなれば貯金は吹き飛ぶ。

 人生のうち4年間を費やして剣1本の修理。モニカからすればそんな額を求める祖父もおかしいし、それを払うロランもおかしい。

 いや、祖父の価格設定に間違いが無い事をモニカは理解している。

 難民生活が目に焼き付いている祖父が持っていた本来の技量はそれほどまでに高くて、客のロランもそんな依頼が出来る上位の冒険者なのだ。

 現に仕上がりで客から文句を言われた事は無いし、ロランが剣の出来を確かめる姿も様になっていた。


「まあ仕方が無いか。なんだか買った時より良くなってるし」

「お祖父ちゃんはお客さんの手や剣の使い方に合わせて直すから」

「……そうみたいだなぁ」


 ロランは何度か剣を振り、直し具合を確かめてから頷いた。


「3万6,000Gだと相当安かったな。ありがとう。完璧な仕事だ」

「お祖父ちゃんにそう伝えておきますね」


 モニカには到底安いとは思えなかったが、鍛冶屋の祖父と客のロランがお互いに満足しているならそれで良いのだと思った。



 モニカは、この平穏な日常を壊したくないと思っている。

 戦争で両親を失い、住む場所を失い、獣人の侵攻と徘徊する魔物に脅かされ、野草を齧って飢えに耐えた。

 今は幸せだ。

 だからこの上なんて目指さなくても今が維持できればそれで良いのだ。祖父の手伝いをして、接客して、日々を平穏に過ごす。それ以上、一体何を望むと言うのだろうか。



 ……いつの間にか金属を打つ槌音が聞こえなくなっていた。


「お祖父ちゃん?」


 モニカが呟いた瞬間、ロランがカウンターを飛び越えて作業場へ駆け出した。

 慌てて後に続いたモニカが見たのは、椅子の上で崩れていた祖父の姿だった。


「モニカ、誰か呼んで来いっ!馬車だ!アルテナ神殿に運ぶ」

「ああ……あぁ…………お祖父ちゃん」


 ツェザール老の心肺は、既に停止していた。

 今すぐ心臓マッサージをして、それと同時に馬車でアルテナ神殿に運ばなければならない。まずは心臓マッサージをする人間と、馬車を呼ぶ人間の最低2人が必要だ。

 だがモニカは全く動けずに固まっていた。


「俺に付いて来い!」


 ロランは叫んで指示し、次いでツェザールを背中に担ぐとそのまま鍛冶屋を飛び出した。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 夕刻、ロランは治癒院の廊下で正座をしていた。

 正座をさせていたのは、アルテナ神殿の司祭であるユーニス・カミンである。

 彼女は非公式には都市アクスに2人いる神殿長の一人で祝福50であり、祝福数はロランや公式の神殿長よりも高い。第五宝珠に祈り宝珠の輝きを取り戻すという、25万人の生命に関わる極めて重要な役目も担っている。

 そして、アルテナ神殿の治癒院に駆け込んだロランに呼び出された。


「困るのよ」

「サーセン」


 正座は2時間目に突入している。

 ロランを正座させた後のユーニスのお説教は「困るのよ」のみである。

 そしてロランが何かを言った時の返答は「ちゃんと助けたわ」と、「口答えしないで」の二種類だけだった。

 神殿長は生前にカルマを高め、死後には従神として宝珠の核に力を注ぎ足す役目を担っている。よって宝珠に祈りを奉げる以外にも、平時は治癒院で治癒活動に従事する。

 生命の危機に瀕していない者は下級の神官たちが治癒するが、今回のケースは神殿長が助けるのが本来の流れだ。そうして少しでもカルマを上乗せして、都市の命脈を1日でも永らえさせなければならない。


 ユーニス・カミンは、公的には神殿長ではない。

 神殿長は他に居て、今回は補佐のはずのユーニスが勝手にカルマを横取りした形になってしまった。

 政治的な配慮と言うものがある。

 神官たちにユーニス・カミンが神殿長の席を狙っていると思われては困るし、神殿長がカルマを積み重ねる行為をユーニスが軽んじていると思われても困る。

 なぜならばユーニスが担う役目は都市アクスの第五宝珠に祈りを奉げる事で、もう一人の神殿長には旧都市アクスの第一宝珠に祈ってもらわなければならないからだ。どちらも欠いてはならず、調和を保ちながら都市の加護を維持して行かなければならない。


 ロランが正規の手続きで神殿長を呼びつつユーニスに声を掛けさえしてくれれば、別室で神殿長より祝福が11も高いユーニスがこっそりと助ける事も出来た。

 だが実際はロランに突然騒がれて、行ってみたら心肺停止状態の患者が目の前で倒れていて、もうそうなってしまっては助けざるを得ないものの本来の立場的には不味くて、「本当は神殿長の一人だからみんなお気になさらず」なんて説明できるはずもなく、結果として「困るのよ」としか言えない訳である。


「困るのよ」

「……サーセン」


 神殿長はとても偉い。

 都市で1番目に偉いのは都市を支配する貴族家の当主だが、2番目は当主の妻や後継者ではなく神殿長である。

 神殿長をぞんざいに扱う都市は神殿長を招聘できず、やがて滅びる。実際のユーニスは都市アクスにおいて領主のメルネス・アクスに次いで偉い事になる。

 そんな相手に無茶を要求して、おまけに立場を悪くさせて、ロランが正座から解放される筈も無かった。


「はぁ……もう良いわ。人助けだったから今回は大目に見てあげる」


 ユーニスは治癒室から出て来たモニカを見て、ようやくお説教を切り上げた。


「サーセン」

「はいはい。気を付けてね」


 ユーニスはメルネス・アクスの相手を引っ掛ける性格にかなり苦労してきたが、ロランのように直情的なタイプも苦手だ。

 だが改めて両者を比較してみると、やはり慣れたメルネスの方が良いようだった。

 だいたい、目端に映るモニカのようにロランに抱き付くなんて真似はユーニスには絶対に出来ない。ロランも抱きしめ返して、冬なのに室内の温度が上がってくる。


 (メルネスは迂遠に、-3の転姿停滞の指輪を渡すと言っていたしね)


 メルネスとは、30台前半の姿で今後63年間ほど付き合う事になるらしい。ユーニスはいつの間にか引っ掛けられて、そのまま釣り上げられてしまった。


 (キャッチ&リリースで湖に返されないだけマシかしらね)


 少しだけ気が晴れたユーニスは、建前上の上司である神殿長に詫びに行く事にした。

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