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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
短編 錬金術師の雛鳥たち
100/178

短編 「ハルトナー信号弾」誕生秘話★

「おい、ベルンハルト。俺の血を吸わせてやるからウィズを見逃せ。あともう少しだけ衝動に耐えろ。何らかの感染だろうが、10秒くらいなら耐えられるだろう」


 そんなペドラの一方的な要求に対し、だがアニーは彼から目を逸らさないままに僅かに頷いた。


「よし、ウィズ、行け。10、9……」


 ウィズは途中まで移動させていた机や本棚の狭い間を縫って、ペドラとアニーが見つめ合う研究室から脱出した。

 ペドラはアニーから目を逸らさないままに音でウィズが逃げ去った事を確認した。

 だが、カウントは続ける。


「2……1……0」


 アニーが無言でペドラにゆっくりと迫ってきた。

 アニトラ・ベルンハルトは、意思の強さを示す逸話に事欠かない。だが、その彼女が本能の支配に抗えないでいる。

 現在の彼女の状態を何かに例えるならば、水の中に沈められて空気を求めるようなものだろうか。空気を求めてもがき苦しんでいるのだろう。ペドラは未だに耐え続けるアニーにもう足掻くのはやめろと伝えた。


「よく耐えたな」


 そして錬金術学校の学生服の襟元を外し、首筋をアニーに差し出して屈んだ。


「…………ごめんなさい」

「別にお前自身が作った訳ではないだろう」


 アニーは噛みつく前にそう一言だけ呟き、ペドラは謝罪を受け入れた。

 アニーは無意識にペドラに抱きついて彼を固定し、首筋に歯を突き立てた。ペドラは生きたまま喰らい付かれると言う激痛に歯を食いしばって耐え、最初の痛みを耐え切ると息を吐き出した。

 ペドラには、自身の体内から力が吸い取られているのが脱力感と共に感じられた。


「俺も食人鬼になるのか。ようやく冒険者になるのを諦めて、錬金術学校を卒業して役人になろうと思った所だったのだが」


 ペドラに噛みつくアニーの身体が震えた。

 ペドラはアニーの頭を右手で抑え、止めなくて良いと伝えるかのように何度か頭を撫でた。

 そんな記憶を最後に、ペドラの意識は遠ざかっていった。


 一方、ウィズは研究棟3階の廊下の窓から建物の縁へと出て外壁を伝い、石壁の凹凸を掴みながら屋根へとよじ登って逃げた。

 ウィズは屋根に身を伏せ、息を殺し気配を殺して隠れ潜みながら、都市アクスに駐留している王国軍の救援を待つ。

 都市アクスの駐留軍は、都市アクス周辺の魔物を片付けて祝福を上げる為に膨大な数が配備されている。また、王都での異変や他国の侵入があった際にはメルネス・アクス最高司令官が独自に判断して軍事行動を開始できるようにもなっている。

 装備も飛躍的に強化されたベイル王国軍が動けば、解決は時間の問題だった。

 軍への通信手段さえあれば。


 軍は万能の神では無く、連絡しないでも勝手に助けに来てくれる訳ではない。

 吸血鬼と食人鬼による騒動の波及が早すぎる。このままでは、壊滅状態に陥ってから部隊が動き出す可能性もある。


「信号弾のスキル、祝福10で覚えられたよね。上げておくべきだったね、本当に」


 スキルは10本の指にそれぞれ1種類ずつ刻み、3色の信号弾を全て覚えるには3本分の指を使う必要がある。

 これに合わせて照明弾も刻めば、軍や民間で重宝されて一生食べていくのに困らない。それと引き換えにスキルの種類は6つにまで減ってしまうのだが、大抵の魔導師はその4種類のスキルを指に刻む。

 それから暫くして、錬金術学校の夜空へ黄色の緊急信号弾が次々と打ち上げられた。それは、錬金術学校の生徒に数倍する冒険者達を一気に呼び集める救援の光だった。この時のウィズは、戦闘における連絡の重要性を魂に刻んだ。

 それから、8ヵ月の時が流れた。






 Ep06-32






 バダンテール歴1261年8月。

 都市アクスの加護範囲ギリギリの外縁部に、筒型の胴体を持った矢のような物体が打ち上げられた。

 その物体の後部は噴射装置が付いている。緑色の風と、紫色の具現化という二つの輝石エネルギーを取り出して混ぜた追加の加速でさらに飛翔した物体は、ついに上空100メートル程にまで到達した。


「すごいな」

「垂直に上がるのは難しいですからね」


 ペドラとアニーの二人が空を見上げる中、ウィズの作った物体は限界高度に到達した後に落下を始め、そこで突如破裂した。


「リア充爆発しろぉおおっ!」


 ウィズの叫びと共に、物体の内部に入れてあった赤色の火力と、灰色の放出という二つの輝石の力が混ざり合い、上空で爆音と共に火花を散らした。


「あれは、どうして爆発したんだ」

「内部に仕切りがあって、燃料の噴射剤が無くなると水圧が下がって仕切りが外れる仕組みです。すると赤色の輝石と灰色の輝石のエネルギーを混ぜた液体が一気に混ざって、大爆発を起こします。一部輝石のかけらを混ぜてありますから、それが飛び広がって火花を飛ばします。炎・雷・水で出来ますから信号弾としてちゃんと使えますよ」

「俺には良く分からんな。それにしても、お前は自分の発明をウィズに譲ってやって良かったのか」

「この多彩な色を放つという発案はハルトナーさんですから。それにあの射出物の形を作ったのも彼ですし、今後の改良も自分でやってもらいます」

「そうか。それなら良い」


 これは、かつてインプに対して多彩な色を撃ち放ったレインボーライトスコールと、錬金術学校での事件からウィズが思い付いた案だった。

 実験に際しては信号弾を戦闘行為と誤認させないためにアクス錬金術学校長の許可を貰い、学校長を介して軍への報告も行っている。そして輝石研究室の錬金術師アルマン・ブルーンスも実験の立ち合いに来ていた。

 ペドラとアニーが話し合う中、発案者のウィズが満足な結果に発射場所から意気揚々と歩いて来た。


「リア充爆発したね。いやあ、実に良い爆発だった」

「ウィズ、お前は最近一体何を言っているんだ。リア充とは何かの専門用語か」

「分からないかな」

「全く以って分からん。アニー、お前は知っているか」

「あたしも分からないです。勉強した分野に偏りがあるみたいです。ハルトナーさん、リア充って何ですか?」

「リア充は、この中では僕が一番知らない言葉だよっ!」


 ウィズは、ペドラの左腕を握って寄り添うアニーに力一杯答えた。



 ★画像(ウィズ&ペドラ&アニー。100話記念)

挿絵(By みてみん)



 元々3人は同じ輝石研究室の特待生で、殆ど毎日顔を合わせる状況にはあった。

 そして脱毛剤事件のために冬休みが予定よりも早まり、その間に異常状態に陥った生徒達は1ヵ月ほど隔離されて育毛剤を投与された結果、見事に元のフサフサな状態に戻って解放されたのだが、その頃からずっとこの調子である。

 ウィズの見る限り、ペドラは普段と殆ど変らないいつも通りのマイペースで行動しているのだが、アニーの方はペドラに何をされても好感度が勝手に上がっているようだ。

 自分のせいで遅れてしまった期末テストの勉強を一緒にしようと提案した心理くらいはウィズにも分かったし、邪魔をする気も無かった。

 だけれども、その後もペドラのスケジュールや行動を把握して一緒に行動したり、お弁当を作ってきたり、錬金術とは無関係な雑談や質問を繰り返す。

 アニーとペドラの1日の遭遇率は明らかに500%を越えていて、アニーのペドラに対する好感度を数値で表すなら、間違いなく限界の100を大きく振り切っている。体重計ならば針を2回転させるくらいにアニーの愛が重い。


 そこまでは、ウィズの関知する所では無い。

 問題は、ウィズと研究や行動を共にするペドラにアニーがイチャイチャを繰り返す様になったと言う事だ。

 ウィズが考えをペドラに伝えるたびに、アニーがペドラにしがみ付いて「なるほどー」と言う。あるいは実験する度に、アニーがペドラにしがみ付きながら「凄いですねー」と言う。

 そもそもウィズの発案や仮定の結果など、最優秀生徒であるアニーは知っているはずだろうとウィズは心の中で突っ込みを入れる。言葉に出さないのは悔しいからだ。その辺に関しては、ウィズにも研究者としてのプライドがある。

 だが、足を負傷している訳でもないのになぜしがみ付くのか。手を負傷している訳でもないのに、なぜ「はい、あーんしてください」と言ってペドラの口に食物を運ぶのか。

 ウィズの精神値は日々ガリガリと削られるが、研究に行き詰った時にアニーが良いタイミングでアドバイスをくれるので、それと差し引きでそちらの突っ込みもしない事にしている。

 そして、ウィズの感情は爆発エネルギーへと変えられていく。


「次は、青色信号弾と黄色信号弾を打ち上げるよっ!」

「分かった。ところで先程のリア充とは何だ」

「あたしも知りたいです」

「爆発!爆発!」


 ウィズ・ハルトナーの輝かしい発明は、こうして形作られていった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 数日後、アクス侯城では立ち寄ったハインツに実験結果の報告がなされた。

 ウィズ・ハルトナーの創った発明品がどれほど画期的なものであるのか、錬金術学校の教師やメルネスはどの程度理解できているのだろうか。

 魔導師を必要としない信号弾は、魔物出現の緊急伝達や、狼煙で行っていた獣人侵攻の連絡などに幅広く用いる事が出来る。魔導師を伴わない騎士隊の偵察行為でも即座に後方に情報を送れるのだ。

 差し詰めハルトナー信号弾と呼ぶべきその品は、重要度と汎用性の高さからベイル王国内を越えて全都市へと配備されるべきものだ。これは将来、大勢の人々の命を救うことになるだろう。

 ハインツの判断により、ウィズ・ハルトナーの研究へはベイル王国による全面支援が決定した。

 ところで、ハインツが都市アクスに立ち寄ったのには他の理由があった。


「ハインツ、義手の調子はどうだい」

「最良。おかげで左腕を隠す必要が無くなった」


 ハインツは、1年1ヵ月前に紅闇のラビに切り落とされた左腕をメルネスに見せた。

 本物の左腕と見間違うかのように精巧に造られ、さらにハインツの肌色に合わせて色付けされた義手にメルネスは感心した。


「遠目には誤魔化せそうだね。アンジェリカ次期女王の出産祝いには間に合うかな」

「ギリギリ」


 やがて女王となるアンジェリカの第一子誕生であり、王国を挙げての全都市での大々的な祝賀が予定されている。

 ハインツは王都でアンジェリカの代わりに国民の前に立って何やら述べなければならないらしいが、その際には左腕を晒して獣人帝国の紅闇のラビを倒したのが自分では無いというアピールをしておかなければならない。


「それは重畳だね。アクス錬金術学校では今回の信号弾と合わせて2つの特許が生まれたけれど、王都やブレッヒの方ではどうだい」

「都市ブレッヒは移動技術に関係する特許が3つ。計器類に関する特許が2つ。その他が1つ。アドルフォの援助で偏りが出た。王都はこちらと同じく2つだ。それと、加工技術が稚拙で素材の無駄遣いが多い。もう少し竜素材を集めないといけないかもしれない」

「ふーん。じゃあ僕の方でなんとかしよう。それと、ディボー王国が創った錬金術学校はどう見る」


 去るバダンテール歴1261年4月。

 ディボー王国は、ベイル王国に1年遅れて錬金術学校を創設した。

 王都ディボラス、第三宝珠都市フェルナンテ、第三宝珠都市ファルデラ、そして第三宝珠都市トイラーン。

 ハインツを驚かせたのは、錬金術の秘匿都市であったトイラーンでも錬金術学校が開校したと言う事だ。

 永らく錬金術の技術を積み重ねて来たかの都市には、錬金術の材料となる良質な天然の水資源、動植物、鉱物、魔物などあらゆるものが揃っている。彼の王国がその気になれば、ベイル王国を上回る技術をディボー王国に反映させる事が出来る。


「長期的に見て、ベイル王国の技術がディボー王国に負ける事は無い。だけど先方のノウハウは吸収させてもらいたい。オルランド宰相とは、スパイ合戦を繰り広げている所だ」


 いかに政略・戦略・戦術の天才とは言っても、技術分野に関してメルネスは門外漢だ。そういう時は信頼できる専門家から要点だけ確認すれば良い。かくして、信頼できる専門家は問題ないと告げた。


「なるほど、問題なさそうだね。それじゃあ、北の情勢の方はどうだい」

「北部連合に属するモルターリ王国の第一宝珠都市トラファットが、リーランド帝国軍によって陥落させられた」


 こちらの方はメルネスが専門家だ。

 メルネスは嫌な予感を覚えて周辺国地図を確認する。はたして、第一宝珠都市トラファットは北部連合の東と西を中央で繋ぐ唯一の都市であった。


「買収した騎士たちや、潜入させた傭兵や、意思の誘導をさせた民衆たちはどうなっていたのかな」

「リーランド帝国に有って、北部連合に無いもので出し抜かれた」

「獣人帝国軍をジュデオン王国に誘導する悪辣さや、数百年の間に永らく溜め込んだ財宝、小国をこき使う図々しさもあるけれど、この際は蘇生ステージ2かな」

「そうだ。不死騎士団とでも言うべきか。頭部損傷を避ける防具を纏わせて戦わせ、祝福の高い順に味方の死体を蘇生させて行けば殆ど損害が出ない。北部連合が国家に所属しない冒険者の支持を得ているとは言っても、その補充を上回る補充がリーランド帝国には出来てしまう。かなり不味い状況になっている」

「ああ、マルセル…………。それで、どうするんだい」

「倒した騎士の頭部破壊を徹底するしか対処方法が無い。と、広める事にする」

「そうだね。死者への冒涜になるけど仕方が無いね。ところで、ベイル王陛下のご容体はどうだい」

「どうしてだ?」

「いや、王族の大半は汚れた泥臭い話を嫌がるんだよ。君と話していると謀略がスムーズに進むなあと思ってね」

「いや、俺だってキャッキャウフフのハーレムが良いんだけど」

「ねぇハインツ、一つ提案があるんだけどさ」


 メルネス・アクスは滅多に提案をしないが、ミリーを救うための馬車の高速移動方法や、金狼を絶対に逃がさない方法など、彼が敢えて行う時は画期的な案ばかりだ。ベイル王もかつてエルヴェ要塞の強化案をメルネスに示された事がある。


「なんだ」

「転姿停止の指輪、アンジェリカ王女の分だけ無いんだよね」

「……そうだ」

「リーランド皇帝アレクシスの指輪を奪ったらどうだい」


 複雑な波紋が広がる水面に、新たな一石が投じられた。

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