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第四話 不思議な人形

 本小説は、螺旋図書館42階司書室にて~お節介ものの鏡~ の続きとなっております。一応、単独でもご覧頂けるよう善処したつもりですが、ちょっと厳しいと思います。最小限で済ませたい方は、第二話中盤辺りから、第三話にかけて流し読みした後に、ご覧頂くといいかもしれません。(多分ですけど)

 長文、失礼しました。








「……私、こんな人形知らないよ」

 レイフォース学園女子寮の一室で、一人の女生徒は、一つの人形を手にしていた。

「知らない知らない……何なの、これ」

 人形は、かわいい金髪の少年をモチーフにされていた。造形としてはリアルタイプではなく、デフォルメされていて、愛くるしさに溢れていた。

「でも、ちょっとかわいいか――」

「やぁ」

「わっ!?」

 突如聞こえた声に、少女は思わず人形を手放した。

 ポスッ。静かな音を立てて床に人形が落ちた。

「痛いなぁ。乱暴に扱わないでくれよぉ」

 床に倒れた人形は、首だけを動かした。黒い無機質の二つの目が、彼女を見つめているように思える。

「えっ、これ、なに。えっ? なんで、喋ってるの? 幻聴、幻覚、錯覚?」

「違うよぉ。僕は確かにここにいるんだよぉ」

「あ、ありえないよ……」

「信じても信じなくてもいいけどぉ、こうして首を動かしているのはつらいからさぁ、せめてどこかに座らせてくれないかなぁ?」

「えっ、あっごめんなさい」

 彼女は言われたとおりに、かわいらしい中性的な声を発する男の子の人形をベッドの上へと座らせた。

 普通の人形ならば、態勢を維持することはできず、腰から折れてしまうのだろうが、この不思議な喋る人形は、そのままの姿勢を保っていた。

「ありがとぉ。僕は首だけは自由に動かせるんだけどぉ」

 首をぐるぐると自由自在に動かしている。

「その他はからっきしで、ほとんど動かないんだよぉ」

「そ、そうなんだ……」

 目の前で怒る不思議な現象に、女生徒は困惑しながらも、喋る人形がどこか親しみやすくて、かわいらしく思えてきた。

「ねぇ、君の名前は何?」

「私?」

「うん、そうだよぉ」

 しかも、動悸も息切れもしない、怖くもない。彼女にとって、そんな相手は久しぶりで、痛みがない会話もそうだった。

「えっと……カモメ。樋口、鴎」

「いい名前だね。カモメちゃんて呼んでいいかなぁ?」

「いいよ、君の名前は?」

 いつのまにか、喋る人形に対して違和感も恐怖も感じなくなっていた。

「うぅん、じゃあ、リンゴぉ」

「リンゴ? 男の子に見えるのにかわいいんだね」

「じゃあ、ゴリラぁ」

「それはちょっとごつい感じがするかも」

「じゃあ、ラッパぁ」

「ラッパ? それはなんだか、似合ってない……って、もしかして」

 女生徒は、次に来る言葉が何か想定できて思わず吹き出していた。

「じゃあ、パンツぅ」

「……パンツ君?」

「なぁに? 僕の名前はパンツだよぉ?」

「ちょっとやだぁ! さすがにパンツって名前はさぁ」

「僕、パンツ」

 ネタであるのだろうとわかっていながらも、女生徒は笑い声を上げてしまっていた。

 この学園に来て、初めての笑みだった。









第四話 不思議な人形









 レイフォース学園の2年生が使う教室に、勢いよく飛び込んでくる茶髪の女生徒の姿があった。

「グットモーニンっ!」

 一瞬の静寂ののち、紺色の制服を身につける彼女の同級生は、他でもない周防あやめであることを確認していった。

 ため息を吐くもの、盗み見て自分の作業に戻るもの。彼女に向かって気さくに挨拶を交わすもの、笑みを浮かべてしまうもの。反応は極端ながらも、周防あやめは好かれていた。

「おっはよ、あやめ」

 金髪で派手な女生徒もまた、彼女を気に入っていた。

「グットモーニン。み、ミス、トマル」

「なんで英語? どうしたの、あやめ」

「は……ハウドゥユードゥ!」

「だから、どうして英語で喋ってんの? てか、英語ならhow are youでしょ」

「…………英語が喋れるようになりたいんです!」

「はぁ?」

 周防あやめは、英語が苦手だった。中学生のころから顕著に英語の成績のみ悪く、結局英語の評価だけは1のまま揺らぐことがなかった。

「実は昨日――」

 それは先日のことだった。周防あやめは、レイフォース学園の二年生でありながらも、英語だけは単位を修得することが叶わず、1年の教室で去年やった内容とまったく同じ授業を受けていた。

「二回目の小テストをやったんですけど、40点だったんです」

「40点も取ったの?」

「そうなんですよ! そこに気付くとはさすが斎藤都丸ちゃんです。わたしは、40点も! 取っちゃったんっすよ」

 ポン。あやめの右肩に都丸の手が載せられた。二度ほど苦労をいたわるように叩かれる。

「頑張ったんだね、あやめ。去年は10点台しか取れなかったのにね」

「と、都丸ちゃん……」

「うんうん。あたしにはあやめがどれだけ努力したかわかってるよ。ほら、ご褒美に抱きしめてあげるから」

 彼女は腕を広げて待ち構えたが、あやめは飛び込んでくることは無かった。代わりに、大きな声で自分の要望を言った。

「英語がしゃべれるようになりたいとです!」

「それ、さっき聞いた」

「英語がしゃべれるようになりたいねん!」

 都丸は、広げていいたままの腕を生かし、やれやれというジェスチャーを見せる。

 一年生からの付き合いである彼女には、あやめがどんな返事を求めているのか理解していた。その証拠にあやめは、眼を輝かせ合いの手を待ち望んでいる。

「はいはい。何があったの」

「それがですよ!」

 勢いよく、あやめは食いついてきた。もしこれが狩猟ならば、猟師はあまりにも思惑通りに食らいついてきた獲物に、同情してしまうかもしれない。

「司書さんてば、わたしの点数を見るなり、鼻で笑って……まぁ、頑張れよ。なんて言いながら、テストの点をひらひらとわたしに見せつけてきたんですよ!」

 都丸は退屈そうに、パーマのかかった長い髪をくるくるともてあそんでいる。

「何点だったの?」

「45点。しかも、すっご~~い、ドヤ顔してたんですぅ!」

 どっちもどっちな点数だったので、都丸はなんともいえない面持ちになっていた。去年、彼女の平均点は80点を超えていた。ちなみに、その成績は優良生徒というわけではなく、他の生徒と代わり映えしない成績だった。

「悔しいです!」

「……うん、まぁ、悔しいね。5点差でドヤ顔されたら、あたしでもたまんないかも」

「さすが都丸ちゃん! 一生じゃないけど、しばらくはついていきますぜ!」

 あやめはグッと拳を握った。勢いが良かったせいか、あやめの短い髪の毛が揺れている。

 色々と突っ込みどころは満載だったが、突っ込んだら突っ込んだで負けだと思い、都丸は自分が抱えていた疑問を尋ねることにした。

「でさ、その司書さんって誰なわけ?」

「あれ、話してなかったですっけ。司書さんてのは、特別司書の鴇田瑠璃さんのことっすよ。目つきが悪くて、体格が良い自称一年生っす。しかも、特別奨励生徒なんですよ」

「ふぅん。で、なんでそれをあやめが自慢げに話すわけ?」

「それはですね……」

 手にしていた鞄の中をゴソゴソと漁る。そして、目当ての物を発見し、わざわざ一度都丸の方に視線を戻した。

「これを見よ!」

 あやめは、効果音が付いてしまいかねないほど豪快に、鞄から腕章を取り出した。そしてすかさず、都丸に見せつける。

「このわたくしこと、周防あやめが助手として任命されたされたからなのです!」

 腕章には、大きな文字で布に、特別司書助手、と器用に縫われていた。

「うっわ、安っぽ。手作り感マックスじゃん……」

 彼女の言うとおり、手作り感で溢れている。努力は見られるが、書からだんだんと雑な作りになっていて、製作者は途中で作るのに疲れたことが伺えてしまう。一言でいえば残念な出来だ。

「まっ、どうでもいいけど……それよりも、そいつって男?」

「オスかメスで言えば、断然オスっぽいオーラが出てますね」

「ふぅん」

 それだけ言うと、都丸は教室で自分が座っていた席へと戻って行った。

「えっ、それだけなんですか? もっとなんかこう、感想だとか、すごいだとか、天才……! だとか、あってもいいとおもうんですけどねぇ…………はぁ、若者の手作り離れ、か」

 あやめは自分を納得させるように意味のわからない独り言をつぶやき、都丸が陣取っている席の後ろに座ろうと考えた。だが、その前にやることがあった。

 それは、一人で腰をかけてうつむいていた黒髪の女生徒の挨拶だった。女生徒は、メガネをかけていて、とてもおとなしそうで地味に見える。

「ひーちゃん、おはよっ!」

「わっ!?」

 後ろから抱きつくようにダイナミックな挨拶をした。女生徒は当然驚き、大事そうに抱えていた鞄を落とした。

「あっ、ごめんなさい。今すぐ拾いますからね~」

 あやめはすぐに離れ、落ちたものを拾うことにした。落ちていたものは、筆記用具、ノート、教科書など、必要最低限学校で扱うようなものだけだった。

「うん?」

 その中に一つ、異彩を放つものがあった。あやめが触ろうとすると、「あっ」と小さい声を上げていた。あやめは特に気にせず、それを鞄の中へと入れた。

「はい、どぞっ」

「……うん」

 あやめはニコニコとして真っ直ぐに彼女を見ていたが、彼女はその視線を合わせることは無く、机の上を見つめたままだった。

「周防さん、何の用……かな」

 あやめが苦手なのだろうか、声もはっきりとしていない。

「朝の挨拶っすよ!」

 対してあやめは、他の人と接する態度と遜色は無かった。

「今日も一日頑張りましょう!」

「う、うん……」

「ではっ!」

 あやめは軽快なステップで去って行った。少女は相変わらず俯いたままで、鞄を抱きしめていた。








 


 同時刻、特別司書である鴇田瑠璃は、レイフォース学園の敷地内にある螺旋図書館51階へと訪れていた。51階は、限られた者しか入室することができない区域だった。

 瑠璃は、51階の管理人が住まう部屋へと足を運ぶ。

「ようこそ、瑠璃」

 壁にびっちりと埋まっている本が異様な雰囲気を醸し出していて、広大な広間にポツンとあるソファーと一組の書斎机と椅子がやけに小さく見えてしまうのは眼の錯覚だろう。

「あぁ、メル。おはよう」

 彼を呼び出したのは、螺旋図書館の管理人であるメルシス・レイフォースだった。瑠璃は彼女のことを、メルと呼んでいた。

「どうして呼ばれたのか、知ってるわよね?」

 瑠璃は、迎え合わせに座る少女に、ソファーに座るや否や、核心に迫る質問をされる。

「さぁ、わからない」

「……そう、ごまかすのね」

 長い白髪が嫌なほどに似合っている小柄な少女は、小さく笑う。頭にちょこんと乗せたベレー帽のリボンが宙で揺れていた。

「最近、嗜好品……」

 少女は、瑠璃の瞳が一瞬小刻みに動いたのを確認した。

「特にチョコの消費が激しいみたいで。あなた、甘いものは好きだったかしら?」

「……あ、あぁ。まぁまぁってとこだけど」

「そう言うと思ってたわ」

 パチン、と少女が指を鳴らすと、彼女の後方に置いてあった小さいワゴンに掛けられていた白い布が宙へと消えていった。

 姿を現したのは、大量のチョコレートだった。色々なチョコレート菓子が、大皿の上に盛られている。見てるだけで胸焼けをおこしてしまいそうだ。

「……くっ」

 ワゴンが一人気に、近寄ってくる。瑠璃は、何か異様なプレッシャーを感じずにはいられなかった。

 真横までやってくると、大皿が宙に浮かんで瑠璃の前にあるテーブルの上へと着地した。

「さぁ、どうぞ?」

 瑠璃は喉を鳴らした。その理由は、自分が一番よくわかっている。

「どうしたの? なんで食べないのかしら……それとも、あなたは甘いものはコーヒーが無いと頂けないの?」

 もう一度指を鳴らすと、ワゴンの下の段に乗せてあったティーセットが宙に舞い、これまた瑠璃の前のテーブルに静かに乗った。次に、書斎机に乗っていたポットが動き出し、空中を移動してカップへとコーヒーを注いだ。

「ふふっ、どうぞ」

 少女は、意地悪気な笑みを浮かべて、瑠璃の様子を眺めている。

「くっ、くそ……」

 逃げられないことを悟った瑠璃は、満を持してチョコの群れへと手を伸ばした。しかし、直前で手は止まる。

「どうしたの?」

 少女は、どうして瑠璃がこんな反応をしているのか知っていた。知っていて、わざとこうして楽しんでいた。

「…………わかったよ。話す、話すよ。話せばいいんだろ」

 瑠璃は降参することにした。元々、彼女のことは一度メルに話しておく必要もあったからだ。

「えぇ、最初からそうしてくれたら、こんな茶番を演じなくて良かったのにね」

 立ち上がり、瑠璃の膝へと座った。

「悪かったよ」

 口先だけの謝罪をし、瑠璃は説明することにした。

「実は――」

 ちょうど先週のことだった。周防あやめが、助手として志願してきたのは。

「だって、しょうがないだろ。そういうお節介な奴なんだから。それにあいつ……」

「なに?」

「もう一度、向き合う気になったみたいで。これがあいつにとっての第一歩らしくて……それなのに、断るわけにはいかないだろ」

 あの時見せた彼女の表情は、瑠璃にとっては放っておけるものではなかった。

「へぇ、随分あの子のこと……知ってるみたいね」

「まぁ、見ちゃったしな」

 少女は、瑠璃の顔に手を当てて、撫でる。瑠璃はかまわず続けた。

「それに、仕事に支障がでなければいいんだろ? 別にメルが認めたわけじゃないのは理解しているし、あいつには必要以上にレイシス、レメシスに関わらせるつもりなんかない。ただ、あいつが飽きるまで置いておくだけだ」

「そう、それはお利口ね。でも――」

 手を首元まで移動させる。

「わかってるわよね? あなたの役割は……」

 少女は、首を絞めるポーズを取った。

「メルの代わりに、手足となって動くこと。それ以上のそれ以下でもない」

 二人は眼と眼を合わせる。

「その証拠に、授業をサボってまでここに来てる……だろ? メルの命令が一番の優先事項だ」

 どちらも視線をそらず、見つめていた。瑠璃は、背中に冷や汗が流れているのを感じていた。少女の、深海のように深い青い眼が、余計なものまで見透かしているような気分で、目を閉じて視界から追い出したいと思う。だが、瑠璃はなんとかこらえた。

「……そう」

 やがて、少女は手を離し、瑠璃の横へと腰を下した。カップに入っているコーヒーを口にする。

「わかってるならいいわ」

 安堵のため息をつきたかったが、瑠璃は我慢をした。彼は何者にも屈しない度胸強さを持っているが、それでも少女が放つ異様な圧力には、根負けしてしまいそうなことが多々あった。

「それじゃ、行っていいわよ。私が指示した授業にはちゃんと出るようにね」

「わかってる」

 瑠璃は立ち上がり、扉へと足を進めていった。去り際に、少女が声をかけた。

「あまりここのお菓子は食べさせないように、あなたが管理しなさいよ」

「……たくさん持ってるくせに、意外とケチくさいんだな」

「私の栄養源だからよ」

 小さく手を振る少女を見据え、瑠璃は扉を閉めた。

 ホッと息を吐いたのち、赤い絨毯の上を歩いてエレベーターへと向かい、1階へと降りた。

 螺旋図書館一階は、総合的な受付場所となっていた。カウンターの奥には、数人の司書が待機している。

 この図書館は、50階以上もあるので、レイフォースグループが雇っている者たちが20名ほどいる。そのうち、司書は10人。その他の雑用係が10人という内訳になっている。普通に考えれば、この程度の人数では足りないと思われているが、この螺旋図書館では十分な人員だった。

 カウンターの前を通り過ぎる。瑠璃の姿に気付いた司書の一人が、軽く頭を下げてきた。なので瑠璃も頭を下げ、図書館を出た。

「ん……?」

 どこからか、視線を感じて振り返る。5階ごとに広間あり、階段が螺旋状に渦巻いているせいか、図書館は不思議な形をしていた。

「さて、授業にでも出るか」

 歪な形をした建物の頂点を見据え、瑠璃は一人気に呟き、歩き出した。

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