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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
★ おまけのおはなし ★
94/95

  『マトリョーシカの新しい悩み』 (3)


3時55分。

烏が丘駅の中央通路。

緑の風学園の子を待っている駿ちゃんを、柱の陰からこっそりとのぞいているところ。


烏が丘までは駿ちゃんと一緒に帰って来た。

改札口を出たところでわたしは乗り換え通路に向かうふりをして別れて、見つからないように戻って来た。


広い中央通路には、太い柱が左右にずらりと並んでいる。

わたしがいるのは駿ちゃんが立っている場所の向かい側にある柱のところ。

ここでは話す声は聞こえないけれど、見つかる確率は低いはず。

お互いの間にはたくさんの人が行き来しているし、全身紺の制服は人混みでは目立たない。

それに駿ちゃんは ――― こんなこと言ったら悪いけど、少しぼんやりしているところがある。

自分が見張られているとは思わないだろうから、周りを注意して見たりもしないと思う。


離れて見る駿ちゃんは、やっぱり素敵に見える。

以前よりも姿勢が良くなったし、落ち着いているから。

去年、境山で待ち合わせたときの駿ちゃんは、もっと所在無げな様子だった。


(あ、来た?)


何かに反応して駿ちゃんが顔を上げた。

その視線の方向から、高校生らしい女の子が二人駆け寄った。

一人は毛先がカールした長い黒髪、もう一人はこげ茶色のショートカット。


(二人……?)


予想に反して、二人とも制服姿だった。

と言っても、緑の風学園の制服はわたしたちの地味でどこにでもある制服とは違う。

黒のジャケットとグレー地に赤と白の細いチェックが入ったプリーツスカートとリボン。

その制服に、彼女たちはハイソックスとヒールが高めのローファーを合わせていた。

すらりと長い脚が、ウェストが絞ってあるジャケットとさらりと揺れるスカートにとても似合う。


(後ろ姿だけでも綺麗な子だって分かるよ……。)


自分の垢抜けない田舎っぽさが悲しくなる。


駿ちゃんが何か言いながらスマートフォンを渡している。

ショートカットの子がそれを受け取り、自分のバッグにしまった。


(やっぱり……っていうか、なにあれ!)


彼女のバッグは茶色だった。しかも、たぶん革製。

スクールバッグには違いないけど、わたしたちが使っているナイロン製のものとはまったく違う。

なのに「間違えて」なんて……。


(あるわけないじゃないの!)


駿ちゃんは気付かないのかな?

それとも、「きのうは違うバッグだった」とか言われたの?


スマホを渡したらおしまいのはずなのに、三人はまだ笑顔で話をしている。

なんだか駿ちゃんが、いつもより嬉しそうに見えるけど……。


(うー……、何を話しているのか知りたい……。)


思い切って近寄ってみる?

大丈夫かな? ……大丈夫、だよね、きっと。


楽しそうな三人を視界の片隅からはずれないようにしながら、人の波に紛れて一旦右へ向かう。

周囲の人に怪しまれない角度でUターンして、柱を間にはさみつつ、三人の立つ場所へ。


歩きながら、心の中で “もう用事が終わったからサヨナラだよね?” と駿ちゃんに語りかけている。

けれど、わたしがすぐそばの柱の裏に着いても、三人はまだ話していた。

駿ちゃんの背中側から柱に沿ってそっと後ろ向きに進む。

女の子たちに見えないギリギリまで近付くと、楽しそうな声が聞こえた。


「あの先生の字って、本当に読みにくいよね?」


「ああ、うん、たしかにね。」


女の子の言葉に駿ちゃんが答えている。

明るい声は、駿ちゃんが笑顔で話している証拠。


「きのうのネクタイ、派手だったと思わない?」


「あははは、そうそう! 子供部屋のカーテンみたいって思っちゃった!」


「うん。僕もすごいなって思ったよ。」


予備校の先生のうわさ話で盛り上がっているみたい。


(わたしは駿ちゃんとそういう話はできない……。)


置いてきぼりになった気分。

結構悲しい。


(やっぱり、わたしみたいな子はダメなのかも知れない……。)


あんなにテンポ良く話せないし。

楽しい話題もないし。

見た目も普通だし。


(わたしなんか……。)


「ねえ、駿介くん。」


(!!)


聞こえた声にドキッとした。


「これからどこかに行かない? これを届けてもらったお詫びに何かおごらせて欲しいんだけど?」


(もう名前で呼んでるの? 駿ちゃん……「いいよ。」って言ったの?)


ドクンドクンと心臓の音が耳に響いてくる。

同時に頬が熱くなる。


「あ、いや、僕は……。」


断ろうとしている駿ちゃんの声を聞いて、少しほっとした。

でも、女の子たちはあきらめない。


「ねえ、遠慮しないで。わたしの間違いで、わざわざ時間を作ってもらったんだもの、お礼をしたいの。」


「え、でも……。」


「いいじゃない? 行こうよ。せっかく知り合いになれたんだし、もう少し話したいな。」


「いや、あの。」


(どうしよう? 駿ちゃんが困ってる……。)


バッグを握る手に汗がにじむ。

額にも、耳の後ろにも。


(わ……わたし、できるかな? あの二人、相手に。)


頭の中でさえどもってしまっているのに、口で何か言うことなんてできるのだろうか?

それに、体が固まってしまったような気がする。


(頭がガンガンする! 脚が震える! 誰か助けて!)


「ね? 行こう? そこの地下にジェラートのお店があるんだよ。椅子に座って話せるし。」


(ジェラートのお店?!)


急に頭がはっきりした。

まだ脚は震えているし、頭はガンガンするけれど……。


(ダメだよ!)


体が動いた。


急いで隣の柱まで走り、それを回って三人に駆け寄る。


(遠くから走って来たように見えますように!)


「駿ちゃん!」


呼ぶと、駿ちゃんがこちらを見て笑顔になった。

そのまま隣まで走って行き、駿ちゃんの腕を両手でつかむ。

ドキドキして、心臓が胸を突き破ってしまいそう。

駿ちゃんの腕をつかんだ手が震えている。


「もう…用事は終わった?」


声がちゃんと出なかったのは、走って来たせいだと思ってほしい。


女の子たちの方はわざと見ない。

二人を見てしまったら、きっと気持ちがくじけてしまうから。


「うん。」


優しい表情で駿ちゃんが頷く。


「じゃあ……。」


……次の言葉を考えていなかった。


どうしようもなくて口をぱくぱくするだけ。

要領が悪いわたし。

涙が出そう。


「うん。行こう。」


でも、駿ちゃんはわたしに答えてくれた。

わたしの気持ちを分かってくれた。


「帰る途中にちょっと待っただけだから、お礼はいらないよ。気持ちだけいただきます。どうもありがとう。」


腕にしがみついているわたしの頭の上で駿ちゃんの声がした。

女の子たちが何か言ったけれど、それは自分の心臓の音で聞こえなかった。


歩き出す駿ちゃんに引っ張られて、わたしも何とか歩き出す。。

一緒に少し歩き、彼女たちから十分に離れたと思ったところで力が抜けて、手を離した。


(はーーーー……。)


ものすごく疲れてしまった。

ほんの何分かのことだったのに。


脱力して、そのまま足が止まってしまう。

そんなわたしを駿ちゃんが振り返り、微笑みながら戻ってきて……。


(あ……。)


右手をそっと握ってくれた。


優しく手を引かれて、隣に並んで歩き出す。

何も言葉は出ないけれど、気持ちは同じなのだと分かった。




浜山線の改札口を抜けるころには楽しい気分になっていた。

だから、思い切って言う気になった。


「前にも言ったでしょう? 駿ちゃんは女の子に人気があるって。油断しちゃダメなんだよ。」


「そうかなあ?」


のんきに答える駿ちゃんに、また呆れてしまう。


「そうだよ。さっきの子たちだってそうでしょ?」


「違うんじゃないの? あれは間違えたって言ってたし。」


「でも、誘われてたじゃない。」


「お礼だって言ってたよ。」


本当に純粋と言うか、素直と言うか……。


「じゃあ、もしも誰かに告白されたらどうするの?」


半分意地になってわたしが言うと、駿ちゃんは驚いた顔をした。

そして。


「え? そしたら『僕には雅さんがいます。』って言えばいいんじゃないの?」


(『僕には雅さんがいます。』……。)


なんて簡単な答えだろう。

簡単で、当たり前で、誠実な。


きょとんとした顔をしている駿ちゃんを、呆気に取られて見てしまった。

そうしているうちに、自分がとても情けなくなった。


「駿ちゃん……。ごめんね……。」


疑ったりしてごめんなさい。

信じられなくてごめんなさい。

焼きもち焼きでごめんなさい。


「……どうして?」


駿ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


それを見てますます落ち込んでいると、改札口を通るときに離した手を、駿ちゃんがそっとつないでくれた。

そのままホームを歩きながら、思い出したようにくすくすと笑い出した。


「雅さん、いつから僕のこと見張ってたの?」


「あ……。」


バレてしまった。

そうか。

あのときの会話を知っていたんだものね……。


「見張ったりするなら、最初から一緒に行ってくれればよかったのに。そうすれば、あんなに困ることもなかったのに。」


「そ、そうだよね……。」


恥ずかしい。

焼きもちを焼いたりして。


「でもいいや。」


そう言った駿ちゃんを見上げたら、照れたような笑顔がすっと近付いてきた。

そして耳元に……。


「雅さんが僕のことを好きでいてくれるって分かったから。」


(駿ちゃん……。)


頬が熱くなる。

耳も。


駿ちゃんの方を見ることができなくて、顔を下に向けてしまう。

きっと駿ちゃんも同じようにしていると思う。


でも。


つないだ手に駿ちゃんが力を込めたのが分かった。


(わたしも頑張ろう。)


もっと自分に自信が持てるように。

駿ちゃんに似合う女の子になれるように。


決心しながら駿ちゃんの手を握り返した。


「雅さん。」


呼ばれて顔を上げると、駿ちゃんが真面目な顔をしている。

めずらしくしっかり見つめてくれた駿ちゃんに、胸がどきんと鳴った。


(な…なに……?)


「雅さんて、意外に握力あるね。」


(え~~~~~っ?!)


「痛かった?! ごめんなさい!」


慌てて手を離すと、駿ちゃんは笑いながら左手を胸の前で振った。


「あははは! やっぱり農作業って力付くよね。さっき腕をつかまれたときも、結構痛かったよ。」


(うわーん! 恥ずかしい~!)


「ごめんなさい……。」


落ち込むわたしに駿ちゃんが慌てる。


「やだな、そんな意味じゃないんだよ。謝らなくていいんだよ。僕は雅さんの一生懸命な気持ちが分かって……その、嬉しかったから。」


照れくさそうに下を向いた駿ちゃんに心がときめいたけれど……。


(あんまり嬉しくない……。)


自分に自信を持ちたいとは思ったけれど、こんなことでじゃない。


もっと違うこと。

もう少し違う場面で役に立つ何かを本気で考えなくちゃ!




     『マトリョーシカの新しい悩み』 おしまい。








ここまで読んでくださってありがとうございます。

次のおはなしでおしまいです。

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