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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
★ おまけのおはなし ★
93/95

  『マトリョーシカの新しい悩み』 (2)


「雅さん、今日の帰りは何か用事はある?」


朝の電車の中で、少し恥ずかしそうに駿ちゃんが尋ねた。

隣に並んだつり革につかまって、こちらを見ながらも視線は完璧には合わないままで。


「え……? どうして……?」


2年生になってから、一緒に帰るのは毎週水曜日と決めた。

でも、今日は火曜日。

なのにこんな質問をするということは、今日の放課後に何かあるの?


「部活はお休みなの?」


(デートのお誘いだったら嬉しいけど……。)


“いつもの決まった日” ではなく、特別に誘ってくれたのなら……。


期待で胸がドキドキする。

ほっぺが赤くなってないといいんだけど。


「あー……、そうじゃなくて、今日、ちょっと待ち合わせがあって。」


(待ち合わせ……?)


駿ちゃんの使った言葉で、ドキドキが違う意味に変わった。

顔が引きつっているような気がする。


「誰…と?」


(普段どおりの笑顔に見えますように!)


駿ちゃんはわたしの動揺には気付く様子はなく、少し照れながら鼻の頭を掻いた。


「よその学校の女の子なんだけどね。緑の風学園って知ってる?」


(女の子?! 緑の風学園?!)


自分が気を失わないのが信じられない気がする。

ぐるぐるする頭で、必死につり革につかまっているだけ。


緑の風学園は自由な校風で有名な学校。

校則はほとんどなく、制服も着用自由。

女の子はみんなお洒落で可愛い。

そんなひとと待ち合わせなんて……。


(わたしが駿ちゃんに振られる未来が見える……。)


絶望的な気分。


けれど駿ちゃんは相変わらず照れくさそうな、困ったような顔で話し続けている。


「きのうの夜、家に着いたら、カバンのポケットに知らないスマホが入っててさあ。」


(きのうの夜……。)


駿ちゃんは春休みから、烏が岡にある予備校に通い始めた。

これも変化の一つ。

駿ちゃんは、今までは無理だと諦めていたレベルの大学に挑戦してみようと思い立ったのだ。

春期講習のあとは、月、木、金と週三回、部活のあとに通っている。

家に着くのは11時近くなるはず。


「びっくりしたよ。中を勝手に見るわけにもいかないし、警察にとどけるしかないかなあ、って思ってたら、ちょうど電話がかかってきてさあ。」


(“ちょうど?”)


見計らっていたか、何度もかけていたか、でしょう?


「画面に『自宅』って出たから、持ち主だと思って思い切って出たんだよ。そうしたら、やっぱりそうで、予備校で隣か前後の席に座ってた子みたいなんだ。『急いでてバッグを間違えたみたい。』って。スクールバッグって、誰でも同じようなのを持ってるもんね。だけどよっぽど急いでたんだね。大事なスマホを入れ間違えるなんてさ。」


(駿ちゃん……。)


あまりの純粋さに呆れてしまう。


いくら同じようなバッグを持っていても、女の子のバッグは男の子のとは明らかに違う。

みんな、自分のだと分かるように、マスコットやバッチで個性を出しているものなのだ。

だって、中には勉強道具以外の大事なものがいろいろ入っているのだから。


どんなに急いでいたとしても、駿ちゃんの何も付いていないバッグに間違えて自分のスマホ(!)を入れるなんてこと、絶対にあり得ない。

それなのに、そんなに簡単に信じてしまうなんて。


(まったく駿ちゃんはお人好しなんだから……。)


それこそが駿ちゃんだと言えばそのとおりなんだけど……。


「き、気の毒ね。」


駿ちゃんがわたしの返事を待っていることに気付いて急いで笑顔を作る。

その笑顔に返された笑顔に思わず見惚れると、駿ちゃんは恥ずかしそうに窓の方を向いてしまった。


「うん。でね、ほら、スマホだと無いと困るだろうから早く返してあげようと思って、今日の帰りに烏が岡で待ちあわせることにしたんだよ。予備校でその子に会えるのは金曜日みたいだったから。」


(そうよ、駿ちゃん。スマホは無いと困るのよ。そんなに大事なものを、他人のバッグに間違えて入れるなんてことはないのよ。)


そこには気付かないまま、予備校の通学日も話したんだ……。


やっぱりその子は駿ちゃんを狙っていると思う。

わたしの焼きもち的な勘ぐりではないと思う。


(あれ?)


「ねえ、駿ちゃん?」


「え、なに?」


(ああ、この優しい顔!)


なんて、和んでる場合じゃないのよ。


「その人とどうやって連絡を取るの?」


「え?」


「だって、もしもお互いに遅れたり行けなくなったりしたら困るでしょう? その人のスマホで?」


そうよ。

そこを教えて。


「ああ、僕の携帯電話の番号とアドレスを教えてあるから大丈夫。その人のスマホは僕が見るのは悪いから、電源切っちゃったし。」


(やっぱり〜〜〜〜!!)


そんなに素直な笑顔で答えるなんて、やっぱり全然疑ってないんだ。


「今日の4時に、烏が丘の中央通路で待ち合わせなんだよ。あの……、だから雅さん、もしよかったらそのあとどこかに行かない…かな?」


(う………。)


嬉しい。

ものすごく。

このお誘いも。

今の駿ちゃんの照れた様子も。


だけど。


だけど……。


「ええと……、今日はお母さんに頼まれた買い物があって……。」


(うわ〜ん、言っちゃった〜〜〜!!)


ウソをついちゃった。

本当は何もないのに。

本当は行きたいのに。


(だけど……。)


わたしが心配していることを本気にしてほしいんだもの!

駿ちゃんは女の子に気をつけなくちゃいけないって、分かってほしいんだもの!


「そうなんだ…。残念。」


とてもがっかりした様子で肩を落とす駿ちゃん。

わたしだって同じ気持ちだよ。


でも、ここは心を鬼にして我慢。


(とは言っても……。)


じっとしていられないから、こっそり見に行くつもり。

そして、駿ちゃんがピンチのときは助けてあげなくちゃ!








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