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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
★ おまけのおはなし ★
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  『マトリョーシカの新しい悩み』 (1)


わたしには、今、とても心配なことがある。

それは駿ちゃんのこと。


駿ちゃんとは2年生になったときにクラスが別れてしまった。

駿ちゃんは7組。わたしは1組。

理系と文系だから仕方がないけれど、ちょっと離れ過ぎていると思う。

とても淋しい。


とは言っても、それがそのまま不満というわけではない。

彼氏と同じクラスになれる女の子の方が少ないのだし。


わたしの心配はわたし自身のことはなくて、駿ちゃんのこと。

駿ちゃんの性格と……周囲の目。


だって……。


最近の駿ちゃんは、女の子に人気があるんだもの……。




駿ちゃんはもともととても優しいひと。

入学した日からそうだった。

知り合いがいなくて心細かったわたしに微笑みかけてくれた。


わたしが友達に誤解されて困っていたときも、親身になって助けてくれた。

そのあとも、いつもそばにいて、わたしの不安を取り除いてくれている。

どんなときでも自分よりもわたしのことを優先して考えてくれる。

自分が苦手なことも、わたしのためならやってみようとしてくれる。

そういう姿を見ると、胸がいっぱいになってしまう。


そういうところは最初からで、今も変わらない。

その駿ちゃんが、どうして最近になって人気が上昇したかと言うと……、雰囲気が変わったからだと思う。




わたしとのお付き合いが始まってから、駿ちゃんはよくうちに来るようになった。

“うちに来る” と言っても、ただ遊びに来るのとは違う。

農作業の手伝いに来てくれてるの。


農繁期の土日や夏休みに来て、草取りや収穫を手伝ってくれる。

お姉さんの穂乃香さんも一緒に。

駿ちゃんのお母さんは、家にこもりがちだった駿ちゃんが畑仕事をすることをとても喜んでくれている。

うちには駿ちゃんと穂乃香さんの長ぐつが、いつでも用意してある。


穂乃香さんはもうすぐお兄ちゃんと婚約する予定で、農家の跡取りのお嫁さん候補としてやる気満々。

気取りのない穂乃香さんは農作業が楽しいと言っているし、夏休みにはトラクターを運転するための免許も取るつもりでいる。

うちにもすっかり溶け込んでいて、来ているときはいつも賑やかな夕食になる。


最初のうちは、駿ちゃんは力仕事が得意じゃなくて、コンテナを運ぶときによろよろしていた。

次の日には筋肉痛で歩くのも辛そうだったり。

けれど、秋になるころにはすっかり逞しくなって、荷物を運ぶ姿も板についてきた。

ねこ ―― 手押しの一輪車のこと ―― も上手に扱えるようになった。

たくさん外で過ごしたので、日に焼けて、大きな声ではきはきと話すようになった。


その結果……。


今の駿ちゃんはとっても凛々しい。


お洒落が苦手な駿ちゃんは、今も以前と同じメガネをかけて、同じ髪型をしている。

背はもとから高かったし、急におしゃべりが上手になったわけでもない。

でも、肌の色と話し方で、ずいぶんと違う。


本人も、自信がなかった力仕事がこなせるようになって、気持ちが前向きになったと言っている。

それが普段の態度にも影響していて、不安そうな顔をあまりしなくなった。

ゆったりと落ち着いて来て、真面目な話をするときは考え深そうな目をする。

全体的に何となく大人びた雰囲気になった。

少し可愛い感じだった笑顔が男の子らしくなって、笑い声も明るくなって……何度見ても見惚れてしまう。


優しくて。

見た目も良くて。

男らしくて。


……彼氏自慢をしてるわけじゃありません。本当に。



もちろん、こういう変化が嫌なわけじゃない。

自分の彼氏が素敵なひとだっていうのは、気持ちがふわふわするくらい嬉しいもの。


でも、同時に不安でもある。

駿ちゃんが女の子たちに注目されてしまうから。

わたしみたいなトロくて容姿も十人並みの女の子では、ほかの女の子たちにはかなわないから。


駿ちゃんは最初のころからずっと、わたしが駿ちゃんを好きだということが信じられない、なんて言ってくれる。

駿ちゃんの目には、わたしは実物よりもずっと可愛く見えているみたい。

そして、自分のことは人並み以下に。

本当は逆なのに。


その証拠に、2年生になってから、新しいお友達に「ミヤちゃんの彼氏、カッコいいね。」って何度も言われてる。

一緒に電車に乗っているとき、他校の生徒が駿ちゃんをチラチラ見ているのに何度も気付いた。

駅から学校までの道で、駿ちゃんに「おはよう!」って言ったあと、わたしに挑戦するような視線を投げてくる女の子もいる。

テンちゃんは、それはわたしの勘違いだって、駿ちゃんがモテたりするはずないって言うけど……。


でも、間違いないもん!



駿ちゃんも、そういうことが全然わかっていない。

わたしが「注目されてるよ。」って言っても、「まさか。」って笑うだけ。

だから、ほかの女の子たちに警戒するということがない。

誰にでも優しいし! 親切だし! 笑顔で話をするし!


……まあ、不親切で無愛想な駿ちゃんなんて想像できないけれど。


お昼休みにテンちゃんに用事があって7組に行ったら(だいたい、どうしてテンちゃんばっかり駿ちゃんと同じクラスになるの?)、駿ちゃんは女の子三人に囲まれていた。

わたしに気付いたら、嬉しそうに笑って話しに来てくれたけど、あの三人とだって楽しそうに話してた。

彼女たちの方がわたしよりも一緒にいられる時間が長いことを考えると……。


べつに、駿ちゃんが浮気をすると思っているわけじゃない。

誠実な駿ちゃんが、そんなことをするはずがない。

だけど、わたしよりも魅力的な女の子はたくさんいる。

そういう子に囲まれていたら、駿ちゃんがわたしがつまらない女の子だって気付くんじゃないかな?

そしたら……。


だから、心配。



だったら、わたしが何かすればいいのかも知れない。

でも、何を?


積極的に何かをするなんて無理。

恥ずかしすぎる。


お友達には手をつないだりしている子もいるけど、わたしには自分が人前でそんなことができるとは思えない。

恥ずかしがり屋なのは駿ちゃんも同じで、今でもわたしたちは “見つめ合う” ことさえできない。

考えただけでも恥ずかしい。

お互いのことをお友達に話すことも。

のろけ話とか、とんでもない!


もしかしたらそのせいで、駿ちゃんに彼女がいるとは思われていないのかも。



駿ちゃんに、自分がモテるってことを自覚してほしい。

周囲に集まって来る女の子たちに警戒してほしい。


それが、今のわたしの願いなの……。









まあ、のろけ話です……。

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