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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
★ おまけのおはなし ★
91/95

  『桜と涙とハックルベリイ』 (2)


なるべく声を出さないように、それでもかなり激しく泣いた。

ふと気付いて時計を見ると11時を過ぎたところ。

久しぶりに会ったのに、一時間足らずで振られてしまうなんて。


(こんな顔じゃ、人の中に出て行けない。)


まだしゃくりあげながらも、このままここに居るわけにもいかないと気付く。

とりあえず落ち着くために、休憩所のベンチへと移動。


鼻をかみ、頬の涙を拭って顔を上げると、遊歩道から一段高いベンチからはさっきよりも広く海が見えた。

太陽の光にキラキラと輝く波は、龍野くんと一緒に見た雨上がりの海を思い出させて……。


(ダメだ……。)


またしても、涙。

止めようと思っても、あの日から今日までの思い出が次々と浮かんできてしまう。

バッグの中のスケジュール帳のことも。

龍野くんにもらったメモは、言葉を全部覚えるほど繰り返し見た……。


目をこすると赤くなるので、あふれる涙をハンドタオルで押さえるように目を覆う。

それでも、いつまでたっても涙は止まらない ――― 。






カサ ――― 。


どれくらいの時間が経ったのか。

耳が、枯れ葉を踏むような音をとらえた。

一気に体が緊張する。


(まさか……痴漢……?)


来るときに見た看板が頭に浮かぶ。

音はまだそれほど近くはなかったけれど……。


(どうしよう? 怖い! でも、普通の散歩の人かも知れないし……。)


分からないけど、ぐずぐずしていて襲われたら怖い。

どちらにしても、泣いているのを見られたくないし。


(もう、顔なんてどうでもいいや!)


慌てて決心し、急いでタオルを外してバッグに手を掛けながら立ち上がると、もうすぐそこに、こちらを向いた足が!


「ひ……!」


(つかまっちゃう!!)


恐ろしさのあまり両手を胸の前で握り合わせて身構えた途端、目の前の靴に見覚えがあることに気付いた。


(もしかして……?)


足元から上へと相手の姿をたどってそうっと視線を上げる。

最後に目に入ったのは、バツの悪そうな顔をした龍野くんの顔だった。


ほっとすると同時に、恐怖が一気に怒りに変わる。


「もう……、なんで?!」


さっきのショックも加わって、気持ちが押さえられない。


「びっくりするじゃないの! 帰るなら、さっさと帰ればいいでしょう?! わたしのことなんか、ほっといてよ!!」


一息に怒鳴って、龍野くんを睨み付けた。

わたしの勢いに半歩下がりつつ、龍野くんが両手を上げてなだめるように言う。


「あ……、ごめん。途中まで行ったんだけど……、さっき、痴漢の看板も立ってたから……その、一応見に行こうと思って……。」


こんなときにまで、心配してくれたのだろうか?


でも、この人はわたしのことを好きなわけではない。

その優しさがわたしを余計に苦しめるとは気付かない。


「あの……、駒居……泣いてた……?」


その質問に、また怒りが燃え上がる。


「そうよ! だから何?! わたしが泣いてちゃ変だって言うの?!」


わたしの剣幕に、龍野くんが慌てて「いや。」と否定。


「わたしだって女の子なんだから、振られて泣くぐらい、したって当然でしょ!」


喰ってかかったわたしの前で、龍野くんが驚いた顔をした。

どうしてここで驚かれるのか、さっぱり分からない。

まさか、わたしを男だと思っていたとか?


「『振られた』って……?」


「はあ?!」


龍野くんの意味不明の質問に、また腹が立つ。

さっき自分が何を言ったのか、もう忘れたのだろうか?

呆れながら、何て言い返そうかと迷っているうちに、信じられない言葉が。


「俺……、駒居が断りたいんだと思ったから……。」


(自分の言ったことをわたしのせいにするなんて!)


「何それ?! わたしがいつ、そんなことを言ったっていうの?!」


「いや……、言わないけど……。」


龍野くんは、いったい何を考えているんだろう?

全然分からない。


考えることを諦めて龍野くんを睨む。

そんなわたしから視線をそらしたまま、龍野くんが言った。


「断りたいとは言わなかったけど……、返事をくれなかったから……。」


「……返事?」


もしかして、わたしの…返事?


「何度訊いても『今度』って言われてばっかりだったし……。」


だって。


だって、それは……。


「いつまでも返事をくれないってことは……断りたいんだなって……。駒居は気を遣うから、俺に言い出せないんだなって……。だから……。」


(だから、龍野くんが言ったの……?)


「そ、んな……。」


そんな。

そんなことって。


でも。

じゃあ。


両手を伸ばして龍野くんの腕にそっと触れる。

そのまま袖をぎゅっと握ると、龍野くんがわたしを見た。


「わたし……クリスマス・プレゼントも、バレンタインのチョコもあげたのに……。」


こんなに間近で見上げるのは初めて。

龍野くんの顔に淋しげな表情が浮かぶ。


「うん……。だけど、ああいうのは…友達同士でもやるだろう?」


そうだけど。


「でも……、受験があるんだもの。手作りのものとかは時間がないって、分かってくれると……。」


「そんなことじゃないよ。そうじゃなくて。」


龍野くんが苦しげにわたしの言葉を遮った。


「じゃあ……?」


「ただ……保留のままになっていた返事が……欲しかったんだ。」


返事が……。


「わたし……分かってると思ってた……。」


もうずっと前に答は出ていたのに。

分かってくれていると思って ――― 照れくさくて、言わなかった。


「そうかも知れないと思った。最初のころは確信してた。だけど……だんだん不安になって……。」


不安に?


「どうして……?」


わたしの質問に、龍野くんが目をそらす。


「俺が……一歩進みたいと思ったから。」


「一歩……?」


「駒居……『触っちゃいけない』って言っただろう? 俺だけ一方的に思ってるのかと……。」


言いながら視線を戻した龍野くんと間近に目が合って……。


( “触っちゃ…” って……。)


龍野くんの言葉の意味と今の自分の姿を確認して、たちまち首から上が熱くなる。


(やだ、どうしよう?! こんなときに赤くなるなんて、そんな……。)


これでは気持ちを口に出しているのと同じだ。

焦れば焦るほどパニックになって、そんな自分を見られたくなくて……。


「やん。見ないで。」


慌てて顔を隠そうと額を押し付けたのは、龍野くんの服……というか、胸。

一番近くにあったのがそれだった。

どすっとぶつかった衝撃で自分が何をしているのか気付く。

しかも、わたしにはあまりにも不似合いな、あんな甘えた声が出てしまうなんて!


「あ、あれ? 駒居? え? うそ?」


龍野くんのおろおろした声が聞こえる。


(どうしよう〜〜〜〜!)


パニックになっているのか、両手は龍野くんの服をますます強く握りしめる。

顔を隠しても、絶対に耳まで赤くなっているのは間違いない。

ドキドキするし、恥ずかしいし、顔を見られたくないし、言い訳しなくちゃいけないし!


(だけど…とにかく一番重要なことを言わなくちゃ。)


「ああ、あのあのあの……、あのね、へん、返事はっ、いいいい…イエスです。終わり終わりっ!」


あまりにも恥ずかしいので、一気に言って、問題を終了させることにした。


「え? あ……、ホントに……?」


ゆっくりの問いかけにうんうんと頷く。

それ以上は恥ずかしいので尋ねないでほしい。


龍野くんが大きく深呼吸をしたのが胸の動きでわかった。

それからわたしの背中と頭を抱えるように、そっと腕がまわされた。


「戻って来てよかった………。」


聞こえた言葉のあとに、ぎゅうっと体が締め付けられる。


(やーん、恥ずかしい! 苦しい!)


龍野くんの力が強くて、肺の空気が全部出てしまう。

動いても、龍野くんの力は弱まらない。

緊張して握ったままだった袖を放し、もがきながらどうにか両手を二人の間に移動させる。

そのまま無理矢理体を反らせて、文句を言うために龍野くんを見上げた。


「あの、あのね ――― 」


……それ以上は言えなかった。

龍野くんが、あんまり優しい目をしているから。


「……いい。何でもない。」


また恥ずかしくなって、顔をそむけて龍野くんの胸に頭をつけた。


(だって、力を緩めてくれないんだもん。どこにも逃げられないし……。)


ふっ、とため息と一緒に力を抜くと、低く笑う声が、胸に押し付けた耳に聞こえた。

それから、またぎゅうっと抱き締められたと思ったら、こんな言葉が。


「こんなに可愛い駒居って初めてだ。」


(「可愛い」って……、いや〜ん、もう!)


また自分の顔が赤くなって行くのが分かる。

もう絶対に顔を上げられない。


「俺、やっと分かったよ。」


龍野くんの胸を通して聞こえる声に、ほっとした響きが混じっている。

それがわたしの言葉と態度によるものだと思うと、照れくさいながらもほっとして、幸せな気分になった。

けれど、やっぱりいつもの強気な態度が表に出てしまう。


「……何が?」


「駒居って、気が強そうに見えるけど、本当はすげえ恥ずかしがり屋なんだろ?」


(………。)


「だから、これからは俺が積極的になることにする。」


(せ、積極的にって……?)


驚いて体を緊張させたわたしの髪を撫でながら、龍野くんがつぶやく。


「うーん……、胡桃? くーちゃん? うん、 “くーちゃん” だな。」


(まさか……。)


「これからは駒居のこと、『くーちゃん』って呼ぶ。」


「え、あの、それは。」


わたしには似合わないからやめてほしい……と、言うつもりだった。

でも、龍野くんの顔を見上げたら、その言葉は勝手に変換されて……。


「誰もいないときなら……いいけど。」


恥ずかしくてちらりとしか視線を合わせられなかったけど、龍野くんがにっこり微笑んだのはわかった。

そんな笑顔を見せられて嬉しくて、でも素直に笑顔を返せずにいるわたしを、龍野くんはまた抱き締めた。


「くーちゃん、可愛い♪」


(やっぱり恥ずかしい!)


龍野くんがこんなに気持ちを行動に出すひとだとは思わなかった。

今まで手だってつないだことがなかったのに……というのは、わたしが返事をしなかったせい?



頭の上では龍野くんがくすくす笑っている。

わたしはどうしたらいいのか困り果てながらも、腕の中の安心感と居心地の良さにほっとして、そっと頭を預けてみる。

それから心の中で一言。


(大好き。)


早とちりのところも。

心配になると、じっとしていられないところも。


本当は、今まで何度も心の中で言ってきた。

今度はいつか……、いいえ、近いうちに、声に出して言おう。




でも……、やっぱり恥ずかしいな。

無理かな。




      『桜と涙とハックルベリイ』 おしまい。





次はあの二人です。

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