表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『HAPPY MAGIC』
81/95

2  回想(1)


俺が図書室に通い始めたのは2年の夏休み前だ。

それまでの俺は、すべてにやる気をなくしていた。

入学からずっと。


その俺を勉強に向かわせたのは児玉先生だった。




俺は、中学は地元の公立校ではない。

県外にある私立の中高一貫の男子校に通っていた。

学力の高いことで知られる伝統校で、偏差値の高い大学に多くの合格者を出していた。

中学受験で合格したとき、親も祖父母も喜んだ。

もちろん、自分も嬉しかった。


学校は楽しかった。

勉強ではライバルと競い合い、文武両道をうたっている学校だったから、部活も充実していた。

それが軋み始めたのは中3のときだ。


夏休みのあと、俺は級友二人と一緒にいたずらを始めた。

特に理由なんかない。クラスメイトをちょっとからかうだけ。

例えば、誰かの机の上にあるペンケースを隣の机に移動させておくとか。

誰にも気付かれないようにやって、本人が首を傾げたり、周囲が笑ったりするのが楽しかった。


けれど、いつの間にかその対象が、特定の一人 ――― “A” としておこう ――― に絞られていった。

たぶん、俺たち三人の中に、Aに対する嫉妬や偏見があったのかも知れない。Aの家は特に裕福だと知られていた。

Aの戸惑いや困った様子を見ると、嫌な満足感があった。


当然のように、Aに対するいたずらは少しずつエスカレートして行った。

移動させるものが机の上のペンケースから、机の中の教科書やノートになり、体操着や靴になった。

簡単には見つからない場所に隠すようになった。

こうなると、もう “いたずら” ではなく “いじめ” だ。

けれど、俺たちは “遊び” の一種だと思っていた。 ――― いや、分かっていたけれど、「このくらいのこと。」と自分で思い込ませていただけだ。


Aは唇を噛んで耐えているだけで、誰にも相談していなかった。

それを見ると罪悪感でイライラしてしまい、そのイライラをAのせいにして、さらにAをいじめる言い訳にした。


12月に入ったころ、仲間の一人がAのカバンを開けて財布を取り出した。

そこで初めて、俺は「ダメだ。」と言った。「やめよう。」と。

さすがに財布に手を出すのはヤバいと思ったから。

それに、そのころは俺の罪悪感もピークに達していて、本当はそんな遊びから手を引きたかったのだ。


仲間の二人は顔を見合わせただけで、すぐに財布をカバンに戻した。

俺はそのあと二人に、「こんなことはもう面白くないからやめよう。」と言った。

二人は「そうだな。」と言った。


それから2日後。

俺は担任から呼び出された。


呼び出された先は『生徒指導室』。

行ってみると、担任のほかに生徒指導の先生と母親がいた。

すぐに、Aの件で呼び出されたのだと察しがついた。


罪悪感は持っていたものの、相変わらず「あのくらい。」と自分に思い込ませていたから、最初はバレたことに腹が立った。

けれど、話を聞くうちに、腹立ちは無力感に変わっていった。

俺は仲間だと思っていた二人に裏切られたのだ。


いや。

あの二人にとっては、裏切り者は俺だったのかも知れない。

「やめよう。」なんて言ったから。


先生の話はこうだった。


Aがあの二人と一緒に担任のところに行き、自分がいじめの被害に遭っていたことを話した。

被害の内容は、俺たちがやってきたことそのままだった。

けれど、最後は俺の知らないことだった。


俺以外の二人はAに謝った。

そして、いじめを先導したのは俺だった ――― 。


反論しようと思えばできたのだと思う。

でも、その話を聞いた時点で、 “もうどうでもいい” と思ってしまった。

先生たちにとっては、二人がAと一緒に申し出て来たという事実がある。

一応、「きみの話も聞きたい。」と言われたけれど、先生たちが俺を首謀者だったと決めつけているのはほぼ確実に思えた。

俺の成績が良かったことが、俺が二人よりも優位に立っていたという証拠のように思われていることも、言葉の端々に感じた。

悪知恵を働かせて、隠れて要領よく誰かをいじめるような……。


俺はその話を認め、母親はただひたすら頭を下げた。

俺もぼそぼそと反省の言葉を口にした。

母親はAの家に謝りに行くと言ったけれど、先生は、「本人が家族に言いたくないと言っているので」と学校の中で収めることになった。

俺は反省文を書き、親は家庭での指導をしっかりとするように、と言われた。


その晩、俺は両親に叱られた。

父親も母親も、それまでいい子だと思っていた俺の素行にがっかりしたに違いない。

けれど、二人とも自分の気持ちについては何も言わなかった。

ただ、他人をわざと傷付けること、見つからないのをいいことに悪いことをするのがどんなに酷いことかをこんこんと言い聞かせた。

俺はただ「はい。」「はい。」と頷いていた。

すでに罪悪感を味わったあとだったので、心の中で、もう絶対にやらないと決めていたし。


説教が終わって解放されたとき、俺はふっと、最後の部分だけは違うと言ってしまった。

どうでもいい、誰にも信じてもらえなくてもいい、と思っていたのに。

この世界の中の誰もが俺が一番悪者だと思っている、ということが何とも言えない気分だったから。


両親は俺の話を信じてくれた。

そして、学校に説明しようと言ってくれた。

でも、それは断った。

先生たちが俺に偏見を持っていると感じてしまったし、親に庇われるのは嫌だった。

だから、そのままにした。


翌日、学校に行くと、級友たちは俺を避けた。

あいさつをしても引きつった顔を返されるばかりで、俺は自分の立場を知った。

Aをいじめていた首謀者、最後まで名乗り出なかった卑怯者、だ。

遠巻きにする級友たちの方には視線を向けず、誰とも話さない日が続いた。


そして1月の終わりにまた親と一緒に呼び出され、「内部進学はさせられない。」と告げられた。

学力要件は満たしているが、素行に問題があるから、と。

エスカレーター式に進学できるこの学校で、進学できない理由はそれしかない。


驚いた母親は、その場で俺が首謀者ではなかったことを説明した。

けれど、先生たちは会議で決まったことだと言うし、母親の言葉は単なる身内びいきだとしか思ってもらえなかった。

それに、俺は学校の決定を聞いた時点で、もう何がどうなってもよくなっていた。

だから、母親を止めて、家に帰った。


夜、父親にその話をしながら涙を拭う母親を見て、あの学校に合格したことを喜んでくれた二人には悪いことをしたな、と思った。

それと、二つ下の弟が通っているほかの私立中学に、この話は伝わるのだろうか、と。

俺のせいで弟が嫌な思いをするのは可哀想だ、と。


両親は必死で色々な高校のレベルや入試日程を調べた。

俺は小学校時代の知り合いに会わないように、なるべく遠くの学校にしたくてここを選んだ。

親はもっとレベルの高い学校を勧めたけれど。


中学の卒業式のあと、Aが謝りに来た。

俺が内部進学できなかったことを知って悩んでいたと言った。

そして、担任への報告は、あの二人の提案だったと知らされた。

提案と言っても、半分は脅しのようなものだ。

あの二人がAへの行為をやめる代わりに、俺がいじめのリーダーだったと証言するように、と。


そんなことは、もうどうでもよかった。

それよりも、Aに謝られたことが胸にこたえた。

俺は最後まで、Aに謝ることができなかったから。




そして高校の入学式の日。

俺は何の希望も持っていなかった。

とにかく3年間、ほかの同い年の子どもと同じように学校という場所で過ごせればいいと思っていた。


一方で、外で中学の知り合いに会うのを恐れて、銀縁メガネをやめてコンタクトにした。

鏡に映った俺は、何の特徴もないぼんやりした高校生だった。

それを見ながら、これが本当の自分だったのだ、中学時代の俺はなんて傲慢だったのだろう、と思った。


新しい級友に話しかけられても、簡単に頷いたり、相槌を打ったりすることしかしなかった。

誰かと親しくなるつもりなどなかったから。

そのうち、俺はおとなしい性格だと判断されたらしい。

無視されるということではなく、適当に放っておいてもらえるようになった。


高校生活に何も希望など持っていないと思っていたのに、大きなショックを受けたのは6月のこと。

初めての中間テストだ。


この学校は成績を貼り出したりはしないけれど、個人別の成績表をくれる。各科目の点数と学年での順位を入れたものだ。

俺は5教科とも3位以内に入っていた。

それがショックだった。

そして、そうやってショックを受けたということに、もっと落ち込んだ。


成績表を見てショックを受けたのは、自分が当然トップを取れるものと思っていたせいだ。

この学校のレベルなら、あの中学で上位だった俺には楽勝だと。


そして、そんなことを思っていた自分に嫌気がさした。

“どうでもいい” と言いながら、実は心の底でそんなことを考えていたなんて。

成績がいいというプライドにこだわって、中学時代の傲慢さを、未だに捨てきれずにいたなんて。


自分を軽蔑した。



何もやる気がないまま死んだように一年間を過ごし、2年生になって、児玉先生が担任になった。








中学校のおはなしは、まったくのフィクションです。

モデルとか、どこかで聞いたとか、そんなことはまったくありません。

念のため。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ