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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
79/95

36  2月14日(月) 本当の気持ち


今年のバレンタインは月曜日。

三人姉妹の我が家は、毎年、バレンタイン前の休日はとても賑やか。

三人でキッチンとダイニングを占領してお菓子作りに励む。


わたしが渡す相手は、広瀬くん以外は全部女子。所謂 “友チョコ” 。

広瀬くんだって彼氏ではないのだから、厳密にいえば “友チョコ” ではある。

けれど、一応男の子だから、広瀬くんの分だけは少し凝ったものにした。



夜になって、手提げ袋に詰めながらどうやって渡すか考えていたら、広瀬くんから電話が来た。

昼間の試合で活躍できたことを報告してくれるために。


冬に入ったころから、広瀬くんは試合に出られる回数が増えてきて、最近はほぼレギュラーと言えそう。

嬉しそうな声を聞きながら、わたしも嬉しくなる。

どこからどうパスがつながったとか言われても、わたしにはよく分からなかったけれど。


「明日はバレンタインだからチョコを渡したいんだけど、いつがいい?」


話題が一段落したときに切り出した。

すると広瀬くんは「あ。」と言ったきり、黙ってしまった。


あまり何も聞こえないので、もしかしたら用事でいなくなってしまったのかと思い始めたころ、ようやく答えがあった。


「あのう……、帰りでもいいですか?」


何か言いにくいことを言うような調子に、以前の広瀬くんを思い出した。

夏ごろは緊張して上手く話せないことが多かったけれど、最近はそんなこともなくなっていたから。


「帰りって、部活のあとってこと?」


「はい。明日はボラ部もありますよね?」


ボラ部が終わって学校を出るのは、ほとんどの運動部よりも早い。着替えやミーティングに時間を取られないから。

広瀬くんに合わせるとしたら、わたしはみんなと別れて待たなければならない。

でも、広瀬くんにチョコを渡すと言えば、みんなは笑って納得してくれるだろう。


「うん、いいよ。どこで待ってればいいかな?」


広瀬くんが指定したのは、学校ではなく駅だった。

夏休みに待ち合わせたことがある、学校と反対側のロータリーにあるコンビニの前。

サッカー部の人たちに、チョコをもらうのを見られるのは恥ずかしいのだろう。


(相手は彼女じゃなくて、わたしなのにね。)


電話を切ってから、なんとなく胸がくすぐったかった。





コンビニの前に着いたのは5時55分。

少しずつ夕暮れは遅くなってきているとは言え、やっぱり結構暗かった。

北風が冷たいけれど、学校から歩いてきた体はポカポカと温かい。

広瀬くんは自転車通学だから、学校から駅まではあっという間のはず。

それほど待たなくても大丈夫だろう。


スクールバッグと広瀬くんに渡す小さい紙袋を提げて、コンビニの灯りの届くところに立った。

何気なく携帯を確認したら、広瀬くんからメールが来ている。


『すみません! 6時10分くらいになりそうです。どこか暖かい場所で待っていてください!』


学校を出るのが遅くなってしまったのかも知れない。

優しい心遣いに、わたしの心がほっこりする。


暖かい場所と言っても、駅のこちら側は小さなお店とスーパーしかない。

駅の反対側の駅ビルに行くのは面倒だし、ドーナツ屋に入るには時間が足りない。

とりあえずコンビニに入り、ゆっくりと店内を回り、最後に温かいミルクティーを買って外に出たのが6時8分だった。


「先輩!」


出た途端に広瀬くんの声が聞こえた。

見回すと、駅の階段の方から広瀬くんが駆けてくる。

制服の上にダッフルコートを着て、サッカー部のエナメルバッグを肩に掛けて。

近付いてくる笑顔の広瀬くんに、わたしも笑顔で手を振って応える。


「自転車は?」


にこにことわたしの前に立った広瀬くんに尋ねると、駐輪場に入れてきたという答え。


(この場所なら自転車を引いて来れば平気なのに……?)


不思議に思ったけれど、何か用事があるのだろうと納得した。


「はい、これ、チョコレート。いつも色々とありがとうございます。」


少し照れくさいので、おどけてわざと丁寧に言いながら紙袋を差し出す。

それを嬉しそうに受け取ってくれた広瀬くんを見ながら満足感に浸る。


チョコレートを渡したら用事は終わりだ。

帰らなくちゃと思うのに、「じゃあね。」の一言が簡単には出て来ない。


すると。


「先輩。これ、先輩に。」


目の前に差し出されたのは、可愛らしい花束。

ガーベラとチューリップのピンクに小さな白い花。

短めに整えられた花束にはピンクと薄紫のリボン。

顔を上げると、いつもの広瀬くんの笑顔が。


「え……?」


よく分からなくて首を傾げると、笑顔の広瀬くんが言った。


「これを買ってて遅くなったんです。外国では男からプレゼントもあるって。だからこれ、俺からです。その……、」


そこで言葉を切って、広瀬くんは下を向いた。

けれどすぐに顔を上げて、今度はわたしをしっかりと見て。


「俺からの、本命花束。」


(ホンメイ…花束……? 本命……? あ?!)


「ほっ、ほん…、」


あんまりびっくりしてしまって、口をパクパクさせてしまった。

そんなわたしを変わらない笑顔で見ている広瀬くん。


「はい、本命です。俺の気持ち、受け取ってください。」


「え、あの、でも。」


おろおろしている自分がどうしようもなく子どもに思えてくる。

横を通り過ぎて行く人がこちらをじろじろ見ていることに気付いて、とにかくこの場を収めなくちゃと思った。


「あの、ちょっとちょっと。こっち。」


花束は受け取らず、差し出された広瀬くんの腕を両手でつかんでコンビニの横に移動。

そのまま広瀬くんの隣に立って、周りに聞かれないように話しかける。


「あの、本気?」


我ながらとぼけた質問だと思う。

けれど、どうして急にこういうことになったのか、まだ理解できていないのだから仕方ない。


「はい。」


広瀬くんは迷わず答えた。


「わたし、年上だよ?」


「そんなこと、最初からわかってますよ。」


今度は楽しそうな顔で。

なんだかからかわれているみたい。


すると今度は、広瀬くんは優しい表情になって付け加えた。


「年下はダメですか?」


(な…、なんで……?)


いつの間にこんな表情をするようになったのだろう?

以前とは立場が逆転しているような気がする。

ずっと、 “可愛い後輩” って思っていたのに。


「あの、いえ、ダメとは……。」


今までの広瀬くんとの思い出が次々とよみがえる。

図書室で見た笑顔。照れている顔。傷付いた顔。嬉しそうに駆けよって来るところ。泣いている姿。

でも、今、目の前の広瀬くんは ――― 。


(いつの間に……。)


今、わたしは見上げている。

会ったばかりのころには同じくらいの背の高さだった広瀬くんを。


「年下……でも、悪くはないけど……。」


悩んでしまう。

広瀬くんに不満はないけれど、わたしは雪見さんが好きだったのに。

男性が年上のカップルに憧れていたのに。


(すぐにOKしたら、なんだか誰でもいいみたいに思われそうだよ……。)


迷っていたら、それまで笑顔だった広瀬くんがすっと視線をそらした。

淋しそうな顔をして、手に持った花束を見つめて。


「やっぱり、俺だからダメなんですね……。」


「そっ、そんなことないよ!」


慌てて否定したわたしを、広瀬くんは見ようとはしない。

それどころか、ますます顔をそむけてしまう。


「いいんです。俺、全然頼りにならないし。」


(わーん、どうしよう!)


「ち、違うの。広瀬くんでいいんだよ。全然オッケーだよ。ほら。これ、花束もらうから。ね?」


大急ぎで広瀬くんの手から花束を取り上げる。

それから顔を上げると ――― 広瀬くんのいつもの笑顔が。


(もう機嫌が直ってる?! もしかして……。)


お芝居だったのかも。いつものように。

でも、こんなことに使うなんて……。


“やられた!” と思っているわたしを、広瀬くんがくすくすと笑っている。

ちょっと腹が立ったけれど、胸に広がる温かな甘さがそれを絡め取ってしまう。

あんなお芝居をしてまで、わたしにOKさせたかったのかと思うと……。


「……もう。」


簡単に笑顔を見せるのは負けのような気がして、軽く睨んでみた。

広瀬くんは全然気にせずに、澄ました顔をしている。

それを見たら、ため息が出た。


(まあ、いいか。)


力を抜いたら、今度はなんだか楽しい。

これからは、今までよりも少し距離が近くなる?


(そう言えば……。)


ふと、文化祭で見た雪見さんと児玉先生の姿が目に浮かんだ。

並んで立って、幸せそうに言葉を交わしていた二人。

雪見さんと児玉先生も、雪見さんの方が年下だ。


(あんなふうになれる?)


なれるかも知れない。

広瀬くんとなら。


もう一度広瀬くんを見上げると、広瀬くんはおどけて可愛らしく首を傾げてみせた。


「まあ、可愛い!」


それに感激したふりをして、手を伸ばして頭をぐしゃぐしゃと撫でてあげる。

慌てて髪を直す広瀬くんを笑って、言ってみた。


「改札口まで送ってくれる?」


言ってみて分かった。

こういうことを言うのはかなり恥ずかしいって。


「あ。はい!」


でも、広瀬くんの顔を見て思った。

こんなに喜んでくれるなら、これからも言おうかなって。



駅の階段を上りながら手がぶつかった。

二人とも慌てて手を引っ込めてしまい………。



手をつなぐのは、まだ当分先みたい。






      ----- 『運命のひと。』 おしまい。 -----





4つ目のおはなし『運命のひと。』はこれで終了です。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


ひとつ前の『ハックルベリイ…』が、自分の中で予想外に強い印象が残ってしまい、このおはなしに頭を切り替えるのが少し大変でした。タイトルもなかなか決まらなくて…。



次でこのシリーズは終わりになります。

楽しんでいただけたら嬉しいです。


虹色

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