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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
78/95

35  時間とともに


高校2年生の後半は忙しく過ぎて行った。

修学旅行、勉強、部活。

特に何かがあるわけではないのに、飛ぶようにカレンダーが進む。


大きな事件はなかったけれど、一つだけ予想外の経験をした。

男の子から告白されたのだ。


そういうことに漠然とした憧れはあったけど、経験してみると、あまり嬉しいものではなかった。

もしかしたら、断らなくちゃならなかったからかもしれない。

なにしろ、相手が宮原くんだったから。



べつに宮原くんが性格が悪いというわけではない。

明るくてスポーツが得意な宮原くんは、友達が多いし、女子にも人気がある。

けれど、わたしはどうしても反感を消せないでいる。

それは、夏休みに見たことのせいだ。


広瀬くんからおはなし会のメモをもらうために、雀野駅で待ち合わせをした日。

サッカー部の遠征から帰って来た広瀬くんと一緒にいたのが宮原くんだった。

改札口の前で、広瀬くんが顧問の内田先生に厳しい調子で何か言われていたとき、宮原くんも先生と一緒に怖い顔をしていた。

慰めたり、フォローしてくれたりする様子はなかった。


広瀬くん本人は叱られたことを当然だと言っていたし、今となっては忘れているかも知れない。

わたしだって、教え子や後輩を厳しく指導することに反対するわけではない。


だけど……。


なんだか悔しいのだ。

あの日、まっすぐな目をして「もっと上手にならなくちゃ」と言った広瀬くんを知っているから。


それに、雪見さんのことで電話をくれたときにも、広瀬くんを馬鹿にするようなことを言った。

はっきり言って不愉快だ。


さすがに普段の会話の中でそれを表に出すほど、わたしは子どもじゃない。

だから宮原くんは気付かなかったのだと思う。

わたしが断ったことが、どうしても納得できないようだった。



小さい事件ならときどきあった。

一つはボラ部でやっている『図書室へ行こう!』計画。


冬休みが終わってすぐ、わたしと聡美が体育館の掃除に行ったときに聞いてしまったことが発端だ。

児玉先生が、仲の良い体育の小野先生と “雪見さんが、図書室の利用者5倍にチャレンジしている” という話をしていた。

話の様子では、なかなか難しい状況のようだった。


5倍だなんて、目標が大き過ぎる理由はよく分からなかったけれど、聡美と相談して、ボラ部に協力を呼びかけようということになった。

雪見さんにはお世話になったし、達成できれば児玉先生も嬉しいだろうから。

もちろん内緒で。


部員たちは面白がって賛成してくれて、それ以来、みんな週に3〜4回は図書室に行っている。



もう一つは、菜穂ちゃんがびっくりした話。


2月になって、家庭科の授業で放課後に被服室を開放することになった。

レポートの課題でミシンやアイロンを使う生徒が出るからだ。

そのため、わたしたちボラ部は隣の調理室に活動場所を移していた。

けれど、活動日が週に2回しかないわたしたちは慣れなくて、間違えて被服室に行ってしまう部員もいた。


2月の2週目のある日、調理室に集まっていたわたしたちに、廊下からものすごい悲鳴が聞こえた。

部員は全員驚いてビクッとし、それから顔を見合わせた。

その間に、もう一つ悲鳴を上げながら調理室の廊下を右から左へと走って行く人影が、戸のすりガラスを通して見えた。


どうやら隣の被服室で何かがあったらしいと気付き、同時に、悲鳴は遅れて来る予定だった菜穂ちゃんのものだったと気付いた。

間違えて被服室に行ったのだ。


何が起こっているのか気になったけれど、気味が悪くて、誰も見に行く勇気が出なかった。

小声で相談していると恐ろしい想像ばかりが飛び出して、廊下に出てみることすらできずに、息をひそめているしかなかった。

そのうち菜穂ちゃんが先生を呼んでくるだろうと思ったし。


まもなく廊下を背の高い人影が通って行き、隣の被服室の戸を叩く音がした。

「入るよ〜。」と聞こえたのは雪見さんの声だった。

菜穂ちゃんが駆け込んだのは、職員室ではなく図書室だったのだ。


疲れ切った菜穂ちゃんが調理室に来たのは、その15分くらいあと。

説明によると、菜穂ちゃんが被服室を開けたらそこには男子だけしかおらず、その中の一人が下着姿だったそうだ。


家庭科のレポート課題は、『自分が30歳になったときに、生活の中で必要だと思う知識・技術』だ。

今日はたまたま男子しかいなかったから、制服のズボンを脱いでアイロンをかけていた人がいたらしい。

そこに、菜穂ちゃんがうっかり踏み込んでしまったのだ。

菜穂ちゃんの様子では、その下着が口に出せないほど下品だったか、過激だったかしたみたい。

わたしたちも様子を見に行ったりしなくて正解だった。


でも、その事件のあと、わたしは少し考えてしまった。

どうして菜穂ちゃんは、職員室ではなく図書室に行ったのだろう、と。

距離から言えば、職員室の方が断然近いのに。


もしかしたら、菜穂ちゃんも雪見さんのことが好きだったのかな。

だから、いざというときに頼ったのは雪見さんだったのかな……、なんて思ったりした。



雪見さんを好きだったことは、今では優しい思い出になっている。

すっきりとスマートになった雪見さんはもちろん格好良くて、今でも見惚れてしまう。

見惚れながら、「わたしはこの人が好きだったんだなあ。」と懐かしくて、少し切ない気持ちになる。


でも、雪見さんは児玉先生のもの。

家庭科の授業で図書室を使ったときに二人が会話するところを見ても、わたしの心は乱れなかった。

あれは授業だったから、必要以上に仲良くしていたわけではなかったけど。



こんなに平気でいられるのは、たぶん広瀬くんがいるから。


広瀬くんは、いつもわたしのことを気遣ってくれている。

文化祭前も、そのあとも、元気なあいさつと笑顔は変わらない。

ずっとわたしの元気の素のままだ。


そんな広瀬くんに、わたしは甘えているのではないかと思うことがある。

愚痴を聞いてもらったり、落ち込んだときに慰めてもらったり、ついつい頼ってしまうから。

でも、誰でもときどきおだててもらいたいことって、あるよね?


申し訳ないと思うので、何かのときには必ずお礼をすることにしている。

修学旅行ではお土産を買って来たし、クリスマスには少し豪華なシュークリームをおごった。

初詣に行ったときには、お守りを買って来てあげた。

そのほかにも、ちょっとお裾分けをしたり。


すると広瀬くんは、それにまたお返しをくれる。

広瀬くんは広瀬くんで、わたしに世話になっているからと言って。


それは確かに、わたしは去年の秋に、「広瀬くんがしっかり者になるように協力する。」と言った。

広瀬くんが悩んだり、迷ったりしたときに、相談に乗ってはいる。

でも、実質的には何もやっていないのと同じだ。


だから、「悪いから」と断ろうとすると、広瀬くんはとても傷付いた顔をする。

そんな顔をされたら断れないのだけど……、最近、広瀬くんはそれを分かっていて、わざとそんな顔をしているのではないかと思うことがある。

だって、わたしが受け取ると、たちまち元気な笑顔に戻ってしまうのだから。


そんな調子で、わたしと広瀬くんの間ではエンドレスな “お礼” と “お返し” が続いている。



少しだけ困るのは、広瀬くんといると、自分がときどき慌ててしまうこと。

普通に話していても、何かの拍子にドキッとしてしまうのだ。


最初のころからたまにあったこれは、今でもふいに訪れる。

目が合ったときとか、ぼんやりと顔を見ていたときとか……、逆に、見られていたときとか。

ドキッとして、慌ててそれを隠そうとして、そんな自分が恥ずかしくなって。

本当に困る。


ときどき、こんなことをしていていいのだろうかと思う。

わたしが広瀬くんの恋を邪魔している可能性もあるような気がして。


でも、やめられないでいる………。









次回、最終話です。

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