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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
75/95

32  9月28日(日) 気晴らしはキミと


「ふう………。」


後夜祭が始まった体育館から、周囲にめぐらしてある外廊下に出て一息ついた。


片付けとHRのあと、全校生徒が体育館に集合したのは4時半。

文化祭実行委員会と生徒会が、竹高生だけのために企画する後夜祭は結構盛り上がる。

普段はノリの悪い生徒も、単純な全校じゃんけん大会でいつの間にか笑顔になってしまう。

今は制服風の衣装を着た女子バンドの演奏に、みんな飛び跳ねながら声援を送っている。


大勢集まっている体育館が暑くて、一人で外に出てみた。

2階部分にある外廊下では、ほかにも何組かの生徒がおしゃべりをしている。


5時をすぎた今でも、外はまだ暗くはない。

下にある自転車置き場をはさんで、向かい側の棟には図書室の廊下が見える。

図書室も司書室も、今は灯りが消えている。

後夜祭は自由解散なので、自転車を出して帰って行く生徒もいる。


(終わっちゃったんだ……。)


おはなし会も、恋も。

この半年、わたしの生活と心の大きな部分を占めて来たもの。


コンクリートの囲いに腕をかけてあごを乗せると、背中にポニーテールの毛先が乗っかった。

腕にひんやりとコンクリートの冷たさが伝わってくる。


(そうか。半年だ。)


いつも一年しか続かないと思っていたわたしの恋は、今年は半年で終わってしまった。

予定ではもっとずっと長く続く、特別な恋のはずだったのに。


「変なの。」


そっと声に出してみると、なんだか可笑しくなった。


「ふっ、うふふふ……。」


あれほど一途に “これこそ本当の恋だ!” と思っていたのに、失恋したその日に笑えるなんて、やっぱり変だ。

けれど、今、わたしの心にあるのは、楽しい思い出と清々しさだけ。

後悔も、悲壮感も、嫉妬も、無い。


(本当の恋だと思ったけど、本当はただの “憧れ” だったのかなあ?)


お伽話の王子様に憧れるような?

でも、あの日の雪見さんは、とても “王子様” とは言えない体型だったけど。


(どっちにしても、楽しかったよね。)


仲良くなるためにいろいろな計画を練って。

秘密の計画を実行したり、上手く行かなかったり。

雪見さんと話をすることや、困らせることだって楽しかった。

隣に座れることだけでも幸せな気がした。


不思議なことに、喪失感はそれほど大きくない。

毎年のクラス替えの日の失望の方がずっと大きいくらいだ。


(頑張ったから…かな。)


クラスメイトに恋をしたときは、ただ見て、待っているだけだった。

今回みたいに積極的に行動したのは初めて。


(頑張ったから、悔いがないのかも知れない。)


だとしたら、わたしは “素敵な恋” をしたのかも。

素敵な人に、素敵な恋を。


(ありがとうございました。)


心の中で、しっかりと雪見さんにお礼を言った。


「梨奈先輩。」


すぐ隣で声がした。


(ああ、この呼び方……。)


声を聞いただけで笑顔になれた。

わたしの癒やし手、元気の素、広瀬くん。


けれど、隣に立っている広瀬くんは心配そうな顔をしていた。


「どうしたの?」


いつもにこにこしている広瀬くんがこんな顔をしているのは気になる。

何か困ったことでもあるのだろうか?


「え、あの……、なんか、先輩、一人でどうしたのかなって……。」


「ああ。」


わたしを心配してくれたのか。

本当に優しい子だ。


「何でもないよ。」


そう言ったところで、ふと気持ちが変わった。

恋と文化祭をやり切ったことで空っぽになって、少しだけセンチメンタルな気分になっているのかも知れない。


「…っていうのはウソ。失恋しちゃったの。」


「え……?」


手すりに寄り掛かって、向かいの校舎を見ながら話す。

やっぱりもう涙は出なくて、話しても辛くなかった。


「前に広瀬くんに、好きな人はいるかって訊かれたよね? あのときは言わなかったけど……。」


「先輩……。」


「今日ね、分かったんだ。その人、彼女がいたんだよね……。」


「す…、すみませんでした!」


「え?」


驚いて広瀬くんを見たら、頭を下げている。

起き上がっても、わたしのことをまっすぐに見ない。


(なんで謝られてるの?)


全然意味が分からない。

少し待ってみるけれど、広瀬くんはもじもじして何も言わない。


「あのう……、何のこと?」


仕方がないので訊いてみた。


「俺……、知ってたんです。でも、言えなくて……。」


「『知ってた』って……何を?」


まさか、わたしが雪見さんを好きだったこと、だろうか?

いつも一緒にいた聡美ならともかく、広瀬くんが気付くほど、わたしの行動はあからさまだったのだろうか?

そんなの恥ずかしすぎるけど?!


「あの…、あの…、たまちゃんが……雪見さんの弁当を作ってるって ――― 。」


「ええええええぇ?!」


「すみませんでした!!」


また勢いよく広瀬くんが頭を下げる。

それを見ながら、わたしの頭の中はすごいスピードで回転を始めた。


(児玉先生が雪見さんのお弁当を。あのお弁当は児玉先生の手作り。そうか。あのとき保健室の先生が言ったのはそういう意味だったんだ。「美味しくて栄養のバランスが」って。家庭科の先生だもん、当然だよ。それに「一番効果があった」って。彼女の手作り弁当なら、ダイエットにやる気が出るのは当然だ。そう言えば、いつだったか広瀬くんが電話でお弁当の話を。)


…っていうか、それより。


(やっぱり広瀬くんは、わたしが雪見さんを好きだって知ってたってこと?! じゃあ、そのためにわたしがおはなし会を頑張ってるってことも……全部お見通しだったの?! やだもう!)


めまいがするくらい恥ずかしい!

男子の後輩にそんな姿を見られていたのかと思うと、どうしようもない。


頬が熱くなってしまったわたしの前で、広瀬くんは辛そうに話し続ける。


「俺…、言おうかどうしようか迷って……。でも、決められなくて……。」


「う、うん。」


まあ、それは分かる。

そりゃあ、悩むよね。


「俺、その、先輩がそのことを知ったらショックを受けると思って……。だから、そのときのために、俺がしっかりしなくちゃって思って……。」


「そ、そうなんだ。ありがとうね。」


なんていい後輩だろう。

だけど、そんな心配をさせるわたしって、先輩としてどうなの?


「だけど、間に合わなくて……。だから、先輩はこんなところで……一人で……う……っく。」


(ちょっと待って!)


まさか、泣いてるの?!


「え? あれ? どうして?」


おろおろするわたしの前で、広瀬くんは懸命に拳で涙を拭っている。


(どうしよう?!)


わたしが苛めてるみたいに見えちゃうだろうか?

しかもこの場面だと、一般的には失恋したわたしが泣くところでは……?


「すみ、ません。俺が…頼りに、ならないから……う……、先輩は一人で、耐えて……。」


「ああ、うん……。」


それほど大きな悲しみに耐えていたわけではないので、真剣に謝ってくれる広瀬くんにものすごく申し訳ない。


「俺……、あの、なんにも、ひぃっ…く、役に、立たなくて。いつも……、先輩に、う……面倒、かけてばっかり、で。今、も、こんな……。」


「そんなこと……。」


広瀬くんがそれほどわたしのことを心配してくれていたことに感激してしまう。

それに、これほど責任を感じてくれていることも。


でも!

やっぱりこの状況は、周囲の目が気になる!


「あの、あのね、広瀬くん。広瀬くんは何にも悪くないよ。そんなに心配してくれたんだね。ごめんね。」


肩に手を掛けて顔を覗き込むと、広瀬くんは涙を拭いながら首を横に振った。


「でも……、俺……。」


「いいんだよ。ねえ、泣かないで。広瀬くんはわたしの元気の素なんだから、いつも笑っててくれないと。ね?」


「げ……、元気の…素…?」


ようやくわたしの顔を見てくれた。

涙に濡れた目が綺麗だ。


「そうだよ。広瀬くんに会うと、いつも元気が出るんだから。ね? だから、笑顔になって。わたしのために。」


ハンカチで顔を拭いてあげながら言うと、広瀬くんが落ち着いてきたのが分かった。

その顔に微笑みかける。


「ね?」


「俺が、先輩の?」


「うん。そうだよ。」


何秒かわたしの顔を見つめてからパチパチとまばたきをして、広瀬くんは恥ずかしそうにそっと笑った。


「……はい。」


(やっぱり可愛いなあ……。)


同じくらいの背の高さはあるのに可愛くて、なんだか抱き締めたくなってしまう。

そんなことをされたらびっくりするだろうけど。


「そんなに心配してくれたなら、せっかくだから気晴らしに付き合ってもらおうかな?」


気分が浮き上がって来たことと、広瀬くんを慰めたい気持ちで言ってみる。

きっとこれで、広瀬くんはわたしの役に立てたと思って喜んでくれるだろう。


「気晴らし、ですか?」


「そう。甘いものをたくさん食べてみようかと思って。」


それに、広瀬くんと一緒ならきっと楽しい。


「やけ食い……?」


「そうとも言うね。これからクラスで何かある?」


「いえ、ありません。」


きっぱり答える広瀬くんに、もうさっきの涙はない。


「あっても、俺は重要人物じゃないから、行かなくても平気です。」


「あはは、わたしも同じ。じゃあ、行こう。そうだ! 慰めてもらうためにおごってもらっちゃおうかなー?」


歩き出しながらふざけて言うと、広瀬くんは慌てた顔をした。


「え、い、いいですよ、もちろん。でも……先輩、どのくらい食べますか?」


「そうだなあ、アイスとプリンとエクレアとシュークリームとタルトとドーナツと……。」


だんだん目が丸くなって行く広瀬くんを横眼で見ながら、楽しい気分が湧いてくる。


(失恋したばっかりなのに、不謹慎かな?)


いいえ、そんなことない。

これは広瀬くんを喜ばせるためでもあるんだから!








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