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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
73/95

30  9月28日(日) 分かっちゃった……。


文化祭の一日目は無事に終了した。

ボラ部のおはなし会は、午前も午後も上出来だった。

少しはつかえてしまったりもしたけれど、声が届かないということもなく、温かい拍手をいただいた。


出演者は、雪見さんが頷きながら聞いてくれているのを見ると、みんな勇気が出た。

悲しいお話のときに児玉先生が泣くのを我慢しているのが分かって、なんとなく感動した。

楽しいお話のときは伊田くんと広瀬くんにつられてほかのお客さんたちも一緒に笑ってくれて、読み手の調子が上がった。

聞き手がいることで、練習と本番はまったく違うということを実感した一日目だった。


雪見さんは午前も午後も、プログラムが終わったあとに残ってくれて、わたしたちをたくさん褒めてくれた。

もちろん、児玉先生も。

広瀬くんと伊田くんも、違うお友達と一緒に二回とも来てくれて、たくさんの拍手を贈ってくれたし、終わったあとには熱心に感想も伝えてくれた。


広瀬くんのお母さんは、弟くんと伊田くんのお母さんと一緒に、午後に来てくれた。

児玉先生にはその場で慌てて事情を話し、児玉先生は驚いて(担任している生徒のお母さんだもんね)あいさつとお礼を言っていた。


面白いことに、みんなの記憶に一番大きく残ったのは、おはなし会そのものではなかった。

それは、伊田くんのお母さんが菜穂ちゃんに、


「あら〜! あなたが典宏の憧れの先輩ね!」


と話しかけたこと。

伊田くんは大慌てでお母さんを止めようとしたけれど間に合わず、菜穂ちゃんは驚いて真っ赤になった。

お母さんはそんなことは全く気にせずに、


「お調子者でしようのない子ですけど、よろしくお願いしますね〜。」


と菜穂ちゃんに頭を下げていた。

おとなしい菜穂ちゃんは赤い顔のまま頷いていたけど、伊田くんとは決して特別な関係ではない。

たぶん、これからも。


でも、わたしはそれを見ながら、ちょっと羨ましかった。

わたしは誰かの “憧れ” なんて言われたことがないから。

そのうちいつか、そう言われるようになれたらいいな。

男の子からじゃなくても、……例えば女子の後輩に「あんなふうになりたい。」って思われたら嬉しい。




「これで終わりだね。」


窓側の控えスペースで二日目午後の開演を待ちながら、一緒にスタンバイしている菜穂ちゃんに小声で話しかける。

今日の午前中も無事に終わり、今年の文化祭でのボラ部の発表はこれが最後だ。


二日目とあって、部員たちもさすがに昨日よりは落ち着いている。

もちろん緊張はしているけれど、昨日のように引きつった顔はしていない。


日曜日で全体的に来客が多いので、座席は9割がた埋まっている。

午前中には立ち見が出そうになって、椅子を少し増やした。

前方のマットには親子連れのほかに、男子生徒が結構いる。

広瀬くんたちは、結局全部の回に来てくれた。あとでお礼を言わなくちゃ。

それから、部員の彼氏が友達を連れて来ているし、そのほかの男子も何人か。

後方の椅子には部員の家族や女子生徒が多い。


(雪見さんも座ればいいのに。)


雪見さんは、後ろの壁に寄り掛かって立っている。

昨日の午後のプログラムのあと、全員で、今日も来てくれるようにお願いして、今日も二回とも来てもらったのだ。

雪見さんが見ていてくれないとちゃんとできないと思ったのは、わたしだけではなかった。

さっき、部屋に入って来たときに元気付けるように微笑みかけてくれて、みんなで “これで大丈夫!” と頷き合った。


今日の雪見さんの服装は、薄くグレーのストライプが入っているワイシャツに薄紫系のネクタイ、チャコールグレーのパンツ。

クールビズではずしていたネクタイを最近またするようになって、格好良さがさらに増した気がする。

少し気持ちに余裕が出たせいか、今日は何度も雪見さんに見惚れてしまう。

でも、今ならいくら見ていても、「雪見さんを見てると落ち着くから。」と言い訳すれば済むことだ。


「そろそろかな?」


菜穂ちゃんが小声で尋ねる。

わたしは腕時計を見て頷く。


(児玉先生がまだだけど、時間だもんね。)


ドア係に合図をし、集まっている出演者に小声で言う。


「最後だから頑張ろうね。」


戸が閉まり、司会者が進み出る。

ざわめいていたお客さんたちの声がすうっと引いて、視線が集まった ――― 。




後ろ側の戸がゆっくりと開いていくのに気付いたのは、司会が戻って来るとき。

最初の絵本を持って隣で緊張している菜穂ちゃんの腕をポンと叩いたときだった。


一人が通れるくらい開いた戸口から入って来たのは、白いブラウスにグレーのスカート姿の児玉先生。

わたしたちの方を見て、手を合わせて「ごめん!」と声に出さずに言った。

その様子があまりにも普段どおりで児玉先生らしくて、思わずわたしも微笑んだ。


けれど。


次の瞬間、自分のすべてが止まった気がした。


客席の後ろに立っていた雪見さんが児玉先生に向けた表情に。

それに気付いた児玉先生の微笑みに。


(え……?)


児玉先生はそのまま雪見さんの隣に立ち、二言三言囁き合って、二人で小さく笑った。

それから静かに、絵本を持って出て行った菜穂ちゃんに目を向けた。


(な……に……?)


止まっていた感覚が働き出し、今度は強く、大きく鼓動が聞こえる。

胃のあたりが重くなったような気がする。


(どうして……?)


雪見さんと児玉先生が並んで立っているだけなのに。

今までだって、二人が一緒にいるところは見ているのに。


嫌な予感が膨らむ。

前に感じたときよりも、もっと大きく。

二人から目が離せない ――― 。


菜穂ちゃんの絵本が始まってすぐ、く、と児玉先生が雪見さんを見上げた。

小さい児玉先生は、頭のてっぺんが雪見さんの肩のあたりまでしかない。

見上げられた雪見さんは、慣れた様子で児玉先生の方に体を傾けた。


(違う……。)


いつもの雪見さんと違う。

わたしたちの前で、照れたり困ったりしていた雪見さんとは。

そして、わたしたちに向ける表情とも……。


少し伸びあがるようにして雪見さんに何か囁いた児玉先生と、少し笑ってから身をかがめて児玉先生に囁き返す雪見さん。

児玉先生がくりくりした目で確認するように雪見さんを見て、可笑しそうに微笑んだ雪見さんがそれに頷く。

その一連のやり取りには絶対に上下関係などなく、ただ………優しさと、信頼……?


(そう、なの……?)


そうなのだろうか?

優しさと信頼?


わたしにも、雪見さんが示してくれたと思っていた。

けれど、今、あの優しさは年長者としての優しさだったのだとはっきりと分かる。


児玉先生と雪見さんの間に流れるのは、お互いを思いやる気持ち。お互いを信じる気持ち。

それは、ボラ部を見守る同じ立場としての…だけではない。

二人の表情が、それがもっと心の深いところから生まれていることを証明している。


(だって……、一緒にいることが嬉しいって……分かるよ。)


ただ並んで立っているだけなのに、周囲とはどこかが違う。

透明なしゃぼん玉の中に入っているみたい。


何となく息苦しくなって、二人から無理矢理目を逸らし、絵本を読んでいる菜穂ちゃんを見る。

菜穂ちゃんのゆったりとした声とリズムにほっとすると同時に、自分がニットベストの胸元を強く握っていたことに気付いた。


(ふう……。)


目を閉じて、ゆっくり、こっそり、深呼吸をする。

胸元の手をはずしながら、菜穂ちゃんの向こう、前側の戸のそばに立っている聡美と目が合った。


聡美の目がわたしにあることを問いかけている。

その内容は予想がつくけれど、何も答えずに視線をはずす。

今は何にも気付かないでいたい ――― 。




自分の出番になったとき、きちんと出番がこなせるのか不安だった。

気持ちがおはなしに集中できていないことを自覚していたから。

しかも、語る場所の正面に集中できない原因が立っている。


雪見さんに向きそうになる視線を無理に留めて、定位置に立つ。

客席を静かに見回すと、真ん中あたりに広瀬くんがいて、期待に満ちた顔でわたしを見ていた。

それを見たら、急に呼吸が楽になった。


(さすが、わたしの元気の素。)


自然に微笑みが浮かぶ。


雪見さんが何度も言ってくれたとおり、それまで積んできた十分な練習がその場の力になった。

おはなしを語り始めると、わたしの中からどんどん言葉が出て来て、自分の気持ちもその中に入りこんでいた。

けれど、雪見さんと児玉先生が視界に入ると、そのたびに胸がキリッと痛んだ……。








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