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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
72/95

29   広瀬勝吾 9月27日(土) 夜


(俺は何の役にも立てないままだ……。)


文化祭一日目が終わった。

昼間のことを思い出しながら、脱力状態で机に頭を乗せる。


目を閉じると浮かんでくるのはボランティア部のおはなし会の部屋。

幼稚園みたいに飾られた教室で、雪見さんが入って来た途端にほっとした顔を見せた梨奈先輩。

それからも、すがるように雪見さんを見ていた。


「はぁ…。」


俺ではダメだ。

梨奈先輩が頼りにしているのは雪見さん。

頼りにして、想っているのは雪見さんだけ。


「はぁ…。」


もう一つため息をつくとさらに体の力が抜けて、机にめり込んで行くような気がした。

俺にかかる重力だけが、ずーんと大きくなったみたいな気がする。



梨奈先輩を支えられるようになろうと決心してから、俺なりに努力はしている。……というか、しようとしている。

でも、分かったのは、変わるのは簡単じゃないってことだけ。

口下手なのは直らないし、梨奈先輩に会うとつい浮かれてしまうのも相変わらず。


サッカー部の先輩に緊張しない方法を訊いてみたら、「深呼吸して、肩の力を抜く」というのと、「地道な練習を信じる」というのがあった。

なるほどと思ったけど、深呼吸は梨奈先輩の顔を見ると忘れてしまうし、地道な練習は……イメージトレーニング的に梨奈先輩に会って話すことを想像すると、勝手な妄想が果てしなく広がるばかり。

しかも、想像の中では不自由なく、そして格好良く話ができるわけで、そんな想像は今までも何度もやっているけれど効果はなかった。


結果的には、場数を踏むことが一番いいのかもしれないと思った。

けれど、梨奈先輩に会えば会うほど、頼りない俺を印象付けているような気がしてしまう。

情けなくて、ため息ばかり出る。

本当に、失敗ばかりしているのだ。



朝、通学の途中で、友達と一緒に歩いている梨奈先輩を見付けたとき。

あいさつをするかどうか、するならどのタイミングかと悩んでいたら車道に出てしまい、後ろから来た車にクラクションを鳴らされて、周囲の注目の的になってしまった。


帰りの昇降口では、靴ひもを結ばないまま先輩に走り寄ろうとして、ひもを踏んで転んだ。

あのときの梨奈先輩の驚いた顔は忘れられない。

持っていた荷物は散らかしてしまうし、先輩には「だから、いつも危ないって言ってるのに!」と叱られた。

ただあのときは、膝や手に傷がないか見てもらえて嬉しかったけど。


昼休みに図書室で先輩を見ていたときは、よそ見をして歩いていたせいで、図書委員が押していた本のワゴンにぶつかってしまった。

俺も痛かったけど、押していた一年女子が尻もちをついて注目を浴びてしまい、すごく申し訳なかった。



俺の一番の目標は、梨奈先輩の心の支えになってあげるということ。

なのに今の俺は、逆に心配されたり、元気づけられたりしているだけ。

部活に出る前に会えて、「頑張ってね!」と手を振ってもらえたりするともう嬉しくて……。


会えるととにかく嬉しくて、笑顔になるのが抑えられない。

先輩に子ども扱いされるのも、そういう態度が原因だって分かっている。

でも、先輩の顔を見ると本当に嬉しくて、周りのことが考えられなくなってしまうのだからどうしようもない。


メールなら少しはマシかと思った。

顔を見なければ、大人っぽいことが言えるのではないかと。

でも、ウケ狙いで自分の失敗談を書いてしまったりもするので、逆に心配されたり慰められたりして、俺を見直してもらえる材料になっているとは思えない。


(いつになったら、頼りにされるようになれるんだろう……?)


もしかしたら3か月、いや半年、いや何年もかかるかも知れない。

それでは間に合わないのではないだろうか?


その間に梨奈先輩は雪見さんとたまちゃんのことを知ってショックを受けて、それを慰めてくれる誰かとくっついてしまうかも知れない。

そもそも学年が上の梨奈先輩の周りには、俺よりも頼りになる男が何人もいるはずなんだから。


(先輩を狙っている男は多いに決まってる。)


あんなに綺麗で可愛くて、優しくて、楽しくて。

それに、結構凛々しい。


今日のおはなし会でのストーリーテリングはもちろん、始まる前に一年生を励ましているところとか、段取りを確認しているところとか。

部長だけあってテキパキしているし、部員に合図をしている姿には責任者らしい決断力もあって。

ボラ部が梨奈先輩を中心にまとまっている理由がよく分かる。とても優秀な人なんだ。


今まで俺は、梨奈先輩の優しくて綺麗なところしか見ていなかった。

でも、それだけじゃなかった。

あんなにいいところがいっぱいある先輩が、人気がないわけがない。

だから俺はのんびりしているわけにはいかないんだ。


(何か、手っ取り早く見直してもらう方法はないのかな?)


例えば、先輩がピンチのときに助けてあげるとか。……先輩が危ない目にあう方が怖い。考えたくない。

じゃあ、テストで一番……は無理だな。

サッカー部で活躍するとか? いや、それは先輩とは関係なく、もともと目指してるし。


思い付かない。

やっぱり地道な努力しかないのか……。


とにかく、なるべく梨奈先輩の近くにいるということだけはそれなりにできている。

変な失敗をしちゃうとしても、いざというときに近くにいなくちゃ何もできないんだから。


……それに、先輩を見ているのは幸せな気分だし。


(結局は、そこなんだよな。)


あれこれ理由を付けてみても、要するに、梨奈先輩と一緒にいたいのだ。

好きなんだから、仕方ない。


(雪見さんとたまちゃんのことも、どうしたらいいか分からないし……。)


二人のことは、あれからもずっと気を付けて見ている。

でも、やっぱり夏休み以上のことは分からない。


学校が始まってから、担任のたまちゃんは毎日見てるけど、夏休み前と変わっているところは無いと思う。

いつもどおり元気で、それ以上に浮かれていたり、そわそわしていたりすることもない。

職員室の机に弁当箱が置いてあることは、あれ以来ない。(さすがに直接訊くことは、俺にはできない。)


梨奈先輩がよく図書室にいるので、俺も行って、ついでに雪見さんを観察してみたりする。

でも、雪見さんも、特に変わったところはない。


お揃いの何か ――― 指輪とか ――― がないかと探したけれど、それも見当たらない。

職員室で二人が話しているところは見たけど、特別親しそうな雰囲気ではなかった。


そんな状況をよく考えると、二人のことは俺の勘違いなのかも知れないと思うこともある。


勘違いならいいと思う。

梨奈先輩が雪見さんとハッピー・エンドになれる可能性が高くなるから。


でも、何かがそれを否定する。

雪見さんとたまちゃんの関係はもう決定的なのだと、頭の中のどこかが納得している。

それは、夏休みの朝に見た二人の後ろ姿のせいなのかも知れない。

……うまく説明できないけど。


そう結論付けると、梨奈先輩に、雪見さんとたまちゃんのことを話した方がいいような気がすることもある。

上手く行かないと分かっている梨奈先輩の恋を黙って見ているのは気の毒に思えるから。

でも、そう思った途端、証拠のないことを話した俺が、梨奈先輩に嫌われるような気がしてくる。


そうやってふらふらと、ずっと迷いっぱなしだ。

決断力のない俺。


「はぁ……。」


また、ため息。


はっきりしたことが分からないまま、何も解決していない。


梨奈先輩は雪見さんのことを想っているし、俺はそれを見ていることしかできない。

頼りにされるようになりたいのに、逆に先輩に心配されてばかりいる。

なんとか間に合うように、少しでも早くしっかりしたいのに……。


(梨奈先輩……。)


おはなし会で緊張している先輩が頼りにするのは雪見さん。

心細いときに一緒にいてほしいのは雪見さん。


(俺だって、目の前にいたのに……。)


俺はまだまだダメなんですね……。







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