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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
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28  9月27日(土) 文化祭がやってくる


9月は短い。

夏休みが終わったと思ったら、あっという間に前期の期末試験が来て、それが終わったと思うと、あっという間に文化祭が来る。


生徒はみんな落ち着かない。

文化系の部活に入っている生徒にとって文化祭は大きなイベントだし、それ以外の生徒もクラスの準備に追われているから。

勉強重視の生徒だって、周囲の気ぜわしさにいつの間にか飲み込まれてしまう。



ボラ部の部員たちも、だんだんと切羽詰まった表情になってきている。


聡美とわたしはストーリーテリングの文章はちゃんと覚えられてはいる。

雪見さんにも2回見てもらい、笑顔で太鼓判を押してもらった。

けれど、 “本番で友人やお客様を前にしたときに何も思い出せない” という予感が頭を離れない。


部活に行っても、みんな同じような状態。

聡美とわたしは絵本を読むだけならどんなに楽かと思うのだけど、悪い想像をしてしまうのは誰でも同じらしい。

いつもは落ち着いている菜穂ちゃんでさえ、


「緊張で声がちゃんと出なくて、お客さんに『聞こえませーん!』とか言われちゃいそう……。」


とおろおろしている。


一年生たちも、だんだんパニック状態になりつつある。

どんなに褒めて励ましても、その言葉を信じられないみたい。

もしかしたら、言っているわたしが不安な顔をしているせいかも知れない。


元気なのは橋本さんただ一人。


「失敗したからって、どうってことないじゃないですか。」


と笑っている。

確かに将来をこれに賭けているわけではないけれど……。



困ったことに、大好きな雪見さんの効果でさえ長くは続かない。


不安な気持ちでいっぱいになって、昼休みや放課後に、しょっちゅう図書室に通っている。

そして、ほんの些細な気になることを雪見さんに訊いてみる。

雪見さんはいつでもきちんと聞いてくれて、「そこは気にしなくてもいいよ。」とか「もう完璧だから大丈夫。」なんて、優しい笑顔で言ってくれる。

それに、「それだけ練習していれば、自然と言葉が出てくるよ。」とも言ってくれた。

そのときはその笑顔と言葉で安心するのだけど、少し経つとまた違うことが気になって……の繰り返し。


ほかの部員も同じような状態らしく、図書室に行くと、かなりの確率で誰かに会う。

最初のうちはわたしもほかの部員の気持ちを警戒していたけれど、そのうちに誰がライバルだとか、もうどうでもよくなってきた。

みんな、雪見さんを精神安定剤のように思っているのではないかな?


わたしとしては、できれば雪見さんを常に携帯したい気分。

さすがにそれは無理なので、図書委員のお当番のときに、カウンターに置いてあった雪見さんの名前のゴム印を生徒手帳に押してみた。

多少のお守り的な効果はありそうな気がする。



恵まれていることに、わたしにはもう一つの元気の素がある。

それは広瀬くん。


いつも変わりなく笑顔であいさつをしてくれる。

たまに弱音を吐くと、「先輩なら大丈夫ですよ!」と元気付けてくれる。

面白いものや変わったものを見つけたときや、嬉しいことがあったときにメールをくれたりもする。

そういう心遣いがとても有り難いし、広瀬くんのメールは本当に楽しくてほっとする。


ほっとした勢いで、お礼のメールに自分の不安を書いてしまうことがある。

あとになると、後輩に心配をかけるのは申し訳なかったな、と反省している。

でも、夜に一人で不安になっているときに自分を気遣ってくれる人がいると思うと、つい甘えが出てしまう。

たぶんそれは、広瀬くんには本音を言っても大丈夫だと信じているせいだ。

年下で、男の子だから……なのかも知れない。


広瀬くんはどんなにくだらない内容でも律儀に返信してくれて、それを読むと、とてもほっとする。

楽しい気分でいっぱいになって、そのときは不安も消えてしまう。


なんて頼りになる後輩だろう!

本当に、広瀬くんがいなかったら、ストレスでおかしくなっていたのではないかと思う。



そんな日々を過ごしながら、9月は過ぎて行った。

そして、みんなが “さっさと当日になって、早く終わってほしい!” と思い始めたころ、とうとう文化祭の日がやってきた。





クラスのアイスクリーム屋は3年1組の教室だった。

食べ物のお店はA棟の3階に出すことに決まっている。

この階は3年生の教室で、3年生は受験があるので、クラスでの文化祭参加はないから。

クラス全員でお揃いの白いポロシャツを着て、店番のときには赤いエプロンを掛ける。

お天気に恵まれたので、お客の入りは好調だ。


ボラ部はA棟4階、2年8組の隣の選択教室をあてがわれていた。

この階には映画や迷路などの出し物が並んでいる。

廊下の客引きが激しくて、一番端のここまでお客さんが辿り着くのかが心配。


教室は、部員みんなで縫ったり貼ったりした布で飾られている。

まず、黒板は水色の布で覆い、読み手はその前の椅子に座る。

机は左右に寄せ、聞き手はその真ん中で、前方は床の青いマット、後方は2列に並べた椅子に座る。

お客さんが少なくても淋しく見えないように、座席は少なめにしてある。


周囲の机には水色の布を掛けた。

座席側にある机には同じ布に草花や小鳥を縫いつけて垂らし、野原の景色を演出。

おはなし会の始まりの合図に使う鈴、司会者が使うクマの指人形、部員がワイシャツの胸元に結ぶふわふわした黄色いリボン。

廊下の壁には『おはなし会 ボランティア部』という大きな文字を貼り、周囲を色画用紙や折り紙を使って花や蝶で飾った。

前日に仕上がりを確認したら、まるで保育園のように可愛らしくて、このときばかりは部員全員が笑顔になった。

最後のリハーサルを見た児玉先生は、会場にもわたしたちの出来にも大喝采で、「絶対に成功するよ!」と請け合ってくれた。


わたしたちは、とにかくお客が “ゼロ” というのを避けたかったので、部員は友達にぬかりなく宣伝していた。

けれど、いざ目の前に知り合いに座られてみると、それがものすごく気まずいものだと分かった。

読み聞かせやストーリーテリングは一種の演技でもあるのだ。授業で教科書を音読するのとは違う。

そんなことにその場になってから気付いて、みんなますます緊張してしまった。


雪見さんは、初日は午前も午後も見に来てくれると約束してくれている。

二つのプログラムそれぞれの初回だから。

わたしが出るプログラムは、初日の午前と二日目の午後。

それぞれの時間には部員全員が集まって、呼び込みやドアの開け閉め、会場整理などを手伝うことになっている。



教室の窓側で初日の一回目のスタンバイをしながら、わたしは雪見さんが来てくれるのを祈るような気持ちで待っていた。

雪見さんがいないままでは、おはなし会なんて、とても始められるような気がしない。

ポケットに忍ばせた生徒手帳も、今はまったく役に立たない。

広瀬くんが伊田くんと根本くんと一緒に来てくれているけれど、今回ばかりは胸が詰まったような気分は直らない。


(ああ……、雪見さん、早く来てください!)


目を閉じて祈る。

廊下で賑やかな声がして、目を開けたら児玉先生が入って来たところだった。

わたしたちに気付いて、小さく合図するように手を振ってくれている。

わたしたちも引きつった顔で微笑んでみせる。


(あと2分……。)


開演は10時。

30分のプログラムだから、遅れて来ても見てもらえないわけじゃないけど……。


座席は半分くらい埋まった。

床のマットには広瀬くんたちと部員の小学生の妹とお母さん、そのほかに小さい兄弟を連れたお父さんがリラックスして座っている。

後ろ側の椅子には部員の友人たち。児玉先生は窓側の端に。


(そろそろ?)


廊下の方に目を向けると、ドア係をしている橋本さんが視線で(始めますか?)と訊いてくる。

左右の出演者と目を見交わし頷き合って覚悟を決める。


(雪見さん……。)


最後の願いを込めて、橋本さんに合図をしようとした瞬間、


(来た……。)


廊下の部員たちに謝るように何か言いながら、教室に入って来る雪見さん。

すぐそばの空いている椅子に座りながら、わたしたちに笑顔をくれた。


(よし。絶対、大丈夫。)


不安は残っているものの、 “もう、やるしかない” という開き直りの気持ちが湧いてきた。


大きく深呼吸をして、橋本さんにそっと頷く。

戸が閉まって行くのを確認し、もう一度出演者たちと視線を交わす。

一呼吸置いて、司会の一年生がクマの指人形を後ろに隠しながら定位置へと出て行った。







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