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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
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27   広瀬勝吾 9月9日(火) 夜


(梨奈先輩が俺のこと『カッコいい』って……!)


電話を切ってから、顔が緩みっぱなしだ。

放課後からずっと続いていた緊張なんて、すっかりどこかに行ってしまった。

今の俺は、まるで骨がないみたいにぐにゃぐにゃ。

座っていることもできなくて、床に転がっている。


(それに『ときどきドキッとする』だよ! いや〜、もう! これってどういう意味だよ、あ〜〜〜〜!)


頭の片隅で「それはお世辞だ」という声がするけれど、そんなものは無視。

先輩は間違いなく言ったのだ。

その事実が大事だ。


(電話して良かった〜〜〜……。)


そもそもの用件は何も片付いていない。


梨奈先輩が雪見さんのことを好きだという噂を確認すること。

それには答は来なかった。


たまちゃんが雪見さんの弁当を作っている話は、その場の流れで決めようと思っていた。

でもまさか、あんな方向に行くとは思わなかった。


だけど、会話の全体を思い返してみると。


(梨奈先輩も、俺のこと気に入ってくれてるよなー?)


「うくくくくく……。」


笑いが漏れてしまう。

だって、嬉しいのだから仕方がない。


見た目も性格もいいって言ってくれた。

「ときどきドキッとする」っていうのは、俺に男を感じてくれてるってことだ。

弁当のことを誤解されたのは焦ったけど、「ちゃんと断りなさい」と言ったのは、 “ほかの女子に取られたくない” って思ったからかも知れない。

好きな人がいるかどうか答えなかったのは、その相手が俺だからかも知れない。


(いや〜、どうするんだ、勝吾?!)


告っちゃおうかな〜♪


(「梨奈先輩。俺に弁当を作ってください。」「ショウくん。わたしもそうしたいと思っていたの。」……なーんて! やった〜!)


「フフフフフフ……。」


じっとしていると叫びたくなってくる。

でも、大きな声を出すわけにはいかないので、床の上をゴロゴロしながらはやる心を発散させる。

本当は足もバタバタさせたいけど、それは我慢。


しばらくたって大きく深呼吸をすると、ふっと体の力が抜けた。

体が落ち着くと、思考も落ち着いてくる。


(まあ単に、俺の想像……だよな……。)


「ふぅ……。」


今度はため息だ。

俺だって落ち着いて考えられる状態になれば、ちゃんと現実は把握できるんだから。


先輩があんなに褒めてくれたのは、俺のことを弟みたいに思っているからだって、本当は分かってる。

弟みたいにしか思っていないから、平気で言えるんだって。


だけど、先輩が好きだから、小さな可能性にだってすがりたくなる。

「カッコいい」という言葉に。

「ドキッとする」という言葉に。

「断りなさい」という言葉に。

自分に都合のいいように解釈したくなる。


(梨奈先輩が、俺のことを可愛がってくれてるのは間違いないし……。)


これでは電話をかける前と何も変わっていない?


(いや、そうじゃない。)


先輩には好きな人がいる。

それは俺じゃない。

それだけは分かった。


何故なら、先輩が答えなかったから。


好きな人がいなければ、あの質問には気軽に「いないよ。」と答えられたはず。

でも、梨奈先輩は返事に詰まって、俺に「どうして?」と訊き返してきた。

「いない」と言うこともできなかったのは、咄嗟のことで慌てたか、もともと嘘をつく習慣がないからだろう。


その相手が誰なのかは分からない。

雪見さんかも知れないし、生徒かも知れない。

でも、俺じゃない。

俺は “弟” だから。


もちろん、噂が流れるほどだから、雪見さんと考えるのが妥当なところだ。

梨奈先輩と話すときの話題にも、雪見さんはよく登場していた。

俺は文化祭の準備で接点が多いから当然だと思っていたけど、それだけではなかったんだな……。


(俺はどうしたらいいんだろう?)


また最初に戻ってしまった。


梨奈先輩の言ったことを雪見さんとたまちゃんに当てはめると、二人はやっぱりカップルとして成立しているということになる。

成立していないにしても、周りにそう思われても平気でいる……のか?


いや。

やっぱり二人はそういう仲なんだろう。


だから、梨奈先輩はほぼ失恋確実だ。


(梨奈先輩の悲しい顔を見るのは嫌だな……。)


いつも楽しそうに笑っている先輩が好きだ。

悲しいことなんか、先輩に起こらなければいいのに。


(でも、俺には防ぐことはできない……。)


俺が先輩の心をコントロールできるわけじゃない。

雪見さんを、梨奈先輩を好きになるように仕向けることもできない。

無力な俺。


(何ができる?)


先輩が悲しい思いをすることは防げない。

だとすると……?


(次……?)


慰めること。

支えること?

悲しさを乗り越えられるように。


(そのためには……。)


見守ること……?


近くにいること。

うん、そうだ。

先輩に必要とされるときに手を貸せるように。


そして……頼りにされるようになること。


(そうか。頼られるようにならなくちゃ。)


今までみたいな俺じゃダメだ。

先輩に可愛がられて喜んでいるだけの俺じゃ。


(でも、どこをどうしたらいいんだろう?)


頼りないのは、自信がないからか?

でも、自信なんて、そんなに簡単につくものじゃない。

そんなの、いつになるかわからない。


(そうだ!)


まずは落ち着くこと、かも。


俺はいつも緊張して失敗してしまうから。

サッカーもそうだし、梨奈先輩と話していてるときに言いたいことがちゃんと言えないとか。


緊張するのは仕方がないけど、それでもやるべきことをきちんとできるようにしたい。


(できるかな……?)


……違う。「やる」んだ。

梨奈先輩のために。

梨奈先輩が悲しいときに、支えてあげることができるように。


(でも、先輩が失恋しないで上手く行ったら……?)


俺は出番なし?


「フフッ……。」


それでもいいや。

梨奈先輩が幸せになるなら、俺の出番がなくても問題ない。

そっちの方が俺だって嬉しい。

それに、俺がしっかりすれば、いつかは先輩が俺のことを見直してくれるかも知れない。


(そうか。……そうだよな。)


梨奈先輩も俺も、これからのことはまだ分からないんだ。

梨奈先輩が雪見さんと上手く行く可能性があるのと同じように、俺にだって、梨奈先輩と上手く行く可能性はあるんだ。


(よし! 頑張ろう!)


どうやってやるのかはよく分からないけど……。


とりあえず、サッカー部の先輩にでも訊いてみようかな。

先輩たちだって、試合で緊張したりするはずだし。

練習のときは厳しいけど、普段はみんな気さくで親切だから。







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