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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『5月の花火』
7/95

7  5月15日(木)


智沙都(ちさと)!」


次の朝、自転車を押して道路に出たら、斜め前方の門の中で、制服姿の裕司が手を振った。


「おはよう。」


まだ少し照れくさい気持ちを隠しながら自転車を押して近付く間に、裕司も自転車を出して来る。

もしかして、一緒に行くってこと?


「昨日は、愚痴っぽいこと言ってゴメンな。」


「ううん、いいよ、べつに。裕司が頑張ってるって分かったから。」


「そうか。」


裕司はちょっぴり笑って下を向き、そのまま小さい声で「サンキュ。」と言って、自転車にまたがった。

その後ろからわたしも自転車を出発させ、裕司の背中を見ながらほっとしていた。




昨夜は、裕司と話したことで落ち着かない気分になってしまった。


話の内容がちょっと重かった、というのが一つ。

“重かった” と言っても、わたしにとって重荷だということではない。

家族の話をわたしにしたことを、裕司が後悔しているのではないかと思ったから。


もしそうだとしたら、裕司はまたよそよそしくなってしまうかも知れない。

あのときは仲直りできたと思ったけれど、本当は、ついうっかり話してしまっただけなのかもって……。


もう一つは、嬉しかった、ということ。


久しぶりに話せたことが、とても嬉しかった。

まるでブランクなんかなかったみたいに、裕司が自分の気持ちを素直に打ち明けてくれたことが。

「幼馴染み」って言ってくれたことも。

お礼を言われたことも。


それと、裕司が変わったということも、理由の一つ。


お子様だと思っていた裕司は、いつの間にか、自分のことよりも家族を心配するようになっていた。

顔つきも、話し方も落ち着いて……地に足が着いている、というような。

わたしのお節介で嫌な思いをさせたことも、取るに足りないことのように気にしていなくて。

小学校時代のことをいまだに引きずっているわたしの方が、ずっと幼いような気がした。


それから……。


変なのだ。

自分の気持ちがごちゃごちゃになって。


あの一瞬、門のところで浮かんで来た考えを、否定してはまた持ち出して…を何度も繰り返している。

そんなことをしている自分に呆れつつ、でも、それが頭から離れない。


裕司が話したい気分のときにわたしがいた。ただそれだけ。

話していて気付いたら、わたしの家の前まで来ていた。ただそれだけ。


そう考えても、 “じゃあ、わたしがこんなにこだわっている理由は何?” と思ってしまう。

再び親しく話ができた嬉しさに、何か、以前にはなかった心を乱されるものが混じっている気がして……。



だから今朝、裕司が笑顔で話しかけてくれてほっとした。

だから今、裕司がわたしに背中を向けて前にいることにほっとしている。



自転車で約20分。

学校までこのまま行くのかな?

裕司はそれでいいの ――― ?


紺のブレザーの背中は、記憶にあるよりも大きい。

中学生のころまではふっくらしていた頬は、今ではすっきりととがった顎に続いている。

見た目も中身も大人になっていく裕司……。


「智沙都。」


赤信号で止まった裕司が、振り向いてわたしの名前を呼んだ。

そろそろ周囲にうちの学校の生徒も見えて、少し気後れしながら隣に並ぶ。


「次のバイトの休みって、いつ?」


普通の声で、普通の友達のように尋ねられて、なんだか安心してしまう。

もちろん、普通の友達に違いないのだけれど。


「あ、今日だよ。木曜日が休みなの。」


「お、そうなのか? じゃあ今日、うちで花火やろうぜ。」


「花火? 花火って……。」


今の時期に?

あまりにも突然の提案。


「少しだけどな。そうだな……8時に。よかったら、おばさんも呼んで来いよ。母ちゃんも気晴らしになるし。」


「うん……。」


“気晴らし” という事情は分かった。

でも、それがなぜ花火なのかはよく分からない。

そもそも、この時期に手に入るの……?


首をひねっているうちに信号が青に変わり、友達を見付けた裕司は「お先。」と言って行ってしまった。

昨夜から今朝までの展開に対する戸惑いが解決しないまま、授業が終わり、夜が来た。





「見て見て、智沙都ちゃん! ほら!」


「マサユキ、危ない! こっち向けんなよ!」


裕司の低い声と弟のマサユキくんの声変わり前の明るい声が、このあたりでは広めの庭に広がる。

生垣に囲まれて、片隅に物干し台と柿の木がある昔と変わらない庭。昔と変わらないやりとり。

わたしの笑い声も二人に重なる。


「きれいだなあ。きれいだなあ……。」


居間の網戸越しに見ているおじいちゃんの声がする。

その前の縁側に座っておしゃべりしているおばさんとお母さん。


裕司の家を訪ねるのは本当に久しぶりだったから、お母さんと一緒にと言われて、正直ほっとしていた。

おじいちゃんは、わたしとお母さんのことはよく分からないみたいだった。

裕司が「智沙都と智沙都のおばさんだよ。」とおじいちゃんに説明したら、「ほう。」と感心したように言っただけだった。


5月の夜はまだ肌寒いけれど、花火と笑い声でお腹の中から温まるような気がする。

花火は手で持ってやる小さいものばかりだけど3袋もあった。

細長い花火に次々と火をつけて、緑や赤にはじける炎を見ていたら、あっという間に何の不安もない子どもに戻ってしまった。


「どこの家かと思ったら、うちか〜。」


途中で帰って来たおじさんが笑いながら言い、おじいちゃんをお風呂に入れに行った。

お母さんたちは寒くなったからと、それぞれ家に戻った。

最後にとっておいた線香花火をやるころには、はしゃぎ過ぎたマサユキくんはあくびをしていた。




「花火ってものすごく久しぶり。たまにやると楽しいね。」


暗い庭の隅で懐中電灯を頼りにバケツと花火のゴミを裕司と二人で片付けながら、誘ってくれたお礼の気持ちを込めて伝えた。


「古いから湿気ってるかと思ったけど、大丈夫だったな。」


「あ、古かったの?」


「うん。去年の夏のだから。」


「ふうん。すぐにやらなかったんだね。天気が悪かったの?」


裕司が立ちあがってわたしからゴミを受け取り、そのまま黙ってしまった。


(もしかして、何かいけないことを言った?!)


せっかく楽しい時間を過ごせたのに、わたしはまた余計なことを言ってしまったのだろうか。

恐る恐る顔を見上げたら、暗くはあるけれど、じっと見つめられていることが分かって……困惑してしまう。

何か言わないと、この微妙な雰囲気にまた勝手な想像が。


「そうだ、忘れちゃったんでしょう? 裕司は ――― 」


「智沙都と一緒にやろうと思って。」


「昔から ……え?」


胸の鼓動が “ずしん!” と大きくなって、どうしたらいいか分からない。

冗談でごまかそうとしても、馬鹿みたいに口をパクパクさせるだけ。


(待て待て。裕司はただ、花火を一緒にやろうと思っただけなんだから。昔みたいに。)


そう自分に言い聞かせて、気付かれないようにゆっくりと深呼吸。

裕司は目を見開いて何も言えないわたしから視線を逸らし、落ち着いた様子でゴミを置き、手を洗う。

手招きされて、わたしも手を洗ったら、裕司が


「あ、タオルがないや。」


と言って笑った。


「え…と、いいよ、すぐ家だから。」


手を洗うという通常の行動をしたおかげでかなり落ち着いた。

少しでも乾かそうと手をふるふると振っているわたしに裕司がニヤッと笑いかけ、門を開けてくれる。

そこでバイバイだと思って、ほっとしながらお礼を言おうと振り向くと、裕司が門を閉めながら出てくるところだった。


(うそ?! どうして?! これって……どう考えたらいいの?!)


せっかく落ち着いた頭の中が、またパニック!

しかも、さっきよりも激しく。


慌てているうちに、「ここまででいいよ。」と言うタイミングを逃してしまった。

いきなり走り出すのは変だ。

隣に並んで歩いている裕司の体温を感じるような気がする。


(何か言わなくちゃ。黙っていたら変だもの。でも、何を? ああ裕司、お願い。何か言って!)


「あの花火、去年の合宿で余ったやつなんだ。」


よかった! 普通の話題だ!

わたしの願いが通じたのかも!


「あ、そうなの?」


「うん。最終日にやるはずだったのが、雨でできなくて。」


「ふうん。」


と言っているうちに、我が家の門の前。

これでこのパニックからは解放される!


( ……え? あの……?)


ほっとできたのは一瞬だけ。

門には裕司が先に手をかけてしまう。

開けてくれるのかと思ったけれど、その腕はそれ以上動かない。

まるで通せんぼをされているように。


それを押しのけて門を開けることもできなくて、わたしは困ったまま裕司を見上げた。


「智沙都と仲直りしようと思って、もらってきた。」


仲…直り……?







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