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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
69/95

26  9月9日(火) 広瀬くんからの電話


お風呂から出て自分の部屋に戻ると、携帯に着信記録が残っていた。


(広瀬くん?)


表示された名前を見て、ふわりと気持ちが和む。

同時に微笑みも浮かぶ。


(きっと、今日のカップケーキのお礼だ。)


90%以上の確率で、「美味しかった」と言ってくれるだろう。

携帯を耳に当てて、緊張しながら話している姿も目に浮かぶ。


(今はこれが必要かも……。)


お風呂に入りながら考えていたことが復活してくる。

今日の雪見さんの態度に対する捉えどころのない不安……。


すぐに図書室での雪見さんの姿が頭に浮かんできた。

わたしたちとケーキを、困ったようにおろおろと見ている。

そして、児玉先生の態度を確認するように……。


(そうなのかな?)


雪見さんは、本当に児玉先生の意思を確認したのだろうか?

わたしたちのケーキをもらうには、児玉先生の許可が必要だったのだろうか?

だとしたら、それは何のため?


(わたしたちの顧問だから。)


もちろん、そうだ。

筋の通った考え方。

でも、それだけでは片付けきれないでいる自分がいる。

だから今も、こうやって割り切れない気持ちで考えている。


(児玉先生と……雪見さん……?)


胸がズキンと痛んだ。


「ふ ―――――― 。」


ゆっくりと息を吐いて、気持ちを落ち着ける。


(とうとう言葉にしちゃった……。)


“言葉” という形に表したら真実になってしまうような気がして、ずっと止めていたのに。

言葉にしなくても、それが一番しっくりくる答だと知っていたのだ。


(でも……、あくまでも仮定の話だよ。)


自分で言い聞かせてみる。


けれど、胃のあたりがざわざわして落ち着かない。

何か声に出して言いたいのに、何を言ったらいいのか分からない。


(!)


突然、手の中の携帯電話が震えた。

画面に広瀬くんの名前が表示されている。

ほっとする思いで通話ボタンを押した。


「もしもし?」


『あ……、梨奈先輩、ですか?』


何度話しても、広瀬くんは最初は緊張するらしい。

言葉が詰まりがちになるのですぐに分かる。


「うん、そうだよ。どうしたの?」


『あの、……今日のケーキ、美味しかったです。』


(ほらね、当たった!)


胸の中が温かくなって、自然に微笑みが浮かぶ。

やっぱり広瀬くんはわたしの癒し手だ。


「ありがとう、うふふ。まあ、調理実習だから、わたしが一人で作ったわけじゃないけどね。」


あの意味不明のデコレーションだけはわたしの作品と言えるけど。

それは自慢にならなそうなので、敢えて言わないでおく。


『あ……あの……。』


「ん? なあに?」


『あの……、先輩には……その、』


どうしたんだろう?

今日はいつにも増して話しにくそうだけど……。


『す…、好きな人、いますか?』


「え?」


(今、「好きな人いますか」って訊かれた!?)


なんでそんなこと……?


予想外の質問だったので焦ってしまう。

何故か分からないけれど、頬が熱くなる。

動揺していることを悟られないように、時間稼ぎに質問を返す。


「え…と、ど、どうして?」


『いや、その、ちょっと……。』


広瀬くんも何か事情があるのだろう。

普段よりも話しにくそうなのはそのせいだったのだ。


『あ、あの。』


「うん。」


あらたまって決心した声の様子に少しほっとする。


『ええと、その、お、女の人が、男に…その、弁当を作るって、どういう意味なんでしょう?』


(お弁当を……? 女子が男子に……?)


「それはやっぱり……好きなんじゃない?」


『やっぱり……?』


「うん。」


『両方とも?』


「う……ん、まあ、少なくとも女子の方は……。」


わたしだって、雪見さんに作りたいと思ったものね。

実現はしなかったけど。


『そうですか……。』


どうしたんだろう?

がっかりしているのか、困っているのか。


(あ。)


「広瀬くん、もしかして言われたの?」


『はい?』


「誰かに『お弁当を作ってあげる』って言われたんでしょう?」


『え、いえ、違います。』


「やだなあ、否定しなくてもいいのに。」


恥ずかしがっちゃって!

そんな具体的な質問してきたら、分かるに決まってるよ!


『ホントにそうじゃなくて……。』


「うんうん、分かった。じゃあ、そういうことでいいよ。」


『はい……。』


まったく可愛いんだから。


「一応言っておくけど、その子のこと好きになれないなら、お断りしなくちゃダメだよ。」


『あの……。』


「まあまあ。一般的な話として、だよ。」


『はい……。』


「笑顔でもらったりすると、相手の子は期待しちゃうからね。周りからも、 “あの二人はそういう仲だ” って見られることになるし。」


『やっぱりそうですか……。』


やっぱりそうなんだ。

「違う」って言ってるけど、本当は誰かに言われたんだね。

で、どうしたらいいか困ってるんだ。

でも、困ってるってことは、相手の子は広瀬くんの好きなタイプではなかったのかな。


「特に広瀬くんは気を付けないとね。」


『え? 俺ですか?』


「そうだよ。広瀬くんってカッコいいでしょ? だから、女の子からは狙われてると思うよ。」


『え、俺? そんな…、そんなこと、いや、え?』


あらら、照れちゃってる?

自分がモテるタイプだって気付かなかったのかな?


「広瀬くん、絶対に女子に人気あるよ。見た目もだけど、性格だって親切で素直で明るいもん。わたしだって、ときどきドキッとしちゃう。うふふふ。」


『せ、先輩。そんな……。』


ちょっと言い過ぎた?

ウソを言っておだててるわけじゃないんだけど。

おろおろしちゃってるみたい。可愛い!


「とにかくね、その子に気持ちがないならお弁当はお断りしなさいね。」


『あ。』


「誤解させたりしたら、その方が可哀想だからね。」


『……はあ、そうですね。』


「うん。じゃあ、頑張ってね。」


『はい……。ありがとうございました……。』


「うん、じゃあね。」


電話を切ってからつくづく思った。

雪見さんにお弁当の申し出をしなくて正解だった。


あの時点でお弁当の話を切り出していたら、雪見さんを困らせるだけだったと思う。

仕事としてわたしやボラ部の相談には応えなくちゃならなくて、でも、わたしが違う思惑を持っていることを警戒しなくちゃいけなくて。

雪見さんに精神的な負担をかけることになっていたと思う。

だから、言わなくて正解。


(広瀬くんに女の子……か。)


なんだろう?

何となく、気持ちがほっこりしている。


(わたしに相談してくれたから?)


そうかも知れない。

個人的なことの相談相手として、わたしを選んでくれたから。


(あの様子だと、まだ当分はわたしかな?)


少しほっとしてる。

可愛い弟を誰かに取られるのはまだ先だから?


(そういえば、雪見さんのことで不安になっていたんだった。)


雪見さんと児玉先生が……って。

でも。


(考え過ぎってこともあるよね。)


何も証拠はない。

二人が毎朝一緒に通勤しているという事実だけでは、二人の関係を決定付けるには足りない。

職員室で二人が話しているのを見たこともあるけれど、照れも何もなかった。

今日だって、児玉先生の態度はいつもと変わりなかったのだ。


(そうだよね……。)


さっきは落ち込み気味で、二人の仲は決定的なことのように思えた。

でも、今、落ち着いて考えてみると、それぞれの態度はそれなりに普通の範囲内という気がする。


やっぱり、雪見さんは単に顧問の児玉先生に遠慮しているだけなんだ。

でなければ、児玉先生が生徒と職員との関係に特に厳しいとか。


(ああ、うん、そうかも。)


先生と生徒の間で間違いがあったりしちゃいけないとか、児玉先生は心配してくれてるのかも。

雪見さんは学校の中では若手だし。

きっと、児玉先生はいつもと同じ調子でお姉さんみたいに、


「女子生徒と仲良くなり過ぎないように気を付けてくださいね!」


なんて言っているんじゃないかな?

だから、雪見さんはわたしたちと一緒にいるところを児玉先生に見られると不安になっちゃうんだ。


(うん。きっとそうだ!)


これですべてがすっきり収まった。

児玉先生は、まるでお目付け役みたいになってしまうけど。


(だとすると、簡単じゃないよね……。)


警戒している雪見さんにわたしを好きになってもらうために、何をすればいいんだろう?

その警戒をわたしが無理に突破しようとしたら、逆にもっと警戒されてしまう気がする。

だから……。


(自分を磨く?)


そうかも知れない。

雪見さんが自分から警戒を解いて、児玉先生の注意も乗り越えたくなるくらいに、自分を磨く ――― って、何をすればいいのかよく分からないけど。


(とりあえず、目の前にあるおはなし会か……。)


“頑張って、雪見さんに認めてもらう” 。


これしかない。

とにかく、今はおはなし会を頑張ろう!







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