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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
68/95

25   広瀬勝吾 9月9日(火) 午後


(こんなところで会えて、しかも手作りのケーキをもらえるなんて!)


やっぱり梨奈先輩と俺は、仲良くなる運命なんだ。

間違いなく。


「広瀬って…… 」


もらったケーキを眺めながら感動していたら、根本の声が聞こえた。


「え? なに?」


問い返すと、根本が歩き出したので、俺も急いで追いかける。


「佐藤先輩と……どうなの?」


「どうって………。」


答えに詰まりながら、根岸にこんな質問をされたことに驚いた。

自分のことを積極的に話すヤツじゃない分、他人にあれこれ尋ねたりすることもなかったから。


「まあ……結構いい感じ、かな。」


出会ったのは夏休みの初めごろだ。

それから電話や待ち合わせをして(母親とのつなぎ役だけど)、話す機会も量も増えた。

お盆前には先輩が俺をからかうくらい親しくなった。

ドーナツとクレープを一緒に食べた。

メールをすれば、必ず返信してくれる。


今のところは子ども扱いされているのは確か。

でも、彼氏として認めてもらえる可能性はゼロじゃないと思う。


(ゼロじゃないどころか、かなり高いんじゃないかな〜?)


今、ケーキをもらったことや、夏休みに会ったときのことを思い出すと、思わずニヤニヤしてしまう。

学校が始まってからもよく会うけれど、根本や伊田に向ける笑顔と俺に向ける笑顔は違う気がする。

梨奈先輩がふざけてからかうのも俺だけ。

ほかの先輩は、調子のいい伊田やおとなしい根本にも冗談を言ったりするけれど、梨奈先輩は俺だけだ。


(つまり、特別なんだよな〜♪)


朝練がない日に通学路で見つけたときには、俺も自転車を降りて一緒に歩いた。

学校までほんの5分くらいだったけど、一緒に歩くことが当たり前のような気がするほど楽しいひとときだった。


考えれば考えるほど嬉しくなってくる。

俺がもう少し男らしいところを見せられれば、自信を持って「好きです。」って言えるんだけど……。


「そうか……。」


ぼそりと言われた言葉に、勝手な空想から我に返る。


「なんでそんなこと訊くんだよ?」


俺の質問に、根本はちらりと視線を投げてよこした。

そして、しばらく前を向いて歩いてから、口をキュッと結んで決心した様子で俺を見た。


「噂が……あるって。」


「噂?」


根本の様子に、部室に向かう足が少しゆっくりになる。


「ボランティア部で。」


ボランティア部の噂ということは、木場からの情報だろう。


「俺に…関係が、あること……?」


無言で頷いた根元の顔を見て、俺にとっては良くない情報なのだと分かった。

さっきまで浮かれていた気分がすうっと引いて行く。

心臓がギュッとつかまれたような気がした。


「なに……?」


「佐藤先輩の……好きな人。」


「え……?」


(梨奈先輩に好きな人がいる……?)


一瞬、自分かと思った。

すぐにそれは頭の中で否定されて、次に、 “知りたくない” と思った。

けれど。


「誰……?」


思い直して尋ねてみる。

その相手がどんな男か確かめて、自分がそれ以上になればいいと思って。

たとえ、その相手が先輩であっても。


そんな俺に目を向けず、根本は歩くつま先に視線を落として答えた。


「雪見さん……。図書室の……。」


(雪見さん?!)


「あ……。」


言葉が出なかった。

俺とはあまりにも大きな差があるから。


背が高くて、親切で、大人で。

ゆったりした余裕のある態度。生徒の相談に乗っている姿。


(俺が追い付くことなんて……できるのか……?)


返事をしない俺を気の毒そうに見た根本が、慰めだと分かる口調で付け加える。


「ボランティア部には、ほかにもいるんだって。……雪見さんを好きな部員が。だからまだ……。」


「うん。ありがとう。」


“まだ、梨奈先輩が雪見さんと上手く行くかどうかは分からない。だから諦める必要はない” 。


根本が言おうとしていることは分かる。

でも、だとしても、雪見さんを好きになった梨奈先輩が、俺を彼氏の候補者として考えてくれるなんてことがあるだろうか?


部室の前で仲間や先輩にあいさつをしながら、今聞いたことが頭から離れない。

試合前のメンバー選抜の日にこれを聞かされていたら、ライバルを蹴落とす根本の作戦かと思ってしまうところだ。


手に持っていた梨奈先輩からもらったケーキをからかわれて、ぼんやりしていたことに気付いた。

ケーキを見たら余計に悲しくなってしまったので、一気に食べてしまう。

せっかくのケーキなのに味がよく分からなくて、ただモサモサした食感だけが残った。


(だから梨奈先輩は、いつも俺のことを子ども扱いするんだ……。)


ケーキをのどに詰まらせながら思う。


雪見さんと比べたら、俺なんか本当に子どもだ。

比べる相手が雪見さんでは勝ち目がなさ過ぎる。

追い付くとか、そんな問題じゃない。


(だけど。)


雪見さんにはたまちゃんがいる ――― 。


夏休み中にあれから2回、朝、二人が一緒のところを見た。

一度はほかの先生も一緒にいたけど、2回とも雪見さんは弁当の入った紙袋を提げていた。

たまちゃんの席にその紙袋があるところは、あれ以来見ていないけど。


夏休みが終わってからは、職員室で話しているのを一度見ただけ。

でもそれは仕事の話のようで、特にどうということはなかった。


誰に見られても平気でいるという点では、俺の早とちりかも知れないと思ったりもする。

でも、毎日弁当を作るっていうのはそんなに簡単なことじゃない。

うちの母親なんか、俺の弁当を詰めながら、しょっちゅう「おかずが足りない! お弁当箱が大き過ぎる!」と愚痴っている。

商売にしているなら別だけど、他人の弁当をそんなに引き受けたりはしないと思う。


もちろん、もらう方だってそうだ。

俺がもし梨奈先輩以外から「お弁当を作ってあげる。」と言われても、絶対に断る。


(だから、梨奈先輩は……。)


確実ではないけれど、失恋の可能性が大きい……。




(俺は、どうすべき?)


学校の外周を走りながら考える。

考え事をしたいときにはランニングが最適だ。

体の動きと呼吸を合わせながら規則的なリズムの中で考え事をすると、すっきりと結論が出るような気がする。


(梨奈先輩に、教えてあげた方がいいんだろうか?)


たまちゃんが雪見さんの弁当を作っていることだけでも。

単なる事実として。


普通の会話の中に入れるのは難しいことじゃない。

先生たちのゴシップが噂になるのはよくあることだ。

打ち明け話をするように、「俺、見ちゃったんですよ〜。」と始めれば、梨奈先輩は俺が先輩の気持ちを知っているとは疑ったりしないだろう。


(でも……。)


それを聞いた先輩は、どう思うのだろう?


ショックを受けるのは確実。

自分で直接確かめに行くかも知れない。

それとも、俺が勘違いしていると笑う?

そんな話をした俺を怒るだろうか?


(話さなかったら?)


梨奈先輩が何かでたまちゃんのことを知ったら、やっぱりショックだろう。

それは、どちらにしても同じこと。

ただ、俺が知っていたということは、俺が自分で言わない限り、梨奈先輩が知ることはない。


(だけど……。)


梨奈先輩が失恋すると決まっているわけじゃない。

たまちゃんと雪見さんのことは確かめたわけじゃないから。

それに、もし本当だとしても、梨奈先輩に告白されたら、雪見さんが先輩を選ぶ可能性だってあるのだ。


(俺次第ってことか……。)


俺が先輩を傷付けることを言うか、先輩が傷付くのを黙って見ているか。

小さくても残っている可能性をどうするか。

俺が、雪見さんを好きな梨奈先輩を見て、平気な顔をしていられるか。


「ふふ……。」


息を吐きながら笑いが漏れてしまった。

自分が考えている内容に、 “俺が梨奈先輩と幸せになる” というシナリオがなかったことに気付いて。


(先輩が幸せになれる可能性があるなら……。)


黙っていよう……かな。


先輩は俺に会うと、いつも楽しそうに笑ってくれる。

俺は先輩が傷付いたときの、笑顔を取り戻すための道具にはなれそうだ。


(そうだ! でも。)


根本の話も噂に過ぎない。

ボラ部の中でささやかれている噂。


確かなことは何もない。

先輩のことも、雪見さんとたまちゃんのことも。


(先輩に…確認できるかな……?)


さっきのケーキのお礼ってことで、電話をかける口実はある。

問題は俺が話が口下手だってこと。


(でも、やってみよう。うじうじ悩んでいても仕方ない。)


心を決めたらすっきりした。

少しだけ、胸が痛かったけど。







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