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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
66/95

23  9月9日(火) 負けないぞ!


“あれ?” と言いたいくらいあっという間に夏休みは終わってしまった。

学校ではクラスや部活ごとに、文化祭の準備に力が入り始めている。


文化祭は9月27日、28日の土日。

うちのクラスはアイスクリーム屋をやることになっている。

計画はいつもクラスの中心になっているメンバーが仕切ってくれているから、わたし的に見れば自動的に進んでいる。

わたしは前日の会場作りと当日の店番ローテーションに入ればいいだけ。

その分、ボラ部の準備に時間をかけられるからありがたい ――― と言っても、その直前に前期の期末試験があるのだけど。



ボラ部の文化祭準備も順調に進んでいる。

お盆明けにはプログラムが決まり、読み手や司会、その他の小道具も担当が決まった。

進行にクマの指人形を使うことになり、手芸が得意な一年生が縫ってくれている。

エンディングに詩を入れることも決まった。


わたしはストーリーテリング用のおはなしをだいたい覚えたところ。

難しいのは、いつも同じ言葉が思い出せなくてつかえてしまうということと、普段の会話よりもゆっくり語ること。

広瀬くんの家に一緒に行った聡美も、そこで聞いたストーリーテリングに感動して挑戦することになって奮闘中。


文化祭の準備は順調。

けれど……。



そう。

“けれど” だ。



雪見さんとの距離がまったく縮まらない!


夏休み中も、夏休みが明けてからも、しょっちゅう図書室に行っている。

部活の相談に調べ物、図書委員のお当番。

なのに、ちっとも仲良くなれない。


夏休み中に仲良くなったのは、雪見さんじゃなくて広瀬くんだ。

おはなし会をやることで雪見さんと仲良くなる計画だったのに、仲良くなった相手がそれまで知らない子だったなんて、どうも不思議な気がする。

確かに広瀬くんはとってもいい子だから、それは全く構わないけれど。


広瀬くんとは部活の用事で電話や待ち合わせをしたことから始まって、一度は一緒にドーナツ屋にも行った。

一緒にクレープも食べた。


学校が始まってからも、朝や帰りに会えばあいさつや話をするし、校内でもよく会う。

周りに誰がいても、会えば必ずあいさつをしてくれる。

ボラ部の部員には伊田くん、根本くんも併せて可愛がられている。(根本くんと木場さんのこともみんな知っている。)

でも、広瀬くんは特にわたしに懐いていて、ユキナはまるで子犬がじゃれつくみたいだと言って笑っている。


確かに広瀬くんは、わたしに会うと喜んでくれているような気がする。

わたしが何かを言うのをワクワクしながら待っているように感じることもあるし。

そんな様子で前に立たれると、思わず頭をなでてあげたくなってしまう。

ああいうタイプを “癒し系” と言うのかも。


ときどき、最初のころに見た大人びた広瀬くんの表情を思い出すことがある。

けれど、最近の広瀬くんを見ていると、あれは見間違いだったのではないかと思いたくなる。

それほど広瀬くんの笑顔は、本当に、いつも楽しそうで可愛い。

だから、あいさつをされるとつい笑顔で手を振ってしまう。


広瀬くんとはこんなに仲良くなれたのに、雪見さんとそうならないのはどうしてなんだろう?

もちろん雪見さんは、最初のころと変わらず親切で優しいのだけど……。



最近、少し……いや、かなり焦っている。

夏休みの終わりごろから、聡美や一年生の橋本さんも、雪見さんを狙っているみたいだから。

ボラ部はみんな図書室に出入りすることが多いのだけれど、この二人は特に雪見さんのそばにいる確率が高い。


聡美は同じクラスなのに、夏休みが明けてからは、図書室に行くときにわたしに声を掛けてくれない。

それ以外のことは前と変わらず何でも話せる仲なのに、図書室に行くときだけは、一人で黙って行ってしまう。

部活の時間にも、何かあるとすぐに「雪見さんに訊いてくるね!」と、図書室に行こうとする。

まあ、部活中は誰かが ―― わたしも含めて ―― 一緒に行くと言い出すので、抜け駆けはできないけど。

……それはわたしも同じこと。


ボラ部だけじゃない。

最近、図書委員の間でも雪見さんが注目され始めているという事実もある。

夏休みをとばして久しぶりに雪見さんを見た図書委員が、雪見さんがスマートになったことに気付いたのだ。


もともと背が高い雪見さんは、それだけでも目立つ。

そこに穏やかな性格と優しい笑顔がついていて、 “太め” とういうマイナスポイントがなければ ――― 人気が上昇するのは当然だ。


一緒に図書委員をやっているナツミも、夏休み明け初回のお当番のときに気付いた一人。

仕事の合間にわたしの腕をつついて、


「ねえ、雪見さんて、あんなにカッコ良かったっけ?」


と小声で言われたときは、思わず “また太ってほしい!” と思ってしまった。

ほかの日にも、女子の図書委員が雪見さんと話している様子は、夏休み前とは笑顔の度合いが違っている。


だから、焦る。





(う〜ん、さすがにハートはダメかなあ……。)


調理室のテーブルに並べたカップケーキの前。

ピンク色のデコペンを持った手が止まる。

3、4時間目の家庭科の調理実習で、カップケーキを作っているところ。


きれいなきつね色に焼き上がったカップケーキは、それだけでも十分に美味しそう。

一人3個が割り当てで、同じ班の男子2人は、ふざけながら砂糖を溶かしたアイシングやドレンチェリーなどを飾っている。

その横で、わたしとナツミは真剣な顔で考えている。

二人とも、作ったカップケーキをあげたい相手がいるからだ。


先週の家庭科の授業で、児玉先生にカップケーキを作ると言われたときは、単純に、お菓子が食べられると思ってはしゃいでいた。

でも、女子たちが「誰にあげる?」なんて話しているのを聞いて、「そうか!」と思った。

授業で作ったお菓子なら、雪見さんに “おすそわけ” として持って行ってもいいんじゃないかな? と。


思い付いたら、とてもいい考えに思えた。

頭の中が、一気に楽しいデコレーションのアイデアでいっぱいになった。

渡すときの会話まで聞こえるようだ。


それに、今回は聡美もあげるつもりだから、わたしに反対はできない。

昨日、さり気なく尋ねたら、


「雪見さんは手作りのケーキなんて食べるチャンスはないと思うからね、あはは。」


と答えた。

わたしもすかさず、


「じゃあ、わたしも持って行こう。お世話になってるから。」


と言っておいた。

宣戦布告みたいだったかな?


可愛くデコレーションしたカップケーキで、雪見さんに女の子らしさをアピールだ! ……と思って、自分でイメージしたデコレーションになるように、必要なものを買って来た。

ある程度は用意してあると児玉先生が言っていたけど、それではありきたりになってしまうだろうから。

でも、いざという段階になると、始める踏ん切りがつかない。


(ああもう……! 思い切ってやらないと!)


悩んでいても時間だけが過ぎてしまうので、3つのうち1つが成功すればよいのだと言い聞かせながら手を動かす。

ピンクのデコペンで格子模様を地に描いて、真ん中に白いアイシング、その上にドレンチェリーを乗せることに決めた。

仕上げに丸い銀色のアラザンを散らす。

想像ではピンクと白と赤、そして銀色の粒で、かなり可愛く仕上がるはず。


けれど……簡単ではなかった。


1つ目は緊張してぐちゃぐちゃに線が曲がり、しかも、砂糖のアイシングは表面を流れてしまった。

2つ目はアイシングでカップケーキの上面全体を白くしてからピンクの格子模様を……と思っても、なんとなく模様がわかる程度。

3つ目にようやく白地にピンクの模様が入ったところで、チェリーは諦めて、アラザンを散らした。

予定よりも地味だけど、雪見さんにあげられるのは、この3つ目以外にない。


背中合わせに立っている聡美を窺おうと肩越しに振り向いたら、聡美も同じ気持ちだったらしい。

目が合って、気まずい気分で笑った。


「どう?」


「え…? まあ……こんな感じ。」


お互いの手元を覗き込むと、聡美の方がわたしよりも上手な気がする。

でも、その向かい側に売り物かと思うような作品が見えて、二人ともたいした違いはないのだと知った。


「さ、聡美、上手なんじゃない? なんかわたし、こういうこと全然向いてないみたい。あははは。」


「そんなことないよ。サトリの、色がとっても綺麗だよ。うん。」


(慰め合ってるようにしか聞こえない……。)


調理室を見回すと、同じようなやり取りがあちこちでされていた。

中には自分の彼女にあれこれ注文をつけている男子や、グループの女子に怒られながらデコレーションをしている男子もいる。

賑やかな中で和やかに試食しているグループもある。

児玉先生がその間を歩き回りながら、話しかけたり笑ったりしている。


そんな景色を見ていたら、なんとなく気持ちが晴れて来た。

ナツミと二人で相談しながら、楽しい気分でカップケーキをラッピングする。

中身はそこそこだけど、柄の入った透明なビニール袋に入れて口をリボンで結ぶと、それなりに可愛く見えた。

食べてみたら結構美味しかったので、妹にもあげようと、残りの一つもラッピングした。


「雪見さんに届けるのは放課後?」


後ろの聡美に話しかける。

抜け駆けを牽制していることに気付かれてしまうかな?


「うん。一緒に行こうね。」


聡美もわたしの抜け駆けを牽制しているのだろうか。

わたしは聡美に雪見さんへの想いを打ち明けたことはないのだけど。


「うん。もちろん。」


笑顔で答えながら、これじゃあ雪見さんの特別になるのは無理だよね……、と、思った。







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