表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
63/95

20   広瀬勝吾 8月12日(火) 朝


朝8時55分。

雀野駅のコンビニの前で、梨奈先輩を待っている。

先輩がシュークリームをおごってくれることになっているから。



駅前のコンビニと言っても、ここは学校とは反対側。

こっちは学校側に比べるとロータリーも小さめで、通る人が少ない。

梨奈先輩に雀野駅で待ち合わせと言われたとき、知り合いに邪魔されないように、こちら側を指定したのだ。


「おごってあげる」と言われたとき、本当はもっとデートっぽいことを想像した。

けれど、梨奈先輩の考えはほぼ “買ってあげる” に等しい内容で、図書館か学校に行く “ついで” だった。

電話で話しながら、だんだんとそれが分かってがっかりした。

それでも会って話ができることには変わりないのだと思い直して、楽しみにしてきた。


そう。

とにかく、先輩と会えるということが大切なんだ。


蒸し暑い中、コンビニ前の短い日陰で改札口に続く階段を見守る。

先輩と私服で会うのは初めてだ。


肩越しに振り向いて、店のガラスに映る自分の姿をチェック。

オレンジ系のチェックのシャツにロールアップで足首を出したジーンズ、スニーカー、ワンショルダーのリュック。

いつもふわふわしてまとまりにくい髪は、今日はスタイリング剤でセットしてみた。

俺にしてはかなりオシャレをしたつもりだけど、梨奈先輩は気付いてくれるだろうか?


少しでもカッコよく見えるように、両手をポケットに突っ込んでみる。


(片足に重心を掛けた方が、脚が長く見えるのかな……?)


足の位置を試したり、前髪を直したり、気になるところはいくらでもある。


「おはよう。」


(!!)


急に後ろから聞こえた声に、飛び上がるほどびっくり!


「せ、先輩……。」


いつの間にか、梨奈先輩が後ろに立っている。

まさか自分がそこまでポーズの研究に没頭しているとは思わなかった。


(恥ずかしい……。)


「おは、よう、ございます。」


顔が熱いのは、気温のせいだけじゃない。

自分がカッコつけてるところを見られたなんて、最悪だ。

この前の踊っていたところを見られた(かも知れない)ことよりも悪い気がする。

どうして俺はいつも、先輩と会うときに変なことをしているんだろう?


「今日も暑いね。」


そう言って微笑む梨奈先輩の後ろで、いつものポニーテールが揺れる。


「そうですね……。」


ドキドキしながらも、目はしっかりと先輩を観察。

白い半袖のパーカーは袖口と裾にオレンジ色の縁取りがあって、俺のシャツと色が合っていることに、心の中で万歳をした。

ブルーのミニスカートとレギンスの足元は、素足にサンダル。

少し踵が高いサンダルはなんだか大人っぽくて、少し気後れしてしまう。


「あ、の…、わざわざすみません。」


電話ではおごってもらう話ができたけど、先輩が目の前にいると、どうしたらいいのか分からなくなる。

あんなことを言った自分が、ひどく図々しいような気がしてきた。


「いいよ。気にしないで。」


先輩はにこにこしたまま腕時計を見た。

図書館に行く時間を気にしているのだろうか?


「あの……、図書館に行くんですよね……?」


残念な気持ちを拭いきれずに確認すると、梨奈先輩は笑顔で頷いた。


「そうなの。」


(ああ…、やっぱり……。)


時間は少ししかないのだとため息をつきかけたとき、先輩が続けて言った。


「さっき貸し出しカードをよく見たら、開館が9時半だったんだよね。まだ30分もあるの。」


(30分?!)


5分くらい…、引き延ばしても10分が限界だと思っていた。

でも……30分!!


「じゃあ、じゃあ、あのっ、先輩も、一緒に…、あの……食べて…行きませんか。」


「うーん、そうだよねー。」


焦っている俺とは対照的に、先輩は落ち着いた表情で周囲を見回す。

もしかして……。


「ねえ、シュークリームじゃないとダメかな?」


尋ねられた言葉に期待が高まる。


「い、いえ、何でも。」


「じゃあ、ドーナツにしない? あそこで。」


先輩の視線の先は、階段の反対側にあるドーナツ屋。

中で食べられるようになっている店だ。


(やった〜〜〜〜〜!!)


「はいっ。」


「よかった。暑いもんね? わたしも冷たいものを飲むから。」


「はい。」


先に歩き出した梨奈先輩の隣にササッと並ぶ。

俺の鼻先を、いつものレモンの香りがかすめた。


(先輩と並んで歩いてるんだ! それも私服で!)


自分の足取りが弾むように軽い。

たぶん、今、俺はものすごく嬉しそうな顔をしているだろう。

すれ違う人にちらりと見られて恥ずかしい気はするけれど、嬉しい気持ちがそれを上回って、誰にどう思われても構わないと思った。


「先輩、俺、おごります♪」


浮かれた口から出た言葉に、先輩が笑う。


「えぇ? うふふ、いいよ、そんなことしなくて。」


「でも。」


(そういうこと、やってみたいのに。)


「いいの、広瀬くんはそんなことを考えなくても。」


ゆっくりと、言い聞かせるような口調。

先輩はまた俺を子ども扱いしているらしい。


「でも……。」


「ふふ。そういうことは、彼女にやってあげなさい。」


(「彼女に」って……。)


暗に自分は俺の彼女にはならないと言っているのだろうか?


元気がなくなった俺を見て、先輩がまた笑う。

それから俺の前に回って後ろ向きに歩きながら、機嫌を取るように、首を傾げて俺の顔を覗き込んだ。


(あ〜……、そんなことされたら……。)


すぐに機嫌を直すのが照れくさくて、ちらりと先輩の顔を見てすぐにまた下を向く。

その額を、先輩の人差し指が軽くつついた。


「ほら。拗ねた顔しないの。」


「…ん。」


笑うわけにも、怒るわけにもいかず、額をさすりながら顔を上げると、先輩が拳を口元に当てて笑っていた。

――― と思ったら、後ろ向きのままつまずいた。


「あ。」


バランスを取って伸ばされた腕を咄嗟につかまえる。

そのまま横にまわって、もう一方の手で背中を支えた。

またふわりとレモンの香りがして、ポニーテールの先がするりと俺の腕をなでた。


(うっわ、触っちゃった……。)


自分でもびっくりしていると、同じように驚いた顔の先輩とすぐ近くで目が合った。

二人ともパチパチと瞬きをして……。


「や、やだ〜。ありがとう。ごめんね。」


先輩が慌てた様子で姿勢を直した。

その動きでハッとして、俺も手を戻す。

今さらながら、心臓がドキドキしてきてしまった。


「いえ……。」


赤くなる顔を見られたくなくて、少しうつむいてしまう。

俯きながらも、先輩が今のことをどう感じているのか知りたくて、こっそり様子を窺ってみる。

けれど、先輩は俺なんか眼中にない様子で、自分のサンダルを確認していた。


「ヒールが高いサンダルって初めてだから、上手く歩けないのかな……。」


いつもと同じ口調。

声が震えていたり、どもったりしていない。

俺があんなに近付いても、背中や腕に触れても、先輩は何とも思わないらしい。


(やっぱり男として見てもらえないのかなあ……。)


なんだか悲しくなってしまう。

でも、そこで気付いた。さっきの先輩の言葉が意味することを。


(初めて履いたサンダルなんだ……。)


新しいサンダル、しかも、履き慣れない踵の高いサンダルを、今日、履いてきた。

行き先は市立図書館で、わざわざお洒落をして行くような場所じゃない。


(ということは……。)


俺のためにお洒落をしてきてくれたって考えてもいいのかな……。


「行こう。」


声をかけられて顔を上げたときには、梨奈先輩はもう歩き出していた。

後を追って隣に並んだ俺をちらりと見て、


「おごるのはドーナツだけだからね。飲み物は自分で出してよ。」


と言った。

そっと表情を確認すると、先輩の横顔は微笑んでいたので安心した。


先輩はそのまま俺の方は見ずに、先に自動ドアを抜けて行く。

後ろで揺れるポニーテールが目に入り、また楽しい気分が戻ってきた。


(一緒にいられるんだ。9時半まで。)


先輩が俺のことを男として意識していなくても、今は構わない。

俺のことを嫌いじゃないってことは間違っていないから。


だって。


嫌いな相手といるときに、あんな顔ができるはずがない。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ