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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
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19  8月11日(月) お誕生会のあとで


「雪見さんて、たまちゃんのことが苦手なのかなー?」


一時間ほどで雪見さんが帰ったあと、残ったお菓子をつまみながら聡美が言った。


「そうかもねー。最初から困った顔してたけど、たまちゃんが来てから、ほとんどしゃべらなかったもんねー。」


ユキナが言うと、一年生も頷いた。


「遠慮していたんじゃないかな? 児玉先生は顧問だし。」


“二人の関係を悪い方に考えるのは良くないよ” みたいな、優等生的な発言はわたし。


(ずるいな……。)


心の底で、二人の間に壁があることにほっとしているのは自分だ。

それは分かっている。

だけど、 “好き” という感情は、一筋縄では行かないのだ。


「うん、きっとそうだよ。だって、児玉先生と雪見さんって、仲がいいみたいだもん。」


「「「え?!」」」


菜穂ちゃんの何気ない言葉に、部員が一斉に彼女を見た。

急に注目された菜穂ちゃんが、驚いたようにみんなを見返す。


「え……?」


黙って自分を見つめる部員を見回して、菜穂ちゃんがおどおどとつぶやく。


「あれ……?」


「な…、なにが?」


自分がキツい顔になってないかと不安になるけれど、訊かずにはいられない。

向かい側で聡美が身を乗り出した。


「雪見さんとたまちゃんのウワサ? 知らないよ!」


「え? あの、べつに付き合ってるとか…じゃ、ないよ。普通のことで……。」


それを聞いて、少しほっとした。


(そうだよね。雪見さんと児玉先生だもん。)


「あの、ええと、ほら、球技大会ね、あれに雪見さんが出るように誘ったのは児玉先生だって……。」


「ああ、なんだ〜。」


部員たちと一緒に、わたしも脱力。


「そりゃあ、誰かが頼まなければ、雪見さんが球技大会に出ることなんてなかったよね。」


笑いながらユキナが言った。


(うんうん。)


「児玉先生なら、そういうことを誰にでも気軽に頼みそうですよね?」


一年生も笑いながら言う。

それにもみんなが笑って頷く。


逆に、頼んだのが横川先生じゃなかったことが良かった。

色気も何もない児玉先生だったことが。


「そ、それに、雪見さんと児玉先生って、よく一緒に歩いてるらしいよ。」


「「歩いてる?!」」


みんなに脱力されて慌てた菜穂ちゃんが付け足した言葉に、わたしを含めた何人かが鋭く反応。

それを見て、菜穂ちゃんはまた慌てた。


「ち、違う違う、デートとかじゃなくて。」


「じゃあ、何なの?」


ユキナがイライラした様子で尋ねる。


「あ、朝だよ、朝。」


「朝?」


首を傾げるわたしたちに、菜穂ちゃんが落ち着こうとしながら説明する。


「うちのクラスの子がね、駅前のマンションに住んでて、朝、窓から見かけるんだって。」


「たまちゃんと雪見さんを?」


「うん。ほかの先生が一緒にいることもあるけど、って。」


「へえ。」


意味ありげに相槌を打ったユキナに、菜穂ちゃんは急いで釘を刺す。


「で、でも、特別な関係には見えないって言ってたよ。それに、雪見さんと児玉先生って、家の最寄り駅が同じなんでしょう?」


「うーん、そう言えばそうだったね。」


(そこで残念がらないでよ!)


「一緒に住んでたりして。」


「ユキナ!」


思わず睨んでしまう。

菜穂ちゃんは、単に児玉先生と雪見さんの仲が悪くないことを説明しようとしているだけなのに。


「それはないんじゃない? だってたまちゃん、今日が雪見さんの誕生日だって知らなかったじゃん。」


「そう……だよねえ?」


聡美の分析にほっとしながら相槌を打つ。

確かにそうだった。


「ねえ。帰りはどうなの?」


諦めきれない様子で、ユキナが目を光らせるようにして尋ねた。

どうしても二人の仲をそれ以上にしたいのだろうか?


「え? さあ……? その子は何も言ってなかったけど……。」


「あ、わたし、塾の帰りに児玉先生に会ったことありますよ。」


一年生が手を挙げた。

確か、ここの駅前の塾に通っている子だ。


「2回、かな? どっちもほかの先生と一緒でしたよ。」


(ほら、やっぱりね!)


「なーんだ。つまんない。」


「だから、わたしだって、何かあるとは言ってないじゃない。」


がっかりするユキナや一年生たちに向かって、恨めしそうな顔をする菜穂ちゃん。


「あの、わたし、図書室で、児玉先生と雪見さんが内緒話をしているのを見たことがありますけど……。」


「ああ、それね。」


一年生の話に聡美がくすくすと笑いながら、意味が分からずに首を傾げた一年生たちに説明する。


「内緒話って、たまちゃんの癖みたいなものだよ。去年も職員室の前でよく見かけたもん。」


「そうなんですかー? なんだ〜。」


話題が一段落した部員たちを見回して、部長としてこの場を収めるために口を開く。

本当の理由は隠しながら。


「ねえ。雪見さんのこと、あんまり詮索したら悪いよ。」


「え〜? うーん……。」


ユキナは不満そう。

わたしだって、こういうウワサ話は興味がある。でも、それは雪見さん以外の話。

変なウワサが流れたりして、それがきっかけで本当になったらどうするのだ!


「だってわたしたち、雪見さんにお世話になってるじゃない? ボラ部からウワサが流れたりして、仕事がやりにくくなったりしたら迷惑をかけちゃうよ。」


「あ、そうか。」


「そうだね。顧問でもないのに、時間とってもらってるんだもんね……。」


納得していく部員たちの反応を見ながら、自分の手際に拍手を送る。


(雪見さんのお役に立てました!)


自分の感情的な理由だということは、頭から抜け落ちてしまった。

雪見さんの知らないところで役に立てたということが、自分の愛情の証明のような気がして幸福感に満たされる。


(無償の愛。これこそ本物だよ。)


勝手な解釈で満足しているところに、菜穂ちゃんの声が掛かった。


「あ、ねえ、帰りに図書館に寄るんだよね? そろそろ片付けないと。」


「あ、そうだったね。」


目の前の話題に戻ると、今度は部員たちもさっさと動き出す。

こういうテキパキしたところがボラ部の素晴らしいところだと思う。


「次の部活は一週間後か。お盆にどこか行く人〜?」


「「「はーい。」」」


「どこに行っても混んでるのにね〜。」


手は片付けに動きながらも、口ではおしゃべりが続く。

こういうところもボラ部らしくて気に入っている。


「サトリが広瀬くんと会うのは明日だっけ?」


広瀬くんのお母さんに会いに行った報告と一緒に、シュークリームをおごる話もみんなにした。

それを聞いて、一年生たちはやたらと笑っていた。

でも、これで広瀬くんの子供っぽい部分が知られて、逆に好感度が上がったのではないかと思う。


「うん、そうだよ。合宿明けで部活がお休みなんだって。」


会うと言っても、それだけのために雀野まで来るのではない。

市立図書館でじっくり本を探そうと思っているのだ。


「懐かれてるよねぇ、サトリ。」


「そうかな? 確かに弟みたいな気がしてるけど。ふふ。」


電話のときに拗ねていた口調は、本当に可愛かった。

強がって、「いいです。」とか言っちゃって。


「本当に、わたしたちもお金を出さなくてもいいの?」


律儀な菜穂ちゃんが確認してくる。

土曜日に持って行ったお土産代は、みんなで分担したのだ。


「いいよ、コンビニのシュークリーム1個くらい。明日の分はわたしが勝手に約束したことだし。」


「よろしくねー、サトリ。」


「みんなからもお礼を言っといてね。」


「うん。」


(何を着て行こうかな?)


もちろん、深い意味はない。

でも、ちょっと浮き浮きしている自分がいる。

初めての男の子の後輩に、素敵な先輩だと思われたいのは当たり前だと思う。




通学バッグにペンケースを入れようとして開けたとき、お弁当箱の横に入れてあった薄い包みが目に入った。


(やっぱり渡せなかったな……。)


みんなに気付かれないように、そっとファスナーを閉める。

それは雪見さんへのプレゼントとして買ったブックカバーだ。

一度は渡さないと決めたものの、一方で、 “このくらい、いいじゃない。” という気持ちも捨てられず、家に置いてくる決心がつかなかった。


(でも、渡さなくて正解…だよね?)


今は、まだ。

でも、いつかは。


(そう。いつかは。)


いつか、雪見さんがわたしからのプレゼントに微笑んでくれる日が来ますように……。







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