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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
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17   広瀬勝吾 8月7日(木) 夜


「実際に絵本を見た方が分かりやすいんだけど……。そうねえ、一度うちに来ない?」


聞こえて来た母親の言葉に耳を疑った。

俺の携帯電話で話している相手は梨奈先輩だ。


うちの母親にお礼を言いたいと、先輩からメールが来たのは夕方。

9時過ぎなら大丈夫だと返信すると、その時間に電話がかかってきた。


(お礼だけだと思っていけど……うちに来る?)


「あら、そんなこと気にしなくていいのよ。候補の本を持っていらっしゃいよ。うちにも何冊かあるし。」


(本当に誘ってる……。)


こんな展開になるとは思わなかった。

やっぱり俺と先輩は、仲良くなる運命なんだ!


「そうねえ。早い方がいいんでしょ? 明日…は急だから、今度の土日でもいいわよ。」


(え?!)


母さん! 土曜から月曜まで合宿だよ! ……と心の中で叫んでも聞こえるわけがない。

目で訴えようとしても、母親はカレンダーを見たまま振り向かない。

って言うか、カレンダーには合宿の予定だって書いてあるのに!


「そう? じゃあ、土曜日の午後ね。うちのグループの誰かが都合がついたら来てもらうことにするわね。」


(土曜日に決まり? そんな〜……。)


「いいえ、いいのよ。こういう計画って楽しいものね♪ あ、じゃあ、道順は勝吾が説明するから。……ええ、はい。じゃあ、替わるわね。」


ご機嫌で携帯電話を返してくる母親に、少し恨みのこもった目を向ける。


「もしもし……?」


リビングを出ながら呼び掛ける声が不機嫌になってしまった。

先輩が悪いわけじゃないけれど、せっかくの訪問が、俺とは無関係に決まってしまったことがとても悔しいのだから仕方ない。


『あ、広瀬くん?』


(う……、やっぱダメだ……。)


梨奈先輩の声を聞いたら、不機嫌のままではいられない。


「……はい。」


返事をしながらほんわりした気分に包まれる。


『なんだかご迷惑を掛けちゃうみたいで、ごめんね。』


「いいんです。……あの、駅からの、道順は……。」


『あ、そうそう。お願いします。』


先輩の相槌に促されながら、いつもどおりのたどたどしい口調で、どうにか道順を説明した。

と言っても、曲がるのは2か所だけだから、難しいことなんかない。


『うん。分かったと思うけど、もし迷ったら、迎えに来てもらえるかな?』


(うわーん! だから部活と被りたくなかったのに〜!)


母親への恨みが再燃。

でも、もう決まってしまったことだ。


「すみません……、俺、部活で……。」


『あ、そうか! そうだよね。運動部だもん、忙しいよね。』


先輩はそれほど残念だとは思ってくれないらしい。

それも仕方がないけど。

でも、先輩にもちらっと合宿の話はしたのに……。


『じゃあ、頑張って自分で行くよ。そうだ! 広瀬くんの分もお土産を買って行くよ。何がいい?』


「いや、あの、お土産とか…いらないです。手ぶらで……。」


俺はどうせ食べられないし!

うちの母親にだって必要ないと思う!


『そんなこと言わないで。そうだなあ……、シュークリームとか、好き?』


「う……、好きです…けど……。」


カスタードクリームのお菓子なら何でも好きだ。

しかも、梨奈先輩が買ってきてくれるならなおさら。


『よかった。じゃあ、シュークリームを買って行くよ。部活から帰ったら食べてね。』


(やっぱり合宿のことは覚えてないんだ〜!)


「せ…先輩。あの。」


『ん?』


「俺……、その日は合宿で……。」


『あ、そうだっけ? いつまで?』


(思い出してもくれないなんて〜!)


「え…と、月曜日。」


『月曜日か〜。じゃあ、残しておくっていうのは難しいかな〜。』


「い、いいです。俺のことは。」


どうせ梨奈先輩は、俺のことなんか興味がないんだから。

少しは仲良くなれたと思っていたけど、それは単にうちの母親とのつなぎ役だからっていうだけなんだから。


『じゃあ、広瀬くんへのお礼は、また別のときにね?』


「あ、いや、べつに……いいです。」


どうせ義理なんだから。そんなもの欲しくない。


『もう……、遠慮しないの。広瀬くんには余分な時間をかけてもらっちゃってるんだもの。ノートにきれいに書いてくれてるでしょう? ボラ部全員、とっても感謝してるんだよ。』


(ボラ部全員……。)


俺は、梨奈先輩に特別に思ってほしいのに!


「いいです。俺のことは気にしないでください。」


『……どうしたの? なんだか元気がないみたい。』


それは、自分の立場を思い知ったからだ。

ただの連絡係の俺。


「そんなことありません。いつもと同じです。」


『そんなことないよ。元気がないって分かるよ。何かあったの?』


(う……、優しい声。なんだか嬉しい……。)


気持ちが上向きになってきたけど、心配してもらえることが嬉しくて、元気のないお芝居を続けてしまう。


「何も…ありません。」


『そんなことないでしょう? あ、もしかして、部活で怒られちゃった?』


「え? いえ、それは……。」


『違うの? じゃあ……、失恋でもしちゃったかな?』


「先輩?!」


(なんで?!)


『あははは、違う? じゃあ、どうしたのかなー?』


梨奈先輩の口調で、自分がからかわれているのだと気付いた。

からかっているか、機嫌をとろうとしているのか、とにかくそういうことだ。


「何でもありません。」


少し不機嫌に返すと、電話の向こうでくすくすと笑う気配があった。


『もう。シュークリームが食べられないからって、そんなに拗ねちゃダメだよ。』


(シュークリームのせいじゃないよ!)


俺のことをそんなに子ども扱いしなくてもいいのに……。


「先輩……。」


『わかった。今度、おごってあげるから。ね?』


「…え? ホントですか?」


『あ。ほら、やっぱりね。機嫌が直った。ふふふ。』


「あ……。」


機嫌が直ったのはシュークリームのためじゃないけど……。


「あの。」


『なあに?』


まだ電話の向こうで笑っている気配。

でも、笑われていてもいい。


「本当に…その、先輩が、おごってくれるんですか?」


そこの部分をきちんと確認したい。

実は「ボラ部みんなで」だったなんて悲し過ぎる。


『えぇ? 信じられないの?』


「あの……。」


( “誰が” ということが重要なんです!)


『わかった。今、約束しようよ。いつがいい?』


「え、あの……?」


(ホントに先輩がおごってくれるんだ! …っていうか、もしかしてこれって、デートの誘いじゃないのか?!)


「い、い、いつっ、いつでもいいですっ!」


『そう? じゃあねえ……、』


(本当なんだ、本当なんだ、本当なんだ……。)


俺、やっぱり期待してもいいのかも!







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