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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
59/95

16  8月7日(木) お誕生日の計画


広瀬くんからのメモは、その後2回にわたって追加があった。


「うちの母親が思い出したときにメモしてるみたいで……。」


一度目の追加のとき、電話の向こうで申し訳なさそうに広瀬くんが言っていた。


「手順とかも滅茶苦茶になってるみたいなんですけど……。」


と。


それでも有り難いことは間違いなくて、部活や図書室に来るついでに待ち合わせをしてメモをもらった。

広瀬くんは2回とも、最初と同じようにルーズリーフに丁寧に書いてくれていた。




「ありがたいよねー、こんなに細かく教えてもらえるなんてさあ。広瀬くんのお母さん、本番は見に来てくれるかなあ?」


広瀬くんにもらったルーズリーフをクリアケースに入れながら、聡美が言った。


「どうだろう? お礼を言いながら、時間とかを伝えておいた方がいいかな?」


クリアケースを受け取りながら答える。

もらった紙は、今では5枚になっている。


「とりあえずは、お礼を言っておいた方がいいかも知れないね。」


と菜穂ちゃん。


お礼を言うとすると、わたしだろうか?

軽い気持ちでお願いしてしまったので、児玉先生には話していない。


「わかった。わたしから電話してみる。」


広瀬くんと連絡を取っているのはわたしだし、お母さんの都合が良さそうな時間を事前に訊いてみれば良い。


広瀬くんに電話をするのは何でもない。

待ち合わせをしたときの最初の一瞬だけは、少し緊張してしまうけれど。

やっぱり “男の後輩” という存在が、わたしには特殊だもんね。


(だけど、本当に可愛いんだよね……。)


それがすべてではないと分かっているけど、広瀬くんと話していると、どうしても姉の気分になってしまう。


「ついでにお薦めの絵本があるか、訊いてみてよ。」


積み上がった絵本の向こうからユキナが言う。


文化祭では30分のプログラムを2つ用意することが決まっている。

2日間の日程に、それぞれのプログラムを午前と午後に1つずつで計4回。

1つは楽しい雰囲気で、もう一つは大人っぽく。


雪見さんのように一人で全部を読むのではなく、作品ごとに部員が入れ替わる。

でも、どの本を使うかが、なかなか決められないでいるのだ。

わたしがやるストーリーテリングも。


「そうだね……。」


広瀬くんのお母さんに時間を取らせてしまったら申し訳ない。

けれど、もらったノートを見ていると、手引書で研究するよりも、実際にやっている人のアドバイスの方が確かな気がする。


「大丈夫そうだったら教えてもらうよ。」


あの広瀬くんのお母さんだから、親しみやすい人に違いない。

少し緊張するだろうけど、たぶん大丈夫だろう。


「ねえ、それよりさあ、来週どうする?」


さっきよりもずっと熱心な様子で聡美が身を乗り出した。

でも、わたしには急な質問の意味が分からない。


「来週って? 絵本の最終決定?」


「やだ、違うよ! 忘れたの?」


聡美が呆れた顔をする。

うちの部の活動はちゃんと把握しているはずだけど……。


「老人施設の訪問は2週間先だよ。」


「違う〜。雪見さんの誕生会だよ。」


そう言って、聡美はユキナや菜穂ちゃんに「ねえ?」と同意を求めた。

二人とも笑顔になって頷いている。


「え……?」


びっくりしたのは忘れていたからじゃない。自分一人でお祝いをしてあげるつもりでいたからだ。

ボラ部がお世話になっていることにかこつけて、プレゼントを用意して驚かせようと。


「だってお世話になってるしー、彼女もいないって言ってたじゃん? それに、夏休み中のお誕生日って、もともと忘れられがちで淋しいもんねー。」


今度は一年生に「ねー♪」と言うと、一年生が元気よく「はい!」と返事した。


「ええと……、ボラ部でやってあげるってこと……?」


「そうそう。お菓子と飲み物を用意してさあ、みんなで『おめでとう!』ってやってあげるの♪ ダイエット中だって言うからケーキは出さないでいいよね?」


「ここで……?」


「うん。ほら、『相談に乗ってほしい。』って言えば、来てくれるでしょう?」


「ああ……うん。」


きっと来てくれるだろう。

わたしが図書室で質問すると、いつでも丁寧に答えてくれるのだから。

市立図書館の資料を検索してくれることもあるし。


もちろん、わたしにだけじゃない。ほかの生徒にも同じ。

それに、ほかのボラ部部員にも。


わたしのほかにも、部活の無い日に図書室に来ている部員が何人かいるのだ。

たぶん、同じような質問を何度もされているのではないかと思う。

けれど雪見さんは、嫌な顔を全くしないで答えてくれる。

そうやってお世話になっている雪見さんだから、お誕生日を祝ってあげても不思議じゃないけど……。


「何か……プレゼントとか?」


あげるとしたら、誰が選ぶのか気になる。

わたしがあげるものと被ったら嫌だし。

すでに、雪見さんへのプレゼントは買ってあるのだ。


「そういうのは……ご迷惑じゃない……?」


(え?!)


慌てていることを隠して、みんなと一緒に菜穂ちゃんを見る。


菜穂ちゃんはとても真面目な子だ。

その真面目さが浮かれやすいユキナや聡美たちを一旦立ち止まらせるブレーキになっていて、うちの部はバランスが取れている。


「お世話になってるのは間違いないけど……、児玉先生にもそういうことはしないでしょう? 簡単なお祝いをしてあげるのはいいと思うけど、プレゼントをあげたりしたら、逆に気を遣っちゃうんじゃないかな……?」


(プレゼントが逆効果……。)


菜穂ちゃんの言葉に、心臓がバクバクし始めた。

わたしの動揺をよそに、部員たちが相談を始める。


「そうかもねー。受け取ってもらえないかも知れないし。」


聡美の一言に、今度は心臓ギューっと痛くなった。


(受け取ってもらえないかも……?)


お礼だという理由があれば、プレゼントをしてもいいと思っていた。

けれど、迷惑だとしたら?


「そうかもねー。『生徒からの贈り物を受け取ってはいけない。』なんていう決まりがあるかも知れないしー。」


「それって先生だけじゃないの? 成績付けたりするからってことで。」


「うーん、でもさあ、生徒と関わるってことなら雪見さんだって同じじゃない?」


「え〜? わたしたちのプレゼントで雪見さんがクビとか言われたらショックです〜。」


部員たちの会話が頭の中で渦を巻く。


(やめた方がいいのかな……。)


「うん、じゃあ、プレゼントはやめた方がいいね。」


「そうだね……。」


ユキナの最終決定に、二重の意味で頷く。

けれど、わたしの落胆は一通りではない。


(あーあ……。)


楽しみにしていたお誕生日の計画は、これですっかり崩れてしまった。

せめてボラ部でやるお誕生会で、わたしの良さをアピールできたらいいんだけど。


「ねえねえ、じゃあ、雪見さんに言って来てよ。」


プレゼント無しという結論から立ち直ったユキナがはしゃいで言う。


「サトリと菜穂ちゃんが頼みに行けば、雪見さんは疑わないだろうから。」


(確かにね。)


「行くけど、時間を決めないと。」


わたしが言うと、部員たちが俄かに活気づいた。


「そうだよねー。あと、準備の分担も決めなくちゃ!」


「はいはい! あたしお菓子係!」


「飲み物は2リットルのペットボトル?」


「あ、うちにプラカップがたくさんあります。」


「ちょっと待って、ノートに書くから。」


(こういうことは手際良く決まるのよね。絵本は決まらないのに。)


半分感心してみんなの様子を見ていたら、ユキナがわたしを見た。


「ねえ、サトリ。雪見さんにお誕生会だって言わないでよ。」


「言わないよ。」


言ったら、来てくれない可能性が高い。

それに、心配なのはもう一つ。


「ねえ。ちゃんと相談したいことも作っておいてよ。ウソをついたって思われちゃう。」


そうなったら、もう相手にしてもらえなくなってしまうかも知れない。


「大丈夫大丈夫。相談したいことなんて、用意しなくてもいっくらでも出てくるよ。」


簡単に請け合うユキナにかすかな不安を感じる。

それでも、この部屋で部員に囲まれて困惑している雪見さんを想像したら楽しくなってきた。


(まあいいか。)


二人きりではなくても、雪見さんと一緒の時間を過ごせるのは間違いない。

盛り上がる部員たちと雪見さんの間に入ってクッションの役割をすれば、雪見さんの目には、みんなよりも大人の女に映るかも知れない。







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