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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
58/95

15  7月29日(火) 男の子って


雪見さんとの距離を縮めようと思っているのに、どうしても上手く行かない。

どう行動しても、必ず邪魔が入ってしまう。



昨日の午後は、図書室に相談に行って、たくさんお話しするつもりだった。

でも、広瀬くんの自転車を直しているあいだに菜穂ちゃんとユキナが来ていて、わたしは結局、三人の中の一人でしかなかった。


そんなことがあったから、今日は部活がなくて独り占めできると思って、朝からウキウキしながら来た。

独り占めのうえに、雪見さんがわたしの熱心さに感心してくれるのではないかと期待して。

けれど、学習コーナーに来ていたほかの2年生が何度も資料探しの質問をしに来て、後ろに並ばれてしまうとゆっくり話しているわけにはいかなかった。

いったい何をそんなに調べていたのか……。


「ふぅ……。」


お昼の強い日差しの下、学校から駅への道を一人で歩きながら、ため息が出てしまう。

午後は予備校の夏期講習があるから、帰らなくてはならない。


(明日はどうしようかな……?)


今から、雀野駅で広瀬くんと待ち合わせをしている。

広瀬くんのお母さんが教えてくれたおはなし会のコツを書いたメモをもらうことになっているのだ。

そのメモがあれば、雪見さんにもう少し的を絞った質問ができると思う。

何でもかんでも雪見さんに訊くよりも、自分で勉強した成果を見せた方が印象が良くなりそうな気がする。

もしかしたら、明日は市立図書館に行って、本の研究をした方がいいかも知れない。


(メモって、どれくらいあるんだろう?)


昨日の夜、たくさんになっちゃったから、メールや電話だと伝えにくいと電話がかかって来た。

だから直接会って、そのメモをもらうことにした。

今日はサッカー部は午前中に隣の麦山高校に行くというので、12時半ごろに雀野駅で、戻って来る広瀬くんと会う予定。

広瀬くんは時間がはっきりしないと言っていたけど、わたしは時間的には余裕があるし、メモをもらうのは早い方がいいからと少し強引に決めてしまった。


(図々しい先輩だと思われちゃったかな……?)


せっかく初めての男子の後輩ができたのに、変な印象を持たれてしまうのは残念な気がする。

広瀬くんはいい子だし。


(そうだ! 何かお礼をしよう。)


自分には関係がないことで時間を取らせてしまうんだから、そのくらいは当然だろう。

何かと言っても……何?


(食べるものがいいかも知れない。この時間に帰って来るんだから、きっとお腹が空いていると思うし。)


12時半まで時間があることを確認して、駅ビルの1階にあるベーカリーに寄ってみる。

なんだか楽しい気分になって、男の子が喜びそうな重めのお総菜パンのコーナーで、メンチカツパンと、ゆで卵とツナのサンドイッチを選んだ。

ベーカリーの袋を提げて、明日の予定を考えながら、改札口の前で広瀬くんを待った。




夏の制服にサッカー部のバッグを背負った広瀬くんがホームからの階段を上って来たのは、それから10分くらい経ってから。

サッカー部顧問の内田先生と、わたしと同じクラスの宮原くんが一緒だった。

誰かが一緒に戻って来ることは失念していたので、何となく慌ててしまう。


(宮原くんは同じクラスなんだから、無視するわけにはいかないかな……。)


でも、広瀬くんと待ち合わせていると気付かれることが、なんとなく気まずい。

宮原くんとは特別に仲がいいわけじゃないから、説明するタイミングを逃しそうだし。


気付かれなかったらそのままにしておこうと決め、様子を窺いながら改札口から見えにくい場所に移動。

携帯を見ているふりをして、改札口を通る3人を視界の隅で追う。


(さあ、早く行っちゃって。)


けれど、3人は改札口を出たところで立ち止まった。

あいさつをして別れるのかと思ったのに、内田先生が強い口調で話し始めた。

それに応えて広瀬くんが、神妙な顔で何度も頷いている。

宮原くんも、教室では見せたことのない厳しい表情で広瀬くんを見ている。


(もしかして、怒られてるの……?)


思いがけない光景に、胸がドキドキしてしまう。


わたしなんかが見てはいけないような気がして、そっと3人から見えない場所に移動する。

その間も、内容は分からないけれど、内田先生の声が切れ切れに聞こえていた。




「お待たせしました!」


数分後、券売機の裏にいたわたしの前に、広瀬くんが走って来た。

今しがた見た出来事が頭から離れなくて、どうしたらいいのかと考え込んでいたところだった。

考えても答えは出なかったけど。


「あ……、ここにいるの、分かった……?」


「はい。さっき、移動するところを見てたから。」


ということは、わたしがさっきの場面を見たことも知っているのだ。


「あの……。」


どんな顔をして、何を言うべきなのかわからない。

慰めるべきなのだろうか?

それとも、見なかったことにする?


迷っているわたしの心に気付いたのか、広瀬くんが軽く微笑んだ。


「あ、その……気にしないでください。叱られても仕方ないんです。」


「そう…なの?」


「はい。今日の練習試合で、つまらないミスをいっぱいしちゃったから。」


「ああ……そうなんだ……。」


「初めてスタメンに入れてもらって、テンパっちゃって。それに、技術もまだまだだったし。」


「そう……。でも、一生懸命やったんでしょう?」


誰だってミスくらいするのに。

頑張ったんだから、叱らなくてもいいのに。


「そうですけど、もっと上手くならなくちゃ。気持ちも強くして、チームメイトに『お前がいてよかった。』って言われるようにならないと。」


そう言った広瀬くんの笑顔にハッとした。

昨日見た可愛い笑顔ではなく、揺るがずに前を見つめる決意に満ちた笑顔。

その彼から出る言葉も、やっぱり昨日とは違うきっぱりとした潔さで。


年下なのに、叱られたことも受け入れて、迷いなく前進しようとする覚悟を持っていることに感動してしまった。


「偉いね……。」


広瀬くんは「普通ですよ。」と照れた。

そしてまた、昨日のような話し方に戻ってしまった。




(これ、すごいな……。)


電車の中で、広瀬くんにもらったルーズリーフを何度も読んでみる。


広瀬くんは “メモ” と言っていたけど、それはルーズリーフ片面2枚にきれいに書いてあった。

最初のメモは見にくいからと、きちんと書き直してくれたのだ。


内容は、計画の手順から当日の注意事項まで、かなり詳細にわたっている。

ボラ部全員にとって、バイブル的なノートになることは間違いない。


あまり上手いとは言えないけれど丁寧に書いたことがわかる字に、何度も何度も感謝の気持ちが湧いてくる。

昨日の電話のあとに書き直したはずだから、遅くなってしまったんじゃないだろうか。


(ホントにありがとう。)


パン2つくらいでは悪かった気がする。

そのうち、もっとちゃんとお礼をしよう。


窓の外の空を見上げたら、さっきの広瀬くんを思い出した。

潔い、まっすぐな目をした広瀬くんを。

ちらりと垣間見せた表情は大人びていて、彼を軽々しく扱ってはいけないのだと感じた。


そんな雰囲気はすぐに消えてしまったけれど、あのときの広瀬くんを忘れないようにしたい。

普段はにこにこして可愛い後輩だけど、広瀬くんの中にはちゃんと覚悟があって、それはわたしが年上だからと言って蔑ろにしていいものではないのだと。


(男の子って、すごいな。)


わたしには今だって、そんな覚悟はない気がする。

その部分だけを見れば、広瀬くんの方が大人なのかも知れないな……。







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