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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
57/95

14   広瀬勝吾 7月28日(月) 夜


(このくらいあれば十分だろうな……。)


パジャマ代わりのTシャツと短パン姿で、ベッドに寄り掛かってメモを確認する。

メモには、母親から聞いたおはなし会の手順やコツが、裏表にわたって書いてある。

夕食のあと、梨奈先輩との約束を果たすため、母親に尋ねてみた結果だ。


俺は2つか3つの答えが出てくればいいと思っていたのに、母親が話し出したら止まらなくなって焦った。

ただ子どもに本を読んであげるだけなのに、こんなにいろんな準備があるなんて、本当にびっくりだ。



俺が質問をしたとき、母親は不思議そうな顔をした。

今までそんなことに俺が興味を持ったことなどなかったのだから当然だ。


「うちの担任が顧問をやってるボランティア部が文化祭でやるんだって。初めてだから、教えてほしいって。」


知りたい理由をどう話すかは考えておいた。

あれなら、知りたいのはたまちゃんだと思ってくれたはず。


予想通り、母親は簡単に納得して、考え考え教えてくれた。

イベントとしておはなし会をやるときの準備、手順、コツ。

会場作りからプログラムや小道具など、次から次へと出てきた。

電話の横にあったメモ用紙は、うしろに行くほど字が小さくなっている。


(これをどうやって先輩に伝えたらいいんだろう……?)


情報量としては十分過ぎるほどだと思う。

梨奈先輩も喜んでくれるんじゃないかな。


でも、これをメールに打ち込むのはかなり面倒だ。

受け取った先輩だって、こんなに長いメールじゃ、読む気がしなくなるかも。


かと言って、電話で伝えるのも、これをまた先輩がメモすることを考えたら大変だと思う。

「いつまでしゃべってるの?」とか思われそうだし。


それに、メールや電話だと、 “伝えたらおしまい” だ。

できれば次のチャンスがあるように、しかも、俺の印象が良くなるような方法がいいんだけど……。


(やっぱり、会って渡したいな。)


ふっと息を吐いて、自転車置き場で顔を拭いてもらったことを思い出す。

すぐ目の前の先輩の顔。頬に触れた手。微かなレモンの香り。

まるで今起こっていることのようにはっきりと感じられるほど、鮮明に覚えている。


(やだな〜。恥ずかしい!)


今ならニヤニヤ笑っても、先輩に気味悪がられることもない。


恥ずかしいといえば、あの場面は伊田に見られていた。

ちょうどトイレに行くために図書室から出て来たところだったらしい。

図書室に戻ったらさんざんからかわれて、一瞬、話題を逸らすために根本のことをバラしてしまおうかと思った。

けれど、梨奈先輩と言わないという約束をしたことを思い出して黙っていた。

俺が口が堅いというのは、昔から本当のことなんだ。


それに、根本のことを聞いたおかげで、自分も頑張れたんだから。

連絡先を交換したし、「梨奈先輩」と呼ぶ権利も手に入れた。


よく考えたら、今日は俺にとって記念日にしてもいいくらいのラッキー・デイだったんじゃないだろうか。

朝、先輩に偶然会えて、午後にまた会えた。

どっちも普通とは違う会い方だったけど、インパクトが大きい方が先輩の記憶にも残ると思うし。

一日に2度も偶然に会うなんて、梨奈先輩と俺って、赤い糸でつながってるんじゃないかな?


それに、自転車を倒してしまったり、顔を汚したりした失敗も、梨奈先輩は馬鹿にしないでいてくれた。

馬鹿にしないどころか、逆に責任を感じてくれたり、心配してくれたりして。


(ああ……、幸せだった……。)


顔を拭いてもらったときの手の感触が忘れられない。

先輩にとっては何でもないことだったのかも知れないけど……。


(少しずつでいいから仲良くなりたいな。)


とりあえず、仲良くなるきっかけは手に入れた。

このメモが、次に導いてくれるはず。


(そう言えば……。)



今日、あることを知ってしまった。



夕方、帰る前に、顧問の内田先生に確認することを思い出して職員室に行った。

内田先生との話が終わったあと、たまちゃんの席を通りかかって、立ち止まって話をした。

そのとき、たまちゃんの机の下にある紙袋に、ふと目が留まった。


椅子に座っているたまちゃんを俺が見下ろす形になっていて、その袋の中も見えた。

そこには弁当箱が入っていた。


でも。


一つじゃない。二つだ。


自分が見てはいけない秘密を見た気がして、胸がドキドキした。

ドキドキして慌てつつも、表面上は落ち着いて、たまちゃんとの会話を続けながら再度確認した。


間違いなく、弁当箱二つが重ねて入っている。

上にはクラスの女子が食べているような大きさの弁当箱。

その下に、俺が使っているくらい大きな弁当箱。


そして……、その紙袋は、この前の朝、雪見さんが提げていたものだった。



それは、俺が練習の準備当番で早く学校に行った日のことだ。

学校の手前で、並んで歩いているたまちゃんと雪見さんを追い越した。

朝や帰りに先生たちが複数で歩いているのはときどき見かけるので、そのときは気にしなかった。


たまちゃんは担任だし、雪見さんには図書室で世話になっているので、自転車のスピードを落として二人にあいさつをした。

そのとき、上から覗き込むようになった態勢で、雪見さんが持っていた紙袋の中に風呂敷に包まれた弁当があるのをはっきりと見た。

その時点では、弁当は一つしか入っていなかった。


でも、今日はその紙袋はたまちゃんの席にあり、弁当箱が二つ入っている。

下になっている弁当箱を包んでいる風呂敷も、あの朝に見たものと同じだ。


それを確認した瞬間、自分がもっと前に見たものを思い出した。

たまちゃんの机に乗っていた、大きな弁当箱。

俺のと同じくらい大きな弁当箱を見て、 “小さいのにたくさん食べるんだなあ。” と感心したのだ。


二つの記憶と今見ているものの意味を思って、思考がフル回転した。


(たまちゃんが、雪見さんの弁当を作っている?)


何度考えても、行き着く結果はそこだった。


職員室を出て、伊田が待っている自転車置き場に向かいながら、繰り返し、職員室の景色を思い出して確認してみた。

何度思い出しても同じで、自分の見たものが間違いじゃないと確信を持った。

確信を持ちつつも、たどり着く結果は信じられない気持ちが大きかった。


たまちゃんとは学期中は毎日顔を合わせていたけど、彼氏がいるとか、誰かが好きだとか、そんなことには縁がないように感じていたから。

自分がたまちゃんと雪見さんの両方を別々に知っているということも、混乱する原因だった。

一緒に歩いているところは見たけれど、特に親密な様子にも見えなかった。

けれど、たまちゃんがあんな形で紙袋を置いていたということは、職員室では二人の関係は認められているということなのだろうか?

そりゃあ、弁当を作ってあげているからと言って、必ず “彼氏と彼女” だとは限らないけど……。


考えれば考えるほど勘違いのような気がしてきて、伊田には話さずに帰って来た。

けれど、家に帰って自分の弁当箱をバッグから出したとき、やっぱり気になってしまい、母親に、


「同じ学校の先生同士で付き合うって、有りなのかなあ?」


と訊いてみた。

母親は、


「べつにいいんじゃないの? うちだって職場恋愛だし。」


と笑った。

そして、「隠しているようなら、気付いても黙っていてあげなさいよ。」とも言った。


「あんたたちが騒いだせいでダメになっちゃったりしたら気の毒でしょ。」


と。


確かに、俺たちに迷惑がかかってるわけじゃないのだから問題はない。

たまちゃんも雪見さんも、俺は結構好きだし。


不確かなことでもあるから、誰にも言わないでいようと決めた。

でも、これからは二人に注目してしまうのは仕方ないと思う。


(意外とお似合いかもな。)


二人とも、いつもにこにこしている印象がある。

体の大きい雪見さんと小さいたまちゃんが並んでいた朝の様子は少し笑えたけど。

性格は、たまちゃんの方が強そうだ。


(俺と梨奈先輩もかな?)


口下手で失敗ばかりしている俺と、しっかり者の梨奈先輩。

今日、顔を拭いてくれたことだって、先輩は姉みたいな気分だったのかも知れない。


(今は弟でもいいかな。)


少なくとも嫌われてはいない。

なんたって、「梨奈先輩」って呼んでるのは俺だけなんだから。


(そうだ! 連絡しなくちゃ!)


うん。

まずは電話をかけよう。

で、どうしたらいいか相談しよう。

寝る前に梨奈先輩の声を聞けるなんて最高だ!


(でも……。)


調子のいい会話が苦手な俺じゃ、話す時間も5分もかからないかも知れないな……。







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