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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
55/95

12   広瀬勝吾 7月28日(月) 午後(2)


「自転車、どう?」


嬉しさのあまりぽーっとなった俺の頭は、先輩の言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。

しかも、先輩が一歩近付いて、目と鼻の先にいる今の状況では。

俺の方が背が高いとは言え、たぶん数センチの差だ。

向かい合うと、ほぼ真正面から見つめ合うことになる。


「自転車……?」


ぼんやりと問い返す俺に、心配顔で先輩が頷く。


「うん。ほら、倒れちゃったあと、変な音がしていたでしょう?」


(変な音……。)


一瞬の間をおいて、ハッと我に返る。


「あ、ああ、あれですか! あ、はい、します、変な音。」


(いや、違うだろ!)


肯定してどうする?!

ここは否定するところだ!


「いっ、いえその、何でもありません! ちゃんと走ります!」


「動くけど、変な音はするんだね。」


「あの、でも、動くことが肝心ですから。あの自転車、もともとボロいんで。」


「修理代払うから、自転車屋さんに行ったら、いくらかかったか教えて。」


「そんな、いいです。自転車屋に行くほどじゃないし。」


あれは要領が悪い俺の責任だ。


「でも……。」


どうしよう?

こんなに責任を感じてもらったら申し訳ないよ……。


「あ、あの、たぶん、自分で直せます。だから、気にしないでください。」


「ホントに……?」


「はい。あ、今からでも、チャチャッとやればすぐに直ります。じゃあ ――― 。」


「じゃあ、わたしも手伝うよ。」


え?


「どこか押さえたりとか、手があった方がいいかも知れないでしょ? ね?」


「え、でも ――― 。」


「ちょっとみんなに言ってくるね。」


「あ……。」


佐藤先輩は被服室を開けて二言三言ことばを交わすと戻って来た。


「じゃあ行こう。」


にっこり笑う佐藤先輩の隣で、一緒にいられる幸せと、自分で直せるかどうかの不安で胸が締め付けられる思いがした。




「あ、ここですね。これが曲がって当たってるだけみたいです。」


体育館と校舎の間にある自転車置き場。

あちこちから、運動部の声が響いてくる。

校舎の壁にとまったセミの声が暑さを後押ししているような午後。


自転車を引き出して調べてみると、前輪横のライトの発電機が曲がっていた。

調子が悪くて電池式のライトを買って取り付けてあるので、使っていなかったものだ。

これが前輪のホイールに当たって、嫌な音を出していたらしい。


たいした原因ではなかったけど、佐藤先輩が近くにいるという緊張で、原因が分かるまで、気温のせいだけじゃない汗が出た。

首に掛けたタオルで何度も汗を拭いた。。


「直りそう?」


「はい。」


たぶん、力ずくでどうにかなるだろう。


よく見たら、前のカゴも歪んでいる。

重いバッグが乗っていたから、倒れた勢いが強かったのかも知れない。


発電機を握って動かそうとすると、佐藤先輩がハンドルとフレームを押さえてくれた。

狭いところに手を入れるのが思ったよりも大変で、また汗が吹き出してくる。

思えば一日のうちで一番暑い時間帯。日なたでこんなことをやるんじゃなかった……。


「……あ、動いた。」


「ホント? 頑張って。」


(……暑くても嬉しいや。)


先輩の応援で力が増したのか、直さなくては先輩に悪いと思うからか、少しずつ発電機がずれてくる。

ようやくタイヤに影響のない場所まで動かして確認したら、形が曲がっていた。

それでもとにかく、もう嫌な音はしない。


「ふぅ。」


立ち上がって手で顔の汗を拭ったら、先輩が俺の顔を見て笑った。


「汚れちゃったよ。ほら、目の横。」


視線を上げると、自転車の反対側で、佐藤先輩が自分の目の横を指差している。


「あ……。」


首に掛けたタオルで、急いでそのあたりを拭く。

顔が汚れているなんて、小学生みたいで恥ずかしい。


「あれ? 落ちない? ちょっとこっちに来てみて。」


手招きする先輩。


(まさか、拭いてくれるとか言うのでは?!)


期待に胸を膨らませつつ、先輩の方に一歩近づく。

間に自転車がなければ、もう一歩行けるのに!


「ちょっとごめん。痛いかもよ。」


そう言いながら、先輩はサドル越しに俺の首のタオルをつかんで俺を見た。

少し乗り出し気味の姿勢でじっと見つめられて、思わず勘違いしそうになる。


(危ね〜〜〜!!)


ギュッとめをつぶると、予想していたより強い力で左目の横をゴシゴシとこすられた。


(イテテテテ…。以外に乱暴な……。)


「あれ〜? うーん…。」


落ちないのだろうか? と、目を開けようとしたとき。


「動かないでね。」


右頬に手が添えられ、さっきよりもさらに強くタオルが。


(嬉しい! 痛い! でも嬉しい!)


気付かれないように深く息を吸いこんだら、ほのかにレモンの香りがした。

今、目を開けたら、先輩の顔が間近に見えるに違いない。

それよりも、この右頬にかかっている手に俺の手を重ねたら……。


(ああ……、リナ先輩……。)


心の中で名前を呼んだと同時に、先輩の手が離れた。


「あ! ごめん!」


目を開けると、正面に片手を口に当てて大きく目を見開いた先輩の顔


「赤くなっちゃった。ちょっと皮がむけて来たような気もする……。」


申し訳なさそうな顔でつぶやく先輩。

拭かれていた場所に触ってみると、少しヒリッとする。


「あ、いえ、大丈夫です。」


俺が大丈夫だと言っても、先輩は簡単には立ち直れないらしい。

そうやってしょんぼりと肩を落としている姿も、やっぱり可愛らしくて嬉しくなる。


「ごめんね……。そうだ!」


何かを思い付いて、先輩が体育館の方に走って行った。

その間に、俺は自転車を片付けた。


「はい。これで冷やして。」


走って戻って来た先輩が、水色の小さなタオルを差し出した。

汚してしまいそうで迷っていると、手を伸ばしてそっと顔に当ててくれた。

またしても近付いた先輩の顔から、俺は目を離せない。

タオルはひんやりして、いい気持ちだった。


「あの……、ありがとうございます。」


自分でタオルを押さえようとした指先が先輩の指に触れる。

その一瞬が名残惜しい。


「お礼なんて言わなくていいよ。わたしがやり過ぎちゃったんだもん。痛くない?」


(「痛い」って言ったら、また触れてもらえる……?)


けれど、切ない想いは口に出すことができないまま。


「はい、大丈夫です。あの……、俺、そろそろ図書室に……。」


このまま話していたいけど、そろそろ戻らないと、根本たちが不審に思っているだろう。


「あ、そうだよね。わたしも雪見さんに相談があるんだった。」


そう言って、佐藤先輩が歩き出す。

遅れないように歩き出しながら、 “あれ?” と思った。


「あ、そうなんですか?」


「うん。そしたら木場さんが、広瀬くんも図書室にいるんじゃないかって言うから、ちょうどよかったと思って。」


さっきは、俺を探しに図書室に…って言わなかったっけ?

本当は、俺は “ついで” だったのか?


「ええと……、どうして木場が……?」


それも不思議だ。

俺は木場に自分の予定を話した覚えなんかないのに。


「え? えーと、ほら、誰だっけ? ね…、ねぎ…根本? あ、根本くんだ。その子に聞いたって。」


「根本に?」


問い返すと、先輩は俺の顔を見てから “しまった!” という顔をした。


「あ! もしかして、秘密だったのかな?! やだ、どうしよう?!」


(根本が木場に……。あの二人、そういうことか。)


二人が偶然会って話したと説明されても、佐藤先輩のおろおろした様子を見たら、そうじゃないってことは誰でもすぐに想像できるだろう。


「あの、大丈夫です。俺、口堅いから。」


「そ、そう? ホントに? 誰にも言わない?」


つまり、やっぱりそうなんだな。


「はい。絶対に。」


「約束だよ。」


「はい。」


そうか。

あの日の根本の勝ち誇ったような態度はこれだったんだ。


(あいつ、頑張ったな。)


普段は無口なヤツなのに……。


(俺も負けてはいられない。)


せっかく一緒にいられるんだから、少しでも距離を縮めなくちゃ!







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